1988年3月1日のメッセージ

あなたの虚しさにもかかわらず愛している

1988年3月1日 ノート22

私です。

(イエスがそばに立っておられるのが見えました)

私を見るたびに微笑みかけなさい。そう、花よ、救い主の近くにいなさい。さあ、御父にこう祈るように。

「ご覧ください、お父さま、み前にいる者を、

みじめな者がおります、おゆるし下さい、お父さま。

私はいただいたすべての恵みに、ふさわしくありません。

私自身はむなしく、自分で得たものは何もありません。

この無が、無限に善良なあなたに倚りかかり、頼りきることをお許し下さい。

みじめな、つまらない者ですが、御身を大切に思っています。

愛するお父さま、み恵みによって働き、成し遂げるべき全てを成し遂げる

力を、お与え下さい。アーメン」

ああ、ヴァスーラ、私の徳のすべてを求めなさい。それを追い求め、そのうちで成長するように。主である私はあなたの虚しさにもかかわらず愛している。どのような時も倚りかかっていなさい、完全に支える。最後まで信頼し、盲目のうちに導くのを許しなさい。ときにはあなたの肩に負わせようと私の十字架を置く。私とあなた、あなたと私。私はあなたのうちに憩い、あなたは私のうちに休息する。私は完全に忠実な者である。決してどのようなことがあろうと、あなたを見捨てない! 私の仕事に魂を献げ尽くし、私を一層喜ばせなさい。誓いに忠実でなければならない、忠誠の誓いに、そうです! ああ、この祈りを受け取るのをどんなに待っていたか、これらの言葉をあなたから聞きたいとせつに願っていた。

主よ、誓いを守るのをお助け下さい、自分が信用できませんから!

恐れることはない、いつも思い出させよう。あなたの途方もない弱さを知っている。あなたはひ弱だが、その弱さを私の力のうちに埋没させる。私の現存を忘れないように。どのような時も「私たち、共に」、いつまでも永遠に、愛し、希望し、信じるように。私、主イエス・キリストは、あなたを決して見捨てない。