2025年11月

教皇レオ十四世、キリスト者に「時代遅れの神学論争を乗り越えよ」と呼びかける

2025年11月24日 in お知らせ

教皇レオ十四世は、2025年5月30日にバチカンで
コンスタンティノープルのヴァスソロメオス総主教を迎えた|バチカン・メディア

CNAの記事を和訳

2025年11月23日 バチカン

レオ十四世教皇は、もはや一致の助けにならない「神学論争」を乗り越え、1700年前のニカイア公会議が告白した信仰を共に再発見するようキリスト者に呼びかけた。

教皇は11月23日、王であるキリストの祭日に、新しい使徒的書簡『信仰の一致のうちに In unitate fidei』を発表した。教皇はこの書簡の中で、第一ニカイア公会議の1700周年、2025年の聖年、そして自身のトルコ訪問を結びつけている。教皇は11月30日にコンスタンティノープルのヴァルソロメオス総主教とともにニカイア1700周年の記念行事に臨み、その後レバノンへ向かう予定である。

教皇は書簡の冒頭で、「この書簡が、教会全体が信仰告白への熱意を新たにするための励ましとなることを望む」と述べ、ニカイア・コンスタンティノープル信条について「何世紀にもわたりキリスト者の共通遺産であり、絶えず新たで適切な方法で告白され、理解されるに値する」と強調した。

また教皇は、この記念にあわせて国際神学委員会がまとめた新文書『イエス・キリスト、神の子、救い主──ニカイア公会議1700周年』が承認されたことに触れ、それが神学的・教会的次元だけでなく文化的・社会的観点からも重要な洞察を与えるものであると紹介している。

教皇は教会一致の強い訴えとして、次のように述べる。「ニカイア信条は、完全な一致へと新たに歩み出す際の基礎であり、基準点になりうる。信条は、正当な多様性の中にあるまことの一致の模範を示している。三位一体の一致、そして一致のうちの三位一体である。なぜなら、多様性なき一致は専制であり、一致なき多様性は分裂であるからだ」。

「ゆえに、もはや存在理由を失った神学論争を手放し、共通理解を深め、さらにそれ以上に、聖霊への共通の祈りを育てていかなければならない。聖霊が私たちを一つの信仰と一つの愛のうちに集めてくださるように」。

教皇はさらに「キリスト者の一致の回復は私たちを貧しくするのではなく、むしろ豊かにする」と述べ、完全な可視的一致の目標は「神学的挑戦であると同時に、さらに霊的挑戦であり、すべての者に回心と悔い改めを求める」と語った。

「この信条は私たちに希望を与える」

教皇は今日の危機の中で、聖年のテーマ「キリストは私たちの希望」とニカイアの記念が重なることを「摂理的な一致」と捉え、こう語る。「戦争や暴力の脅威、自然災害、深刻な不正や格差、飢えと貧困に苦しむ数百万の人々のただ中で、この信条は私たちに希望を与える」

教皇はすべてのキリスト者に対し、「調和のうちに歩み、愛と喜びをもって受けた信仰の賜物を守り伝える」よう招くとともに、とくに信条の核心部分である「唯一の主イエス・キリスト、神の独り子……私たちの救いのために天から降りて来られた」という告白の重要性を改めて強調した。

ニカイア公会議が扱った論争の核心

教皇は書簡の大部分を、ニカイア公会議の歴史的・神学的文脈の説明に費やしている。

教皇は、アリウスの教えが「イエスはまことの神ではなく、創造された高度な存在にすぎず、神と人の中間的な存在である」という主張であったことを説明した上で、この論争は「福音のイエスの問い『あなたがたは、私を誰と言うか』への答え」という、信仰の核心をめぐる問題であったと述べる。

ニカイアの教父たちは、イエスが「御父の本質から生まれ、造られず、御父と同質(ホモウシオス)である」と告白した。教皇は、教父たちは聖書の唯一神信仰と受肉の真実を守るために哲学用語を用いたのであり、「ギリシア思想への迎合ではなく、聖書の信仰を明確に表現するため」であったと指摘する。また「ニカイア信条が示すのは、遠く離れ、近づきがたく動かない神ではなく、地上の最も暗い場所においてさえ、世界を歩む私たちの旅路に寄り添う神である」と強調する。そして、神の偉大さは「神が小さくなり、貧しい者や小さな者のうちに隣人となるときにこそ現れる」と述べる。

レオ十四世教皇はまた、ニカイア信条が強調したキリストの完全な人性にも光を当て、ことば(ロゴス)が「人となった」と明確に述べられている点を指摘する。ロゴスが単に「身体だけをまとった」にすぎないとする一部の教えに対して、教皇は後の公会議が、「キリストにおいて神は人間全体、すなわち体と魂の双方を受け取り、あがなわれた」と明確に述べたことを想起させる。

さらに教皇は、聖アタナシウスと教父たちの伝統を引用して次のように述べる。「神化とは、まことの意味での人間化(完全に人間になること)である。だからこそ、人間の存在は自らを超えて求め、望み、そして神のうちに憩うまで落ち着かないのだ」。

教皇はさらにこう付け加える。「人間の心の無限の渇望を満たすことができるのは、無限である神のみである。このために、神の子は私たちの兄弟でありあがない主となることを選ばれたのである」。

良心の吟味への招き

教皇は信条について、「口で告白することは、心から発し、生活で証しされなければならない」と語り、次の問いを信者に投げかける。私は今日、この信条をどれほど内的に受け取っているだろうか? 日曜日ごとに唱える言葉を理解し、生きているだろうか? それらは私の人生に何を意味するだろうか?」

また、被造物の管理責任を含む社会的・倫理的課題にも触れ、「私は神の作品である被造物をどう扱っているのか。敬意と感謝をもって用いているのか、それとも搾取し破壊しているのか?」と問いかける。

第二バチカン公会議の教えを踏まえつつ、レオ十四世教皇は、今日では「多くの人にとって、神と神についての問いは、自分の人生においてほとんど意味を持たなくなっている」と指摘し、その責任の一端はキリスト者自身にもあると述べる。キリスト者が「まことの信仰を証しせず、その生き方と行いが福音から逸れているために、神のまことの顔を覆い隠してしまった」からである。

「本来ならばいつくしみ深い神を告げ知らせるべきところで、恐怖を抱かせ、罰を下す復讐の神が語られてきた」と教皇は嘆いている。

キリストに従い、互いに愛し合うこと

信条の中心はイエスを「主であり神である」と告白することであり、教皇はキリストに従うことが「しばしば困難で痛みを伴う道」であることを認めつつ、それが救いの道であると強調する。「見える兄弟姉妹を愛さずに、見えない神を愛すると言うのは偽善である」。また、災害・戦争・惨禍の中で、神に疑いを抱く人々が神のあわれみを知ることができるのは「私たちを通してのみ」であると述べた。

一致は「平和のしるし、和解の道具」

教皇は第二バチカン公会議と聖ヨハネ・パウロ二世の回勅『一つになるように Ut unum sint』を引用し、「世界の分断が深まる中で、キリスト者の一致は平和のしるしとなり、和解の道具となる」と述べる。

完全な可視的一致には至っていないものの、ニカイア信条と唯一の洗礼に基づくエキュメニカル対話によって、キリスト者同士が互いを兄弟姉妹として認め合い、「キリストの弟子の唯一の普遍的共同体」を再発見しつつあると説明する。

そして力強くこう語る。「私たちを分裂させるものよりも、結び合わせるものの方がはるかに大きいのです!」と教皇は強調する。教皇はまた、全教会の殉教者の証しが一致の道を力強く推し進めることを思い起こさせる。

「神の慰め主よ、来てください」

教皇書簡は最後に、信仰の刷新とキリスト者の間にある分裂のいやしを願う聖霊への祈りで締めくくられている。

「来てください、天からの慰め主よ、調和の源よ。信じる者の心と精神を一つにしてください。来てください、交わりの美しさを味わわせてください」と教皇は続ける。

「来てください、父と子の愛よ。私たちをキリストのただ一つの群れへと集めてください。どの道を歩むべきかを示してください。あなたの知恵によって、私たちがキリストにおいて本来あるべき姿──一つ──に再び戻ることができますように。そうして世界が信じるようになりますように。」

復活祭の日付の統一への試みの歴史的概要

2025年11月19日 in お知らせ

1920年、コンスタンティノープル総主教庁が、全教会が共通の暦を使用することを提案しました。これは、復活祭の日付の統一を目指したもので、エキュメニカル(教会一致)運動の文脈で議論されました。しかし、暦の違いや伝統の抵抗により進展しませんでした。

1970年代以降の動き: 世界教会協議会(WCC)などが関与し、共通の日付の議論が活発化。1970年のシャンベジー会議では、移動祝日としての復活祭の意義を維持しつつ、統一を検討しました。これらは1990年代の基盤となりました。

1990年代には、冷戦終結後のエキュメニカル運動の高まりで、統一の好機が何度かありました。特に、1997年のアレッポ会議が象徴的ですが、うまくいきませんでした。

1994年の準備段階: WCCの執行委員会が、復活祭の日付統一を推奨。イアシ(ルーマニア)とディッチンガム(英国)での会議で、科学的・天文学的な計算方法の採用を議論しました。これにより、1997年の本格的な会議につながりました。

1997年のアレッポ会議 シリアのアレッポで、WCCと中東教会協議会(MECC)が主催した国際会議。東方・西方の代表(正教会、聖公会、ルター派など)が参加し、復活祭の意義(キリストの復活による和解と新しい創造)を再確認しました。

提案されたのは、ニケア公会議の原則を維持しつつ、現代の精密天文学データ(春分と満月)を用いて計算する方法で、エルサレムの経度を基準とするもの。2001年(東西方の日付が一致する年)から実施し、以後統一することを目指しました。この提案は、暦の違いを解消し、キリスト教の一致を象徴するものとして期待されました。 しかし、この試みは失敗に終わりました。主な理由は以下の通りです。

・東方教会の抵抗 正教会を中心に、提案が西方中心の押しつけと見なされました。東方にとっては即時の日付変更を意味し、伝統的なユリウス暦の放棄を強いるものだった一方、西方教会は2019年まで大きな変化がなく、不均衡でした。また、エキュメニズム自体に対する保守派の警戒心が強かったのです。

・合意の欠如 1998年、北米の正教会─カトリック神学協議会でアレッポ声明を支持する共同声明が出ましたが、広範な教会の合意が得られませんでした。2001年に日付が一致したにもかかわらず、恒久的な統一には至らず、機会を逃しました。

・その他の要因 科学的計算の導入が、伝統的な教会暦の象徴性を損なうとの懸念や、地域ごとの牧会的配慮(例: 東方教会の忠実な信徒の抵抗)が障壁となりました。

アレッポ後の1998年、米国正教会─ルター派対話やカトリック─正教会協議会で支持が表明されましたが、実施に至らず。2001年の一致を「一時的なもの」として終わらせ、統一の勢いは失われました。

2000年代以降の動き

1990年代の失敗を受け、2000年代以降も散発的な試みが続きましたが、成功していません。2008から2009年にわたり、カトリック、正教会、プロテスタントの指導者らがアレッポ声明を基に合意を試みましたが、進展なし。シリアやレバノンのエキュメニカルな努力が影響しました。

2014年以降、コプト正教会のタワドロス二世教皇が2015年にローマ教皇フランシスコに統一を要請。2016年、カンタベリー大主教ジャスティン・ウェルビーが固定日(4月の第2または第3日曜日)を提案し、5-10年内の解決を目指しました。2022-2024年、全地総主教バルトロメオスが2025年からの共通の日付を呼びかけましたが、詳細な合意は未だありません。

2025年の機会 ニケア公会議1700周年にあたり、両教会の日付が4月20日に一致します。これを機に統一の議論が再燃していますが、過去の失敗から、保守的な抵抗や計算方法の合意が課題です。

東方教会(主に東方正教会)の抵抗 ロシア正教会は東方正教会全体の約半数の信徒を擁する最大の自治教会であり、保守的な立場から復活祭の日付の統一に強く反対してきました。特に、ユリウス暦の厳格な遵守と、エキュメニカル運動(教会一致運動)に対する警戒心が背景にあります。

ロシア正教会の役割と抵抗の理由主要な抵抗者としての位置づけ ロシア正教会(モスクワ総主教庁)は、復活祭の日付の統一の試みに対して一貫して反対の姿勢を示しています。例えば、1997年のアレッポ会議後の提案(精密天文学に基づく共通計算方法)では、東方教会全体の抵抗の象徴として機能しました。この抵抗は、統一が西方教会(カトリックなど)の影響を強め、東方の伝統を損なうものと見なされるためです。

また、2018年にコンスタンティノープル総主教庁との断絶(ウクライナ正教会の独立承認をめぐる対立)が起きて以降、統一の議論はさらに複雑化し、ロシア側はこれを「分裂を深める」ものとして拒否しています。

暦の伝統の維持 ロシア正教会はユリウス暦を移動祝日(復活祭など)に使用しており、グレゴリオ暦への移行や科学的計算の導入を「非正統的」と批判。1923年のコンスタンティノープル全正教会会議(暦改革を提案)も、代表性の欠如から「大いなる誤り」とされ、抵抗の歴史的基盤となっています。

エキュメニズムへの疑念: 統一を西方中心の押しつけと捉え、キリスト教の分裂(1054年の大シスマ)を助長する恐れがあると主張。バルトロメオス総主教の呼びかけ(例: 「一つの主の復活を別々に祝うのはスキャンダル」)に対しても、モスクワ側は応じず、むしろクリスマス日付の統一(ロシアは1月7日)を優先すべきと指摘し、逆効果を警告しています。

内部的分裂の懸念 統一が採用されれば、東方正教会内で「旧暦派」と「新暦派」の対立を再燃させ、1920年代のギリシャやルーマニアで起こった分裂を繰り返す可能性が高いとされます。

他の東方教会の関与 抵抗はロシア正教会に限らず、他のユリウス暦使用教会(セルビア正教会、グルジア正教会、エルサレム総主教庁など6教会)も共有しています。これらは全体の少数派ですが、保守的な立場から統一に反対。一方、コンスタンティノープル総主教庁や一部のギリシャ系教会は推進派で、2025年(ニケア公会議1700周年)の統一を目指していますが、合意に至っていません。

全体として、東方教会の抵抗は暦の違いや神学的伝統の多様性から生じており、ロシアがその象徴的なリーダー役を担っている形です。

復活祭の日付の一致のための24時間の聖体礼拝

2025年11月11日 in お知らせ

2025年11月22日(土)23:00(日本時間)から

国際ライブ配信イベント

「神のうちの真のいのち」復活祭の日付の一致のための24時間の聖体礼拝

日時:2025年11月22日(土)午後11時(日本時間)から

以下のページから視聴できます。
https://ww3.tlig.org/en/live/

備考:

・復活祭の日付の一致のためのノベナ(9日間の祈り):11月18日〜26日
・「神のうちの真のいのち」40周年の記念日:11月28日
・教皇と全地総主教の歴史的会見:11月27日〜30日

概要

「神のうちの真のいのち」は、2025年11月22日から23日に開催される 「神のうちの真のいのち 24時間の聖体礼拝」 と、11月18日から26日に行われる 「復活祭の日付の一致のためのノベナ(9日間の祈り)」 を開催することを喜びとともに発表いたします。

この二つのイベントは、希望の大聖年の特別な時期にあって、2025年11月27日から30日に予定されている教皇レオ十四世とバルソロメオス全地総主教の歴史的会見が開かれる直前に行われます。

この会見は、西暦325年の第1ニカイア公会議が「復活祭の日付をひとつに定めた」ことの1700周年記念であり、両教会が復活祭の日付を再び一致させることへの希望が込められています。

イエスがヴァスーラに語られた言葉を思い出してください。

「兄弟よ、くる年もくる年も耐えている痛みを、またこの季節も忍ばなければならないのか? それともこのたびは休ませてくれるだろうか? あなたたちの分裂の杯を、もう一度、この季節にも飲まねばならないのか? それとも私の体を休息させ、復活祭の祭日を、私のために統一してくれるだろうか? あなたたちが復活祭の日付を統一することによって、私の痛みは和らぐ。兄弟よ、そしてあなたたちは私のうちに歓喜し、私はあなたたちのうちに喜ぶ。そして多くの視力が取り戻されるだろう……」
(『神のうちの真のいのち』1991年10月14日)

以前の24時間の聖体礼拝についてのメッセージ

2022年の24時間の聖体礼拝には、51か国から8,000人以上が参加しました。その翌日(2022年5月31日午前3時30分)、イエスはヴァスーラに呼びかけ、聖体礼拝に参加した人々にこう語られました。

「あれほどの信心を見たのは久しぶりだ──はっきり言っておく、私の父と私は、あなたたちの中に私たちの住まいを作った。あなたたちの心の中に私たちを留めておくように。私たちの現存とはいのちである……」
(『神のうちの真のいのち』2022年5月31日)

○参加の呼びかけ

この24時間のうち、一時間だけでも聖体礼拝にお捧げください。そうすれば、世界のどこかで、常に少なくとも一人の礼拝者がいることになります。(*日本では、日曜日の午後のオンラインの祈りの集いで2時間参加します)

この「平和の日」は、イエスとマリアの聖なる御心に大きな慰めをもたらし、また世界に多くの恵みをもたらす日となるでしょう。

当日は、英語・フランス語・アラビア語・アラム語・ラテン語・ギリシャ語・スペイン語で祈り、聖書の朗読と『神のうちの真のいのち』のメッセージの朗読も行われます。

復活祭の日付の一致のためのノベナ

2025年11月8日 in お知らせ

2025年11月18日─26日

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1日目

黙想

「決して祈りを止めてはならない。私を喜ばせ、心を込めて祈りなさい。一致のため、私の体の一致のために祈ってほしい。教皇と総主教のために祈ってほしい。すべての司祭のために祈ってほしい。ペトロの導きのもとにいない羊たちが、ペトロのもとに戻って和解するように祈りなさい。一人の羊飼いのもとに、一つの群れとなるように祈りなさい。あなたたちの間に平和、一致、そして、より大きな愛があるように祈りなさい。あなたたちが一つの聖櫃を囲んで私を賛美することができるように祈りなさい。一致しなさい、愛する者たちよ。一つになりなさい。父と私が一つであり、同じであるように。あなたたち皆を祝福する」
(『神のうちの真のいのち』1989年1月17日)1

祈り

主イエス・キリストよ、あなたはペトロの信仰という岩の上に教会を築かれ2、御父とあなたが一つであるように、私たちも一つになるよう祈られました3。あなたが尊い御血をもって贖われた、あなたの花嫁である教会を、今日、御覧ください4。そして私たちの分裂の傷をいやしてください。あなたの聖霊が私たちを真理のうちに強め、揺らいでいるあなたの家5を建て直し、あなたの栄光を回復してくださいますように。これをあなたに願います。あなたは御父と聖霊とともに、唯一の神として世々に生き、支配しておられる御方です。アーメン。

「イエスよ、
あなたの聖なる御顔を私たちに向け、ほほえみかけてください。
そうすれば私たちは再び生き返ります。
私たちの分裂は火のように私たちを焼き尽くしました。
あなたのみが奇跡を行うお方です。
私たちを一つにしてください。
人々が自分の愚かさを捨てますように。
あなたのご計画は、復活祭の日付を一致させることによって
私たちを一つにし、和解させることです。
私はあなたの聖なる助けを呼び求めます」
(ヴァスーラの祈り、『神のうちの真のいのち』1992年1月20日)

「彼らにこのように祈らせなさい。

『ああ主よ、
私たちの間に立っておられるお方、
私たちを導いてください。
あなたのぶどうの木の真ん中に
あなたの王座を据え、
私たちに命じてください。

ああ、至聖なる主よ、
あなたの家とぶどうの木を、完全なまま保つことができるように、
私たちを清めてください。
愛をもって介入し
あなたの右の手で植えられたものを守ってください。

私たちはあなたに背きましたが、
あなたのぶどうの木にいのちの川が流れ込み、
そこからもう一度枝が芽吹き、
実をつけて最良のぶどうとなり、
これまで以上に堂々としたものになるように、
あなたが門を大きく開いてくださると知っています。
そう信じ、信頼しています。
なぜならいのちの与え主である聖霊が
それを覆ってくださるからです』
アーメン」
(イエスの祈り、『神のうちの真のいのち』1992年12月21日)

2日目

黙想

「兄弟よ、くる年もくる年も耐えている痛みを、またこの季節も忍ばなければならないのか? それともこのたびは休ませてくれるだろうか? あなたたちの分裂の杯を、もう一度、この季節にも飲まねばならないのか? それとも私の体を休息させ、復活祭の祭日を、私のために統一してくれるだろうか? あなたたちが復活祭の日付を統一することによって、私の痛みは和らぐ。兄弟よ、そしてあなたたちは私のうちに歓喜し、私はあなたたちのうちに歓ぶ。そして多くの視力が取り戻されるだろう……」

(『神のうちの真のいのち』1991年10月14日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

3日目

黙想

「一致のために働く者たちには、空を見上げるように言いなさい。空と地がどんなに離れているかを見たか? 彼らの心はそれほど互いから遠く離れている。それほどまでに隔たっている。皆が復活祭を同じ日に祝うように、一致して定め、布告を発してくれるのはいつの日か?」
(『神のうちの真のいのち』1992年12月21日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

4日目

黙想

「私を愛しなさい。あなたの愛のゆえに、私は諸教会を呼び集め、復活祭の日付を一致させる。私を愛しなさい。あなたのために、この闇を、予見されたよりも早く光に置き換える。私があなたから望む実りは、愛である! あなたの愛によって、私は多くの祈りをかなえることができる」
(『神のうちの真のいのち』1994年4月19日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

5日目

黙想

「復活祭ごとに、私はあなたたちの分裂の杯を強いられ、飲まされている。だがあなたも、娘よ、その杯を飲むことになる。人間の手から渡された苦い杯を私と分かち合うであろう。彼らが復活祭の日付を一致させるまでに時間がたてばたつほど、この時代は厳しい裁きを受ける」
(『神のうちの真のいのち』1994年5月31日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

6日目

黙想

「私の家の者たちが誠実さに欠け、復活祭の日付を一致させようと、私の霊のうちに働かないのを見て、私の心は絶えず憂う。御父が彼らの心を変えてくださるよう、この者たちのために祈ってほしい。私の聖霊によってひとたび目が開かれたなら、悔い改めて、真理を見る妨げとなった自分たちの誤りに気づき、真理から彼らを引き離しているこの傲慢の霊が立ち退き、正気を取り戻すよう、彼らのために祈ってほしい。『彼らが真に私の弟子だと、その愛によって、今やすべての人に知られよう』と私が言えるように、彼らのために祈ってほしい」
(『神のうちの真のいのち』1996年11月27日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

7日目

黙想

「へりくだることによって、造り主の前に証しを立てなさい。復活祭の日付を一致させて、造り主の前に証しを立てなさい。パンをともに分け合って、私に証しを立てなさい。栄えある厳かな祭服を、宗教心と敬虔さの見せかけによらず、へりくだった心で身につけなさい」
(『神のうちの真のいのち』1996年11月25日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

8日目

黙想

「ああ、あなたたちが一つの祭壇の周りに集まり、この同じ祭壇を囲んで私を賛美してくれるなら、どんなにうれしいだろうか。自分の過ちを認め、背いたことを悔い改め、あなたたちに対する私の愛を思い出し、私が愛したように、あなたたちも互いに愛し合うなら」
(『神のうちの真のいのち』1988年4月19日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

9日目

黙想

「私の心は、すべての羊飼いたちが一つの祭壇を囲んで集まってほしいという望みで燃えている。彼らが(……)私の群れの世話をするのを見たいという望みで燃えている。彼らが私の優しさと正しさを語り、私が教えてきたすべてを語るのを聞きたいという望みで燃えている。彼らが愛とあわれみをもって、私の民の世話をするのを見たいという望みで燃えている」
(『神のうちの真のいのち』2006年5月31日)

「心を開いて、私の恩寵の霊がなぜ、この世代にこれほどまでに豊かに注がれているのかを理解しようと努めなさい。すべての世代が、一人の羊飼いのもとに、一つの聖櫃を取り囲んで、一つとなる日が近づいている。主である私は、彼らにとって唯一の主となる。だから祈りなさい、愛する者たちよ、主である私が万全の準備をもって進めているこの一致のために祈りなさい」
(『神のうちの真のいのち』1989年6月19日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

シノドス性と「神のうちの真のいのち」のメッセージに関する省察

2025年11月8日 in お知らせ

イエスは呼びかけの初めに、ヴァスーラを通して、「神のうちのまことのいのち」の読者に問いかけられました。「どちらの家の方があなたをより必要としているだろうか?」(1986年10月23日)
ヴァスーラは正しく答えました。「家」とは「教会」を意味すると。私たちは知っています。イエス・キリストによって創設された教会は本来ひとつですが、私たちの罪のために、カトリック教会、正教会、そしてさまざまな宗派の他の教会へと分裂していることを。ローマ・カトリック教会は、イエス・キリストの家の重要な一部です。イエスはその後、ヴァスーラと「神のうちのまことのいのち」の読者たちにこう語られました。「私は今日、多くの国の民にあなたを遣わし、私のこだまとして教会を生き返らせ、一致させて、美しく飾らせている」(1994年12月18日)

ヴァスーラが世界中を旅して証しを始めた後、イエスは彼女を通して私たちに語られます。「帰って来なさい! 皆ペトロのもとに戻って来なさい、なぜならあなたの神、私が彼を選んだのだから」(1988年6月21日)また、「何が起ころうとも私の教皇に従いなさい。忠実であれば、私が必要な恵みと力を与える。彼への忠実を守り、反逆する誰からも遠ざかるようにと勧める。なによりも、彼を追放しようとする誰の声も聞かないように。決して彼に対する愛を欺かないように」(1993年3月17日)ともおっしゃいました。

ヴァスーラがこのメッセージを受けた当時の教皇はヨハネ・パウロ二世でした。そして今、私たち「神のうちのまことのいのち」の協力者にとっての教皇はレオ十四世です。彼はヴァスーラがブエノスアイレスの司教であった頃に出会った教皇フランシスコの死後、教皇となりました。その時以来、世界は変わり、教会もまた変化しています。つまり、私たち「神のうちのまことのいのち」の協力者が生き、メッセージを広めている状況は、もはや以前と同じではありません。各国、各都市の「神のうちのまことのいのち」の読者の会は、この変化を意識し、現代の新しい文脈に応じてメッセージと霊性を実践する方法を考える必要があります。そうしてこそ、人々はこれらのメッセージを自分の日常生活において意味あるもの、必要なものとして受け止め、生きることができるのです。

2021年10月、ヴァスーラがまだ存命中に、教皇フランシスコは第16回通常シノドス司教会議を「シノドス性(協働性)」をテーマに招集し、全カトリック教会を対象とした「シノドス的プロセス」を開始しました。このプロセスは、すべての地方教会でも行われるべきものです。シノドスの目的は、第二バチカン公会議の権威ある教えとその後に発表された関連文書(聖霊に霊感を受けたと信じられる内容)を実現することであり、「シノドス性」とは何か、なぜそれが必要なのか、どのように地方教会(司教協議会や教区)で実践するか、どのような変化が求められているかを示すものです。

「シノドス性」に関する前回のシノドスに関して、司教会議事務局から数十の文書が発表されました。その多くは、世界各地の司教協議会からの協議結果に基づく作業文書や報告書です。中には非常に長く、内容豊かなものもあり、現代の教会が直面している新たな司牧上の課題を提示・分析しています。それは、聖職者や信徒に関わる教会内部の問題、家庭司牧、さらには気候変動、戦争と暴力、貧困、移住などの社会問題にまで及びます。これらすべての問題は、「教会は何を語るべきか」「どのような役割を果たすべきか」という問いへと私たちを導きます。

このプロセスは段階的に進められます。まず教区レベル、次に国家レベル、大陸レベル、そして最後に、教皇フランシスコ臨席のもとで行われるバチカンの司教会議(普遍レベル)へと展開されます。2024年10月の第二会期で普遍段階のシノドスが終了した後、教会全体は2025年から2028年までの三年間、「シノドス性の実施段階」へと入りました。
司教会議事務局の公式指針によれば、司教たちは2028年10月にローマに集まり、それぞれの教区でのシノドス性実践の結果を報告することになっています。
これは、神の民──すなわちすべての洗礼を受けた人々──が、自らの教区、小教区、共同体の刷新と自己形成に積極的に関わり、今日の世界における神の救いの計画を成就するために生きることを意味します。

教会が存在する理由は、時の終わりまで福音を宣べ伝え、すべての人が教会を通して救われるためです(マルコ16・15–16参照)。
しかし今日、何百万もの人々がイエス・キリストを知らずにいます。このため、2021〜2024年の司教シノドスは「交わり、参加、宣教──シノドス的教会のために」というテーマに捧げられました。
簡単に言えば、シノドス的教会とは次のような教会です。「シノドス」とは「共に歩むこと」を意味します。教会のすべての構成員──例外なく洗礼を受けたすべての人──が宣教者であり、互いに交わりのうちに自分の使命を果たすよう召されています。それは、洗礼による召命に基づき、それぞれの身分、奉仕職、カリスマに従って、教会共同体の識別に参加することによって果たされます。「シノドス性」は教会にとって新しい概念ではなく、むしろ再発見し、評価し、推進すべきものです。言い換えれば、「シノドス的プロセス」は摂理的な機会であると同時に、全教会──すなわちすべての信徒──が深い変革を遂げ、福音宣教の使命を果たすために必要不可欠なものなのです。多文化的で変化の激しい現代世界において、あらゆる宗教的信念や価値観が存在する中でこそ、教会の刷新が求められています。

「シノドス性」という言葉自体は「神のうちのまことのいのち」のメッセージには現れません。しかし、その内容やヴァスーラの証しにおける教え──「悔い改め、回心、和解、赦し、福音宣教、キリスト教一致、諸宗教対話」など──は、明らかに「シノドス性」に関する司教会議と同じ目的を反映し、響き合っています。
したがって「神のうちのまことのいのち」のメッセージはその実現に大きく寄与し、教会を導き支配する聖霊の呼びかけに応えています。
しかしながら、「神のうちのまことのいのち」のメッセージは「シノドス性」に還元できるものではなく、また単なるその実践手段として限定されるものでもありません。それには、「シノドス性」に関する公文書には見られない深い神学的教えと霊的洞察が含まれています。
同様に「神のうちのまことのいのち」のメッセージが触れていない豊かな司牧的内容や法的根拠もあります。
したがって、両者を対立的に扱うのではなく、むしろ調和させるべきです。メッセージを黙想し、関連する教会文書を学ぶことによって、ペトロ、すなわち教皇レオ十四世に真に従い、「今この時、聖霊が教会に語られていることに耳を傾ける」ために(参照:教皇フランシスコ『シノドス的教会のために──交わり、参加、宣教—最終文書』付随覚書、2024年11月24日)。

「父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じるようになります」(ヨハネ17・21)

オッフリー・チャン神父

台北、2025年10月12日