ノート32のメッセージ

みことばをあなたの灯火としなさい 私たちの心に避難所を見いだして下さい

1989年4月5日 ノート32

わがイエス様?

私です、ああ、私のもとに来て、あなたの意志を献げてくれる、このひと時が、どれほど嬉しいか! 一緒に留まっていなさい、私の子たちに向かって書く。 

(イエスは1989年4月21日*の再会の集いのためにメッセージをくださいます)

あなたたちに平和、私は主、私はみことば、あなたたちの間にいる、私の現存を感じなさい、私の小さな子どもたちよ、皆一つとなって集まった**のを見て、私の聖心は悦んでいる、あなたたちには聖性への道を、進ませるつもりでいる、私の道にまだ不慣れな者たちも、あとに置いては行かない、探しに戻り、一人ひとりを連れて来て、正義と聖性の私の小道を、指し示す、私があなたたちを引き上げ、運んで行く。心優しい父親のようにあなたたちを育て、教えを説いて、私の愛の霊を豊かに注ぐ。愛の達人である、私は、私を心から愛し、私が愛するように互いも愛せるように教える、これが私に向かう、第一歩となろう。私はあなたたち皆を、ほとんど歩き方を知らない、私の幼子と見なしている。両手を差し出そう、あなたたちの小さな手を私の手の中に置きなさい、そうするなら一緒に、あなたと私が一緒に二三歩前進できる……もうどんなに私が、悦んでいるかが分かろう***? 私に向かって自らを完全に開くなら、あなたたちを進ませて、魂を美しく飾り、完徳へと導く。私の掟を教えさせてほしい、そうするなら私の教えをどう守るか説明しよう。学びたいと望む全ての人に、徳の門を開く、そう、私、自らが、私の果実をあなたの口に、手ずから含ませよう、つかまっていなさい、この困難な時代にあって、あなたを助け出す、復讐の女神が放たれ、多くの人が混乱に陥り、左手と右手の区別もつかないこの時代に。今日は今まで以上に、悪魔とその手下どもは、地上の隅々までさまよい歩き、あなたたち皆を騙し、罠を仕掛けて落とそうとしている。こうした理由から、絶え間なく祈るように私は求めている。眠っている間に、私の敵に見つからないように。今の時代を警戒していなさい。そして悪魔があなたのうちに隙を見つけないように、みことばによって、私の愛によって、私の平和と、私の徳によって、自らを満たしなさい、清い心で、しばしば訪れ、小さな白いホスチアのうちに、私を受けて、誘惑に陥らないように。絶え間なく祈りなさい、求める以前に、あなたに今何が必要かを、あなた以上に、私は心得ている、あなたの心を知っている。可能なあらゆる機会に、私のほうを向いて、祈りなさい、地上に祈りが足りない穴埋めとして、償いの祈りを。祈りを、周りに徘徊する、あらゆる悪魔から身を護る、鎧としなさい、愛をもって、悪魔の武器を取り上げ、愛をあなたの武器としなさい、皆に見えるように、額には平和と書き記しなさい、体のどの部分も、武器とすべきで、こうして私のために戦うなら、罪はもはや あなたの人生を支配しないだろう****、

みことばをあなたの灯火とし、愛と平和のメッセージを、地球の隅々にまでひろめ、心を捕らえて 回心させなさい、まだ私を知らない人びとも、来て、私の聖心がいかに、愛の竃であるかを見るように。来て、愛の炎に包まれた、私の聖心を感じなさい、そうするなら、愛の不足で、心が麻痺し、殺伐としていても、私の愛の炎をもって、生ける松明となるように、あなたの心を誘惑する。 

私の霊に祝福された愛する者たちよ、まだ抵抗するいく人かを見て、私の心がどれほど傷ついているか……見よ、私が不誠実として、知られた試しがあろうか? 私は完全に誠実な者、困っている時に決して拒んだり、見捨てたりしない。どのような時も、あなたを見捨てたことはない、若者が乙女のあとを追うように、あなたを追う、私は大きな愛をもって、天からあなたを見ている、誠実な神なのだから。愛をもって私のもとに来て、苦しみを献げなさい、私とあなた、あなたと私とで、それらの苦しみを、ともに分かち合う。私の娘、息子たち

よ、あなたと私で一緒に、「天に在す」を祈ろうではないか? その前に、気を落ちつかせ、ゆっくりと、心を込めて祈るように、この祈りを御父に届かせなさい、唱えている言葉を、黙想しながら、祈りなさい、聴いている(……) こうして私の王国を訪れ、私の意思は、天に行われるごとく地にも行われよう。今ある闇は、光に代えられよう。私は邪悪さを愛に、この昏睡状態を、足もとを照らす生き生きした輝きに代えよう、失望はさせない、私の優しさをもって苦痛を癒やし、汚れを洗う、だから私のもとに来て、私を愛しなさい、あなたの愛が、私の義の焔を消し、心からの祈りが、私の傷を和らげるように、あなたの祈りが、香のように天に立ち昇り、私の栄光を称える、讃歌となるように。

夜やって来て、ぶどう畑の実を結ばせないように荒そうとする人びとの、過ちを償いなさい、善を行い、悪はもう行わないように、何をするにせよ、私の栄光となるように。愛する魂たちよ、来て私と共に私の十字架を分かち合いなさい、私の十字架は、愛と平和、一致を叫び求めている、それを共に担おう、あなたと私、私とあなた、愛の一致のうちに。私、主イエス・キリストは、あなたたち皆に、祝福を与える、一致しなさい。

(しばらくして)

花よ、私の平和を与える、あなたには私の霊がある。私の教会を新たにしなさい、いにしえの時代に、あなたたちの間に愛のあった、初代のような教会となるように、私の再臨まで。愛と平和をもって、死者を甦らせ、この亡霊の地に新たないのちを生まれさせなさい。ああ、愛する者よ! この私の栄えある日を、どんなに待ち焦がれていることか!

(後ほど: 再会の集いのために聖母がメッセージをくださいました)

(1989年4月5日)

英知をお与え下さった、主を賛美しなさい。私の子よ。

主の慈しみに賛美、愛と、御わざを分かち合ってくださいます主に賛美!

私の小さな魂たちへのメッセージです。

あなたたちに平和、子どもたちよ、愛する者たちよ、単純な心で、神に近づいてください、子どものようであってほしいのです、主はご自分を試さない人びとに、見いだされるお方ですから、身を低くして、ご自分に不信を抱かない人びとに、自らをお示しになります。お分かりでしょう、子どもたちよ、全能者はご自分を試すなら、その愚か者を挫かれます、そう、英知は、悪賢い魂には決して入っていかれません。ですから主に心を開いて、単純な心でお迎えしてください、すすんで主に倚りかかりなさい、英知に倚りかかることになるのですから、祈りを通して、主への信仰が大きくなりますように、信仰を持つことも、主の与えられた恵みです、

まこと愛する者たちよ、私の汚れなき御心にお入りなさい、あなたたちの憩いとなりましょう。苦しむ者は皆、痛みを持つ者は皆、私のもとに来てください、そうしたらあなたたちの母、私は、慰めとなりましょう、悲嘆にくれる子どもを、どの母親も慰めますが、私も、そのようにし、それ以上をします、私は御父に執り成しましょう、それに決して失望はさせません、来て、私たちの心に避難所を見いだしてください、今や私たちの心を窒息させているこの茨の冠が、棘を失い、新しい芽を吹き、花咲かせますように、神を信じ、主に信頼しましょう。父と子と聖霊の御名によってあなたたち皆を、祝福します。アーメン。

聖ミカエルです。

神の子たちよ、サタンに耳を傾けたり、話しかけたりしないように、嘘をつくとは、悪魔と会話することです、怒りを溜めこむと、悪魔に足場を与えます、舌があなたを陥れる原因とならないように。私に祈りなさい、あなたのために執り成します。神のうちに安んじ、その無限の慈しみを信じなさい。あなたたち皆を祝福します。

* イエスは聖書の、エフェゾ書4・17-32と5・1-20を読むように頼まれました。
** (ここではすべてのキリスト者、ローマ・カトリック、正教会、プロテスタントまでを意味しておられます)
*** イエスは本当に嬉しそうでした!
**** ローマ書6・14

預言者たちも私の体の部分である

1989年4月2日 ノート32

主よ?

私である。幼子のような信仰の目で、私を見つめ、私の教会を美しく飾りなさい。

主よ、この時代の預言者と、主の与えられた御言葉を受け入れるのが、人によってどうしてこれほど難しいのでしょう?

はっきり言っておく。私の羊たちは私の声を聞く。

けれど主よ、大きな罪人による回心や癒やしを、懐疑的な方がたに証明できても、こういった果実があっても、まだ、納得していただけません。

私のヴァスーラ、目の前で誰かが復活したとしても、彼らは納得しないだろう……こうした者たちに対しては、イザヤの預言がいまだに有効である1。あなたたちは聞くには聞き、再び聞くが、理解しない。見るには見て、再び見るが、気づかない。この民の心は頑なになり、耳は鈍く、目を閉じてしまったからだ。目で見、耳で聞き、心で理解し、回心して、私に癒やされるのを恐れて。多くの人が、私の預言者たちも、私の体の部分であるのを忘れている、実に私は、皆で一つの体となるように、一人ひとりに恵みを割り当てた。最愛の子よ、ある者を使徒に、ある者を司祭や教師に、そしてある者を、反逆の時代に、預言者として形造った。それなのに、どうしてあなたたちの多くは私の預言者たちに驚き、受け入れようとしないのか? 体の一部が切り捨てられるなら、私の体はどうして機能できようか? 私は疲れ果てた、私の体は、絶え間なく傷つき、引き裂かれている。花よ、愛をもって、迫害者たちを受け入れなさい。裁かないように、私の預言者たちは、常に迫害を受け、裁かれ、鞭打たれ、押さえつけられ、町から町へと追われ、軽蔑の目で見られ、磔にされよう、こうしてあなたたちは、地上で流されたどの聖者の血も、己れの身に引き受けることになろう。聖書は決して偽らない。私は言葉である。来なさい、私の子よ、煉獄の魂たちをあがなうように、あなたを形造った、祈りなさい。花よ、祈りが煉獄の魂たちにどれほど影響を及ぼすかを知らないだろう、祈りによって彼らの火を消してあげなさい。彼らに代わって償いなさい。来なさい。

御父を熱望しなさい

1989年4月1日 ノート32

イエス様?

私だ。愛に道を案内させなさい、知者には耳を傾けないように、この者たちは私の時代の律法学者たちのようだ。愛ゆえに愛をもって、宣教しなさい。私の無限の愛を皆に感じさせなさい。

主に恋い焦がれます!

小さな者よ、あなたの心を感じ、「主に恋い焦がれます」と言うのを聞いて、私の心は歓喜する、これは献身の実り。私の反射、私の象りとなりなさい、御父を熱望しなさい、地上にいた時、私は御父に恋い焦がれた。絶え間なく祈り、愛の一致のうちに、御父といつもつながっていたいと恋い焦がれた。

教え子よ、私は知恵をもって、あなたを育てあげた教師。そこで私を歓びで満たし、絶え間ないつながりを持ち続けてほしい。私を第一に置き、たえず熱望するように。私のこうしたやり方で会えるのを歓び、近くに留まっていなさい、求めるのは愛だけ。

主よ、地獄に行く魂たちを哀れに思います。彼らも地上では私たちの一人として、私たちと似ていました。何とかして地獄から連れ出し、変える方法があるなら……

悪ではなく善を選ぶ自由を与えた。懇願し、愛を呼びかけたが、彼らは悪のほうを選んでしまった。

しかし主よ、まだ機会があってもよくはないでしょうか……

子よ、私が完全に拒絶されたのをあなたは知らない。最後まで彼らを愛してきた。手引きされて、彼らは悪魔に従うほうを選んだ。死の後までも私は前に立っていたが、少しの躊躇ちゅうちょもなく、彼らは進んで悪魔のあとを追って行った。あくまでも彼らが選んだのであり、いつまでも地獄に留まるのを選んでしまった。

ああ、主よ、いつもみ旨を行わせてください。

ヴァスーラ、決して手を放さないように。永遠にいつまでも「私たち共に」、愛のどの一滴も用いられよう、破滅に向かう魂たちを救うには愛を必要とする。来なさい。

私の子たちは私に背を向けてしまった 悪を行わないように、そうすれば悪に見舞われない

1989年3月29日 ノート32

(スイス北部、ジュラ州クルテテルでの集いのために与えられたメッセージ)

あなたたちに平和があるように。
 私は主、私の現存を感じなさい、私の現存を見分けなさい。今日あなたたちを訪れ、私のしもべを通して語っている。私はいつも共にいる、あなたたちの人生のどの瞬間にも。私に対するあなたたちの愛を感じて私の聖心は歓喜している。私の小羊たちよ、あなたたち皆を私の腕の中に集めて悪い者からかくまいたいと、いつもどんなに望んでいることだろう! あなたたちを愛している、永遠の愛、熱情の愛をもって愛している、その愛は、天国に来た時に初めて理解するであろう。
 しかしその計り知れないほどの愛にもかかわらず、私の子どもたちのほとんどが私に背を向けてしまった……私の受難を忘れてしまった。発展に伴い、私の名は彼らにとって今や無意味なものとなった。彼らは偶像があると誰よりも先に礼拝する、だが、聖なるものが与えられるとあざ笑う。
 私、あなたの聖なる者は、苦しみ、私の体は、この闇の世の不従順、汚れ、罪によってずたずたに切り裂かれている! ああ、被造物よ! 私のもんの叫びは、天全体を揺さぶり、私の天使たちを身震いさせ、ひれ伏したままにしている。私の声をまだ聞いていなかったのか、私の娘たち、息子たちよ? 天からの私の叫びが聞こえないあなたたちを見て、悪霊でさえぼうぜんとしている……私の目は血の涙であふれ、夜も昼も、何時間も、絶え間なくあなたたちを待ち続けている、あなたたちは永遠に私の霊を拒否してしまったのか? 休息するための牧草地一つなく、あなたたちが駆け寄って活力を取り戻すための泉一つない、この荒廃した荒れ野に、私の声がこだまする。
 私は天の玉座からいにしえの私の牧草地にくだって来たが、そこはなおざりにされ、不毛と化していた。私が愛を込めて、しかも手ずから植えた花々は、一つまた一つと枯れていく。私の花壇はなおざりにされ、干上がっている。私の泉は今やれてほこりにまみれた暗い穴にすぎず、まむしの住みかとなってしまった。私の管理人たちはどこへ行ってしまったのか? どうして私の園を放ったままにしているのか? 私が戻って来た時、花は一輪でも残っているだろうか? 
 愛もなく、信仰もなく、平和もないゆえに、私の霊は押しつぶされている。私のこころの子どもたちよ、この荒れ野で私の叫びを聞きなさい。私の声を悟るように、少なくとも、時を悟りなさい! 私とまだ和解していない者は皆来なさい、今来て和解するように。あなたたちの罪が永遠の未来を貫き、あなたたちを遠ざけている。悪を行ってはならない、行わなければ悪に見舞われない。誰に対しても善を行い、互いに愛し合いなさい、敵をゆるしなさい。私は皆が知っている私の言葉を繰り返している、しかしあなたたちの何人がそれを実行しているだろうか? 
 心を込めて祈りなさい、私は愛を必要としている。来て心からの祈りで私を美しく飾りなさい、来て無限の愛である私の心からみ上げ、あなたたちの心を満たしなさい。はっきり言っておく、時が迫っている、最愛の魂たちよ、私のもとに立ち帰るように。平和! 平和! 平和! 国々の民に声を上げて平和を呼びかけなさい、一致するための平和を! 愛するための平和を! 私の栄光をたたえるための平和を! 私の幻視者たちが見たどの幻(ビジョン)も実現する時が来る、私が宣言したことは必ず成就させるのだから。祈りなさい、愛する者たちよ、私のペトロのために祈りなさい。総主教のために祈りなさい。私のすべての司祭たち1のために祈りなさい。私の群れが一つとなるように祈りなさい、御父と私が一つであり、同じであるように。私が再臨するまでに、小羊たちがペトロの指揮のもとに、ただ一つの群れに立ち戻るよう祈りなさい。
 ああ、あなたたちが耳を傾けて従ってさえくれたら! さあ、「主の祈り」を祈ってくれるか? 聴いている(……)そして約束しよう、私の国は必ず来ると、そして私の意志は天におけるように地の上にも行われるであろう。子どもたちよ、平和のうちに実を結びなさい。主である私は、あなたたち皆を愛し祝福する。

(この再会の集いのために聖なる御母から与えられたメッセージ)

愛する者たち、イエスを慰めてください、イエスを慰めてください、あなたたちは互いに平和を保ち、愛し合いなさい。神に忠実になり、自分を神に完全に明け渡してください。愛に明け渡すだけなのです、それによって主の愛と平和で養っていただけるようになります。主と私は、あなたたち皆を祝福します。あなたたちを愛しています。主と私は、この部屋にあるすべての聖具を祝福します。
 娘よ、私の平和を受けなさい、愛の御手に自らを委ねなさい、そうすれば愛はいつもお導きくださいます。愛しています、私の祝福を受けなさい。

あなたの歩む道を平らにする 英知は身を低くする素朴な者たちに与えられる

1989年3月27日 ノート32

イエス様?

私です。愛する者よ、私の王国は到来する。私の栄光のためにあなたを用いさせてほしい。見捨てることはない。あなたの神、私から、時々あなたの霊が遠く離れているように思えても、私に信頼しなさい、寄り頼みなさい。最愛の子よ、私の霊があなたのうちに深く、そして自由に息づくのを許しなさい。代って今度は私のために、私の子よ、従順に、私の利益だけを求めてほしい。私はいつもあなたの前にいる。だから隠れ場も牧場もなく、不毛で乾燥したこの谷間を恐れずに渡りなさい。その暗がりが魂をおびえさせているのは分かるが、私が砂漠を導く人を渇いたまま放っておかないことは、皆に知られている。前を歩み、乾いた風からあなたを私の愛によって護り、みことばで養う。あなたの歩む道を平らにし、転ばないように石や岩をすべて取り除く。それらを取り除いて、あなたの道を切り開く。私の聖なる現存は、あなたの敵でもある私の敵を遠くに追払う。茨や棘が近づいて来たなら、あなたをとり囲む天使たちが急いで取り払い、火にくべる。私、あなたのあがない主は、こうしたどの棘によっても、あなたが引き裂かれるのを許さない、私の子よ。最愛の者よ、私に寄り頼んでいなさい。私は全能者、私は至高者である。あなたに求めるのは愛だけ。愛し、愛しなさい。さあ、来て分かち合いなさい。私があなたの歓びとなるように。ああ、ヴァスーラ、その子どものような心で、私を愛し、慰めなさい。来て、私の頭を休ませてほしい。頭を休ませる台となり、足台となりなさい。私の天国となるように。この死の谷を導くのを許してほしい。間もなくこの砂漠から連れ出し、あなたの故郷でもある、私の住いに運ぶ、私の子よ、私と一つでありなさい。ああ、最愛の子よ、あなたの救い主を慰めてくれようか?

私のために驚くべき愛のわざを行ってくださいます主は祝されますように! 主よ、
あなたのお優しさはなんと偉大でしょう、人類すべてが見るように、
主を畏れる者たちのためにとっておかれ、避難所とする者たちに与えられるのです!
私たちの主である救い主を歓び、徳のある人びとよ、歓喜せよ、
心の正しい人はすべて、歓びの叫びを上げよ!

私は敵どもの仮面をすべてはがし、私への道を塞ぐすべての者たちを、私の息をもって吹き去る。私の聖なる顔を再び顕し、この荒野を、清さ、聖性と完全さで覆う。愛と平和があなたと共にあって、あなたたちの間に住まう。分かろう? あなたたちの間に住まうと、言っただろう? そしてあなたたちはまさに、私自身の者になると? 私の子よ、私の霊は、高慢な人びとをいかに忌み嫌うかを、彼らに思い出させなさい。英知は、身を低くする素朴な者たちに与えられると、来なさい。

私はあなたのいのち – 私の生けにえとして留まっていなさい

1989年3月26日 ノート32

(スイスに戻って)

私の薔薇の花よ、あなたをどう導くかを見ただろう、その小道を平らにしたと、気づかなかったか? 私の熱い望みを成就するために、ガラバンダルに運んだ

ガラバンダルを聖とするようにと頼んだ

あなたをそこに連れて行き、今あなたはそれを成し遂げた。覚えておくように、私のやり方はあなたのとは違う、私の霊があなたのうちに息づく場を与えるために、あなたには全き自己放棄を教えている

分かっていよう? 何があろうと、決してあなたを見捨てない。最後まで用いて、使命を達成させるつもりです

神の望みが、刻印されるよう、私の指があなたの上に留まるのを許しなさい

私の薔薇の花よ、愛している。こうして私のもとに来るなら、私の教えを守り、意志を献げていることになる

私を第一にし、ともにいる時間を決して数えてはならない。私と絶え間ないつながりを持ちたいと、たえず望むように、私はあなたのいのち。私とのつながりは、あなたのためになる

私の聖心のうちに、さらに深く引き入れ、あなたの霊を完徳へと導く。このような仕方で自らを明け渡し、私の手のうちにあって、私を満足させなさい

自信をもつように。さあ、私を賛美し、悦ばせてほしい。私の母であり、またあなたの母でもある方が、あなたを護り、導き、助けておいでになる

娘よ、祝福してくれるように。たえず祈りなさい。

礼拝します、わが神よ。

絶え間なく礼拝しなさい

今日は後で、くたくたに感じられました:神から与えられる仕事は私を押し潰しているように思えて。こういった犠牲は何になるでしょう? 全てが無駄では? いつまでもやめられそうにないまま、続ける元気があるでしょうか? それともいつかは手に余って、放り出してしまうのでは?

私の平和を受けなさい、聞くように、英知があなたを教えてきた、恐れないように。私の苦しみを分かち合うために、あなたを選んだことを喜びなさい

比類なく高価な、私の十字架が、あなたの上にある

私は休息する必要がある

与えてくれたすべては、無駄にならない……無駄になるものは何もない、私は栄光を受けている。私の生けにえとして、留まっていなさい。平和と愛の私の十字架を、ともに担うよう、御父に選ばれた愛する生けにえよ。生けにえとしての艱難は、この世において軽くないだろう、気がつくように、もうあなたはこの世に属していない

それで世は自分たちのようでないために、あなたを非難する、自分たちの体が塵に戻ってしまうのを忘れて、あなたは笑い者にされよう

では、気をつけていなさい、つまらないことに不平をならさないよう(知恵の書1・11)

あなたに求めるのは分かち合い、愛ゆえに愛を持って、分かち合うこと。愛の杯は苦い、ひどく苦い、その杯を私と分かち合ってはくれないか、抵抗しないでほしい! 地上からの嘆願を聞きながら、私が拒んだことがあろうか? 保証する、何も空しくはならない。永遠の昔から、あなたがか弱いのを知っていた

特別な世話が必要な、薔薇の花のように、私があなたを世話している。必要なら枝を刈り込み、いつも眼を注ぎ、嫉妬深く見守っている

よそ者に摘んでしまわれないよう、誰にも触れさせはしない、花びらが指でつぶされてしまわないよう、昼も夜も見張っている、私はあなたの警備員、だから安心していなさい、誰にも危害を加えさせない

その晩は、前の日の長旅で(十二時間車に乗り続け)、疲れ果てていましたが、ロザリオを祈りに行きました、眼をファティマの御像に留めて。四連目の時、聖マリアのマントと服が銀色に輝き始め、この非常に強い銀色の光は、御像の中から発しているように見えたのです、聖マリアのいのちが吹き込まれたように。五秒足らずでしたが。この美しい出来事によって、もっとよく祈るように励まされ、非常に大きな幸せを感じました!

翌日、ファティマの聖マリアの御像を見ながら、ロザリオをまた唱えていました。聖マリアの目を見ていましたが、(いつも気になっていた)片方の目の傷が見当たりません。両目とも今は完全なのです。小さな傷で、片方の瞼に絵の具がちょっと足りませんでしたので、いつかこの白い線の部分を茶色に塗って、そのためについていない睫毛も描き込みましょう、と思っていました。――今はもう傷もなく、完全な両目でいらっしゃいます……

あなたを全き者とさせなさい

1989年3月20日 ノート32

(フランス、ルルド)

ヴァスーラ、私、イエスです。欺く者に騙されないように。与えたすべては、私のもの。

疑うようにと悪魔が誘惑しています。

どうして耳を貸すか? あなたの耳を訓練したではないか? 私が見えるよう、眼を開いた、それなのになぜ疑うか? あなたと同じ賜を 私の

多くの僕たちにも与えた、なのになぜ疑うか? ヴァスーラ、私の小羊よ、私はあなたが憩うよう、緑の牧場に連れていく善い牧者、腕に抱いて護り、徳を養い、心に入れて憩わせ、眼は絶えずあなたの上にある、それなのに私のわざを、どうして疑うか?

私自身が、駄目な人間だからです。

分かっている、しかし私に、あなたを全き者とさせなさい、分かるだろう*? 私は愛。私とあなたは、互いの手を取り合い、もう一緒です、私の現存を忘れないように、あなたの手を放さないでおく、来なさい、「私たち共に」?

はい、主よ。

では私にもそう言いなさい。

後ほどルルドで:

聖母が聖ベルナデッタに出現された洞窟を訪ね、ご出現の後、最初に建てられた教会の、地下聖堂にも行きましたが、その中で御母から内的な言葉をいただきました:

 「終わりの時、私たちの心は勝利するでしょう」

* 温かく降り注ぐ神の愛に包まれ、素晴らしい心地でした。

ヨナの書を読みなさい

1989年3月8日 ノート32

主よ?

私です、ヨナの書を読むように導いた、あなたの罪深い世代に用意された罰を、いつでも和らげることができると、あなたにも私の子らにも、分かってほしかったゆえ。私の義の杯が、今のように溢れるのを望んでいない、そこで言う: 悔い改めなさい、断食し、聖となるように! 

主よ、

私です、

主よ、断食し、悔い改めて励んでいる人もいます、それで十分ですか、正しい道を歩いていると思いますが?
(私たちが数年前よりは多少ましで、正しい道にいるという印象をもっていました)

私のヴァスーラ、多くの人は蓄積した悪ゆえに、破滅への道をたどっている、内側は夜闇のように暗い、この世代が正しい道を歩んでいると、どうして言えようか?

災難の淵にいることを皆に知らせるにはどうしたらよいでしょう? 想像もしていない人たちがいます!

私の霊が押しつぶされ、警告を与えている間も私自身の者たちが霊を抑えつけ、黙らせて、預言を侮り、私たちの現存の出現を、偽りと満足げに宣言する限り、これ以上は堪えないで、私の義が行われよう……今日はまだ、最も慈しみ深い友として、訪れている、しかし明日は厳しい審判者として降るだろう。私の霊を抑えつけ、祝福を嘲笑う、この者たちこそ、今日のカイン。私は皆を気も狂わんばかりに愛している、いつもこのことを覚えておくように。途方もない大きな償いがなされたとき初めて、私の義を思いとどまる。

愛があなたを愛している、聖ミカエルです:

神の子よ、神にとって不可能はありません。大いなるあがないが求められています。あなたの時代が回心するなら、まことに神聖な御方は、その罰を思い止まられるでしょう。耳ある者は聞くように、主を畏れるものにとって、その慈しみは代々にわたって届きます。目覚めていて、決して償いを絶やさないように。今あなたを嘲るものは、後になって歯ぎしりするでしょう。私、聖ミカエルは、この悪に満ちた時代のために絶え間なく祈っています。祈りなさい、子よ、そして主に従うように、皆の上に御自分の霊を注がれる主を称えて。

聖ミカエル、ありがとうございます。

あなたに平和。

ヴァスーラ、

はい、主よ?

これもつけ加えるように: 私自身の者たちのほとんどが、私の霊のわざを拒み、否定し押しつぶしていながら、どうして心安らかに使徒信条を祈り: 「聖霊を信ず」と唱えられようか? まことに言う、彼らのうちには、聖さが見当たらない、闇の中で、やましい行為を続け 光に曝されないですむように、この暗やみに遠くから、小さな炎を見いだすや、吹き消そうとして、疾風のように飛んで来る、そう、ヴァスーラ、彼らは光の中では、生きたくないようだ、

主よ、わが光、世の光、あなたを礼拝します*。

さあ、あなたは私を喜ばせる、いつの日か、私の子よ、光だけが見え、光しか見えないだろう! 決して気落ちすることはない、最後まで、ともにいる。

ありがとうございます、主イエスよ。祝福をお受け下さい。主を称えます。

* 「この世の光」と書きながら、躊躇し、「この」という言葉を消しました。この現実の世は闇に支配されていると思いましたので。イエスを微笑ませました。

決して祈るのをやめないように

1989年3月6日 ノート32

平和、あなたの天使ダニエルです。ともにいてあなたを導いています、主の望みを行い、絶え間なくあなたたちのために祈っています。主を熱望し、主が与えられる全てを受け入れるように、悪に警戒しなさい。

悪がそばにいるときは追い払ってください!

そうしています、熱心に祈りなさい、私のヴァスーラ、主がそうお望みです、決して祈るのをやめないように、さあ、安心していらっしゃい。

 

イエスとは救い主を意味する

1989年3月1日 ノート32

(フランスのビアリッツのためのメッセージ。このメッセージは、聖週間に読むために今与えられたものです)

あなたたち皆に平和。

私は主、最愛の者たちよ、私はしもべを通してあなたたちのもとを訪れ、彼女を通して語る。ああ、愛する者たち、この家に私の平和を与える。 来なさい、来て私の言葉を今聞きなさい。私はあなたの神、あなたに生命を吹き込んだ創り主である。愛によってあなたを聖化した、私は崇高なる愛の源、愛ゆえにあなたを創造し、あなたの神、私を愛するようにあなたを創造した。魂たちよ! あなたたちは私のもの、私の種子である。

あなたたちが私のことばを十分に理解してくれるように望む。私の聖なるわざを信じ、私の無限の愛と、あふれんばかりに豊かな慈しみを信じなさい、私を信じなさい。あなたたちを生き返らせようと、あわれみによって降って来た、今やヴェールのようにその眼を覆ってしまった、この無気力から立ち上がらせるために。私はイエス、そしてイエスとは救い主を意味する。

あなたたちがいっそう深い闇の中へとさまよい出るのを見て、救いに駆けつけずにいられるだろうか? 私、主であり、聖なる者の中の聖なる者、私の前に伏して絶え間なく礼拝する各位階の無数の天使たちに囲まれている私は、自らの栄光と天の玉座を離れ、あなたたちのもとに降って来た、あなたたちを永遠の火から救うために。あなたたちの荒野、地上の廃墟を訪れようと、私の王国である天を離れた。そう、地上を訪れ、あなたたちを救い出すために、貧しさの中に生まれようと、ケルビムに囲まれた私の玉座を離れた。私、永遠の昔から天が称える主権者は、人間に辱しめられることを受け入れ、鞭打たれるために背中を預けた。彼らが茨の冠をかぶせるのを許した。嘲笑し、私の聖なる顔につば吐くのを許した。私を十字架につけるのを許した、すべてはあなたたちへの愛のために。

ああ、磔にされた者の子どもたち! あなたたちのためにしたことのすべてを、どうして忘れられるだろう? 英知は、法と力によって理解されるために下った。私はあなたの苦しみを負うために、人に軽蔑され、拒絶された。あなたを解放するために木に釘付けられ、彼らに貫かれるのを許し、あなたを解放した。あなたの魂が生きて、私の王国を分かち合えるように、最も痛ましい死を受け入れた。あなたが永遠のいのちを得られるように、川のように血を流した。あなたのために、罪人にされるのを許した。

今日、私の傷口は、この時代の邪悪さによって再び開かれている。数え切れないほどの時にわたって、回心を呼びかけてきた、私に立ち戻りなさい! 永遠の愛をもってあなたを愛している! 来て、私と和解しなさい。あなたを罰しはしない、自由にしよう。神を認めない者とはもう呼ばない、あなたは私自身の者と呼ばれるだろう。あなたは父のいない子ではない、天にもう父を持っている、誰よりも愛情深い父を。あなたに求めているものは、これを分かってほしいということだけだ。私のもとに戻って来なさい、あなたを永遠に私の伴侶としよう。高潔さ、誠実さ、清さをあなたの冠として与え、深い思いやりをもって、私に忠実であるように教える。あなたの愛を捕らえて私の心の中に置き、その愛を美しく飾ろう。伴侶のように、私の愛と私の平和であなたを飾ろう。

愛する者たち、私を怖れないでほしい。ああ、来なさい! 私のもとに来て、愛の腕に飛び込みなさい、決してあなたを非難はしない。私は忘れ、ゆるすためにここにいる。自ら進んでサタンの罠にはまってはならない、眼を開いて見なさい、耳を開いて天からの私の叫びを聞きなさい、心を開いて、あなたを呼んでいるのは私、イエスだと理解しなさい。永遠に生きるためにあなたの魂を創造した、これを黙想してくれるか?

私は聖である、聖さをまとった人は幸い、天の門がこの人々に閉じることはない。しかし自分自身を洗い清めず、汚れに染まった者は悲しいかな、この者たちは私の王国には入れない。自ら回心し、慈しみに満ちた私の呼びかけに耳を傾け、私の道に従いなさい、メッセージを黙想し、メッセージを生きなさい。

私、主イエス・キリストは皆を愛している、あなたたちを心から愛している。

一人ひとりを祝福する。

イクトゥス

(次のメッセージもビアリッツ(フランス)のために、聖母から与えられたものです)

主に賛美! 主は祝されますように!

子どもたち、知恵のみことばに耳を傾けてください、決して主を拒んでいけません、真理を探し求めなさい、そして真理に抵抗してはなりません。自分自身にこう聞いてみなさい、「主はどうしてご自身を告げておられるのでしょうか?」と。愛する者たち、主は愛とあわれみゆえに来られました。今日、あまりにも多くの人々が、自分がどこに向かっているかにも気づかないまま、道を外れてしまいました。あなたたちの時代は死んでいます、ですから、イエスはあなたたちの魂を再び生き返らせようと探し求めておられるのです。心を開くことを許し、主があなたの心に入られることを許してください、それ以外に、どうやって主はあなたを癒やされるのでしょう?

私はあなたの聖なる母、昼も夜も、迷える魂たちのために涙しています。主は、地球上のいたるところで無数のしるしを与えておられます、あなたたちに警告するために、あなたたちは時の終わりに生きているのです。子どもたち、私たちのもとに戻ってきなさい、私たちの呼びかけを聞いてください。私に向かって祈るなら、あなたのために執り成します。来て、愛を込めて祈りなさい。あなたに私は見えないとしても、私はいつもあなたと共にいます。あなたの歩みは、私の歩みの近くにあるのです。愛する者たち、私たちはいつも現存しています、主の現存を思い出して、主をお喜ばせしてください。

皆を祝福します、父と子と聖霊のみ名によって、アーメン。

(主は聖書を読むように指示されました、二テモテ3・1-17)

イエス様?

私である。私の現存を感じなさい。愛があなたを愛している。こうしたすべての集まりのために、あなたの道を整えよう。

私の霊があなたのうちに息づくようにさせなさい。熱心になるように教えよう、逆らわないことを教え、小さいままでいることを教える。私の霊はあなたの上にある。私は愛を切望する、不正をぬぐい去る愛、私の教会が負った傷を修復する愛、飢えに苦しむ小羊たちを養う愛、悪に報いる愛、私の終わりなき渇望を満たす愛。ああ、私の子よ! 途方もないほどの償いがなされねばならない! 途方もないほどの償いがなされねばならないが、誠実に償う者たちは余りにもわずかで、今や一握りしかいない。私の被造物の中で、誠実なのはわずかに残された者たちだけだ。私のしるしを追う人々のあまりに多くが、扇情的なものだけに引き寄せられ、それ以外には関心がない! あなたはそういった魂たちを実際に見ている1

あなたたちにしるしを与えるのは、地上に騒ぎを引き起こすためではない。世間を沸かせるものを追いかけるすべての人々には厳粛に求める、謙虚な心で私のもとに来て、祈りなさい。奇跡、しるしや不思議を求めずに、私のもとに来なさい。魂を無益な錯覚で満たすかわりに、祈りと共に私のもとに来て、聖となり、悔い改めて断食を続けなさい、そうしなければ、あなたの霊は私に満足できず、結局は私に背を向けるようになる …… あなたに授けた霊をどうしたか? 私の指針を心に保ちなさい。

私の前では目を伏せ、私の聖なる現存を前にひざまづき、あなたの邪悪さを悔いるように。 主である私は、身を低くする者を高める。来て私の声を聞きなさい。来て知恵を見つけなさい、謙虚に、そして真摯に。扇情的なものを求める人々、善を行っていると主張するが、好奇心から来る人々、こうした人々を私の聖心は喜ばない、彼らが学ぶことはほとんどない!

 私の子よ、たとえあなたに私の英知を十分に理解する力がないとしても、私はあなたの教師であったし、今でもそうだ。あなたを一歩ずつ進歩させ、英知の道を教育している。あなたを徳の小道に案内している。右や左を探し求めず、私が与えたすべてにしっかりつかまっていなさい。

私の子よ、私の平和を与える、あなたの主の足に接吻してくれるだろうか?

はい、主よ。

来なさい、私は現存する。