ピオ神父に願いなさい

1988年11月14日 (ノート29)

今日私はピオ神父の御絵を見ました。この方はイエスの仰しゃるには、偉大な聖人です。御絵の下には、セロファンで封された中に、カプチン会員をあらわす、焦げ茶色の衣服の一片が置かれています。ピオ神父を見ていると、小さな布切れのついたこの御絵を私が受け取ったのは、神父がそう望まれたから、ということが分かりました。そこで私は、偉大な聖人であるこの方に祈り、私のうちの一番よくない点を直して下さるようにお頼みしました。それから次に思いついて、多分悪いものをいっぱい背負っているので、少なくとも二つだけ私の中から取り出してくださいと、お願いしました。私の虚栄心をすべて完全に取り除き、主に対する信仰を強めるために、助けていただきたいと申し上げたのです。主よ?

私です。
私がピオ神父に取り成しを願うよう、霊感を与えた。さあ、今日は私の声を聞かないまま、メッセージを書いてもらう、手だけを導いて:

(今イエスは、お声を聞き取りにくくされました)

「しばしば悔い改めなさい。私のゆるしを受けられるよう、すべての欠点を持って来なさい、ありのままで来るなら、あなたを完全な者としよう。私を愛して、私の誉れとなり、絶え間なく賛美しなさい、私は主」

(これは主が望まれたようにして、書かれました)

聖化した、愛する者よ、私の手を取り、ともに歩みなさい、知恵をもって教え導こう。

(主の存在が、突然はっきりと感じ取れました)

ヴァスーラ、全き信仰がある時*、あなたのことを私がどれほど悦んでいるかが分かるか?

(イエスは本当に、とても嬉しそうでいらっしゃいました! そして私も……)

私を識別するように、それは本当に喜ばせてくれる。
来なさい、「私たち」?

はい、主よ。「私たち」。

* 主がそこに真に現存しておられるという信仰。