ベス・ミリアム宅配こども食堂・12月分へのコメント

2026年1月2日 in お知らせ

 
「こんにちは。昨日、無事にたくさんの食材を受け取らせていただきました! このご時世、お米だけでも大変助かるのに、たくさんの食材を送って頂いて…なんと御礼を申し上げたら良いか分かりません… 本当に本当にありがとうございます。子供たちにお腹いっぱい食べさせてあげられることが私の幸せです。このご縁に感謝し、これからも頑張りたいと思います。」
「チョコパイ、子供たちがとても喜んでいました。優しさが身に染みます…。いつもお心遣いをありがとうございます。今日も寒いですね。乾燥もひどいので風邪などひかないようにお体に気をつけてください。ありがとうございました。」
「昨日無事に沢山の食材を受け取りました。明日から冬休みに入るので助かります。いつもありがとうございます。そして、クリスマスプレゼントの方も昨日無事に届きました。目新しいお菓子ばかりだったみたいで3人ともめっちゃ喜んでました。笑顔いっぱいの素敵なクリスマスになりました。」

本当にありがとうございました。」

*あるこども食堂でクリスマスのイベントがあり、ベス・ミリアムから食材を送りました。以下はお礼のコメントです。

 

 
「先程帰宅し上記のお品、(お菓子、クリスマスメッセージ、りんご)が沢山届いておりました。感謝の気持ちでいっぱいです。皆様にお手数をおかけし又イエス様よりのプレゼント。子供達の喜ぶ顔が浮かびます。毎年有難う御座います。感謝していただきます。クリスマスメッセージ、感動です。子供達にも届きますように。皆様に宜しくお伝え下さいませ。」

教皇レオ十四世と正教会のヴァルソロメオス総主教が「一致のための共同宣言」に署名──宗教を暴力の正当化に用いることを明確に拒絶

2025年12月1日 in お知らせ

カトリックニュースワールドの記事を和訳

2025年11月29日

トルコへの使徒的訪問の三日目、教皇レオ十四世はイスタンブールの聖ゲオルギオス総主教座大聖堂を訪れ、ヴァルソロメオス全地総主教と共に厳かな栄唱(ドクソロギア)を唱え、両教会が完全な交わりの回復を目指して歩む決意と、宗教を暴力の正当化に用いることを拒絶する姿勢を再確認する共同宣言に署名した。

教皇レオ十四世 トルコおよびレバノンへの使徒的訪問
ニカイア公会議1700周年記念巡礼(2025年11月27日〜12月2日)
ヴァルソロメオス全地総主教との会見および共同宣言署名
2025年11月29日(土) イスタンブール・総主教館

共同宣言

「恵み深い主に感謝せよ、
いつくしみはとこしえに。」
詩編106・1

(署名の映像は45分から)

一番最初に召し出された使徒アンデレの祝日の前夜、私たち、教皇レオ十四世とヴァルソロメオス全地総主教は、この兄弟的出会いの恵みに心からの感謝を捧げます。先人たちの模範にならい、主イエス・キリストの御心に従い、私たちは愛と真理において完全な一致の回復という希望へ向けて、対話の道を揺るぎなく歩み続けます。キリスト者の一致は人間の努力だけで生まれるものではなく、上から与えられる賜物であることを自覚し、私たちは両教会のすべての構成員に呼びかけます。主が父に祈られた、「父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください……そうすれば、世は信じるようになります」(ヨハネ17・21)という祈りの実現を熱心に求めていただきたいのです。

325年に開かれた第一ニカイア公会議は一致の出来事でした。1700周年の記念は、単に歴史を思い起こすためではなく、当時語られた聖霊に今日も心を開き、現代の課題に向き合うための促しです。私たちは今回の記念に参加した他の教会・教会共同体の指導者・代表者に深く感謝します。完全な一致への道に立ちはだかる障害を神学対話によって取り扱う必要がある一方、私たちを結びつけているもの──ニカイア信条に表される信仰──を忘れてはなりません。

すなわち、まことの神から出られたまことの神、御父と同じ本質の御子であり、私たちのため、救いのために受肉し、十字架につけられ、死に、葬られ、三日目によみがえり、天に昇り、やがて生者と死者を裁くために再臨される主イエス・キリストです。この御子によって、私たちは聖三位一体の神の神秘へと導き入れられ、御父の子として、キリストと共同の相続人となる恵みにあずかります。この共通の信仰により、私たちは相互尊重のうちに、直面する課題へ希望をもって協力することができます。

この記念は、新しい勇気ある歩みを促すものです。ニカイア公会議は、すべてのキリスト者が共に祝う復活祭の日付の算定基準を示しました。今年、キリスト教世界が同じ日に復活祭を祝ったことを、私たちは神の摂理として感謝します。私たちは毎年ともに主の復活を祝う可能性を探り続けたいと思います。「“霊”によるあらゆる知恵と理解によって」(コロサイ1:9)、すべてのキリスト者がこの歩みに協力してくださるよう祈り、願っています。

今年はまた、教皇パウロ六世と全地総主教アテナゴラスが1054年の相互破門を撤回した共同宣言(1965年)の60周年でもあります。その預言的な行動が、両教会を信頼・尊敬・兄弟愛のうちに対話の道へ導いたことを、私たちは神に感謝します。同時に、いまだ対話に躊躇する人々には、「“霊”が諸教会に告げることを聞くがよい」(黙示録2:29)という招きを受け取っていただきたいのです。今、この歴史の時に求められているのは、世界に平和・和解・一致の証しを新たに示すことです。

私たちは、カトリック教会と正教会の国際合同委員会が、歴史的に分裂の要因となってきたテーマに取り組んでいることを支持しています。神学対話は不可欠ですが、それだけでなく、兄弟的交流、共なる祈り、協力可能な分野での共同の働きも重要です。私たちはすべての信徒、とくに聖職者と神学者に、これまでの成果を喜び、受け入れ、それをさらに成長させるよう強く求めます。

キリスト者の一致の目的には、すべての民族の平和に根本的に寄与するという使命も含まれています。悲しいことに、世界の多くの地域で、今も戦争と暴力が人々の命を奪っています。私たちは政治・社会の責任を負う人々に、戦争の悲劇を即刻終わらせるために可能な限りの努力を求めます。また、すべての善意の人々にこの訴えへの支持を願います。

とりわけ、宗教や神の名を暴力の正当化に用いるいかなる行為も、私たちは拒絶します。真の宗教間対話は、混合主義や混乱を生むのではなく、異なる伝統と文化を持つ人々の共存に不可欠です。『現代世界における非キリスト教徒に対する教会の態度に関する宣言』発布60周年を念頭に、私たちはすべての善意の人に呼びかけます。より正義に満ち、互いに支え合う世界を築き、神が私たちに委ねた被造物を大切にしていただきたいのです。そのとき、人類は無関心、支配欲、利益への貪欲、外国人嫌悪を克服できるでしょう。

私たちは現在の国際情勢に深い危機感を覚えていますが、希望を失いません。神は人類をお見捨てにはなりません。御父は独り子を遣わし、御子イエス・キリストは聖霊を与え、私たちに神のいのちを分かち与え、人間の尊厳を守ってくださいます。聖霊によって、私たちは神が共におられることを知り、体験します。

ゆえに私たちは祈りのうちに、飢え、孤独、病い、その他の困難に苦しむすべての人を神に委ねます。そして、人類家族の一人ひとりに、「心を励まされ、愛によって結び合わされ、理解力を豊かに与えられ、神の秘められた計画であるキリストを悟るように」(コロサイ2:2)という恵みが与えられるよう祈り求めます。

教皇レオ十四世、キリスト者に「時代遅れの神学論争を乗り越えよ」と呼びかける

2025年11月24日 in お知らせ

教皇レオ十四世は、2025年5月30日にバチカンで
コンスタンティノープルのヴァスソロメオス総主教を迎えた|バチカン・メディア

CNAの記事を和訳

2025年11月23日 バチカン

レオ十四世教皇は、もはや一致の助けにならない「神学論争」を乗り越え、1700年前のニカイア公会議が告白した信仰を共に再発見するようキリスト者に呼びかけた。

教皇は11月23日、王であるキリストの祭日に、新しい使徒的書簡『信仰の一致のうちに In unitate fidei』を発表した。教皇はこの書簡の中で、第一ニカイア公会議の1700周年、2025年の聖年、そして自身のトルコ訪問を結びつけている。教皇は11月30日にコンスタンティノープルのヴァルソロメオス総主教とともにニカイア1700周年の記念行事に臨み、その後レバノンへ向かう予定である。

教皇は書簡の冒頭で、「この書簡が、教会全体が信仰告白への熱意を新たにするための励ましとなることを望む」と述べ、ニカイア・コンスタンティノープル信条について「何世紀にもわたりキリスト者の共通遺産であり、絶えず新たで適切な方法で告白され、理解されるに値する」と強調した。

また教皇は、この記念にあわせて国際神学委員会がまとめた新文書『イエス・キリスト、神の子、救い主──ニカイア公会議1700周年』が承認されたことに触れ、それが神学的・教会的次元だけでなく文化的・社会的観点からも重要な洞察を与えるものであると紹介している。

教皇は教会一致の強い訴えとして、次のように述べる。「ニカイア信条は、完全な一致へと新たに歩み出す際の基礎であり、基準点になりうる。信条は、正当な多様性の中にあるまことの一致の模範を示している。三位一体の一致、そして一致のうちの三位一体である。なぜなら、多様性なき一致は専制であり、一致なき多様性は分裂であるからだ」。

「ゆえに、もはや存在理由を失った神学論争を手放し、共通理解を深め、さらにそれ以上に、聖霊への共通の祈りを育てていかなければならない。聖霊が私たちを一つの信仰と一つの愛のうちに集めてくださるように」。

教皇はさらに「キリスト者の一致の回復は私たちを貧しくするのではなく、むしろ豊かにする」と述べ、完全な可視的一致の目標は「神学的挑戦であると同時に、さらに霊的挑戦であり、すべての者に回心と悔い改めを求める」と語った。

「この信条は私たちに希望を与える」

教皇は今日の危機の中で、聖年のテーマ「キリストは私たちの希望」とニカイアの記念が重なることを「摂理的な一致」と捉え、こう語る。「戦争や暴力の脅威、自然災害、深刻な不正や格差、飢えと貧困に苦しむ数百万の人々のただ中で、この信条は私たちに希望を与える」

教皇はすべてのキリスト者に対し、「調和のうちに歩み、愛と喜びをもって受けた信仰の賜物を守り伝える」よう招くとともに、とくに信条の核心部分である「唯一の主イエス・キリスト、神の独り子……私たちの救いのために天から降りて来られた」という告白の重要性を改めて強調した。

ニカイア公会議が扱った論争の核心

教皇は書簡の大部分を、ニカイア公会議の歴史的・神学的文脈の説明に費やしている。

教皇は、アリウスの教えが「イエスはまことの神ではなく、創造された高度な存在にすぎず、神と人の中間的な存在である」という主張であったことを説明した上で、この論争は「福音のイエスの問い『あなたがたは、私を誰と言うか』への答え」という、信仰の核心をめぐる問題であったと述べる。

ニカイアの教父たちは、イエスが「御父の本質から生まれ、造られず、御父と同質(ホモウシオス)である」と告白した。教皇は、教父たちは聖書の唯一神信仰と受肉の真実を守るために哲学用語を用いたのであり、「ギリシア思想への迎合ではなく、聖書の信仰を明確に表現するため」であったと指摘する。また「ニカイア信条が示すのは、遠く離れ、近づきがたく動かない神ではなく、地上の最も暗い場所においてさえ、世界を歩む私たちの旅路に寄り添う神である」と強調する。そして、神の偉大さは「神が小さくなり、貧しい者や小さな者のうちに隣人となるときにこそ現れる」と述べる。

レオ十四世教皇はまた、ニカイア信条が強調したキリストの完全な人性にも光を当て、ことば(ロゴス)が「人となった」と明確に述べられている点を指摘する。ロゴスが単に「身体だけをまとった」にすぎないとする一部の教えに対して、教皇は後の公会議が、「キリストにおいて神は人間全体、すなわち体と魂の双方を受け取り、あがなわれた」と明確に述べたことを想起させる。

さらに教皇は、聖アタナシウスと教父たちの伝統を引用して次のように述べる。「神化とは、まことの意味での人間化(完全に人間になること)である。だからこそ、人間の存在は自らを超えて求め、望み、そして神のうちに憩うまで落ち着かないのだ」。

教皇はさらにこう付け加える。「人間の心の無限の渇望を満たすことができるのは、無限である神のみである。このために、神の子は私たちの兄弟でありあがない主となることを選ばれたのである」。

良心の吟味への招き

教皇は信条について、「口で告白することは、心から発し、生活で証しされなければならない」と語り、次の問いを信者に投げかける。私は今日、この信条をどれほど内的に受け取っているだろうか? 日曜日ごとに唱える言葉を理解し、生きているだろうか? それらは私の人生に何を意味するだろうか?」

また、被造物の管理責任を含む社会的・倫理的課題にも触れ、「私は神の作品である被造物をどう扱っているのか。敬意と感謝をもって用いているのか、それとも搾取し破壊しているのか?」と問いかける。

第二バチカン公会議の教えを踏まえつつ、レオ十四世教皇は、今日では「多くの人にとって、神と神についての問いは、自分の人生においてほとんど意味を持たなくなっている」と指摘し、その責任の一端はキリスト者自身にもあると述べる。キリスト者が「まことの信仰を証しせず、その生き方と行いが福音から逸れているために、神のまことの顔を覆い隠してしまった」からである。

「本来ならばいつくしみ深い神を告げ知らせるべきところで、恐怖を抱かせ、罰を下す復讐の神が語られてきた」と教皇は嘆いている。

キリストに従い、互いに愛し合うこと

信条の中心はイエスを「主であり神である」と告白することであり、教皇はキリストに従うことが「しばしば困難で痛みを伴う道」であることを認めつつ、それが救いの道であると強調する。「見える兄弟姉妹を愛さずに、見えない神を愛すると言うのは偽善である」。また、災害・戦争・惨禍の中で、神に疑いを抱く人々が神のあわれみを知ることができるのは「私たちを通してのみ」であると述べた。

一致は「平和のしるし、和解の道具」

教皇は第二バチカン公会議と聖ヨハネ・パウロ二世の回勅『一つになるように Ut unum sint』を引用し、「世界の分断が深まる中で、キリスト者の一致は平和のしるしとなり、和解の道具となる」と述べる。

完全な可視的一致には至っていないものの、ニカイア信条と唯一の洗礼に基づくエキュメニカル対話によって、キリスト者同士が互いを兄弟姉妹として認め合い、「キリストの弟子の唯一の普遍的共同体」を再発見しつつあると説明する。

そして力強くこう語る。「私たちを分裂させるものよりも、結び合わせるものの方がはるかに大きいのです!」と教皇は強調する。教皇はまた、全教会の殉教者の証しが一致の道を力強く推し進めることを思い起こさせる。

「神の慰め主よ、来てください」

教皇書簡は最後に、信仰の刷新とキリスト者の間にある分裂のいやしを願う聖霊への祈りで締めくくられている。

「来てください、天からの慰め主よ、調和の源よ。信じる者の心と精神を一つにしてください。来てください、交わりの美しさを味わわせてください」と教皇は続ける。

「来てください、父と子の愛よ。私たちをキリストのただ一つの群れへと集めてください。どの道を歩むべきかを示してください。あなたの知恵によって、私たちがキリストにおいて本来あるべき姿──一つ──に再び戻ることができますように。そうして世界が信じるようになりますように。」

復活祭の日付の統一への試みの歴史的概要

2025年11月19日 in お知らせ

1920年、コンスタンティノープル総主教庁が、全教会が共通の暦を使用することを提案しました。これは、復活祭の日付の統一を目指したもので、エキュメニカル(教会一致)運動の文脈で議論されました。しかし、暦の違いや伝統の抵抗により進展しませんでした。

1970年代以降の動き: 世界教会協議会(WCC)などが関与し、共通の日付の議論が活発化。1970年のシャンベジー会議では、移動祝日としての復活祭の意義を維持しつつ、統一を検討しました。これらは1990年代の基盤となりました。

1990年代には、冷戦終結後のエキュメニカル運動の高まりで、統一の好機が何度かありました。特に、1997年のアレッポ会議が象徴的ですが、うまくいきませんでした。

1994年の準備段階: WCCの執行委員会が、復活祭の日付統一を推奨。イアシ(ルーマニア)とディッチンガム(英国)での会議で、科学的・天文学的な計算方法の採用を議論しました。これにより、1997年の本格的な会議につながりました。

1997年のアレッポ会議 シリアのアレッポで、WCCと中東教会協議会(MECC)が主催した国際会議。東方・西方の代表(正教会、聖公会、ルター派など)が参加し、復活祭の意義(キリストの復活による和解と新しい創造)を再確認しました。

提案されたのは、ニケア公会議の原則を維持しつつ、現代の精密天文学データ(春分と満月)を用いて計算する方法で、エルサレムの経度を基準とするもの。2001年(東西方の日付が一致する年)から実施し、以後統一することを目指しました。この提案は、暦の違いを解消し、キリスト教の一致を象徴するものとして期待されました。 しかし、この試みは失敗に終わりました。主な理由は以下の通りです。

・東方教会の抵抗 正教会を中心に、提案が西方中心の押しつけと見なされました。東方にとっては即時の日付変更を意味し、伝統的なユリウス暦の放棄を強いるものだった一方、西方教会は2019年まで大きな変化がなく、不均衡でした。また、エキュメニズム自体に対する保守派の警戒心が強かったのです。

・合意の欠如 1998年、北米の正教会─カトリック神学協議会でアレッポ声明を支持する共同声明が出ましたが、広範な教会の合意が得られませんでした。2001年に日付が一致したにもかかわらず、恒久的な統一には至らず、機会を逃しました。

・その他の要因 科学的計算の導入が、伝統的な教会暦の象徴性を損なうとの懸念や、地域ごとの牧会的配慮(例: 東方教会の忠実な信徒の抵抗)が障壁となりました。

アレッポ後の1998年、米国正教会─ルター派対話やカトリック─正教会協議会で支持が表明されましたが、実施に至らず。2001年の一致を「一時的なもの」として終わらせ、統一の勢いは失われました。

2000年代以降の動き

1990年代の失敗を受け、2000年代以降も散発的な試みが続きましたが、成功していません。2008から2009年にわたり、カトリック、正教会、プロテスタントの指導者らがアレッポ声明を基に合意を試みましたが、進展なし。シリアやレバノンのエキュメニカルな努力が影響しました。

2014年以降、コプト正教会のタワドロス二世教皇が2015年にローマ教皇フランシスコに統一を要請。2016年、カンタベリー大主教ジャスティン・ウェルビーが固定日(4月の第2または第3日曜日)を提案し、5-10年内の解決を目指しました。2022-2024年、全地総主教バルトロメオスが2025年からの共通の日付を呼びかけましたが、詳細な合意は未だありません。

2025年の機会 ニケア公会議1700周年にあたり、両教会の日付が4月20日に一致します。これを機に統一の議論が再燃していますが、過去の失敗から、保守的な抵抗や計算方法の合意が課題です。

東方教会(主に東方正教会)の抵抗 ロシア正教会は東方正教会全体の約半数の信徒を擁する最大の自治教会であり、保守的な立場から復活祭の日付の統一に強く反対してきました。特に、ユリウス暦の厳格な遵守と、エキュメニカル運動(教会一致運動)に対する警戒心が背景にあります。

ロシア正教会の役割と抵抗の理由主要な抵抗者としての位置づけ ロシア正教会(モスクワ総主教庁)は、復活祭の日付の統一の試みに対して一貫して反対の姿勢を示しています。例えば、1997年のアレッポ会議後の提案(精密天文学に基づく共通計算方法)では、東方教会全体の抵抗の象徴として機能しました。この抵抗は、統一が西方教会(カトリックなど)の影響を強め、東方の伝統を損なうものと見なされるためです。

また、2018年にコンスタンティノープル総主教庁との断絶(ウクライナ正教会の独立承認をめぐる対立)が起きて以降、統一の議論はさらに複雑化し、ロシア側はこれを「分裂を深める」ものとして拒否しています。

暦の伝統の維持 ロシア正教会はユリウス暦を移動祝日(復活祭など)に使用しており、グレゴリオ暦への移行や科学的計算の導入を「非正統的」と批判。1923年のコンスタンティノープル全正教会会議(暦改革を提案)も、代表性の欠如から「大いなる誤り」とされ、抵抗の歴史的基盤となっています。

エキュメニズムへの疑念: 統一を西方中心の押しつけと捉え、キリスト教の分裂(1054年の大シスマ)を助長する恐れがあると主張。バルトロメオス総主教の呼びかけ(例: 「一つの主の復活を別々に祝うのはスキャンダル」)に対しても、モスクワ側は応じず、むしろクリスマス日付の統一(ロシアは1月7日)を優先すべきと指摘し、逆効果を警告しています。

内部的分裂の懸念 統一が採用されれば、東方正教会内で「旧暦派」と「新暦派」の対立を再燃させ、1920年代のギリシャやルーマニアで起こった分裂を繰り返す可能性が高いとされます。

他の東方教会の関与 抵抗はロシア正教会に限らず、他のユリウス暦使用教会(セルビア正教会、グルジア正教会、エルサレム総主教庁など6教会)も共有しています。これらは全体の少数派ですが、保守的な立場から統一に反対。一方、コンスタンティノープル総主教庁や一部のギリシャ系教会は推進派で、2025年(ニケア公会議1700周年)の統一を目指していますが、合意に至っていません。

全体として、東方教会の抵抗は暦の違いや神学的伝統の多様性から生じており、ロシアがその象徴的なリーダー役を担っている形です。

復活祭の日付の一致のための24時間の聖体礼拝

2025年11月11日 in お知らせ

2025年11月22日(土)23:00(日本時間)から

国際ライブ配信イベント

「神のうちの真のいのち」復活祭の日付の一致のための24時間の聖体礼拝

日時:2025年11月22日(土)午後11時(日本時間)から

以下のページから視聴できます。
https://ww3.tlig.org/en/live/

備考:

・復活祭の日付の一致のためのノベナ(9日間の祈り):11月18日〜26日
・「神のうちの真のいのち」40周年の記念日:11月28日
・教皇と全地総主教の歴史的会見:11月27日〜30日

概要

「神のうちの真のいのち」は、2025年11月22日から23日に開催される 「神のうちの真のいのち 24時間の聖体礼拝」 と、11月18日から26日に行われる 「復活祭の日付の一致のためのノベナ(9日間の祈り)」 を開催することを喜びとともに発表いたします。

この二つのイベントは、希望の大聖年の特別な時期にあって、2025年11月27日から30日に予定されている教皇レオ十四世とバルソロメオス全地総主教の歴史的会見が開かれる直前に行われます。

この会見は、西暦325年の第1ニカイア公会議が「復活祭の日付をひとつに定めた」ことの1700周年記念であり、両教会が復活祭の日付を再び一致させることへの希望が込められています。

イエスがヴァスーラに語られた言葉を思い出してください。

「兄弟よ、くる年もくる年も耐えている痛みを、またこの季節も忍ばなければならないのか? それともこのたびは休ませてくれるだろうか? あなたたちの分裂の杯を、もう一度、この季節にも飲まねばならないのか? それとも私の体を休息させ、復活祭の祭日を、私のために統一してくれるだろうか? あなたたちが復活祭の日付を統一することによって、私の痛みは和らぐ。兄弟よ、そしてあなたたちは私のうちに歓喜し、私はあなたたちのうちに喜ぶ。そして多くの視力が取り戻されるだろう……」
(『神のうちの真のいのち』1991年10月14日)

以前の24時間の聖体礼拝についてのメッセージ

2022年の24時間の聖体礼拝には、51か国から8,000人以上が参加しました。その翌日(2022年5月31日午前3時30分)、イエスはヴァスーラに呼びかけ、聖体礼拝に参加した人々にこう語られました。

「あれほどの信心を見たのは久しぶりだ──はっきり言っておく、私の父と私は、あなたたちの中に私たちの住まいを作った。あなたたちの心の中に私たちを留めておくように。私たちの現存とはいのちである……」
(『神のうちの真のいのち』2022年5月31日)

○参加の呼びかけ

この24時間のうち、一時間だけでも聖体礼拝にお捧げください。そうすれば、世界のどこかで、常に少なくとも一人の礼拝者がいることになります。(*日本では、日曜日の午後のオンラインの祈りの集いで2時間参加します)

この「平和の日」は、イエスとマリアの聖なる御心に大きな慰めをもたらし、また世界に多くの恵みをもたらす日となるでしょう。

当日は、英語・フランス語・アラビア語・アラム語・ラテン語・ギリシャ語・スペイン語で祈り、聖書の朗読と『神のうちの真のいのち』のメッセージの朗読も行われます。

復活祭の日付の一致のためのノベナ

2025年11月8日 in お知らせ

2025年11月18日─26日

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1日目

黙想

「決して祈りを止めてはならない。私を喜ばせ、心を込めて祈りなさい。一致のため、私の体の一致のために祈ってほしい。教皇と総主教のために祈ってほしい。すべての司祭のために祈ってほしい。ペトロの導きのもとにいない羊たちが、ペトロのもとに戻って和解するように祈りなさい。一人の羊飼いのもとに、一つの群れとなるように祈りなさい。あなたたちの間に平和、一致、そして、より大きな愛があるように祈りなさい。あなたたちが一つの聖櫃を囲んで私を賛美することができるように祈りなさい。一致しなさい、愛する者たちよ。一つになりなさい。父と私が一つであり、同じであるように。あなたたち皆を祝福する」
(『神のうちの真のいのち』1989年1月17日)1

祈り

主イエス・キリストよ、あなたはペトロの信仰という岩の上に教会を築かれ2、御父とあなたが一つであるように、私たちも一つになるよう祈られました3。あなたが尊い御血をもって贖われた、あなたの花嫁である教会を、今日、御覧ください4。そして私たちの分裂の傷をいやしてください。あなたの聖霊が私たちを真理のうちに強め、揺らいでいるあなたの家5を建て直し、あなたの栄光を回復してくださいますように。これをあなたに願います。あなたは御父と聖霊とともに、唯一の神として世々に生き、支配しておられる御方です。アーメン。

「イエスよ、
あなたの聖なる御顔を私たちに向け、ほほえみかけてください。
そうすれば私たちは再び生き返ります。
私たちの分裂は火のように私たちを焼き尽くしました。
あなたのみが奇跡を行うお方です。
私たちを一つにしてください。
人々が自分の愚かさを捨てますように。
あなたのご計画は、復活祭の日付を一致させることによって
私たちを一つにし、和解させることです。
私はあなたの聖なる助けを呼び求めます」
(ヴァスーラの祈り、『神のうちの真のいのち』1992年1月20日)

「彼らにこのように祈らせなさい。

『ああ主よ、
私たちの間に立っておられるお方、
私たちを導いてください。
あなたのぶどうの木の真ん中に
あなたの王座を据え、
私たちに命じてください。

ああ、至聖なる主よ、
あなたの家とぶどうの木を、完全なまま保つことができるように、
私たちを清めてください。
愛をもって介入し
あなたの右の手で植えられたものを守ってください。

私たちはあなたに背きましたが、
あなたのぶどうの木にいのちの川が流れ込み、
そこからもう一度枝が芽吹き、
実をつけて最良のぶどうとなり、
これまで以上に堂々としたものになるように、
あなたが門を大きく開いてくださると知っています。
そう信じ、信頼しています。
なぜならいのちの与え主である聖霊が
それを覆ってくださるからです』
アーメン」
(イエスの祈り、『神のうちの真のいのち』1992年12月21日)

2日目

黙想

「兄弟よ、くる年もくる年も耐えている痛みを、またこの季節も忍ばなければならないのか? それともこのたびは休ませてくれるだろうか? あなたたちの分裂の杯を、もう一度、この季節にも飲まねばならないのか? それとも私の体を休息させ、復活祭の祭日を、私のために統一してくれるだろうか? あなたたちが復活祭の日付を統一することによって、私の痛みは和らぐ。兄弟よ、そしてあなたたちは私のうちに歓喜し、私はあなたたちのうちに歓ぶ。そして多くの視力が取り戻されるだろう……」

(『神のうちの真のいのち』1991年10月14日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

3日目

黙想

「一致のために働く者たちには、空を見上げるように言いなさい。空と地がどんなに離れているかを見たか? 彼らの心はそれほど互いから遠く離れている。それほどまでに隔たっている。皆が復活祭を同じ日に祝うように、一致して定め、布告を発してくれるのはいつの日か?」
(『神のうちの真のいのち』1992年12月21日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

4日目

黙想

「私を愛しなさい。あなたの愛のゆえに、私は諸教会を呼び集め、復活祭の日付を一致させる。私を愛しなさい。あなたのために、この闇を、予見されたよりも早く光に置き換える。私があなたから望む実りは、愛である! あなたの愛によって、私は多くの祈りをかなえることができる」
(『神のうちの真のいのち』1994年4月19日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

5日目

黙想

「復活祭ごとに、私はあなたたちの分裂の杯を強いられ、飲まされている。だがあなたも、娘よ、その杯を飲むことになる。人間の手から渡された苦い杯を私と分かち合うであろう。彼らが復活祭の日付を一致させるまでに時間がたてばたつほど、この時代は厳しい裁きを受ける」
(『神のうちの真のいのち』1994年5月31日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

6日目

黙想

「私の家の者たちが誠実さに欠け、復活祭の日付を一致させようと、私の霊のうちに働かないのを見て、私の心は絶えず憂う。御父が彼らの心を変えてくださるよう、この者たちのために祈ってほしい。私の聖霊によってひとたび目が開かれたなら、悔い改めて、真理を見る妨げとなった自分たちの誤りに気づき、真理から彼らを引き離しているこの傲慢の霊が立ち退き、正気を取り戻すよう、彼らのために祈ってほしい。『彼らが真に私の弟子だと、その愛によって、今やすべての人に知られよう』と私が言えるように、彼らのために祈ってほしい」
(『神のうちの真のいのち』1996年11月27日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

7日目

黙想

「へりくだることによって、造り主の前に証しを立てなさい。復活祭の日付を一致させて、造り主の前に証しを立てなさい。パンをともに分け合って、私に証しを立てなさい。栄えある厳かな祭服を、宗教心と敬虔さの見せかけによらず、へりくだった心で身につけなさい」
(『神のうちの真のいのち』1996年11月25日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

8日目

黙想

「ああ、あなたたちが一つの祭壇の周りに集まり、この同じ祭壇を囲んで私を賛美してくれるなら、どんなにうれしいだろうか。自分の過ちを認め、背いたことを悔い改め、あなたたちに対する私の愛を思い出し、私が愛したように、あなたたちも互いに愛し合うなら」
(『神のうちの真のいのち』1988年4月19日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

9日目

黙想

「私の心は、すべての羊飼いたちが一つの祭壇を囲んで集まってほしいという望みで燃えている。彼らが(……)私の群れの世話をするのを見たいという望みで燃えている。彼らが私の優しさと正しさを語り、私が教えてきたすべてを語るのを聞きたいという望みで燃えている。彼らが愛とあわれみをもって、私の民の世話をするのを見たいという望みで燃えている」
(『神のうちの真のいのち』2006年5月31日)

「心を開いて、私の恩寵の霊がなぜ、この世代にこれほどまでに豊かに注がれているのかを理解しようと努めなさい。すべての世代が、一人の羊飼いのもとに、一つの聖櫃を取り囲んで、一つとなる日が近づいている。主である私は、彼らにとって唯一の主となる。だから祈りなさい、愛する者たちよ、主である私が万全の準備をもって進めているこの一致のために祈りなさい」
(『神のうちの真のいのち』1989年6月19日)

・主イエスへの祈り(教会の一致のため)
・ヴァスーラの祈り(1992年1月20日)
・イエスの祈り(1992年12月21日)

シノドス性と「神のうちの真のいのち」のメッセージに関する省察

2025年11月8日 in お知らせ

イエスは呼びかけの初めに、ヴァスーラを通して、「神のうちのまことのいのち」の読者に問いかけられました。「どちらの家の方があなたをより必要としているだろうか?」(1986年10月23日)
ヴァスーラは正しく答えました。「家」とは「教会」を意味すると。私たちは知っています。イエス・キリストによって創設された教会は本来ひとつですが、私たちの罪のために、カトリック教会、正教会、そしてさまざまな宗派の他の教会へと分裂していることを。ローマ・カトリック教会は、イエス・キリストの家の重要な一部です。イエスはその後、ヴァスーラと「神のうちのまことのいのち」の読者たちにこう語られました。「私は今日、多くの国の民にあなたを遣わし、私のこだまとして教会を生き返らせ、一致させて、美しく飾らせている」(1994年12月18日)

ヴァスーラが世界中を旅して証しを始めた後、イエスは彼女を通して私たちに語られます。「帰って来なさい! 皆ペトロのもとに戻って来なさい、なぜならあなたの神、私が彼を選んだのだから」(1988年6月21日)また、「何が起ころうとも私の教皇に従いなさい。忠実であれば、私が必要な恵みと力を与える。彼への忠実を守り、反逆する誰からも遠ざかるようにと勧める。なによりも、彼を追放しようとする誰の声も聞かないように。決して彼に対する愛を欺かないように」(1993年3月17日)ともおっしゃいました。

ヴァスーラがこのメッセージを受けた当時の教皇はヨハネ・パウロ二世でした。そして今、私たち「神のうちのまことのいのち」の協力者にとっての教皇はレオ十四世です。彼はヴァスーラがブエノスアイレスの司教であった頃に出会った教皇フランシスコの死後、教皇となりました。その時以来、世界は変わり、教会もまた変化しています。つまり、私たち「神のうちのまことのいのち」の協力者が生き、メッセージを広めている状況は、もはや以前と同じではありません。各国、各都市の「神のうちのまことのいのち」の読者の会は、この変化を意識し、現代の新しい文脈に応じてメッセージと霊性を実践する方法を考える必要があります。そうしてこそ、人々はこれらのメッセージを自分の日常生活において意味あるもの、必要なものとして受け止め、生きることができるのです。

2021年10月、ヴァスーラがまだ存命中に、教皇フランシスコは第16回通常シノドス司教会議を「シノドス性(協働性)」をテーマに招集し、全カトリック教会を対象とした「シノドス的プロセス」を開始しました。このプロセスは、すべての地方教会でも行われるべきものです。シノドスの目的は、第二バチカン公会議の権威ある教えとその後に発表された関連文書(聖霊に霊感を受けたと信じられる内容)を実現することであり、「シノドス性」とは何か、なぜそれが必要なのか、どのように地方教会(司教協議会や教区)で実践するか、どのような変化が求められているかを示すものです。

「シノドス性」に関する前回のシノドスに関して、司教会議事務局から数十の文書が発表されました。その多くは、世界各地の司教協議会からの協議結果に基づく作業文書や報告書です。中には非常に長く、内容豊かなものもあり、現代の教会が直面している新たな司牧上の課題を提示・分析しています。それは、聖職者や信徒に関わる教会内部の問題、家庭司牧、さらには気候変動、戦争と暴力、貧困、移住などの社会問題にまで及びます。これらすべての問題は、「教会は何を語るべきか」「どのような役割を果たすべきか」という問いへと私たちを導きます。

このプロセスは段階的に進められます。まず教区レベル、次に国家レベル、大陸レベル、そして最後に、教皇フランシスコ臨席のもとで行われるバチカンの司教会議(普遍レベル)へと展開されます。2024年10月の第二会期で普遍段階のシノドスが終了した後、教会全体は2025年から2028年までの三年間、「シノドス性の実施段階」へと入りました。
司教会議事務局の公式指針によれば、司教たちは2028年10月にローマに集まり、それぞれの教区でのシノドス性実践の結果を報告することになっています。
これは、神の民──すなわちすべての洗礼を受けた人々──が、自らの教区、小教区、共同体の刷新と自己形成に積極的に関わり、今日の世界における神の救いの計画を成就するために生きることを意味します。

教会が存在する理由は、時の終わりまで福音を宣べ伝え、すべての人が教会を通して救われるためです(マルコ16・15–16参照)。
しかし今日、何百万もの人々がイエス・キリストを知らずにいます。このため、2021〜2024年の司教シノドスは「交わり、参加、宣教──シノドス的教会のために」というテーマに捧げられました。
簡単に言えば、シノドス的教会とは次のような教会です。「シノドス」とは「共に歩むこと」を意味します。教会のすべての構成員──例外なく洗礼を受けたすべての人──が宣教者であり、互いに交わりのうちに自分の使命を果たすよう召されています。それは、洗礼による召命に基づき、それぞれの身分、奉仕職、カリスマに従って、教会共同体の識別に参加することによって果たされます。「シノドス性」は教会にとって新しい概念ではなく、むしろ再発見し、評価し、推進すべきものです。言い換えれば、「シノドス的プロセス」は摂理的な機会であると同時に、全教会──すなわちすべての信徒──が深い変革を遂げ、福音宣教の使命を果たすために必要不可欠なものなのです。多文化的で変化の激しい現代世界において、あらゆる宗教的信念や価値観が存在する中でこそ、教会の刷新が求められています。

「シノドス性」という言葉自体は「神のうちのまことのいのち」のメッセージには現れません。しかし、その内容やヴァスーラの証しにおける教え──「悔い改め、回心、和解、赦し、福音宣教、キリスト教一致、諸宗教対話」など──は、明らかに「シノドス性」に関する司教会議と同じ目的を反映し、響き合っています。
したがって「神のうちのまことのいのち」のメッセージはその実現に大きく寄与し、教会を導き支配する聖霊の呼びかけに応えています。
しかしながら、「神のうちのまことのいのち」のメッセージは「シノドス性」に還元できるものではなく、また単なるその実践手段として限定されるものでもありません。それには、「シノドス性」に関する公文書には見られない深い神学的教えと霊的洞察が含まれています。
同様に「神のうちのまことのいのち」のメッセージが触れていない豊かな司牧的内容や法的根拠もあります。
したがって、両者を対立的に扱うのではなく、むしろ調和させるべきです。メッセージを黙想し、関連する教会文書を学ぶことによって、ペトロ、すなわち教皇レオ十四世に真に従い、「今この時、聖霊が教会に語られていることに耳を傾ける」ために(参照:教皇フランシスコ『シノドス的教会のために──交わり、参加、宣教—最終文書』付随覚書、2024年11月24日)。

「父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じるようになります」(ヨハネ17・21)

オッフリー・チャン神父

台北、2025年10月12日

エマヌエル府主教、教皇レオ十四世のトルコ訪問を歓迎

2025年10月28日 in お知らせ

教皇レオ14世、カルケドン府主教エマヌエル師と握手―2025年6月7日、バチカンでの謁見にて(@Vatican Media)

バチカンニュースの記事を和訳

第一ニカイア公会議の1700周年を記念して、教皇レオ十四世がトルコを訪問するとの発表を受け、カルケドン府主教エマヌエル師は、教皇とコンスタンティノープル総主教との間に築かれてきたエキュメニカルな絆の重要性について語った。

(記者:デルフィーヌ・アレール)

教皇レオ十四世、トルコへの使徒的訪問へ

教皇レオ十四世は、2025年11月27日〜30日にトルコを訪問し、第一全地公会議(ニカイア公会議)1700周年を記念する巡礼として、現在「イズニク」と呼ばれる都市を訪れる予定である。

10月7日の発表後、カルケドン府主教エマヌエル師(コンスタンティノープル総主教ヴァルソロメオスの側近)は、教皇の訪問についてバチカン・ニュースの取材に応じた。

例年、総主教庁は6月29日の聖ペトロと聖パウロの祝日にローマへ代表団を派遣し、教皇はその返礼として11月30日の聖アンデレ使徒の祝日にイスタンブールへ代表団を送っている。

今年は、この恒例の交流の一環として、教皇レオ十四世自身が直接イスタンブールを訪問し、正教会とカトリック教会の一致と理解を深めるためのエキュメニカルな訪問を行う。

Q:今回のイズニク(ニカイア)訪問は、あなたにとってどのような意味を持ちますか?

これは、コンスタンティノープル総主教ヴァルソロメオス猊下の招待による総主教庁への訪問であり、第一全地公会議(ニカイア公会議)1700周年を記念して共に巡礼を行うものです。私たちはこの訪問を大きな喜びをもって迎えます。

このような交流と、イスタンブールのコンスタンティノープル教会訪問は、教皇パウロ六世の時代から続いています。これまでは首都アンカラおよびイスタンブールでの訪問に限られていましたが、ニカイア(現在のイズニク)を訪れるのは初めてです。325年の公会議から1700周年という記念の年にあたり、今回の合同訪問が実現する運びとなりました。

この祝典には、他のキリスト教会の首座や代表者たちも招かれます。第一ニカイア公会議は、信条(ニカイア信条)の最初の7条を制定した会議であり(残り5条は381年の第2全地公会議で完成)、キリスト教信仰と教義において極めて重要な節目を成したものです。

Q:現在、カトリック教会とギリシャ正教会の関係はどうなっていますか?

ローマ教会とコンスタンティノープル教会の関係は非常に良好です。神学対話も進展しており、それはコンスタンティノープル総主教庁だけでなく、各地の独立正教会(自治教会)とも続いています。

まだ整理すべき点は残されていますが、1054年の相互破門(アナテマ)の撤回以降、近年の取り組みによって大きな前進がありました。今年はその撤回から60周年にあたり、両教会が数多くの障壁を乗り越えてきたことを示しています。

私たちは、近い将来に「両教会の完全な交わり」が実現することを希望をもって信じています。

Q:ヴァルソロメオス総主教は、近代の教皇たち──フランシスコ、ベネディクト十六世、ヨハネ・パウロ二世──とも親しい関係を築いてきましたね。

それは、さらにパウロ六世とアテナゴラス総主教の時代(1964年のエルサレム会談)にまでさかのぼります。このときから両教会の関係が新たに開かれました。

その後、ヨハネ・パウロ二世、ベネディクト十六世、フランシスコ教皇のもとでも、相互訪問や交流が続き、「個人的なつながり」と「相互理解」が、神学的対話を進める上で不可欠であることが示されました。それは単なる理論的対話にとどまらず、実践的な交流へと発展しています。

Q:1964年から2025年までを振り返ると、「エルサレムの精神」に続く「ニカイアの精神」が吹き始めると見てよいでしょうか?

まさにその通りです。1964年のエルサレムでの会見、そして翌年の相互破門の撤回を経て、両教会の関係は新たな段階に入りました。依然として取り組むべき課題はありますが、今や私たちは互いをより深く理解し、受け入れる時代に入っています。こうした交流を通じて、私たちはますます強い絆を築き、「すべての人が一つとなるように」というキリストご自身の願いを実現していくのです。

西暦2700年以降、正教会とカトリックの復活祭が二度と同じ日にならないのはなぜか

2025年10月28日 in お知らせ

今年(2024年)、異なる典礼暦を用いるカトリック教徒とギリシャ正教徒は、ほぼ一ヶ月ずれて復活祭を祝う。 出典:JohnKarak(CC BY-SA 2.0/flickr)

2024年3月24日

Greek Reporterの記事を和訳

今年(2024年)、異なる典礼暦を用いるカトリック教徒とギリシャ正教徒は、復活祭(パスハ)を一ヶ月以上ずれて祝う。カトリックは3月31日、ギリシャ正教は5月5日である。

2017年には両教派の復活祭が同じ日になったが、次に同じ日に祝われるのは2025年である。

しかし純粋に天文学的な理由から、両教派の復活祭の日付の差は今後ますます広がっていくことになる。

この隔たりが拡大した結果、西暦2700年以降、ギリシャ正教会と西方教会(カトリック・プロテスタントなど)の復活祭は二度と同じ日にはなることはない。

21世紀全体で見ると、復活祭が同じ日に祝われるのは31回だが、次の世紀以降はその回数がさらに減っていく。

最後に両教派の復活祭が一致すると推定されているのは2698年であり、それ以降、正教会と西方教会の信徒たちは二度と同じ日にキリストの復活を共に祝うことはなくなる。

復活祭と西方暦

東方正教会の教会壁画に描かれた「枝の主日」──イエスがエルサレムに凱旋入城する場面。(出典:Wikimedia Commons)

西暦325年の第一ニカイア公会議(第一全地公会議)で、復活祭の日付は「春分の後、最初の満月の次の日曜日」と定められた。

もしその満月が日曜日に当たる場合は、次の週の日曜日に祝うことになった。このようにして、復活祭がユダヤの過越祭と重ならないようにされたのである。

同時に、復活祭の祝日は明確に天文学的現象(春分と春の最初の満月)に結びつけられていた。

そのため、復活祭の日付を求めるには、まず春の最初の満月を割り出し、その後、その満月の後の日曜日を特定する必要があった。

公会議は、エジプトの都市アレクサンドリアの天文学者の助けを借りて最初の満月の日付を算出した後、その結果をもとに、アレクサンドリア総主教が他の教会に復活祭の日を通知するよう指示した。

当時使用されていた暦はユリウス暦で、これは紀元前45年にユリウス・カエサルがアレクサンドリアの天文学者ソシゲネスの協力を得て制定したものである。

ソシゲネスは、一世紀前に天文学者ヒッパルコスが算出した太陽年(365.242日)の長さを基に、1年を365日とし、4年ごとに1日を加える(閏年)暦法を定めた。

ユリウス暦の誤差とグレゴリオ暦の改革

しかしユリウス暦にはわずかな誤差があった。実際の太陽年は365.242199日であり、この差は4年ごとに約45分、129年ごとに1日分のずれとなる。

その結果、春分の日は次第に早まっていった。キリストの時代には春分は3月23日であったが、1582年には3月11日になっていた。

当時、教皇グレゴリウス十三世は天文学者クリストフォロス・クラヴィウスとルイージ・リリウスに暦の改革を命じた。

その結果、1582年10月5日を10月15日と改め、11世紀分の誤差を修正した。これにより春分は第一公会議当時と同じ3月21日に戻った。この新しい暦がグレゴリオ暦(太陽暦)である。

カトリック諸国は5年以内にこれを採用し、プロテスタント諸国はさらに遅れて導入した。

一方、正教会はこのグレゴリオ暦に強く反発し、二十世紀に入るまで正教諸国ではユリウス暦が使われ続けた。

ギリシャとグレゴリオ暦

ギリシャでは、1923年2月16日にユリウス暦からグレゴリオ暦に切り替えられ、その日が3月1日とされた。

つまり、1582年当時の10日分の差に加え、西方とギリシャが暦を採用した約350年の差による3日分を合わせ、合計13日が修正されたことになる。

1924年、ギリシャ正教会は固定祝祭日にはグレゴリオ暦を用い、復活祭など移動祝祭日には旧ユリウス暦を用いるという妥協的な「教会暦」を採用した。

したがって、復活祭の日付の違いはユリウス暦の誤差だけでなく、紀元前5世紀の天文学者アテナイのメトンに由来する「メトン周期(Metonic cycle)」の誤差にも基づいている。

メトン周期とその誤差

メトン周期とは、19太陽年 ≒ 235朔望月(さくぼうげつ)という近似関係に基づく周期で、太陽年と月の満ち欠けをほぼ整合させるものである。

アレクサンドリアのキリスト教天文学者たちはこの周期を用いて、正教会が今も春の満月を計算する基礎としている。

ユリウス暦による春分の日の13日のずれに加えて、このメトン周期の誤差(325年から現在までに約4〜5日)が加わる。

そのため、メトン法による「教会暦上の満月」は実際の満月よりも4〜5日遅く計算される。

このため、正教会では第一公会議の決定「春の最初の満月の次の日曜日」ではなく、しばしばその次の満月、あるいは2回目の満月の後の日曜日にパスハ(復活祭)を祝うことになる。

カトリックと正教の計算方法の違い

カトリックおよび他の西方教会では、公会議の規定に従いつつも、春分と満月の日付をグレゴリオ暦に基づいて算出し、メトン周期の誤差も補正している。

そのため、グレゴリオ暦による「教会暦上の満月」は、実際の天文上の満月に極めて近く(多くの場合は一致、あるいは一日の差)になる。

一方、ユリウス暦・メトン周期に基づく正教会の満月はこれより遅れる。

その結果、両者の満月が同じ週(日曜から土曜の間)に当たるときは、復活祭の日が一致することがある(条件として、4月3日以降で、2回目の満月までであること)。

このとき、翌日曜日が両教派共通の復活祭となる。

しかし西暦2700年以降は、約7世紀分のメトン周期の誤差が累積するため、ユリウス暦の満月とグレゴリオ暦の満月が同じ週に現れることはなくなり、両教派の復活祭は永遠に一致することがなくなる。

令和6年度の決算の公告

2025年10月16日 in お知らせ

令和6年度の決算について、法律で義務づけられている電子公告を公開しました。

一般社団法人TLIG日本 令和6年12月期(2024年)賃借対照表(PDF)