グレッヒ神父へのヴァスーラの回答(2)

質問二:正教会に属するキリスト者としての自分と、ローマ・カトリック教会との関係

あなたは正教会に属していますが、その教会の司祭や主教にローマ教皇を認め、カトリック教会と和解することを熱心に勧めておられます。このことによって不幸にも、あなたはご自身と同じ教派のいくつかの国では歓迎されません。この使命をなぜ引き受けるのですか? ローマ司教についてどのようなお考えをお持ちで、将来のキリスト教徒の一致についてどのように予見されますか。あなたの著作を読むと、あなたはどちらの教会にも明確な態度を取らずに、教会の枠を越えた立場に立っておられるような印象を受けます。たとえば、あなたはカトリック教会でも正教会でも聖体を拝領するにもかかわらず、結婚のステータスにおいてはオイコノミアの慣習に従っておられるようです。すでに申し上げたように、私たちにはあなたの良心に判決を下す権利は全くなく、個人的にとがめる目的でお聞きするものではありませんが、あなたのカトリック信奉者の中には、これらの態度を相対主義的な見地で解釈し、自分たちの教会の規律を無視する誘惑にかられる心配があることを、ご理解下さるでしょう。

この一致を勧める仕事を取り上げた動機

もし私が私たちの主の現存を経験しなかったのであれば、私たちの主が正教会に和解を望んでいらっしゃるという理解を彼らにもたらすために、正教会に直面する勇気も熱意もなかったでしょうし、彼らから私に向けられた反対や批判、迫害を耐え忍ぶことも出来なかったと思います。神の介入のごく初期のころ、私は全く混乱し、惑わされているのではないかと恐れました。神がこの現在の私たちの時代に、実際に人びとにご自分を表現なさることがお出来になるとは、生まれてこのかた一度も聞いたことがありませんでしたし、そのことについて尋ねることが出来る人は一人もいませんでしたので、この確信のなさが本当に一番大きな十字架でした。このために、私は打ち払おうとしましたが、その経験は去ろうとはせず、後になりゆっくり時間と共に、これはすべて神のみわざだけによるものだと確信し、自信を持つようになりました。といいますのは、その中に神様のみ手を見始めたからでした。反対や批判に直面することを恐れなくなり、私の至らなさにもかかわらず、私に不足しているところは主が必ず補なって下さり、主の御わざはいつも栄光の内に成し遂げられることを知り、私たちの主に全き信頼を持っているのはこのためです。

正教会の司祭、修道士、主教たちに、教皇を認めローマ教会と誠意をもって和解するようにと話を持ちかけるのは、私たちの主がメッセージの一つの中で、「強い流れの中を反対の方向に泳ごうとしているようなものです」と仰しゃるように、簡単な仕事ではありません。しかし、私たちが分裂していることによって私たちの主がどれほどお苦しみになるかを目にした後には、この十字架を背負って欲しいと頼まれた時、主の要請をお断りすることは出来ませんでした。それゆえに、私はこの使命を受け入れましたが、たくさんの火をくぐらなかったわけではありません(そして今もくぐっています)。

「この使命をなぜ引き受けるのですか?」とあなたはお尋ねになりました。私の答えは、私は神に召され、主を信じ、主に応じたからです。従って、私は神の意志を行いたいのです。キリストの最初の言葉の一つは、「あなたの家と私の家と、どちらの家のほうが大切ですか?」でした。私は、「あなたの家です、主よ。」とお答えしました。主は仰しゃいました、「私の家を甦らせ、美しく飾り、一致させなさい」

正教会の聖職者の中には、全く私を拒絶している方々がいます。その理由は、第一に※4を信じないから、第二に私が女性だから、第三に女性が話すべきではないから、と言うものです。修道士の何人かは私を疑っており、私は多分、教皇にお金をもらって送り込まれたトロイの馬だとか、エイ※5だとさえ言っている方もいます。多くの方がたは和解やエキュメニズムについて耳にしたがりません。もしローマ・カトリックの信者と一緒に私が祈れば、それは異端だと考えます。彼らが、どちらの教会にも参与せずに教会の枠を越えた立場に立っている、と見るところはそこにあります。私は精一杯、完全に自分の教会に参与していますが、もし私がエキュメニカルに生き、一致を促進するために他のキリスト者と一緒に祈ったとしても、それは異端でも罪でもありません。著作の中で、私たちの主が言われるように、一致への鍵は謙遜と愛です。諸教会の人びとの多くが、まだこの鍵を持っていません。ギリシャ正教会の一般信徒、町中の一般司祭から、人里離れた修道院の修道士に至るまでの多くは、今日に至ってもまだローマ・カトリック教会は異端で危険だと考えます。彼らは生まれた時からこれを信じるように教えられていますが、それは間違いです。しかし、彼らの頑なさも回心、および彼らを曲げて下さる聖霊の力を通して、また忠実な信者の祈りを通して変わることができると、私は信じます。私たちの集いでは、この心の変容を神に祈ります。

それにしても、彼らだけが曲がればよいという問題ではありません。皆が謙遜と愛の内に曲がらなければなりません。どの教会に属する人びとも、進んで自分たちのエゴと頑さに死ぬべきであり、こうしてこの謙遜な行為と真理への従順を通して、キリストの現存が彼らの内に輝くようになるでしょう。この謙遜な行為を通して、教会の過去と現在の過ちが洗い流され、一致が成し遂げられると私は信じます。私は正教会に語りかけるという希望を決して失わず、これがいつも私が彼らの所へ戻り続け、私の証しをする理由です。私の証しは、私たちの主の次の言葉を思いださせようとするものです。「皆を一つにしてください。あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。あなたがわたしをお遣わしになったことを、この世が信じるためです」(ヨハネ17・21)。このようにして、障害を乗り越え、いくつかのエキュメニカルな祈りのグループがアテネとロードスで、正教会の司祭も共に加わって形成されました。これらすべての祈りのグループはロザリオを祈ることから始め、そして他の祈りをします。正教会の聖職階級から私が受けるのは上にあげた理由による拒絶ばかりではなく、私たちの主はかなりの数のギリシャ正教の聖職者の友人を私に与えて下さいました。

ローマ司教

私たちの主は、キリスト教の三つの主なグループであるカトリック、正教会、プロテスタントのキリスト信者を象徴する三本の鉄の棒の内的ヴィジョンを私にお与えになり、それらは頭が触れ合えるよう曲がるようにと呼びかけられ、また触れ合うためには曲がらなければならないということをお示しになりました。主が御父に向かって、「すべての人を一つにして下さい」と祈られて以来、主がずっと熱望されてこられた一致に達するためには、この一節が言わんとする態度が必要です。『神のうちの真のいのち』のこの箇所は、キリストがご自分の教会に授与された真理を、様々なキリスト教徒のグループが保持してきた程度に差違があってはならないとする、存在論的なレベルでの一致について言おうとしているのではありません。このキリスト者の兄弟間での謙遜への呼びかけは、一致への汎キリスト教的アプローチを意味するべきであるとか、真理を取り引きすることにより(たとえば商人のように売ったり買ったりして)同じ水準の相対論的真理へと導びくことによって一致が進むのだと、私が主張しているというのは本当ではありません。それどころか、私はたびたび真理にとどまることが大切だと話してきましたし、私が話す以上にメッセージは、上記に述べられたように、キリストによるただ一つの啓示の中に示された福音の真理によって生きることを呼びかけるものに他なりません。著作にはそれとは反対の態度に対する多くの警告が含まれ、「偽のエキュメニズム」を生命のないキリストのイメージを広めるトロイの馬と描写するほどです。

「さまざまな色に塗りたくられ、商人たちが崇めるように強いて従わせようとするこの像は、私ではない。それは私の聖性と神聖の概念を卑しめる歪んだ人間的わざの発明、偽りのエキュメニズム、すべて聖なるものに対する挑戦である。この商人たちの罪ゆえに私は苦しむ」(1990年10月22日)

一致についての多くのメッセージは、エキュメニズムの次の二つの極めて重要な見地を一つにまとめます:他のキリスト教徒に対して謙遜と愛の含みある霊的態度と同時に、キリストの真理への断固とした探求です。一つの例は、聖母マリアが一致の構造について話される一節に見られます:

「神の国は口先だけの言葉ではありません。神の国は心のうちなる愛、平安、一致と信仰。それは心の中で一つに結ばれた主の教会なのです。一致の鍵とは愛と謙虚です。イエスが分裂をあなたたちに勧めたことはありません。ご自分の教会の分裂を望まれてはいませんでした」(1991年9月23日)

同じ節のさらに先を読みますと、イエスは真理についてこう語られます。

「一途に、死を賭して真理を擁護しなさい。時おりあなたは傷つく、だが正に霊魂を清く素直に保つに十分なだけしか私は許さない」

(1992年6月5日、1997年9月25日、1998年6月22日など、何度も繰り返されています)

私は特にアメリカ、オランダ、スイスで、とてもリベラルで、教皇に反対しているカトリックの聖職者に会う機会が何回かありました。私は、キリストからもたらされた力強いメッセージを通して、彼らの考えが如何に混乱しているかを示して、できるだけ上手にペトロの座を弁護し、それを彼らに説明しなければなりませんでした。最後には、これらの司祭の多くは、どれほどこれらの説明を高く評価するかを私のところへ言いに来ました。ただ、そのうちの一人か二人は同意せず、彼らは私がカトリック信者よりもカトリック的だと言いました……教会の間の一致に関する多くの箇所がありますが、教皇に反抗している多くのカトリックの聖職者が教皇に対する忠実さを取り戻すことができるように、特に書かれたかなりの箇所があります。これは初期の頃の一例です。

「私、主は、どんな教会の分裂も望まない。あなたたちは、私のために、一致し、私の名のもとに私を愛し、従い 証ししなさい。私が愛するように互いに愛し合い、一致し、一人の牧者のもとに一つの群れとなるように。あなたたち皆が知っている通り、私はペトロを選んで権威を与えた。皆も知っているように、天のみ国の鍵をペトロに渡した。ペトロには私の小羊と羊の面倒を見て、養うように頼ん※7。この権威は私が与えたもの。私の望みをあなたたちに変えてほしくはなかった」(1988年3月19日)

将来の一致について話されたもう一つのメッセージの中では、もっとはっきりと書かれています:

「ペトロの手には私の羊たちを護る鉄のしゃくを置く、そして「どうして道案内が必要なのか?」と、その理由をまだ知らず自問する人々に対してはこのように言おう、羊飼いを持たない羊の群れを見たり聞いたりしたことがあるか? 私は天の羊飼い、そして戻るまで仔羊たちを護るようにペトロを選び、その責任を与えた、ではなぜこのように議論するか、空しい論争を? 私の言葉を未だ知らないすべての人たちは、それについて聖書で読むように、私の弟子ヨハネの福音書の中に見出そ※8。こうして教会を一致させ、一つの群れとなるよう腕の中に包み込む。今日はこのように散らされ、あまりに多くの共同体、分裂したセクトを造りだしている。私のからだはあなた方に引き裂かれてしまったが、こうあってはならない! 皆を一致させる」(1988年5月16日)

他のメッセージでは、教皇をキリストの代理者、または教会の代理者として話します。これは一つの例です:

「教会全体のために祈りなさい。私の教会の芳しい香りとなりなさい。そしてこれはみ言葉を宣言するすべての人たちのために祈るようにということを意味している、私の代理者である教皇をはじめ、あなたの時代の使徒と預言者、聖職者修道者から信徒にいたるまで、皆が一つのからだ、私のからだの部分であると進んで理解するように」(1990年1月10日。他にも1989年6月1日、1990年3月2日、1990年10月10日、1991年3月18日、1993年4月20日、1993年12月20日、1996年4月15日、1996年10月22日、1996月12月20日)

ペトロの役割が様々な東方の諸教会の代表者たちの役割とどう関連してくるのかということは、著作の中では言及されていませんから、これについて私は話すことが出来ません。しかし私は、回勅『キリスト者の一※9』の中で、教皇がこの種のディスカッションに口火を切られたと存じています:

それでも、ローマ司教の首位権についての疑問が、今は研究の主題として取り上げられるようになったのは意義深いことであり、励まされます。このことは進行中であるか、将来取り上げられるでしょう。この問題が、カトリック教会が他の宗派の教会や教会の諸共同体と取り組んでいる神学的対話の中だけで主要なテーマとして取り上げられるだけではなく、もっと一般的なエキュメニカルな運動の中においても取り上げられることは、同様に意義深いことであり励まされることでもあります。サンティアゴ・デ・コンポステラで開催された世界教会協議会の、信仰と秩序に関する委員会の第五回世界大会の代表は最近、委員会が「キリスト教徒の一致のための普遍的奉仕を論題として新しい研究を始める」(148)ことを勧めました。何世紀にもわたる激しい論争の後で、他の宗派の教会や教会の諸共同体は、この一致への奉仕について、ますます新しい目を向けようとしています(149)。
この回勅は、二つの宗派が完全な交わりのうちにありながら両者の違いを認めつつ東と西が再び結ばれる必要を認証しています:

これらすべての点からみて、カトリック教会は東と西の間のあふれんばがりの霊的親交こそを強く望んでいます。最初の千年間の経験の中に、これに対するインスピレーションを見つけます。その時代は聖霊の交わりのうちにキリストを通して唯一の神である御父に対する讃美が、驚くべきほど色々な言語やメロディーですべての人びとから捧げられましたので、違った経験の教会生活が発展していったにもかかわらず、それによってキリスト教徒が相互関係を通して、どこの教会でも自分の教会にいる時と同じように感じられる、と確信することを妨げられることはありませんでした。霊的、倫理的生活ばかりではなく、使徒たちの後継者である司教の指導のもとに行われる様々な宣教や奉仕活動における、教会の真の構造に関する共同体の心臓であり、モデルである聖体拝領を祝うために、皆が一緒に集まりました。初期の公会議は、多様性を認めたうえでのこの持続する一致を雄弁に証していま※10

著作の中では、東と西に関する構造的問題について話されていませんが、東の教会の重要性についての言及は多くあります。それに関して、ペトロの役割の重要性は断固として強調されるべきだと言うことは、後のメッセージの中で、霊的刷新は東の教会によって十分鼓舞され得るという洞察と対になっています。それによって、キリストの御からだはなぜ、東と西における教会という両方の肺で呼吸することが必要であるかが、ますます明らかになります:

「西の家よ、私の霊に照らされ、体が楽に呼吸するには二つの肺が必要であり、私のからだは一つの肺では不完全だと悟った。私の甦りの霊があなたたちを一つに結ぶようにと祈りなさい、だがその前に私はどれほど苦しまねばならない※11!」(1996年11月27日)

他の同様のメッセージ:

「東の家と西の家が手を結び会う日を祈りなさい、ちょうど左右そっくりの一組の手が祈るために合わさり、祈っているときは同じように美しく天に向けられているように。同じからだに属したこの二つの手が、一緒に働き、互いに能力と資源を分かち合ってほしい…その二つの手で私を高く挙げなさい……」(1995年6月15日)

別のメッセージでは、キリストの御からだを統一するために二つの家に再び心が通い合うようにするための東の役割について話されます:

「聴いて書きなさい:東の岸から栄光が輝き出よう。 それゆえ西の家に言う:東に目を向けなさい。あなたの家の背教と破壊を 激しく涙することはない。 狼狽(ろうばい)しないように、明日は東の岸辺の我が若枝と一緒に食べて飲むであろう。 あなた方を私の霊が引き合わせる。 東と西は一つの王国になるとは聞いていなかったか? 一つの日取りを受け入れると 聞いていたであろ※12?」

「私は手をさしのべて棒切れに次の言葉を刻む。西の岸辺、ペトロの家と彼に忠実なすべての人びと。それから、別の棒にはこう刻もう。東の岸辺パウロの家と、彼に忠実なすべての人びと。そして西方の家の者たちが「主よ、どういう意味ですか」と尋ねるなら、こう答える。「パウロの名と彼に忠実な者たちの名を刻んだ棒を取り上げ、ペトロと彼に忠実な者たちの棒を合わせ、一つに束ねる。二本とも一本の棒にして束ねて持とう。私の新しい名をもって束ねよう。これが西と東の懸け橋となる。我が聖なる名が懸け橋となる、こうしてあなた方は橋を渡り、持ち物を交換しあう。もはやどちらも離ればなれではなく、ともだって活動し、私が皆の上を治める」

「私が計画したことは確かに起ころう、そして人が、娘よ、これらのしるしは私からでないとあなたに言うなら、こう言いなさい。『心配はいりません、主は聖所であると同時につまずきの石だとは聞いていませんでしたか? 二つの家を倒すことができる岩ですが、一つの家として再び立ち上げることもお出来になると?』」(1994年10月24日)

再び、このメッセージはペトロの役割と権威を少しも損なうものではなく、世界が信じるように、キリストの御からだの西側と東側の部分を一体にする重要性を強調しています。

キリスト教一致の将来

メッセージは、正教会とカトリックの両方の伝統の中で知られている、ローマの司教であるペトロの首位権を確証していますが、管轄権の問題については何も話されていません。この問題について話すようには召されていないと信じますので、そうすることをどんな形にしろ私は控えます。

私の召命は、教皇の重要性を確証することであり、一致の内側からの組成を構築し強化するための促しとなりながら、彼に従わず反抗しがちな人びとに対して教皇の座を擁護することです。私の一致への主な取り組み方は、霊性を通した一致です。メッセージは私たちの内側と外側の両面における一致への呼びかけです。──個々の教会の内部、そして教会間の両方における一致の霊的原動力を強めるという呼びかけです。

主はこのことについて話さないことを選ばれ、また、このことについて私に光を与えるご好意を示されませんでしたので、教会が一致したときの将来の構造がどのような様子なのかを私は知りませんが、それは霊性を通して実現されると私は信じます。いろいろなエキュメニカルな集いで、その将来の一致の恵みを前もって味あわせていただいていると信じます。

例えば2000年の3月に、主は私たちの祈りのグループが、聖誕地であるベツレヘムで集うことをお許し下さいました。450人の人びとが、地のあらゆる所からやって来ました。そうです、五五ヵ国以上の十二の違う宗派の教会から、平和と一致のための国際的祈りの集いへです。私たちは、一つの家族として集まりました。十二の宗派の違う教会から来た75人の聖職者たちが私たちと集まっただけでなく、この祈りの集いのことを聞いた他の聖職者たちが、聖地からも私たちに加わりました。このエキュメニカルな集いは「神のうちの真のいのち」の著作に感動したユダヤ人とパレスチナ人によって企画されました。彼らはキリストのあがないと、私たちの時代におけるキリストの救いの計画を信じ、この集いの実行を自発的に引き受けてくれました。パレスチナ人とユダヤ人が私たちの時代に如何に戦っているかを知るとき、彼らの和解は、分裂しているキリスト教徒の間に平和をもたらす集いのために働くよう、この二つの民族を結びつけた聖霊の力を示すしるしです。聖書が言うように、「神のみ心にかなった生活という実を結ぶ種は、平和をもたらす人によって、平和のうちにまかれます」(ヤコブ3・18)これは、私たち皆にとっての教訓です。

私たちはいつか、キリスト教徒の間にもたらされる一致がどのようなものであるかを前もって味わい、それを生きました。私たちは、違う宗派の教会の聖職者たちによる一致についての講話を聴きました。彼らの講演は、一つの声と一つの心から来ているように響き合いました。彼らが話している間、私たち皆が一つであることを大いに熱望しているのを感じました。一致に対する信者と聖職者たちの渇望を理解し、目の当たりにしました。しかし、私たちはそれと同時に、私たちの分裂がキリストの神秘体に生じさせた大きな外的な傷も感じました。

私たちの大多数は、この分裂にあきあきしています。と言いますのは、主の愛の碇に従っていないからです。キリストは、私たちの分裂を見ることに、もっとみ疲れておられます。キリスト教徒の間での完全な一致を訴えながら、共に結びついたこれらすべての国々の喜びの喝采と歓呼は、この分裂が罪であるだけではなく、神を証しすることと反対でもあることを暴露しました。しかし、一致に対する一番大きな罪は、復活際の日取りが同じではないことです。私たち皆が一括した声で同じ日に、「キリストは甦られた」と一緒に叫ぶことができる時、どんなに素晴らしいでしょう。私たちは皆「み旨が天に行われるとおり、地にも行われますように」と唱えます。イエス・キリストは、御血によって私たちを共に一つにしてくださったのですから、この一致をどうして否定できるでしょうか。「実に、キリストご自身こそ、私たちの平和であり、互いに離れていた二つのものを一つになさったかたです。キリストは、ご自分の体によって、人を隔てていた壁、すなわち、敵意を取り除き、かずかずの規定を伴うおきてからなる律法を無効にし、二つのものをご自分に結びつけることによって…」(エフェソ2・14-15)。もし神が、私たちが一つになることをお望みであるならば、どうして私たちは神に「ノー」と言えるでしょうか? それは、私たちの心が頑なになったからでしょうか。教皇が、「私たちを一つにする要素は、私たちを分裂させる要素よりもずっと多い」と仰しゃったときの言葉を、私たちは忘れてしまったのでしょうか。ですから、私たちはそれらの要素を取り上げ、完全な一致への道を平らにするために使うべきです。

ご聖体とご聖体の分かち合い

カトリック教会の公教要理には、御聖体に関して聖アウグスチヌスを引用して、次のように書かれています。

この神秘 [御聖体] の偉大さを前にして、聖アウグスチヌスは:「ああ、なんと素晴らしい敬神の秘跡よ! ああ、なんと崇高な一致のしるしよ! ああ、なんと尊い愛の絆よ!」と叫んでいます。そのことを考えると、主の食卓を共にすることを妨げる教会の分裂は大きな悲しみをもたらします。だから、主を信じるすべての人の完全な一致の日が訪れるようキリストに祈ることが、緊急に求められているのです(カトリック教会のカテキズム1398)。

主は私たちが和解し、再び一致することをしきりに促されます。ある有名なカトリックの枢機卿が、その枢機卿のローマでのミサに出席したニューヨークの私の友人でもある正教会の司祭に最近言ったように、信仰と礼拝の表現の仕方が違うにも関わらず、私たちは同じ秘跡をもち、実質的には同じ信仰を分かち合っているのですから、カトリックと正教の間で主の食卓を一致して囲むというこうした一致を再び獲得することは可能に違いないと言うのが、私の確信です。私たちの主の燃えるような愛は、主の御からだの完全な一致にたいする主の切望が如何に深いものであるかを私に経験させて下さり、私たちの愛と霊的交わりの欠如に主が苦痛を感じていらっしゃると私は信じます。従って、私には主の御からだが再び一致するのを見ること以上に大きな切望はなく、私たちキリスト教徒は、もし本当にイエス・キリストを愛しているのならば、キリストの御からだの分かれている部分の一致のために、私たちにできる限り働いて、すべてやれることはやるべきだと私は確信しています。

一方で、この一致が簡単には実現せず、私たちの主の奇跡を通してしかなされないであろうことを私は知っています。私たちは、一致を促すために出来ることはすべてしなければなりませんが、主が聖霊の御わざであるその一致を私たちにもたらして下さると約束なさいました。そしてそれはかつて1992年に言いましたように、ベルリンの壁の崩壊のように突然やって来るのです:多くの世代が未だ目撃したことない不思議を慈しみと義によって行っておられます、そして一致はあけぼののように訪れ それは共産主義の崩壊のように突然訪れるでしょう──それは神によって与えられ、民は偉大な奇跡、歴史上の祝された日と銘打つでしょう(1990年1月10日)。

キリストがお一人であり、一つの聖なる御からだしかお持ちでないという意味で、キリストの教会は一つです。分裂しているのは教会の民なのです。聖書によれば、私たちの間で信仰、愛、礼拝の一致が実現するのを妨げている障害、キリスト教徒を分離させているこうした否定的な障害を、もしクリスチャンが乗り越えることが出来るならば、神の御子が「あなたが私の内におられ、私があなたの内にいるように、彼らも私たちの内にいるようにしてください。あなたが私をお遣わしになったことを、この世が信じるためです」(ヨハネ17・21)と言われたときに、既に願われた祈りを御父はお聞きくださるでしょう。

この恩寵を待つ間、私は現在の情勢の中でその原則にできるだけ従い、どの教会のメンバーの良心も侵害すべきでないと確信しています。質問の中には、次のようにあります。「あなたの著作を読むと、あなたはどちらの教会にもコミットせずに、教会の枠を超えた立場に立って居られるような印象を受けます……」。書かれた書物の中には、私が両教会の枠を超えた立場に立っているという印象を与えるような根拠がありません。あなたがそう書かれたのは、もっと実践的なレベルの上での事でしょうか。

私の信仰実践の立場はどうかと申しますと、私は正教徒であり、私の教会に完全に参加しています。私が以前住んでいたバングラデシュのダッカのように教会がない場合でない限り、近くに正教の教会がある場合には、必ず日曜日の聖体礼儀(ミサ)に与らないことはありません。現在住むローマに引っ越してくる前までは、スイスに11年間住んでいました。もちろん私が旅行中でない限りは、毎週日曜日に地元の正教会へ行きましたし、ローザンヌのギリシャ人司祭アレキザンダー・イオシフィデス神父様をはじめ、その教会にいて私を定期的に見かけていた信徒たちは私の証人です。外国では、私が従うべく計画されていて、そこで証しをするような旅行中は時々、そう言う事は稀だと付け加えますが、私が話をするように招待してくださったその所のカトリックの司祭や司教が、私が話すのと同じ場所で公開のミサを続けるように計画されていることもありえます。その場合には、プログラムにあるミサに与る人びとと共にそこに残り、そこで御聖体を拝領します。

ここローマでは、中心街からもローマの中心にあるギリシャ正教の教会からも、かなり遠く離れたところに私は住んでいます。トレ・フォンテーヌにスラブ正教の教会があり、そこに行ったこともありますが、私には言葉が分かりません。それで時折り、一年のうちの半分は家を空けますので、私の家から三キロのところにあるマドンナ・デル・ディヴィーノ・アモーレ教会で御聖体を拝領します。

カトリック教会のカテキズムに、「ご聖体を〈聖なるものとして〉受ける聖体拝領は、ある適当な条件のもとに教会権威の承認を得た上で、可能であるばかりでなく勧められる」(カテキズム1399)と、繰り返されているように、第二バチカン公会議が私にこうすることの許可を与えていると信じます。

第ニバチカン公会議の布告の中(『カトリック東方諸教会に関する教令』26)では、「誠意をもちながらもカトリック教会から分離している東方のキリスト者が、自発的に願い出て正しい意向をもって望む時には、ゆるしの秘跡、御聖体の秘跡、病者の塗油秘跡…を受けることが認められる」と述べられています。

カトリックの教会法には、次のように述べられています。

カトリックの奉仕者は、カトリック教会との完全な一致を有していない東方教会の信者が、自発的に求め、かつふさわしく準備している場合、ゆるしの秘跡、聖体の秘跡及び病者の塗油の秘跡を適法に授与することができる。かつ当該の秘跡に関して、上記東方教会と同等の条件下にあると使徒座が判断するその他の教会の信者に対してもこの規定は適用される(教会法844.3)。

教皇ヨハネ・パウロニ世の「キリスト者の一致」と題された前記回勅の書簡では、次のように述べられます。

『東方カトリック諸教会に関する教令』は語ります。「東方教会の兄弟たちに関しては、司牧上の経験から、教会の一致を傷つけず、避けるべき危険をともなわず、かえって救霊の必要性と魂の霊的善が切実に要求する、個人個人に関する種々の事情が考慮され得るし、また考慮すべきことを示している。したがってカトリック教会は、諸秘跡および聖なる事物に共にあずかることによって、すべての者に救霊の手段とキリスト者間の愛徳の証明を与え、時、所および個人個人の事情に応じて、よりゆるやかな行動様式を採用してきたし、今もそうしている。これらの事を考慮にいれて、聖なる教会会議は、「われわれの了見のきびしさが人々の救いの妨げにならないために」、またわれわれから分かれてい東方諸教会との一致を促進するために、次の行動様式を定める。」(第二バチカン公会議『東方カトリック諸教会に関する教令』26)。

宗教改革後の諸教会との関係はどうかといえば、物事はもう少し複雑です。『神のうちの真のいのち』を読んだ多くのプロテスタントの家庭で育った人びとは、彼らの自由な選択によってカトリックに改宗しましたが、御聖体に関する問題におもに原因があります。イエスは彼らの秘跡の正当性についてメッセージの中で述べていませんが、主は、プロテスタントの人々がイエスの御母を愛し、ペトロの役割を認めるように今再び促しておられます。

「ヴァスーラ、教会を一致させる時が来た。再び一つとなりなさい、愛する者たちよ、このいにしえの廃墟を建て直しに来なさい、私自身の手で打ち立てた土台、古いもといを立て直しなさい。我が母を尊ぶように、みことばである私が誰にもまして尊んでいるように。そうならば、塵と灰であるあなたが御母を天の元后として認め、尊ぶのを私が望まないだろうか? 被造物が御母の大切さを殆んど知らないのを見て、今日私は深く悲しんでいる。ルーテルの名のもとにある人びと、そして全く自分を切り離してしまった人びとは、ペトロのもとに戻りなさい」(1987年12月22日)

他のメッセージの中で、御聖体の神秘の偉大さと、その中に居られるキリストの神聖の現存を見ようとしないそれらのキリスト教徒をキリストは叱責しっせきしておられます。

「……そこで私の神秘を受け入れない聖職者たちにはこう言う。「正気を取り戻し、私を真剣に探し求めなさい。一方では私の母に対する敵意も克服するように。どの民も、私の肉と血は御母に由来すると知ってほしい。 そう、私のからだはまこと聖なる乙女、純粋な血に由来する。母の名は祝されるように! 私を受けにくる地上すべての貧しい者たちを救い、不滅のいのちを与えようと私はパンとなり私自身を与えた。そしてこの聖体拝領を通して、私を受けるすべての者たちを聖化し、神化し、我が肉の肉、骨の骨とさせる。(……)我が神性を通して私は人を神化する(……)今日の私は人に裁かれている。あなたたちを覆い、荘厳に飾って、変容を遂げさせ、神となし得る衣装は※14、私の神秘を把握できない諸教会に拒まれている……今日もまた天から私は叫ぶ。「兄弟たちよ、どうして私の神性を見くびるのか? 自分たちこそ何が正しいかを知っていると言うなら、どうしてその霊が私の教会を略奪するのか?(……)私が真に制定した仕方でミサ聖祭をたて、神聖な神秘に与れるよう、私はあなた方を招いている(……)彼らは私の力を認め、その畏るべき権威を宣言し、私に賛美をうたい、我が全能と力ある不思議を承認する、だが聖体のうちなる私の神性と現存の荘厳を測るとなるや、私は蹟きの石となってしまう」(2000年10月16日にイエスが話されます)

結婚に関する状況

あなたの質問のあとの方では、私が時どきカトリック教会で御聖体を拝領することについて次のように言及しておられます。「あなたのカトリックの信奉者の中には、これらの態度を相対主義的な見地で解釈し、自分たちの教会の規律を無視する誘惑にかられる人々も出るかもしれないという心配があります」と。上記に私が引用しました教会法によれば、私はカトリック教会の教会法に全く従っていることが証明されますので、カトリック信者が相対主義的に反応する理由を私は見いだしません。

私は離婚を勧めているわけではありませんし、カトリック教徒の間で離婚者の再婚を許可するような教義を奨励するように努めてもいません。私の離婚と民事による再婚は、私が回心する以前のことです。回心の後、『神のうちの真のいのち』のメッセージの光に照らされて、私の結婚の状況が正統ではないことが分かりました。しかし、私以外の人は誰もこの事情を知りませんでしたし、公に遺憾の意を表わしたのは自分からしたことです。実際、誰もそのことについて何も知らなかった時に、自分自身の事情を自分で非難しました。自分の間違いを悟りましたので、ローザンヌの私の教会の権威者に申し出て、正教会の結婚の規定に従って、すべての手続きを済ませるための過程を経ました。このように、私は他の正教会のキリスト教徒と同じように、私の教会とその規定とに問題のない正教会の信徒であり、そういう者として上に述べた原則により、自分自身の教会でもカトリック教会でもご聖体を拝領することが許されています。カトリック教会の結婚に関する規定を軽視しているわけでは、決してありません。
御参考までに、この文書と共に私の結婚証明書を添付します(添付1)。


※4 1997年にトゥレムベラス氏によって出版された、私たち正教会の教理の本の第一巻の79ページにおいて、〈啓示とは、神の存在、本質、意志の神秘について、ご自身の分別をわきまえた被造物にその限られた知的能力に応じて知らせるために神が取られる行動である……と定義されている〉にもかかわらず。
※5 ユニエイト(東方帰一教会)とは、ローマ・カトリックの教皇を首長と認めながら、東方式典礼・慣習を保持する一派(訳注)
※6 教皇
※7 ヨハネ福音書21・15-17
※8 ヨハネ福音書21・15-17
※9 教皇ヨハネ・パウロニ世の回勅『キリスト者の一致』(Ut Unum Sint)、エキュメニズムヘのコミットメントについて89
※10 同回勅、エキュメニズムヘのコミットメントについて61、使徒的書簡『東方の光』(Orientale Lumen 1995.5.2)参照。
※11 同時に「その前に私たちはどれほど苦しまねばならないだろうか!」とも理解しました。「私たち」とは、イエスと共に教皇ヨハネ・パウロニ世のことを意味していました。
※12 キリストが一致に関するすべてのメッセージについて言われており、復活祭の日付を統一するよう、私たち皆を呼んでおられると私は理解しました。このことだけがキリストを「settle 落ち着かせ」、一致へのキリストの渇きを癒やすようです。私たちが復活祭の日付を統一するなら、あとはご自分がすべてなさる、とキリストは約束されました。
※13 教皇ヨハネ・パウロニ世の回勅『キリスト者の一致』(Ut Unum Sint)、エキュメニズムヘのコミットメントについて58
※14 キリストを表す象徴的なよび名