ニューヨーク・タイムズの記事より和訳
ニューヨーク・タイムズ(2022年4月10日付)のイースターの説教で、1989年、妻のキャシーと3人の息子たちとともに、ニューヨーク・マンハッタンにメガチャーチ『Redeemer Presbyterian Church(リディーマー長老教会)』を設立したティモシー・ケラー牧師はこう語っている。2020年、ステージ4の膵臓癌と診断された。この不治の病という診断が、逆説的に、生きることの意味とキリストの復活について深く考えるように導いてくれた。今年3月には新著『Hopes in Times of Fear(恐れの時代の希望)』がペンギン社から出版された。
ニューヨーカー誌に毎週、宗教に関する記事を寄稿している聖公会のティシュ・ハリソン・ウォーレン牧師から、最近の記事のいくつかは、いかに祈りを込めてウクライナを支援するかというテーマを扱ったものだが、希望の危機に瀕している時代の希望というテーマで、彼はインタビューを受けた。
インタビューの中でケラーは、まず『宣告』、つまり病気の診断を受けたときの妻のキャシーと自分の反応を振り返った。「先生は私たちを見て、こう言った。膵臓癌のため、彼は余命幾ばくもないことを承知しておいてほしい。通常、ほとんどの患者は1年以上生きられない」その日はもう、私にとって一種の死であった。私と妻は、こんな悲しいことが起こるものなのかと、信じられない思いで、涙を流しながら長い時間を過ごした。老齢になれば、何か致命的な病気になることもあるだろうと思っていたが、今は違う。こんなことになるはずじゃなかった。また、「なぜ、神は私たちにこんなことをするのか」という疑問もあった。
そして、二人は聖書に手を伸ばし、特に「私たちのこの気持ちを表現しているであろう」詩篇に、ともかく目を向けた。と牧師は付け加えた。そこに、2つの引用を見つけた。「主よ、目を覚ましてください、なぜ眠っておられるのですか。起きてください、私たちを永遠に見捨てないでください」(詩編44:24)、「主よ、いつまでですか、とこしえにわたしをお忘れになるのですか。いつまでみ顔をお隠しになるのですか」(詩編13:1)。その中でケラーは、「癌の診断と自分自身の『死を免れない運命』との遭遇が、私にどのような死生観の変化をもたらしたのか」と自問した。
その中で、「感情的なレベルでは、私たちは一般的に、自分が死を免れない存在であること、そして限界のある時間の中で生きているという事実を拒否していることは間違いない」と指摘した。彼は、この自分の『判決』を聞いた日に、つけている日記に新しい言葉が現れたことを認めた。『集中する』ということ、「彼が人生で一番大切にしていることは何か? という疑問に集中する」ということだ。
もうひとつは、「(今まで)神を信じるということは、大部分が抽象的で『頭で信じる』ことだった」と気づいたことである。しかし、この新しい状況の中で、「信仰の実存的な側面が重要であり、それを深め、強化する必要があると思った。でも、どうしたらいいのかわからなかった」神に愛されていると信じることと、その愛を継続的に感じることは別のことだった。だから、彼の日記に『集中する』と並んで登場する2番目の言葉が『神を知る』だったのである。ケラーは、主の現存と愛の体験が、これから確実に深まっていくことを感じていた。「2回、3回、5回」といった具合に。
「今、あなたが『集中したい』こと、そのリストの一番に挙げるものは何ですか」という質問に対して、彼は妻との関係、2人の間には、「私が前向きに対応できないと思って、今まで妻が全く話題にしなかった」問題があったと指摘した。しかし、今では2人の関係に『突破口』が生まれ、「今までにないほど話ができるようになった」さらに、牧師の子供と孫の話題もリストアップされている。
そして最後に第三の課題、「後世の人たちのことを考えて、今、何を書いておけば、瓶に入れて教会の下に埋めておけるか」である。ケラーは、最近、もっと人に励ましと勇気を与えたいと告白している。『励ましを与える人』になりたい。
また、『神をよりよく知る』という点では、聖書、黙想、一般的な献身、秘跡(プロテスタントは基本的に洗礼と主の晩餐すなわち聖体拝領の二つの秘跡しか認めていない)など、伝統的な手段や方法があることを指摘した。『黙想』は聖書を読むだけでなく、祈りと組み合わせてもよい。このことは詩篇103篇によく表れている。この詩篇の作者は神ではなく、自分自身に語りかける。「わたしの魂よ、主をたたえよ。わたしの内にあるすべてのものよ、聖なる名をたたえよ」。ケラーは、ここで取り組んでいるのは「神の言葉の受肉であり、神の言葉を自分の心にねじ込んでいくと、そこに火が灯る(これは聖霊の働きの現れである)」と説明した。そして、「まるで、今、私の心の中にもっと神がいるようだ」と、より頻繁に、より長く祈るようになったという。それと同時に、「なぜ今まで私の心の中に神は少なかったのだろう」という疑問さえ湧いてくる。
彼女は最後の質問で、彼の最新作『Hope in Times of Fear(恐れの時代の希望)』について触れ、現代社会における希望の危機を訴えた。これに対し、彼はキリストの復活の神秘に言及した。「キリストの復活は本当に起こったと受け入れて信じるならば、この世の出来事のなかに、全てのものの秩序を回復しようとする神の意図を見いだすだろう。悪魔やその他の悪、死、老化、膵臓癌はなくなる。もし、復活がなかったら、何も話すことはない。しかし、もしあったのなら、世界には希望がある」とケラーは宣言した。
彼は、J・R・R・トールキンのエッセイ『妖精物語』の中の言葉を思い出した。「おとぎ話、SFに想像を向かわせることでしか、決して満たされない人間の欲望」彼は言う「人間は、この世の限界や死から逃れるという考えに魅了され、一方で、芸術的で創造的な夢を実現し、すべてを癒すような愛で愛するという思いに魅了される」トールキンは問う:「なぜ人はこのような欲望を抱くのだろうか」そして、答える「クリスチャンとして、私たちは神によって死ぬために創造されたのではないことを知っている。これは、私たちが生きようとする事とパラドクスするからだ」
「キリストは復活した」という事実を受け入れると、突然さまざまな制約がなくなり、希望を持って未来を見つめることができるようになる。(中略)この数ヶ月、キャシーと私は迷うことなくこう言う。
『癌の影の中』に生きなければならないにもかかわらず、おそらく今ほど幸せなことはないでしょう」
──アメリカ人牧師が自らの信仰を語る。
ティモシー・ケラー(1950年ペンシルベニア生まれ)は、アメリカのキリスト教弁証論者、作家、説教者、ニューヨークのRedeemer Presbyterian Church(リディーマー長老教会)の創設者・牧師である。3つの神学大学を卒業後、アメリカ長老教会(PCA)の牧師に叙階され、バージニア州の小さな労働者階級の町ホープウェルのコミュニティで9年間宣教を行った。1989年には、妻のキャシーと3人の息子たちとともに、マンハッタンに自分の教会Redeemer Presbyterian Churchを設立し、現在では5回の日曜礼拝に6000人近くが集まっている。
また、同牧師はニューヨークで多くのコミュニティを率いており、世界の主要都市で新しい教会を建設している。The Gospel Coalition(ゴスペル・コーリション、創設者の一人)、Bio Logos Foundation(バイオロゴス財団、2009年に第1回会議を主催)など、多くのキリスト教団体と連携している。
『The Reason for God: Belief in an Age of Skepticism』などの著書があり、キリスト教(その他)の出版賞を受賞している。本書は、2008年3月のニューヨークタイムズ紙ベストセラー・リスト(ノンフィクション部門)の第7位を獲得した。
J.J神父(カイ東京)/ニューヨーク