4月の祈りの集いの模様
2018年4月10日 (その他)
東京・四谷の4月の祈りの集いです。25名前後の方々が参加され、ドミニコ会のパウロ神父様がミサを挙げてくださいました。今月の集いの朗読箇所は92年9月25日と、ヨハネ11・7です。ヨハネ福音書はラザロの復活の部分で、まさに復活の時期に相応しいものでした。ご存じの通り、参加者が適当にページを開いた部分を読むのですが、このようにして、神がいまお話しされたいことを皆で聞くのです。そのタイミングの的確さにはいつも驚かされます。
2018年4月10日 (その他)
東京・四谷の4月の祈りの集いです。25名前後の方々が参加され、ドミニコ会のパウロ神父様がミサを挙げてくださいました。今月の集いの朗読箇所は92年9月25日と、ヨハネ11・7です。ヨハネ福音書はラザロの復活の部分で、まさに復活の時期に相応しいものでした。ご存じの通り、参加者が適当にページを開いた部分を読むのですが、このようにして、神がいまお話しされたいことを皆で聞くのです。そのタイミングの的確さにはいつも驚かされます。
2017年12月28日 (その他)
「神のうちの真のいのち」の祈りの集いは、1人でも行うことができますし、2、3人でも行うことができます。教会の聖堂でなくとも、自宅で行うこともできます。祈りのやり方は、基本的には『祈りの集いガイドライン』に従います。15ページから始まり、「聖書の朗読」「メッセージの朗読」の後、「20.祈りの集いの終わりに」まで、どの祈りを唱えるかは、その時の感覚で自由に選ぶことができます。ただし、ヒーリング・サービスは、按手する司祭か助祭がいる時にのみ行い、信徒が按手するのは避けた方が無難でしょう。
東京の集いでは通常ミサも行うため、祈りの集い自体が長くなりすぎないよう、メッセージの朗読の後、「生ける神の霊」を歌い、「イエスの聖心への奉献の祈り」「義の時の祈り」を唱えて、「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが…」の後、「ドクサ・ドクサ」を歌って終わっています。東京の集いで作っているプリントはそうなっています。とはいえ、いつも必ずこの通りでなければならないと決まっているわけではありません。その時の集いの意向によって、ガイドラインの中のいろいろな祈りを自由に選択するのも良いことです。世話人あるいは先唱者は、皆が疲れずに集中して祈れるよう、全体の時間とバランスを考える必要があるでしょう。逆に、徹夜祈祷をする場合など、時間が沢山ある場合は、十字架の道行きをしたり、全部の祈りを唱えることもできます。
祈りの集いはミサのような教会の公式な「典礼」ではないので、基本部分を抑えておけば、あとはそれほど固定的に考える必要はありません。歌も、本に載っていないものでも自由に選んで良いことになっています。時間の余裕があれば、後半のいろいろな祈りを使ってみるといいでしょう。参考にしてください。
2017年8月31日 (その他)
◎キリル総主教、ロシア正教会とローマ・カトリック教会はさらに深く一致したと宣言する。(2017年8月30日、英文記事)
「私は、我々の教会間の関係の発展をさらに大きな満足をもって見ている。……この事実は、我々の関係が新たな段階に事実入ったことを証しするものである。それは、現代の数多くの課題に関する我々の立場について、ハバナで合意したゆえに可能となった非常に重要な出来事を伴うものだ」
◎教皇フランシスコと世界教会協議会幹部が会談
【CJC】「バチカン(ローマ教皇庁)で行われた教皇フランシスコとの会談で、世界教会協議会(WCC)中央委員会のアグネス・アブオム議長とオラフ・フィクセ=トゥベイト総幹事は、世界が今日直面している問題で「真実の正義」をもたらすには「キリスト教一致」がいかに重要であるかを討議した。会談ではまた「一つとなる世界教会運動」の進展についても焦点を絞った」
http://blog.livedoor.jp/cjcpress/archives/52110571.html
◎パロリン枢機卿がロシア公式訪問を終え、印象語る
【CJC】「キリル総主教との出会いでは、教皇と総主教のハバナでの会見に代表されるように、ロシア正教会とカトリック教会に育まれつつある関係を印象付ける、新しい空気を感じることができたと、同枢機卿は述べた」
http://blog.livedoor.jp/cjcpress/archives/52110553.html
2017年8月15日 (その他)
9月の巡礼では、現地モスクワのユダヤ教の最高位のラビと、ロシア正教会の聖職者も参加した宗教間の会談が行われるとのこと。国連や教会トップレベルで行われるイベントのような様相を呈しています。もちろん、これは神ご自身が集められているのです。
『神のうちの真のいのち』を通して、神は本当に歴史を動かそうとされているのです。私たちはその目撃者です。