「私である」が唯一なように、あなたたちも一つとなりなさい

1991年10月14日 ノート55

あなたの使命は、小さな者よ、私の民を唯一の名、私の名のもとに連れて来て、パンを分かち含うことだ。心配は要らない、最善を尽くしたなら、後は私が行う。あなたのうちに私の業を成し遂げ、こうしてすべてがあらわとなるにはへりくだりを必要とする。──私の血をこれほどにまで流す不信仰な時代は、あなたを憎むだろう。しかし私のヴァスーラ、この邪悪な時代があなたに大きな傷を負わせたとしても、私がしっかりと立たせる。天から助けが与えられよう。あなたや他の者たちを教えてきた。それを留めておかず、与えた教えを公の場でも家庭でも広めなさい。あなたの弱さを知っている、しかしどんな器を選んだかも分かっている。

主よ、一致することが分かっているだけで満足です。どのようにかはまだ誰にも分かりませんが。問題は見たところ大きく、分裂はさらに大きいようです。仰しゃるように──「羊飼いの杖は半分にだけでなく、細かく砕かれてしまいました。そしてあなたの体はひどく傷つき、ねじ曲げられ、麻痺しています」。主は皆が屈むように求めておられます。どうやって? 何をすればよいのでしょう? 最初の一歩はどうすれば? 私はギリシャ正教徒ですが、すべてを口ーマ・カトリックの兄弟たちと分かち合っています、そして一緒にいる時、主の名のもとに自分を区別したりしません。それに彼らも、自分たちと違う扱いを私にしてはいません。その多くがギリシャ、またはロシア正教の教会に行っていることも知っています……

思っていることを話しなさい、子よ!

ふさわしい言葉をお与え下さい、主よ。

言いなさい……それでいてあなたの体を分かち合うことが許されていない、と。

そうです。許されていません、秘跡は同じなのに。一方、私たちギリシャ正教徒はあなたの体を分かち合うことが許されています。私がローマ・カトリックの教会に行っているので、破門されたとさえ言われました、もっと酷いことも言われましたが。それに聴罪司祭がカトリックの方なので、両方の側から迫害されています! あなたがこの全てをご覧になっている通りです、私の主イエスよ!

だが、一つの祭壇でパンを分かち合う日が来る。それに、誰も私の子どもたちが私のもとに来るのを止めないだろう。誰も、「あなたはギリシャ正教徒か?1」とは尋ねなくなる。あなたたちは私のうちで皆兄弟だと、そう信じるように教え、勧めなさい。

──私の聖なる名のもとに分け隔て、体と霊において別れたままでいる者たちには、サルディスの教会2に言ったと同じことを言う。世間の目に生きていると評価されても、造り主の目にはそうでない。残されたほんのわずかないのちを生き返らせなさい。それは急遠に死にかけている。死体のあるところには、はげ鷹が群らがるものだ。

一致しなさい! 集いなさい! 共に私の名を呼び求めるように! 共に私の体と血を献げなさい! 道を迫害しないように! 一致し、私を称えることができるように自らへりくだり、屈みなさい。あなたたちは聖霊について語るが、聖霊のうちに行ってはいない。道について話すが、それを第一にさえぎる者となっている! ──ほとんど私を知らない者よ……

私の名を呼びながら、聖櫃せいひつと祭壇の間で私の子どもたちを殺しているではないか。私は厳粛に言う、この全ては、裁きの日にあなたの前に持ち出される。私に顔を向けて真実に言うことができようか。「私は兄弟と和解した」と。あなたは真実に言うことができようか。「私は兄弟たちの間で自分を区別はしなかった。あなたの聖なる名のもとに、同じように扱った」と。あなたが私の前で弁明するとき、私はあなたの前で言う。「私から離れなさい。あなたは兄弟を同等としては扱わなかった。私の体を毎日殺害した。あなたの勝利はどこか? 私が造り上げているとき、あなたは打ち壊していた。私が集めようとしていたとき、あなたは散らしていた。私が一致させようとしていたとき、あなたは分裂させていた!」

しかし、今日でさえも、ありのままの姿で私のもとに来るなら、癒やすことができる、変容させることができる。そしてあなたは私の誉れとなろう。「私の日が来たときに、子を宿していたり、乳飲み子のいる者は災い!」。書きなさい3。子を宿すようにして罪が巣食い、仲間内で罪に練達した者同士がいるのを見られたら災いである。しかしこの人たちの間から、弟子を誘い、ついて来させようと、紛いものの真理を唇に上らせる人たちが出ると言われている4。あなたを救うために、私は叫び声を上げ、耳が不自由でもあなたに聞こえるよう努力している、そしてこう非難するのは

あなたたちに対する愛が非常に大きいからである。

しかしまことに言う:いつの日か私の離ればなれになった体のすべての部分を、一体となるように集めるだろう。

──悲しまないように、私の友5よ、私を愛する人びとよ、私の耐え忍んでいるものを忍びなさい、しかしながら、私を慰め、信頼してもらいたい。あなたは私の名のもとに偉大な業をし遂げるだろう。私が寛容であるように寛容でありなさい。私は腹をすかせ、乾き、しばしば飢えていたが、その時は助けに来てくれた。善いわざを続けなさい、報いてあげる。まことに言う、あなたは一人ではない、私がともにいる。私と一致し、平和のうちに生きるように。あなたは私の血の子孫、王国の後継者。主の心が愛であり、掟の心は愛に基づいていることを伝えなさい。私の家に管財人は不要だと、私の者たちに伝えるように、この者たちは私の日に正当化されることはない。私の家を一つの事業としてしまったのは、まさにこの者たち。あなたたちの心に住まうように、私は私の霊を送った、このため、あなたたちの心のうちで私の教会が再建され、互いを心の中で兄弟と認め合うようになるのを、あなたたちのうちに住む霊が指し示して下さるだろう。

6兄弟よ、くる年もくる年も耐えている痛みを
またこの季節も忍ばなければならないのか?
それともこのたびは休ませてくれるだろうか?
あなたたちの分裂の杯を、もうひと季節飲まなければならないか?
それとも私の体を休息させ
復活祭の祝日を、
私のために、統一してくれるだろうか?

あなたたちが復活祭の日取りを統一することによって、私の痛みは和らぐ。兄弟よ、そしてあなたたちは私のうちに歓喜し、私はあなたたちのうちに歓ぷ。そして多くの視力が取り戻されるだろう。「愛する御方! 私の創り主よ! 私の夫であるこの方は、人間の手のわざではなし遂げえないことを啓示された!」ひとたびあなたたちの視力が回復したなら、私の名によって、こう叫ぷだろう。

──そして私はあなたを訪れる──7

私は厳粛に言う、呼び集め、皆集い、今こそ牧者の声を聞きなさい、

あなたの行くべき道を導いて行く。

 

地の果てまで私のメッセージを届けなさい。

勇気を、娘よ、私が微笑むときには微笑むように。あなたと共にいて、天国への道を案内する。

イクトゥス