これが私のゆるし方

1987年12月6日 (ノート19)

書きなさい、ヴァスーラ。
 主である私は、あなたに十字架のみちきを尊んでもらいたい。明かりを採り入れるように、まず私の母を尊び、母にろうそくを献げなさい、そしてみちきのそれぞれのりゅうで明かりを持って私を尊び、すべてのりゅうでひざをかがめるあなたの姿が見たい。

主よ、あなたは既にご計画を立てておられます。どうか主よ、あなたを尊ぶための道を開いてくださるよう乞い願います。

そうする。私にり頼みなさい、そうすればあなたをかついで行こう。
 ヴァスーラ、これが達成されたら、すぐに次の出来事がやって来ることをあなたに思い出させよう、もう自分の安楽を追い求めないように、必ず思い起こさせる。

私の神よ、それは私たち皆におっしゃっているのですか?

いいや、ヴァスーラ、あなたに話している。私の顔をのぞき込みなさい。この出来事は、あなたが自分の上に置かれた私の力ある手を感じる始まりとなる。私の神聖な指示があなたの中に流れ込む。あなたは柔軟になり、喜んで私に仕え、忠誠を尽くし、私を尊ぶだろう。あなたを用いよう、十分に用いられるだろう、私の標的となるに至るまで。あなたは私の石板である、小さな子よ。私はペトロのもとに私の羊たちを連れ戻すつもりだ。

主よ、私の神よ、もう一年以上も、「石板」として共におります。毎日使ってくださいました。この方法でより一層近づかせていただいたゆえに、あなたを愛しています。私をお使いください。あなたに忠誠を尽くし、奴隷ともなりましょう。

ヴァスーラ、あなたをどんなに愛しているか。十字架のみちきをした後で、私の足に口づけしてくれるか?

はい、主よ、そういたします。

来なさい、私の現存を忘れてはならない。ここ最近は、私をおろそかにしているようだ。

私の神よ、何とかすべてをやり遂げる力をお与えください。ご存じのとおり、あなたをお喜ばせしたいのですが、私の力には限界があります。私をゆるしてくださいますか?

ああ、ヴァスーラ、あなたをどんなに愛しているか。あなたをゆるす。見たことを書きなさい。

(イエスは、私が主をおろそかにしているとおっしゃった時、悲しくて深刻な表情をしておられました。ゆるしてくださいとお願いすると、主の神聖な御顔がぱっと明るくなり、輝くような笑顔をなさり、えくぼをお見せになりました。私が主の抱擁の中に身を投じることができるよう、主は両腕を大きく広げられました。)

ゆるしは常に、一瞬のためらいもなく与えられる。そしてこの私のゆるし方を私の子どもたちに教えられるよう、あなたに十分に識別させた。
 さあ、私たちで共に。

(イエスはこうおっしゃっている間、私に注意を与える教師のようなしぐさで、人差し指を動かされました。)