あなたたちの祈りを天に届かせなさい 私の天となるように

1989年11月29日 (ノート38)

私の心は、私の神よ、あなたを受け入れる用意が出来ました。聞いています、私はここです。

(十二月の祈りの集いのためのメッセージ)

私のヴァスーラ、あなたを用いさせてくれたことをとても喜んでいる、聞いて書きなさい。

あなたたちに平和。私はあなたたちの救い主、平和の王、あなたたちの慰め主である。私は愛、あなたたちは愛に耳を傾けている。私はあなたたちが遠くから旅をし、話に聞きに訪れた平和の王、今日あなたたちが耳にするのは、あなたたちをあがな
った救い主の言葉である。

あなたたちは平和を探し求めてやって来た、そこで告げよう、私の平和を与えると。探し求めているのは慰めだろうか、まこと愛する者たちよ? 来なさい、慰めを惜しみなく注ごう。愛に飢え渇いているのか? ああ、来なさい! 私の開かれた腕の中に倒れ込みなさい、私は愛である! 私の小さな子どもたちよ、心を悩ませてはいけない、あなたたちを決して見捨てない、私、イエスは、いつもそばにいる。

それゆえ、こうしたやり方で私が降って来た理由とは、あなたたちを慰め、私の掟を思い出させるためである。皆を愛へと、平和へと、そして一致へと立ち帰らせたい。あなたたちを裁いたり、非難するために来たのではない。私は聖であり、あなたたちも聖なる生活を送るべきであると思い出させるために、私の限りないあわれみによって訪れた。

私は愛である神、絶望へと追いやる神ではない。私は希望の神、そして希望を与えに来た。祝された人びとよ、私はあなたたちを最も愛する者、あなたたちへの愛ゆえに、いのちを捨てた者である。それではこの暗やみの時代に、私はあらゆる手を尽くして、あなたたちに警告し、悪から引き離そうとしないだろうか? そしてあなたたちを私の心に近づけて、あなたたちの住まいはまことに私の聖心であると指し示さないだろうか?

まだ私と和解していない者たちには、私と和解し、和睦するようにと頼みに訪れた。あなたたちに求めているのは愛だけ。私の霊はあなたたちの世代に惜しみなく注がれている、すべては私の限りないあわれみによって。私は全能なのだから、このようなやり方で語りかけたとしても、あなたたちにとって信じ難くはないはずだ。私のメッセージは迷い出た多くの者たちを正気に戻し、真理を思い起こさせるため。そして、これらの神のあわれみのわざをいまだに信じない者たちには、かつてファリサイ派の者たちにしたと同じ質問を投げかけよう。あなたたちの中で、自分の息子か、あるいは牛かが井戸に落ちたとき、安息日だからといってすぐに引き上げてやらない者がいるだろうか?1

愛する人びとよ、私はあわれみの深淵である。私は無限の富、そして私の声は地球上いたるところで聞かれ、地下でさえ、死者たちが横たわる地の暗いふところでさえ、私の声は聞かれよう、私は彼らのもとに行って甦らせ、彼らを光の柱とする。私のわざを非難し続ける者たちには、単純な心で主を探し求めなさいと言おう。

私の司祭よ、私の司祭たち … 私の神的な姿を反映するあなたたち皆よ、愛の深淵である私の心から引き出して、心を満たすために私を訪れるよう、この年の瀬に思い出させるのを許してもらいたい。みことばに耳を傾け、それを行動に移しなさい、基礎がなく、土だけの上に建てられた家のようであってはならない、川が押し寄せて来たら潰れてしまうだろう! しっかりと立ち、学んだ教訓を行動に移しなさい。すべての人々を私に引き寄せ、愛の霊があなたたち皆に、私の顔を顕すだろう。

あなたたちを励ましにやって来た、まこと愛する兄弟たちよ、私の愛に留まっていなさい、愛ゆえに愛をもって、私の民を牧し続けなさい。私の光のうちに歩むなら、私が道を案内しよう。私は世の光、そしてあなたたちは私の友人たちである。選ばれた者たちよ、私の聖心の中に入って来なさい、この愛のかまどに入って来て、私があなたの心に火を付けるのをゆるしてほしい、あなたの番が来たら、言って他の心も燃え立たせることができるように。

来なさい、今は完全ではなくとも、ありのままで、そして私の大いなる愛を分かち合うように。あなたの愛を、ただの言葉や話だけに留めず、実際に活きたものとしなさい。悪には善で報いなさい … 不正には正義で報いなさい … 憎しみには愛で返しなさい … ゆるしなさい、ゆるしなさい … あなたのすべての行いに、常に愛があるように。

私の聖心の子どもたちよ、あなたたちは、私の敵が膜を覆うようにして支配をひろげてしまった困難な時代に生きている。このために私は、祈りを、私に届く心からの祈りを倍に増やすようにと頼みに来た。

来なさい、悔い改めて … 罪を告白しなさい、私の子よ。小さな白いホスチアを受けるにふさわしくない状態ではやって来ないように。来て私を飲み、来て私を食べなさい。そしてこの聖なる瞬間に、誰を拝領しているのかを忘れないように、あなたは私を受けている、いのちを受けているのだ。清い心で私を受けなさい。今までなかったほどに、この聖なる瞬間に憧れ、あなたの神を受けたいと切望するように。私の天使たちでさえも、上から眺めては、あなたたちの一人になってこの食物がほしいと願っている! 高貴なテーマによって心を奮い立たせ、私に向かって言いなさい。「イエスよ、罪人なる私はゆるしを願います、あなたを受けるにはふさわしくありません、しかしあなたの一言だけで癒されると知っています」 こう言い続けなさい、それは私を喜ばせ、それはあなたの神、私をあなたのもとに走らせ、私の聖心をあわれみで満たす。

私に「キリエ・エレイソン! クリステ・エレイソン! 罪人である私をお赦し下さい!」と呼びかけなさい。へりくだるなら、あなたを高めよう … 自らを打ち消すなら、必ず私のもとに引き上げ、私の聖心のうちに隠そう。これからは、絶え間ない信仰と愛、聖性のうちに生きるようにと求める。この要請が、あなたの来年の標語となるように。

来なさい、私の聖なる名のもとに一つとなりなさい、御父と私が一つであり、同じであるように。

私、主イエス・キリストは、あなたたち皆を祝福し、額に愛のため息を残す。

イクトゥス 

愛があなたたちを愛している。

  1. ルカ福音書14・5。