2019年ギリシャ巡礼・シェイフ・モハマド・カゼム・アーヤ師

神(アッラー)はご自身の書の中で言われました。「彼らは神を愛するかのようにそれらを愛する。しかし信じる者は神に対する愛においてより強いのである」(聖クルアーン、雄牛165)。
「神のうちの真のいのち」の読者の皆さん、特に人々の間に多くの憎しみと敵意があるこの状況の中で、「神のうちの愛」というテーマをよく選んでくださいました。

私たちの会合において、このテーマは全能の神の言葉、「信じる者は、神に対する愛においてより強いのである」の元に置くことができるでしょう。この文脈において、天的な諸宗教は、神における愛を呼び掛けることに同意します。これはイスラム教の説明によっても確証されます。信じる者たちへの、愛しなさい、神の基準によって憎みなさい(罪を憎む)という呼び掛けの中においてです。

これらの天的な諸宗教における神の目的の本質とは、社会と人々の間に、道徳に基づいた愛を広めるということです。そしてこれが、預言者や弟子たちが歴史を通じて具現化してきたものなのです。

キリストの犠牲は、彼に平安あれ、この文脈に該当します。彼の行動のすべては、彼は「神の愛」を確立し、神の道徳によって行動したかったということを示しています。同じ理由によって、ムハンマドは、彼に平安あれ、善い道徳と振る舞い方を完全にするために送られました。なぜならそれは「神の愛」のしるしだからです。ムハンマドは言いました。「私は尊ぶべき道徳を完全にするために送られた」と。道徳を通じて国々は進歩し、霊魂たちはより高いものへと変容させられます。この意味において、イマーム・アル・フセインは彼の革命を通して、高い道徳と神における愛を確証し、自分の持っていたものの全て、子どもたち、親戚たちと同伴者たちを犠牲にしました。彼の言葉を行動によって証明するために。神における愛は、美しく「与える」ことの始まりであり、これは道徳と人間性における働きを内包するどの社会にとっても有益なものです。

このようにして、イエスやムハンマド、その他の預言者たちの例に倣うあらゆる弟子たち(メッセンジャーたち)の仕事は、神における愛という概念を確固たるものとし、平和な社会、愛の社会の平和と、愛と、繁栄を追い求める中にあって、全ての宗教のあらゆる霊魂たちが、愛のうちに「互いに近づく」という概念を確たるものにすることなのです。

ヴァスーラ・リデン様と親愛なる兄弟姉妹の皆様の祝福された努力に感謝致します。