私の反射となりなさい

1989年1月10日 (ノート30)

(集いへのメッセージ)

主よ!

私です。

私があなたたちに求めるものは、きよさのうちに祈ることだけ。絶え間なく祈り、心から祈りなさい。互いに対して善良であるように。私の反射となり、私の神性の似姿となりなさい。私の聖性と清さを反射する鏡のようでありなさい。世があなたたちを見て、あなたたちが私のものであり、愛の子であることが分かるようにしなさい、主の霊のあるところには、聖性と愛があり、光があり、輝きがあるからだ。それゆえ互いに愛し合いなさい、あなたの敵を愛しなさい! 完全でありなさい! 天の御父が完全であるように!

あなたたち皆は幸い、新しく来た者たちは幸い。まことに言う、私は永遠のいのちへの扉である。私を信じる者は、死んでいたとしても生きる。私は復活である。私の平和を受けなさい、私の平和を与えよう、受け取ってそれを世に広めなさい。私の子らとなり、すべての魂があなたたちのうちに私を認めるようにしなさい。

(主がご自分のメッセージを公に出すように求められるちょうどその前に、ある方が私のところに来られて、美しいファティマのご像(高さ70センチ)をくださいました。――私のすべての公の集会に同行するのに間に合うように、聖母が到着されたのだと分かりました。 ローザンヌ郊外で企画されたある集いでは、主催者側ですべて準備するので、ファティマの聖母像は持ってこないでくださいと言われました。その同じ晩、夢の中で、ファティマの聖母がご像として私の方を向いておられるのを見ました。私の集会に同行するために聖母が来てくださったことを私が理解できていたかどうか、しるしを下さいと訊ねました。そう言った途端、聖母は腕を広げて私をかたく抱きしめ、そのまま留まっておられました。その朝、目を覚ますと、ファティマの聖母がこう書かれました。「どうか、私を置いていかないで、一緒に連れて行ってください!」 )

ヴァスーラ、私の平和を受けなさい。主があなたに与えておられるしるしを読み、識別して、それに従ってください。

どうか、しるしに気がつくことができるようにお助けください。

助けています。

ありがとうございます、聖なるお母さま。

(昨日、私のことを耳にしたある司祭の反応を聞きました。こう言われたのです。「彼女から離れなさい、とんだくわせ者だ!」どういうわけか、私はその発言を気に入りました。なぜかというと、イエスがファリサイ派の人たちに偽預言者と非難されたのとまさに同じく、私も詐欺師と非難されていたからです。そしてそれは、主が与えてくださったメッセージを思い出させるものでした(1988年12月7日)。私は非難され、迫害され、批判されるとイエスはたびたび言われました。これはそのお言葉を証明したに過ぎません。主のために非難され、迫害を受けることができて幸せに思います)

私の子よ、あなたを非難し、裁く人びとのために祈りなさい、彼らが心を開くように祈りなさい。主のあわれみのしるしを見分けることができない、あのすべての魂たちのために祈るように。

私のそばに留まりなさい。「私たち、共に」?

はい、「私たち、共に」。