ベス・ミリアム宅配子ども食堂、5月分へのコメント

2026年5月31日 in お知らせ

「おはようございます。昨日、無事に食材を受け取らせていただきました。今回も沢山ありがとうございました! 長男が、メロンをとても喜んでました。ずっと前から食べてみたいと言われていたのですが、なかなか買ってあげる余裕がなかったので、この機会にいただけて本当有難いです! 子供たちと大切にいただきます。ありがとうございました。」

「おはようございます。昨日、無事にお米が届きました。最近めちゃくちゃ食べ盛りなので助かります! ありがとうございました!」

「こんにちは。今日は寒いですね。すでに衣替えしたので急きょ上着を引っ張り出してきました。おかげ様で皆元気です。お変わりないですか? いつもお声かけありがとうございます。月2回のやりとりで勝手に癒されてます。今後ともよろしくお願いいたします。」

「おはようございます。昨日、無事に食材を受け取らせていただきました。なかなか高くて買えないお野菜達が沢山入っていてテンション上がりました。ありがとうございます! 子供たちと大切にいただきたいと思います。これから暑い日が続きますので、ご自愛ください。べス・ミリアムのスタッフの皆さんいつもありがとうございます。神に感謝です。」

東方正教会と東方諸正教会、1600年に及ぶ分裂を越えて一致へ前進

2026年5月31日 in お知らせ

archons.orgから翻訳

東方正教会と東方諸正教会の指導者たちは、1600年に及ぶ分裂の癒やしに向けた大きな一歩を踏み出した。コンスタンティノープル総主教ヴァルソロメオスは、コプト正教会の教皇タワドロス二世をファナル(訳注:コンスタンティノープル総主教庁を指す)に迎え、聖ゲオルギオス総主教座聖堂において、没薬を携えた婦人たちの主日に聖なる奉神礼を共に祝った。両教会の指導者は、それぞれの伝統の間における一致への新たな取り組みを呼びかけた。

奉神礼の終了後に行われた公式演説の中で、全地総主教は東方正教会と東方諸正教会との関係について語り、「東方正教会と東方諸正教会との関係は、より広いエキュメニカルな取り組みの中でも、特別かつ優先的な位置を占めている」と述べた。そして両教会の一致回復への道筋を示し、「私たちは合意から受容へ、対話から実践へ、神学的一致から秘跡的・司牧的協力へと進むよう召されている」と強調した。

東方諸正教会が一般に「正教会(Orthodox)」と呼ばれていることは、多くの混乱を招いている。現実には、一般に東方正教会(Eastern Orthodox)と東方諸正教会(Oriental Orthodox)と呼ばれる教会は、互いに完全な交わり(フル・コミュニオン)の関係にない。東方諸正教会の中でも代表的なエジプトのコプト教会は、451年のカルケドン公会議(第4回公会議)を受け入れず、その後5世紀後半にコンスタンティノープル総主教およびローマ教皇との交わりを断った。

対立の中心となったのは、主イエス・キリストの神性と人性をどのように理解するかという問題であった。そして、その結果として生じた分裂は今日まで続いている。現在、コプト正教会のアレクサンドリア教皇・全アフリカ総主教はタワドロス二世であり、一方、ギリシア正教会のアレクサンドリア教皇・全アフリカ総主教はテオドロス二世である。(タワドロスはテオドロスのアラビア語形であるが、この二人は別人である。)

1985年以来、「東方正教会と東方諸正教会との神学対話合同委員会」は、両教会の共通理解と和解を目指して対話を続けてきた。その目的は、故ミラ府主教クリュソストモス教授と、故コプト正教会ダミエッタ府主教ビショイによる1985年の声明によれば、「キリスト論と教会論における共通の基盤を再発見すること」であった。この目標に沿って、全地総主教はタワドロス教皇に向かい次のように述べた。「あなたが私たちのもとに来られたことは真の祝福です。それは、聖霊が今なお私たちの教会を使徒的信仰の完全さへ、そして主御自身が祈られた『皆が一つとなるように』(ヨハネ17・21)という目に見える一致の回復へと導いておられることを示しています。」

さらに彼は、「何十年にも及ぶ忍耐強く誠実な神学対話を通して、私たちは受肉の神秘についての告白が、本質において同一であることをますます明確に認識するようになった」と語った。そして、「何世紀にもわたって続いてきた分裂は、キリストに関する信仰の相違から生じたものではなく、むしろ歴史的事情、言語の違い、そして文化的な誤解から生じたものである」と強調した。

これは、約1600年に及ぶ疎遠の歴史を経て発せられた極めて重要な宣言であった。全地総主教はさらに次のように続けた。「この認識は単なる学問的結論ではありません。それは教会の生活の中で表現されなければならない神学的現実です。」そして、「神学者たちが到達した合意は、文書や委員会の中に閉じ込められたままであってはなりません。それは私たちの教会の中で受け入れられ、具体化され、生きられなければなりません。これは歴史的な故郷の地においても、多くの信徒が共通の課題、願い、希望を分かち合っている離散共同体(ディアスポラ)においても同じです。もしこれらの合意が受け入れられないままであるならば、私たちの分裂の状態は、私たちが共同で確認した確信そのものについて偽りの証しを立てる危険を伴います」と宣言した。

全地総主教はタワドロス教皇に次のように語った。「愛するキリストにある兄弟よ、本日のあなたの訪問の意義はまさにここにあります。私たちは、合意から受容へ、対話から実践へ、神学的一致から秘跡的・司牧的協力へと進むよう召されているのです。正教会の理解において、神学は決して抽象的なものではありません。それは本質的に賛美的であり、教会的であり、受肉的なものです。私たちが信仰告白するものは、私たちが祝うものでもなければなりません。私たちが宣言するものは、私たちが生きるものとならなければなりません。」そしてさらに、「この精神において、私たちは確信をもって、神学対話の成果をより深く受け入れていくことの緊急性を再確認します。それは、私たちが共有する教会的遺産の文脈においてであり、また、それぞれの教会に託された固有の伝統を尊重しながら行われるべきものです」と付け加えた。

また、コンスタンティノープル総主教バルトロメオスは次のようにも述べた。「私たちは神学上の誤解だけでなく、何世紀にもわたって積み重ねられてきた霊的、歴史的、そして感情的な重荷をも乗り越えるよう召されています。この大いなる取り組みには、謙遜、忍耐、そして交わりのある未来への道を開くために歴史の重みを担うことをいとわない自己犠牲的な覚悟が求められます」

この美しく感銘深い勧めが聞き入れられ、この古くからの分裂がついにいやされることを願う。

超教派ルーマニア巡礼
 登録開始

2026年5月9日 in お知らせ

第14回「神のうちの真のいのち」 超教派ルーマニア巡礼
「心からの一致」

こちらを御覧ください。

キリスト者の一致を通して世界平和を願う「神のうちの真のいのち」のノベナ

2026年3月20日 in お知らせ

2026年3月19日─27日

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1日目

黙想

「決して祈りを止めてはならない。私を喜ばせ、心を込めて祈りなさい。一致のため、私の体の一致のために祈ってほしい。教皇と総主教のために祈ってほしい。すべての司祭のために祈ってほしい。ペトロの導きのもとにいない羊たちが、ペトロのもとに戻って和解するように祈りなさい。一人の羊飼いのもとに、一つの群れとなるように祈りなさい。あなたたちの間に平和、一致、そして、より大きな愛があるように祈りなさい。あなたたちが一つの聖櫃を囲んで私を賛美することができるように祈りなさい。一致しなさい、愛する者たちよ。一つになりなさい。父と私が一つであり、同じであるように。あなたたち皆を祝福する」
(『神のうちの真のいのち』1989年1月17日)1

祈り

主イエス・キリストよ、あなたはペトロの信仰という岩の上に教会を築かれ2、御父とあなたが一つであるように、私たちも一つになるよう祈られました3。あなたが尊い御血をもって贖われた、あなたの花嫁である教会を、今日、御覧ください4。そして私たちの分裂の傷をいやしてください。あなたの聖霊が私たちを真理のうちに強め、揺らいでいるあなたの家5を建て直し、あなたの栄光を回復してくださいますように。これをあなたに願います。あなたは御父と聖霊とともに、唯一の神として世々に生き、支配しておられる御方です。アーメン。

「イエスよ、
あなたの聖なる御顔を私たちに向け、ほほえみかけてください。
そうすれば私たちは再び生き返ります。
私たちの分裂は火のように私たちを焼き尽くしました。
あなたのみが奇跡を行うお方です。
私たちを一つにしてください。
人々が自分の愚かさを捨てますように。
あなたのご計画は、復活祭の日付を一致させることによって
私たちを一つにし、和解させることです。
私はあなたの聖なる助けを呼び求めます」
(ヴァスーラの祈り、『神のうちの真のいのち』1992年1月20日)

「彼らにこのように祈らせなさい。

『ああ主よ、
私たちの間に立っておられるお方、
私たちを導いてください。
あなたのぶどうの木の真ん中に
あなたの王座を据え、
私たちに命じてください。

ああ、至聖なる主よ、
あなたの家とぶどうの木を、完全なまま保つことができるように、
私たちを清めてください。
愛をもって介入し
あなたの右の手で植えられたものを守ってください。

私たちはあなたに背きましたが、
あなたのぶどうの木にいのちの川が流れ込み、
そこからもう一度枝が芽吹き、
実をつけて最良のぶどうとなり、
これまで以上に堂々としたものになるように、
あなたが門を大きく開いてくださると知っています。
そう信じ、信頼しています。
なぜならいのちの与え主である聖霊が
それを覆ってくださるからです』
アーメン」
(イエスの祈り、『神のうちの真のいのち』1992年12月21日)

2日目

黙想

「兄弟よ、くる年もくる年も耐えている痛みを、またこの季節も忍ばなければならないのか? それともこのたびは休ませてくれるだろうか? あなたたちの分裂の杯を、もう一度、この季節にも飲まねばならないのか? それとも私の体を休息させ、復活祭の祭日を、私のために統一してくれるだろうか? あなたたちが復活祭の日付を統一することによって、私の痛みは和らぐ。兄弟よ、そしてあなたたちは私のうちに歓喜し、私はあなたたちのうちに歓ぶ。そして多くの視力が取り戻されるだろう……」

(『神のうちの真のいのち』1991年10月14日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

3日目

黙想

「一致のために働く者たちには、空を見上げるように言いなさい。空と地がどんなに離れているかを見たか? 彼らの心はそれほど互いから遠く離れている。それほどまでに隔たっている。皆が復活祭を同じ日に祝うように、一致して定め、布告を発してくれるのはいつの日か?」
(『神のうちの真のいのち』1992年12月21日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

4日目

黙想

「私を愛しなさい。あなたの愛のゆえに、私は諸教会を呼び集め、復活祭の日付を一致させる。私を愛しなさい。あなたのために、この闇を、予見されたよりも早く光に置き換える。私があなたから望む実りは、愛である! あなたの愛によって、私は多くの祈りをかなえることができる」
(『神のうちの真のいのち』1994年4月19日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

5日目

黙想

「復活祭ごとに、私はあなたたちの分裂の杯を強いられ、飲まされている。だがあなたも、娘よ、その杯を飲むことになる。人間の手から渡された苦い杯を私と分かち合うであろう。彼らが復活祭の日付を一致させるまでに時間がたてばたつほど、この時代は厳しい裁きを受ける」
(『神のうちの真のいのち』1994年5月31日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

6日目

黙想

「私の家の者たちが誠実さに欠け、復活祭の日付を一致させようと、私の霊のうちに働かないのを見て、私の心は絶えず憂う。御父が彼らの心を変えてくださるよう、この者たちのために祈ってほしい。私の聖霊によってひとたび目が開かれたなら、悔い改めて、真理を見る妨げとなった自分たちの誤りに気づき、真理から彼らを引き離しているこの傲慢の霊が立ち退き、正気を取り戻すよう、彼らのために祈ってほしい。『彼らが真に私の弟子だと、その愛によって、今やすべての人に知られよう』と私が言えるように、彼らのために祈ってほしい」
(『神のうちの真のいのち』1996年11月27日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

7日目

黙想

「へりくだることによって、造り主の前に証しを立てなさい。復活祭の日付を一致させて、造り主の前に証しを立てなさい。パンをともに分け合って、私に証しを立てなさい。栄えある厳かな祭服を、宗教心と敬虔さの見せかけによらず、へりくだった心で身につけなさい」
(『神のうちの真のいのち』1991年11月25日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

8日目

黙想

「ああ、あなたたちが一つの祭壇の周りに集まり、この同じ祭壇を囲んで私を賛美してくれるなら、どんなにうれしいだろうか。自分の過ちを認め、背いたことを悔い改め、あなたたちに対する私の愛を思い出し、私が愛したように、あなたたちも互いに愛し合うなら」
(『神のうちの真のいのち』1988年4月19日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

9日目

黙想

「私の心は、すべての羊飼いたちが一つの祭壇を囲んで集まってほしいという望みで燃えている。彼らが(……)私の群れの世話をするのを見たいという望みで燃えている。彼らが私の優しさと正しさを語り、私が教えてきたすべてを語るのを聞きたいという望みで燃えている。彼らが愛とあわれみをもって、私の民の世話をするのを見たいという望みで燃えている」
(『神のうちの真のいのち』2006年5月31日)

「心を開いて、私の恩寵の霊がなぜ、この世代にこれほどまでに豊かに注がれているのかを理解しようと努めなさい。すべての世代が、一人の羊飼いのもとに、一つの聖櫃を取り囲んで、一つとなる日が近づいている。主である私は、彼らにとって唯一の主となる。だから祈りなさい、愛する者たちよ、主である私が万全の準備をもって進めているこの一致のために祈りなさい」
(『神のうちの真のいのち』1989年6月19日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

ベス・ミリアムの子ども食堂支援─昨年のクリスマス

2026年3月8日 in お知らせ

ベス・ミリアムの寄付金の一部は、ある地元の子ども食堂に食材をお送りするために使われています。これは昨年末のクリスマスパーティの模様です。

スウェーデンの聖ビルジッタ

2026年2月20日 in お知らせ

ヴァスーラは、2002年6月26日付のバチカンの信仰教理省に宛てた手紙の中で、こう記しています。「スウェーデンの聖ビルジッタも、同じような方法で彼女のメッセージを書き留めたということを、ここローマで聞きました。」聖ビルジッタの体験と、当時の状況が、現代と非常に類似していることを見ていきましょう。神のメッセージが現代の私たちにとってどのような意味を持っているかを再確認することができます。

時代背景

聖ビルジッタが生きた14世紀は、ヨーロッパ全体にとって激動の時代でした。

カトリック教会は深刻な危機を迎えていました。1309年から1377年にかけて、歴代の教皇はローマではなく南フランスのアヴィニョンに居を構えていました。これを「アヴィニョン捕囚」と呼びます。教皇はフランス王権の影響下に置かれ、ローマ教会の普遍性と独立性は大きく損なわれました。聖ペトロの後継者がペトロの殉教の地ローマを離れ、世俗権力の庇護のもとに安住しているという事実は、多くの信仰者を深く傷つけるものでした。

聖職者の腐敗も深刻でした。司教や司祭職が金銭で売買される聖職売買が横行し、聖職者が愛人を持つことも珍しくありませんでした。修道院の規律は緩み、本来は清貧と奉仕に生きるべき修道者たちが、富と権力を追い求める姿も見られました。

さらに、1347年から猛威を振るったペスト(黒死病)がヨーロッパ人口の三分の一とも言われる命を奪いました。人々は死の恐怖の中で神に問いかけました。神はどこにおられるのか?

英仏百年戦争(1337-1453年)も、この時代の大きな悲劇でした。キリスト教国同士が何世代にもわたって戦い続けるという現実は、キリストの教えとの深刻な矛盾を示すものでした。ビルジッタはこうした時代の闇の中に生きました。

生涯

ビルジッタ・ビルゲルスドッテル(Birgitta Birgersdotter)は、1303年頃、スウェーデンの貴族の家庭に生まれました。父親はスウェーデン東部のウプランド地方の知事を務める敬虔なカトリック信者で、ビルジッタは幼少期から深い信仰の中で育ちました。

7歳の頃、彼女は初めての幻視を体験したと伝えられています。聖母マリアが現れ、一つの王冠を与えてくれたというものです。10歳の時には、十字架上のキリストを見る幻視があり、その傷の生々しさに深く心を動かされました。この体験は、後に彼女の霊性の核心となるキリストの受難への黙想の原点となります。

13歳で結婚し、夫のウルフ・グドマルソンとの間に8人の子どもをもうけました。夫婦は共に信仰深く、巡礼を共にし、貧しい人々の世話をしながら生活しました。ビルジッタは貴族の妻・母としての義務を果たしながら、同時に深い祈りの生活を続けました。

1341年から1342年にかけて、夫婦でスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼を行いました。その帰途で夫が病に倒れ、翌年に亡くなります。ビルジッタはこの死を深く受け止め、夫の死後は完全に神への奉仕に生涯を捧げることを決意しました。

夫の死後まもなく、彼女はキリストから直接語りかけられる体験をしたと記しています。「私があなたの花婿となろう。私は他のどんな花婿よりも優しく、あなたを愛する」。この言葉とともに、啓示を書き記すようにとの使命が与えられました。

その後のビルジッタは、スウェーデン王の宮廷に招かれ、王妃の侍女長として仕えながらも、王と廷臣たちの道徳的退廃を遠慮なく諌め続けました。王から疎まれることもありましたが、彼女はひるみませんでした。

1349年、ビルジッタはローマに移り住みます。以後、彼女の生涯はローマを拠点としたものとなりました。1373年、エルサレムへの巡礼から帰った直後に、ローマで亡くなりました。70年前後の生涯でした。

1391年、教皇ボニファティウス九世によって列聖されました。1999年、教皇ヨハネ・パウロ二世は、聖カタリナ・フォン・シエナ、聖エディット・シュタインとともに、ビルジッタを「ヨーロッパの守護聖人」と宣言しました。

『天の書』


ビルジッタはノートブックとペンを使って啓示をスウェーデン語で書き記しました。その筆跡には、推敲の跡がそのまま残されています。米国議会図書館に現存する自筆の草稿は3枚の紙からなり、多くのスペルの誤りや修正が確認されており、これらが清書ではなく草稿であることを裏付けています。ビルジッタが受け取ったままの言葉を、生きた草稿として書き留めていたことがここからもわかります。

書き留められたスウェーデン語の草稿は、聴罪司祭であった神学者ペトルス・オルラビによってラテン語に翻訳・編集されました。これが『天の書(Liber Caelestis)』、あるいは『啓示録(Revelationes)』と呼ばれる全8巻の大著です。啓示は告解司祭たちによって収集・整理され、ビルジッタの死後もヨーロッパ中に広く流布しました。枢機卿フアン・デ・トルケマダ、ジャン・ジェルソン、マルティン・ルターを含む多くの著名人がその著作を読み、注釈を加えています。

啓示の内容は多岐にわたります。キリストの受難の詳細な幻視、聖母マリアとの対話、教会への警告、個々の聖人たちの言葉、そして当時の王侯・教皇への直接的な訓戒など、その範囲は個人の霊的体験を大きく超えて、時代全体に向けられたものとなっています。

教会と聖職者への警告

ビルジッタのメッセージの中でとりわけ鮮烈なのは、当時の教会と聖職者に向けられた厳しい警告です。キリストの言葉として記されたある箇所では、堕落した聖職者についてこのように述べられています。「彼らは私の羊を養うために立てられながら、羊の毛を刈り取ることしか考えていない。彼らは私の言葉を語らず、彼ら自身の欲望を語る。」

修道者の腐敗についても容赦がありませんでした。本来は神へ奉献された者であるはずの修道者が、富を蓄え、世俗的な快楽を追い求め、共同体の規律を無視している現実を、ビルジッタは神から示されたものとして詳細に記しています。

ビルジッタの批判は、単なる告発ではありませんでした。その根底には、教会への深い愛と、失われたものへの悲しみがありました。キリストの言葉として記されているのは、罰への脅しではなく、「私に立ち帰れ」という呼びかけです。

教皇への直接の訴え

ビルジッタの活動の中で最も歴史的に有名なのは、教皇に対してローマへの帰還を繰り返し求めたことです。当時の教皇庁はアヴィニョンにあり、ローマは荒廃していました。ビルジッタはキリストおよび聖ペトロの名において、教皇クレメンス六世、ウルバヌス五世、グレゴリウス十一世に次々と書簡を送りました。その内容は礼儀正しいものでしたが、メッセージは明確でした。「ローマに戻れ。さもなければ神の裁きを受ける。」

教皇ウルバヌス五世は一度ローマへ戻りましたが、間もなくアヴィニョンへ逆戻りし、その直後に亡くなりました。人々はビルジッタの警告の成就を見たと感じました。教皇グレゴリウス十一世は最終的に1377年にローマへ帰還しますが、その実現にはビルジッタをはじめとする複数の神秘家の訴えが大きく寄与したと歴史家たちは評価しています。

平和への呼びかけ

教会内部の腐敗だけでなく、ビルジッタは当時の政治的暴力に対しても発言しました。英仏百年戦争が続く中、彼女はイングランド王エドワード三世とフランス王ジャン二世の双方に書簡を送り、和平を強く求めました。戦争はキリスト者同士の殺し合いであり、神の御心に反するというのが彼女の主張でした。王たちが彼女の訴えに耳を傾けることはありませんでしたが、この行動は、ビルジッタが啓示を個人的な慰めとしてではなく、世界に向けた責任として理解していたことを示しています。

個人の魂への言葉

ビルジッタのメッセージは、体制への批判だけではありません。個々の魂に向けられた、穏やかで親密な言葉も多く含まれています。キリストの言葉として記されたある箇所では、こうあります。「私の友よ、私があなたを愛するのは、あなたが善いからではなく、私が善いからだ。私の愛はあなたの功績によらない。私はただ、あなたが私のもとに戻ってくることだけを願っている。」

参考文献
Birgitta of Sweden, *Revelationes*, ed. and trans. Denis Searby, Oxford University Press
Birgitta of Sweden, *Life and Selected Revelations*, Classics of Western Spirituality, Paulist Press, 1990

▼マラウイのベス・ミリアム

2026年2月1日 in お知らせ

マラウイのベス・ミリアムは、2023年に家族向けの食料パックの配布を開始しました。

2025年、プロジェクトを担当するシスター・エバは、社会状況について「一長一短」であったと書いています。国中の各地に飢餓が存在する一方で、政府が通貨を切り下げるという政治的判断が行われ、その結果、物価が急騰しました。外貨や燃料の不足は、多くの人々にとって終わりの見えない苦境の連鎖を生み出し、九月の選挙の時期には、その政府は政権の座を追われるに至りました。

ベス・ミリアムの食料配布は、2025年2月から4月にかけて、マンゴチ教区管轄下のチフォレで始まり、その後デッザの村々へと広がりました。2025年12月には、ムア・ミッションにおけるプロジェクトを完了し、クリスマスの時期に入院中の病者を支援しました。ムア・ミッション病院は、マラウイ中部地方、マラウイ湖の湖畔に位置しています。

年初には、通常必要とされる25キログラムの小麦粉を確保することが困難だったため、トウモロコシを購入し、製粉所に運んでトウモロコシ粉にしました。支援を受けた人々には、一世帯あたり約35キログラムの粉が配布されました。

2025年11月以降、新しい形の政府の下にありますが、高騰した物価を引き下げるのは容易ではありません。それでも、ボランティアたちは支援を受けた幾つかの家族に寄り添い、手を取り続けることができました。

シスター・エバは、手紙を次の言葉で結んでいます。

「今年の収穫がより良いものとなり、私たちが助けなければならない人が少なくなりますように──それが私たちの心からの祈りです。資金を集めることの困難さは承知していますし、ベス・ミリアムを通して、もっと多くの人々を助けられたらと願っています。しかし、皆さんがマラウイに与えてくださった助けを、私たちは決して忘れません。いつの日か、十分な資金を得て、困窮する兄弟姉妹を助けるために、ベス・ミリアム・インターナショナルへ寄付を送ることができるようになることを願っています」

マンゴチ地区の女性たちが、食料パック配布のためにボランティアとして参加

マンゴチ地区で食料パックを受け取る家族

マラウイの地図:食料支援が行われているマンゴチ、デッザ、チポカの地域は、マラウイ湖の南部に位置しています。

 

一致祈祷週間とヴァスーラの誕生日

2026年1月17日 in お知らせ

1月18日-24日

以下の動画は、2007年のトルコ巡礼の時のもので、ヴァスーラが教会の一致について非常に率直に語っています。キリストのお望みについて、1985年に始まったヴァスーラの召命についてです。

2007年トルコ・パトモス巡礼 ヴァスーラのスピーチ

彼らが一つであるように

1993年1月18日

(サクラメント市/CA)

(今日は私の誕生日で、教会一致祈祷週間の初日です。かつてはペトロの使徒座の祝日でもありました。今日は、とても聖なる方であるフランシス・A・クイン大司教に招待され、ブレスト・サクラメント大聖堂で話をしました。午後、集会の直前に、私を招いて下さった人びとから贈り物をいただきました。それを見た時、これはイエスからいただいたと感じました。1992年10月21日にこう言われたからです……

「歓び、歓喜しなさい、私の杯を次はあなたにまわすのだから……国々が次々と私の庇護のもとで暮らし、御父が私を送られたことを信じるようにするつもりだ。そう、地上の支配者や統治者たち、実力者たち、住民の全てが、私をキリスト、生ける神の子として認める日が来る。そしてあらゆる場所から、人々は祈りと礼拝のうちに敬虔に手を上げ、一つの声、一つの心となる……」

この方々からいただいたものは、金でメッキされた杯でした。そして次の言葉が刻まれていました。

彼らが皆一つとなるように

キリスト者の一致の祝日に

1993年1月18日

メッセージの続きはこちら

ベス・ミリアム宅配こども食堂・12月分へのコメント

2026年1月2日 in お知らせ

 
「こんにちは。昨日、無事にたくさんの食材を受け取らせていただきました! このご時世、お米だけでも大変助かるのに、たくさんの食材を送って頂いて…なんと御礼を申し上げたら良いか分かりません… 本当に本当にありがとうございます。子供たちにお腹いっぱい食べさせてあげられることが私の幸せです。このご縁に感謝し、これからも頑張りたいと思います。」
「チョコパイ、子供たちがとても喜んでいました。優しさが身に染みます…。いつもお心遣いをありがとうございます。今日も寒いですね。乾燥もひどいので風邪などひかないようにお体に気をつけてください。ありがとうございました。」
「昨日無事に沢山の食材を受け取りました。明日から冬休みに入るので助かります。いつもありがとうございます。そして、クリスマスプレゼントの方も昨日無事に届きました。目新しいお菓子ばかりだったみたいで3人ともめっちゃ喜んでました。笑顔いっぱいの素敵なクリスマスになりました。」

本当にありがとうございました。」

*あるこども食堂でクリスマスのイベントがあり、ベス・ミリアムから食材を送りました。以下はお礼のコメントです。

 

 
「先程帰宅し上記のお品、(お菓子、クリスマスメッセージ、りんご)が沢山届いておりました。感謝の気持ちでいっぱいです。皆様にお手数をおかけし又イエス様よりのプレゼント。子供達の喜ぶ顔が浮かびます。毎年有難う御座います。感謝していただきます。クリスマスメッセージ、感動です。子供達にも届きますように。皆様に宜しくお伝え下さいませ。」

教皇レオ十四世と正教会のヴァルソロメオス総主教が「一致のための共同宣言」に署名──宗教を暴力の正当化に用いることを明確に拒絶

2025年12月1日 in お知らせ

カトリックニュースワールドの記事を和訳

2025年11月29日

トルコへの使徒的訪問の三日目、教皇レオ十四世はイスタンブールの聖ゲオルギオス総主教座大聖堂を訪れ、ヴァルソロメオス全地総主教と共に厳かな栄唱(ドクソロギア)を唱え、両教会が完全な交わりの回復を目指して歩む決意と、宗教を暴力の正当化に用いることを拒絶する姿勢を再確認する共同宣言に署名した。

教皇レオ十四世 トルコおよびレバノンへの使徒的訪問
ニカイア公会議1700周年記念巡礼(2025年11月27日〜12月2日)
ヴァルソロメオス全地総主教との会見および共同宣言署名
2025年11月29日(土) イスタンブール・総主教館

共同宣言

「恵み深い主に感謝せよ、
いつくしみはとこしえに。」
詩編106・1

(署名の映像は45分から)

一番最初に召し出された使徒アンデレの祝日の前夜、私たち、教皇レオ十四世とヴァルソロメオス全地総主教は、この兄弟的出会いの恵みに心からの感謝を捧げます。先人たちの模範にならい、主イエス・キリストの御心に従い、私たちは愛と真理において完全な一致の回復という希望へ向けて、対話の道を揺るぎなく歩み続けます。キリスト者の一致は人間の努力だけで生まれるものではなく、上から与えられる賜物であることを自覚し、私たちは両教会のすべての構成員に呼びかけます。主が父に祈られた、「父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください……そうすれば、世は信じるようになります」(ヨハネ17・21)という祈りの実現を熱心に求めていただきたいのです。

325年に開かれた第一ニカイア公会議は一致の出来事でした。1700周年の記念は、単に歴史を思い起こすためではなく、当時語られた聖霊に今日も心を開き、現代の課題に向き合うための促しです。私たちは今回の記念に参加した他の教会・教会共同体の指導者・代表者に深く感謝します。完全な一致への道に立ちはだかる障害を神学対話によって取り扱う必要がある一方、私たちを結びつけているもの──ニカイア信条に表される信仰──を忘れてはなりません。

すなわち、まことの神から出られたまことの神、御父と同じ本質の御子であり、私たちのため、救いのために受肉し、十字架につけられ、死に、葬られ、三日目によみがえり、天に昇り、やがて生者と死者を裁くために再臨される主イエス・キリストです。この御子によって、私たちは聖三位一体の神の神秘へと導き入れられ、御父の子として、キリストと共同の相続人となる恵みにあずかります。この共通の信仰により、私たちは相互尊重のうちに、直面する課題へ希望をもって協力することができます。

この記念は、新しい勇気ある歩みを促すものです。ニカイア公会議は、すべてのキリスト者が共に祝う復活祭の日付の算定基準を示しました。今年、キリスト教世界が同じ日に復活祭を祝ったことを、私たちは神の摂理として感謝します。私たちは毎年ともに主の復活を祝う可能性を探り続けたいと思います。「“霊”によるあらゆる知恵と理解によって」(コロサイ1:9)、すべてのキリスト者がこの歩みに協力してくださるよう祈り、願っています。

今年はまた、教皇パウロ六世と全地総主教アテナゴラスが1054年の相互破門を撤回した共同宣言(1965年)の60周年でもあります。その預言的な行動が、両教会を信頼・尊敬・兄弟愛のうちに対話の道へ導いたことを、私たちは神に感謝します。同時に、いまだ対話に躊躇する人々には、「“霊”が諸教会に告げることを聞くがよい」(黙示録2:29)という招きを受け取っていただきたいのです。今、この歴史の時に求められているのは、世界に平和・和解・一致の証しを新たに示すことです。

私たちは、カトリック教会と正教会の国際合同委員会が、歴史的に分裂の要因となってきたテーマに取り組んでいることを支持しています。神学対話は不可欠ですが、それだけでなく、兄弟的交流、共なる祈り、協力可能な分野での共同の働きも重要です。私たちはすべての信徒、とくに聖職者と神学者に、これまでの成果を喜び、受け入れ、それをさらに成長させるよう強く求めます。

キリスト者の一致の目的には、すべての民族の平和に根本的に寄与するという使命も含まれています。悲しいことに、世界の多くの地域で、今も戦争と暴力が人々の命を奪っています。私たちは政治・社会の責任を負う人々に、戦争の悲劇を即刻終わらせるために可能な限りの努力を求めます。また、すべての善意の人々にこの訴えへの支持を願います。

とりわけ、宗教や神の名を暴力の正当化に用いるいかなる行為も、私たちは拒絶します。真の宗教間対話は、混合主義や混乱を生むのではなく、異なる伝統と文化を持つ人々の共存に不可欠です。『現代世界における非キリスト教徒に対する教会の態度に関する宣言』発布60周年を念頭に、私たちはすべての善意の人に呼びかけます。より正義に満ち、互いに支え合う世界を築き、神が私たちに委ねた被造物を大切にしていただきたいのです。そのとき、人類は無関心、支配欲、利益への貪欲、外国人嫌悪を克服できるでしょう。

私たちは現在の国際情勢に深い危機感を覚えていますが、希望を失いません。神は人類をお見捨てにはなりません。御父は独り子を遣わし、御子イエス・キリストは聖霊を与え、私たちに神のいのちを分かち与え、人間の尊厳を守ってくださいます。聖霊によって、私たちは神が共におられることを知り、体験します。

ゆえに私たちは祈りのうちに、飢え、孤独、病い、その他の困難に苦しむすべての人を神に委ねます。そして、人類家族の一人ひとりに、「心を励まされ、愛によって結び合わされ、理解力を豊かに与えられ、神の秘められた計画であるキリストを悟るように」(コロサイ2:2)という恵みが与えられるよう祈り求めます。