カテゴリー: ノート17

あなたはこの世に属していない

1987年11月5日 in ノート17

私を信頼しなさい、あなたを私の望む所へ案内させてほしい。私の手を離さないように。恐れなくてよい、あなたを私の傷ついた体のまさに奥深くへと導こう。ヴァスーラ、私の言葉を実行しなさい。
 娘よ、恐れないように。私の園を美しく飾ってもらいたい。

父よ、正しいお方、
恐れは否定できません。私を助けてください。
あなたの御力を受け取らせてください。
あなたの御光の中で、あなたのうちで、成長させてください。
私を見捨てないでください。
あなたに使っていただけるように、そしてあなたのお望みを
ご一緒に達成していくことができるように、
みこころなら、私をふさわしい者にしてください。
あなたのあわれみによって、私の弱さと無力さをおゆるしくださるように願います。
あなたのみこころのままになさってください。
私の思いではなく、あなたのむねが行われますように。
アーメン。

愛があなたを助ける。だが覚えておきなさい、私の言葉が確証されるや、あなたは私のもとに来るであろう! 捕囚の地にあなたを置いておくつらさにもう耐えることはない。私の魂はあなたを待ち望んでいる!

お父さん! 何という喜びを与えてくださるのでしょう! 何という幸せ、何という慰めでしょう、私の魂に与えてくださったあなたのお言葉は! とてもうれしいです!

愛する者よ、そう、私を愛しなさい、私を熱心に求めなさい。あなたを探し求めたこの心を喜ばせなさい。間もなくあなたのもとに行く、しかし、まだこの世において、私のそばにいなさい、私を飲み、私を食べることによって、私をあがめ、私を尊ぶことによって。私を喜びで満たしてほしい。
 世があなたを受け入れなくても、失望してはならない。あなたはこの世に属してはいないのだから、私が肉のうちにいた時にこの世に属していなかったように。あなたは私から来た者。私はあなたの父であり、あなたが私のうちに住んでいるように、私もあなたのうちに住んでいる。私の名を尊び、私の体の栄光をたたえ、私の愛のうちにとどまりなさい。あなたを見捨てはしない、あるいは見放すこともない。だから、誰をも恐れることはない、愛する者よ。私の種をきなさい、それは聖性のうちに実を結ぶだろう。聖なる者となりなさい、私は聖なる者なのだから。

「私は聞いています。
 ヤハウェは何とおっしゃっているのでしょう?
神のおっしゃられる言葉は
 神の子どもたちにとって、地上にとって、主の体にとって、
平和と愛を意味します、
 人々がその愚かさを捨てさえするなら。
主を畏れる者に、
 主のあがないは近く、
神の栄光はそのようにして地にとどまるでしょう。
 愛とあわれみが今やくだったのです、
正義と平和が
 今や私たちを抱き締めるでしょう。
正義は常に主のまえを行き、
 そして平和は主の足跡に従います。」

(神は詩編85・8─13から取って、言葉を少し変えられ、この一節を書くように導かれました。)

愛する者よ、私は言った。私が私の果樹園に水をやりに行き、私の花壇をうるおしに行くつもりだと。聞きなさい、私の小川は川となり、私の川は大海となる。そして諭しを輝き出させよう。私の光を遠く広く放ち、私の体に栄光を与える。だから、さあ、私の手を取りなさい、そして私にあなたを導かせてほしい。
 娘よ、今日はここまででよい。私の心の中で休みなさい。

もしそれが御心なら

1987年11月3日 in ノート17

さあ、愛があなたに教えよう。「お父さん、私にこうさせてください」、また「もしそれがみこころなら」という言葉を聞いて、私が喜ぶことが知られるように。これらの言葉を祈りの中で唱えるなら、私を夢中にさせる。求めなさい、そうすれば与えられる、ただ、いつもそれらの言葉を覚えておくように。来なさい、ヴァスーラ、私の平和を受けなさい。

愛しています、イエス様。あなたを祝福させてください。

愛する者よ、あなたを祝福する。

屈みなさい! 一つになれるように屈みなさい

1987年10月30日 in ノート17

私は被造物に無数のしるしを与えて警告してきた。聖人たちを立てて、私の望みを示した、だが彼ら1は耳を傾けただろうか? 何か変わっただろうか?

主よ、今度こそ耳を傾けるかもしれません。喜んで耳を傾けて、メッセージを読み、信じ、一致して、今度こそ、自分たちの利益を求めるよりも、あなたの栄光を求めようと努めるかもしれません。このメッセージを信じるなら。

ヴァスーラ、ああ、ヴァスーラ、多くが恐れてしまうだろう、メッセージを信じ、それが私からだと受け入れる者たちでさえ、ばかにされることを怖れ、長上を怖れて臆してしまう。私からの名誉よりも、人からの名誉を重んじてしまうだろう。私を重んじなさい、そして私のメッセージを広めなさい。

主よ、もしも彼らが本当に身を低くするとしたら。

彼らに重くのしかかっている私の裁きを取り去ろう。だが、彼らは今なお互いに毒矢を放ち合い、私の体を苦しめている。愛が欠けているために、彼らの間を常に不調和が支配している。
 ヴァスーラ、私が愛したように互いに愛し合いなさいという私のおきてに彼らが従い、さらに、自らへりくだったなら、今日、私の体は調和のうちに統治されていただろう。彼らは互いの足を洗い合って2、へりくだったことがあるだろうか? 私のしたことをまねるように、こうして私は手本を示したのではなかったか? 身を低くしなさい! 一つになれるように身を低くしなさい
 魂よ、私の愛するしもべ、ヨハネ・パウロが私の声を聞くべき時が来た。私は確かに彼の叫びを聞いた、その叫びは天に届いた、その叫びは全宇宙にとどろいた、その叫びは私の耳にまで達した!
 あなたに教えよう。間もなく、一つの群れと一人の羊飼いになるであろう。すべての羊を私が導く、この囲いの外にいる羊たちをも。愛があなたたちを一つにするだろう、だがその前に、途方もなく大きな苦難がある、天全体が揺れ動くだろう! 目を覚ましていなさい、娘よ。私が教えたことを手渡していきなさい、それらはすべて私の聖なる書の中に書かれている。私のメッセージを広めること3で、あなたは理解していくだろう。

イエス様、ああ、マリア様、彼らは何と言うでしょう? マリア様、分かってください。そのような高位の方々全員に対峙するなど、私の立場でできることではありません。

ヴァスーラ、恐れてはなりません。あなたの無力さがイエスを夢中にさせているのです。小さいままでいなさい。

マリア様、もしも彼らが聞こうとしなかったら?

小さな子よ、この神聖な啓示は主の最後の警告なのです。もしも彼らが聞こうとせず、理解しようとしないのなら、主の御手が彼らに下り、彼らを打つのを私は許すでしょう。ヴァスーラ、あなたがしなければならないことは、ただ主を愛することだけです。目を覚ましていなさい、サタンが憤り、あらゆるたぐいのわなを仕掛けてくるでしょうから。恐れないで、私があなたを守っています。

マリア様、力づけてくださってありがとうございます。私を守ってくださって感謝します。あなたを祝福します。

ヴァスーラ、祝福します、子よ。

正教会よ! カトリック教会よ! プロテスタント教会よ! あなたたちは皆私のもの!

1987年10月27日 in ノート17

(最近知り合ったカトリックの神学者が、私が彼の共同体に属していないと知るや、私への関心を失ってしまいました。)

だが、ヴァスーラ、あなたはもちろん彼らには属していない。あなたは私に属している。私はあなたの造り主、聖なる父1である。あなたは私の権威の下に属している。

主よ、確かに私たちはあなたの権威2の下におります。でも、それは組織化されていて、私たちはキリスト教共同体のどれかに所属する制度になっていると聞いています。

私の目にはすべて同じだ。私が私の体を分けるように望んだことは一度もない。私をばらばらにしてしまったのはあなたたち! あなたたちが私の体をこのようにした! あなたたちが私に重い障害を負わせたのだ3

ああ、神様……

娘よ、涙は私の母のために取っておくようにと言わなかったか?

(主の御声は厳しいものでしたが、私と同じように、主も悲しんでおられることを察知せずにはいられませんでした。)

そうでした、主よ。けれども、あまりに傷ついていらっしゃるようでしたので。私もただの人間です。

ヴァスーラ、これは、私の杯を私たちが分かち合っているからだ。私の杯は苦い。聖座に、あなたを送っているのは私だと言いなさい。聞きなさい、もしどの共同体に所属しているのかと尋ねられたら、私に属している、私の権威の下に属していると答えなさい。

主よ、あなたに反対するつもりはありませんが、自分は正教徒だと言ってはいけませんか? 私は正教徒です。

正教会よ! カトリック教会よ! プロテスタント教会よ! あなたたちは私のもの! 私から見ればあなたたちは皆一つである! 私は何の区別もしていないのに、なぜ恐れるのか? 私の愛する教皇ヨハネ・パウロに尋ねなさい、彼なら区別はしない。ヴァスーラ、彼にこう伝えなさい。「愛する者よ、主である私はあなたの戸口に立って、たたいている、私の呼ぶ声を聞いてくれるか? 戸を開けてくれるか? そうするなら、私は中に入ってあなたと共に食事をし、あなたもまた、私と共に食事をするであろう。勝利を得る者を、私は自分の座に共に座らせよう。私に耳を傾けるように。聖霊が諸教会に告げることを聞きなさい」。

私はあなたの羊飼い、
私と共にいるなら、何一つ不足することがない、
緑の牧場で
あなたを休ませよう、愛する魂よ、
憩いの水辺にあなたを連れて行き、
あなたの魂を生き返らせよう
私の体の栄光のために、
徳の道に沿って案内しよう、
たとえ暗い谷間を通っても、恐れることはない、
私がそばにいて勇気づけよう、
迫害する者たちの目の前で、
あなたを養おう、
あなたに油を注いだ、
そして絶えずあなたを満たそう。
私は果てしないあわれみを持つ
無限の愛なのだから、
来て住みなさい、
私の心のただ中に4

ああ、主よ、
あなたは私の光、私の救いであられます
私は恐れなくてよいのです。
私を守ってくださると分かっています
主よ、私の神よ、
の栄光を永遠にたたえます。
あなたの愛はあまりにも偉大です、
私の無力さをあわれんでください。

小さいままでいなさい、花よ。霊において成長し、私の徳を少しずつ飲みなさい。さあ、私の言葉をいつもあなたに刻ませてほしい。

はい、主よ。あなたと共にいられてうれしいです。

愛はあなたを決して見捨てない。
来なさい、私たちで共に?

はい、主よ。

私の剣が襲いかかる 警告を伝えなさい

1987年10月26日 in ノート17

(二十四日の夜に、神は私を照らしてくださり、巨大な像としていとこに現れてくださった聖マリアのご出現の意味を、さらに深く分からせてくださいました。それは、主のイメージや聖母のイメージを表す像を教会に置くことを主が望んでおられ、許しておられることを確認するためでした。そして二十五日の夜、神は再び私を照らしてくださり、主を表すイメージ、つまり写真や絵画などによって教会を飾ることに神は同意しておられ、それを許しておられることを分からせてくださいました。)

私の教会が私のイメージを身に着けることを許す。私の体1を裸にしないように、私を飾り、私を美しく装い、そのままにしておきなさい2。聞きなさい、ヴァスーラ、私は教会である、私を信頼するように。

(しばらくして)

愛する者よ、私はヤハウェ。娘よ、書きなさい。
 ああ、被造物よ、私は聖人や預言者を立てて、時の終わりを警告したのではなかったか? 私は秘密の意向を成就させるために、天の大広間から一人の天使をあなたたちのもとに遣わし、その意向を告げ知らせると予告しなかっただろうか? 私の言葉の不変性は、いずれ必ず再確認されるであろう。
 あなたに前もって言わなかっただろうか。私のメッセージを運ぶ者の使命は、私の啓示を伝えることだと? 私の証しは預言の霊である。私に忠実な者は皆、喜びなさい、歓喜しなさい! 不忠実な者たちは災い、彼らの上に私の言葉がつるぎのように襲いかかり、あらゆる偽りの知恵を打ち壊すからである、この偽りの知恵が、私の被造物たちをサタンの網へと追い込み、私の小羊たちを神無き者、神を畏れぬ者、不道徳な民へと変容させてしまった。
 ヴァスーラ、あなたに警告の幻(ビジョン)を与えた、私がソドムとゴモラに対して行ったことの暗示を。彼らに私の警告を真剣に受け止めるようにさせなさい、なぜなら、悔い改めて、私を造り主として受け入れないのなら、私のつるぎが襲いかかると、主である私が被造物に予告したのだから。
 警告を与えようと私が地上にくだった3のは、私の限りないあわれみゆえである。真理の霊である私が語っている。被造物よ、私の諸教会に告げなければならないことに耳を傾けなさい。とどまっていてはならない。私の警告を広めなさい。私は戸口に立ってたたいている、誰か私の声を聞いて戸を開ける者があれば、主である私は中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、私と共に食事をするであろう。恐れないように、私の言葉を実現させる。あなたの目の前に私は立っている。

主よ、もしかして、あなたの警告を広めなさいと私個人に示唆していらっしゃるのでしょうか? もしそうなら、主よ、コピーを取る他に、どうすればよいのでしょう?

あなたに望むものは愛だけだ。私の言葉をあなたに刻ませてほしい。私のメッセージを伝える相手は既に選んである。
 来なさい、あなたと共にいる。私を感じなさい、私の現存を感じなさい、そう4。私を愛しなさい。

愛します、イエス様。あなたをもっと愛せるように教えてください。あなたが望んでおられるとおりに愛せるように。

私である。

あなたをメッセージを運ぶ者として送り出している

1987年10月23日 in ノート17

(ファリサイ派の人々がイエスを全く信じなかった時、イエスはどのようにお感じになっていたのだろうかと、今朝考えていました。御自分が本当に神の御子であられるということを彼らに納得させるのは、どれほど難しかっただろうかと。主は彼らにどれほど誤解されていたのでしょう。彼らの時代にそのようなことを理解するのは、人間の能力をはるかに超えることでした。単に理解できないか、あるいはそのような奇跡として受け止めるしかなかったでしょう。)

そして今、一体どれほどの人々が私のメッセージを理解し、あるいは完全に信じているだろうか?

かなり多いでしょう。理解せず信じない人々にくらべると。

教えてほしい、私のメッセージに耳を傾け、信じて完全に理解する者は、私の羊と小羊のどちらの方が多いだろうか?

(ここで羊は聖職者たち、小羊は信徒たちを表しています。)

どちらの方が喜んで聞くだろうか?

これまでの経験では、あなたの小羊たちの方が喜んで聞いているように思います。

今日は昨日と同じようだ。娘よ、時代は変わっていない。今日は昨日と同じようだ。私が地上で肉のうちにあった時、私を新たな預言者だと信じる者もいた、ほんのわずかだが、メシアだと信じる者もいた。ファリサイ派の人々は、私の話を聞くや否や、冒涜ぼうとくだと言って、私を石打ちの刑にしようと殺到した。そして今、ヴァスーラ、人々が何を信じるかでなぜそんなに驚くのか? あなたは私から来た者であり、私の平和と愛のメッセージを担う者として今日遣わしている。私は、私の教会を一つにするために来た、だが、今日は昨日と同じようである。
言っておこう。権威ある者たちは当惑し、多くはこのメッセージが私から直接来たものだと完全に信じることを拒むだろう、あなたをあざ笑う者もいるだろう。あなたを入念に調べ上げようとする者もいるだろうし、わざわざあなたの話を聞く時間など、一分たりとも割こうとしない者もいるだろう、私のメッセージを誤解する者も出てくる、なぜなら、これはまたもや、彼らの知恵を超えているからだ
私はここにいる、この手に私の心を携えて、あわれみそのものであるこの心を差し出している。地上にくだり、あなたたちを一つにするために、弱くみじめなあなたを私の道具として用い、あなたを通して私自身を現している。だがはっきり言っておく、私の愛するヨハネに与えられた霊感1、これはすべて私から来ているが、彼らがこの霊感をよく調べてさえいたなら、すべてが私に由来することを知り、時がもう目の前に来ていることを理解していたであろう。ヨハネの言葉を探求しなさい、彼が語った預言の一つひとつが、まさしく私から来たものだからである。小さな子よ、私がどのように働くか、彼ら皆に理解させなさい。

私の神よ、愛するお父さん、私は人々のあらゆる否定やあざけり、耳を貸さないことや拒絶に直面するのが時々恐ろしくなります。これが真実にあなたからのものだと本当に信じているからです。あなたが無限のあわれみと愛ゆえに私たちのもとにくだって来られ、再び助けてくださることを、もしも彼らが本当に信じたなら、どんなに大きな幸せを得るでしょう、私たちを一致させ!! あがない!! あなたの教会を生き返らせるために!

私の残りの者よ、恐れないように。彼らがあなたをあざけるなら、それは私をあざけることになる。彼らがあなたを否定するなら、私を否定することになる。彼らがあなたにすることはすべて、私に対してすることになる2
あなたが識別しているものを識別しているあなたの魂は幸いである、なぜなら、言っておくが、私が高く評価する多くの魂は、あなたが識別しているものを識別したくても、決してできなかったからだ。あなたが聞いていることを聞き、あなたが感じていることを感じたくても、聞くことも感じることもできなかった。ヴァスーラ、あなたの上には私の恵みがある。

お父さん、あなたを祝福します、
最もみじめな被造物に
目を留めてくださり、
こうしたあらゆる恵みを、
注いでくださったからです。
私を照らしてくださるゆえに
全能の神に栄光がありますように。

私のそばにとどまっていなさい、まだまだ多くの試練に直面するであろうから。
 私たちで、共に?

はい、主よ。私たちで共に。

私の綱となりなさい

1987年10月22日 in ノート17

(午前二時半、口と唇がからからに渇いて目が覚めました。イエスが「さあ、起きて飲みなさい、二日が過ぎた」とおっしゃいました。私は起きて、水を少しすすりました。体が耐えきれず、あまりたくさんは飲めませんでした。
 今朝、私の魂は神に思い焦がれて、誰も想像できないほど悲しくなりました。なぜ主は私を目覚めさせられたのでしょう? 主の家に住む人たちの一人となる特権を私に拒まれたのに? 彼らが自分たちの持つ特権を知っていたなら! そして私はといえば、主はこのような熱望を私のうちに吹き込まれながら、私を主の平和の中に入らせて、包んでくださろうとはなさいません。その代わりに捕囚の地にとどまり、あまりに多くの誘惑を受けなければならないのです……)

ああ、娘よ! 私の魂に祝された者、私の心に祝された者よ、私の心の中からも、苦悩の吐息が出る。だが、ヴァスーラ、あなたが人々の中にとどまり、人々の間に溶け込むようにあなたを造った。筆舌に尽くせないほどに、それはもう気が狂うほどに、あなたを愛している。ヴァスーラ、言葉で言い尽くせないほどみじめな者、いけにえよ、愛する者よ、あなた自身もそうだが、みじめな者たちの中に、神無き人々の中にとどまりなさい、あなたは私の網になるのだから。網に捕らえた獲物で、あなたの聖なる父を喜ばせなさい。今度こそ私の心を喜びで満たしてほしい。魂を私のもとに引き寄せなさい。
 涙は取っておきなさい、そうしないと、いつか私の母が汚名を着せられるのをあなたの耳が聞くとき、涙が枯れてしまっているだろうから!

イエス様、汚名を着せようとしたら、彼らの舌が回らないようにしてください。

ヴァスーラ、主である私は、彼らにゆるしを与えよう、なぜなら、彼らは自分が何を言っているか分かっていないのだから。

いつか悟る時が来るのでしょうか、主よ?

もし耳を傾けるなら、すべての者が悟るであろう、あらゆる被造物が悟るであろう。あなたの心の中にある質問に答えさせてほしい。

主よ、あなたは「もし」とおっしゃいましたが、それは、聞く耳を持たない人々もいるということを意味します。

とても悲しいことだが、耳をふさいでしまう者たちがいる! 聞くのを拒む人々は、今度は容赦しない。さあ、立ち上がって私に付いて来なさい1

私の体と魂の生けにえよ

1987年10月21日 in ノート17

(今日、がっかりするような知らせを受けました。期待をかけていたリヨン出身のカトリック神学者が、私がカトリック教会に所属していないと分かって、すっかり熱意が冷めたというのです。彼は、私が神と接触しているとは言うのですが、それをはるかに超えたものだということを理解しておられません。なぜなら、神は誰にでもメッセージをお与えになるが、それは教会の権威と聖座の管轄の中でのことだ、と言うのです。でも確かに、彼が信じなければならない理由などあるでしょうか? 私は言ってみれば、どこの馬の骨とも知れない者です。前にも言いましたが、もしも私が彼らの一員であったなら受け入れられたでしょうし、彼らも少しはメッセージに目を留めてくれたでしょう。でもこれこそ、まさに神が私たちに教えようとされていることなのです。つまり、お互いを区別しないようにということです。私たちは皆一つの権威の下に、つまり神の権威の下にあるのです。なぜ区別しようとするのでしょう? しかも人の個性のために。私は修道服を着ていませんが、それがどうだと言うのです? 神に理由を尋ねてもいいでしょうか? 神はありのままの私を選ばれ、このような私を望んでおられるのです。)

ヴァスーラ、あなたは私が肉体のうちにあった時に、地上で経験したことと同じものを経験している。ヴァスーラ、ファリサイ派の人々が、誰が私に説教をする権威を授けたのかと尋ねた時のことを覚えているか?

はい、主よ。

愛する者よ、私のメッセージは私に由来する。すべての権威は私に由来する。あなたは私のもの。あなたの権威が人から与えられるなどと、一度でも書いたことがあっただろうか? 小さな子よ、あなたの頭を知恵にもたせかけなさい。

(私はひどく苦しみ、悲しくなりました。涙があふれ出て、回復するまでしばらく何もできませんでした。)

私のいけにえよ、あなたを私の心のいけにえとして選んだ。私の体と魂のいけにえとなって、あなたの魂が甘美な拷問を受けるようにと。拒絶、苦痛と悲しみによって、あなたは私の地上での生活を経験するだろう。私の体験のすべてを、あなたの魂が担える力に応じて、少しずつ分けて与えていく。あなたはこれまでも、疑われ、責められ、ばかにされ、拒絶されてきたが、これからもそのようにされる。ヴァスーラ、さらに多くのものが来るだろう、だがその一方で、私の平和と愛のメッセージを受け入れる者たちも与えた。彼らはあなたの証人である。
 覚えておきなさい、あなたもまた裏切られるであろう1
 ヴァスーラ、愛している。主である私があなたを支える。私のもとに来て、慰めを受けなさい。私の平和であなたを包ませなさい、さあ、すべての権威は私から来る、人からではない。あなたは私の権威の下にいる、それはただ一つの権威。唯一の権威である。

私の神よ、あなたのお支えに感謝します。証人も与えてくださり、ありがとうございます。もう不平を訴えたりしません。以前あなたに申し上げたこの言葉を守ります。「どうか、お望みのことを私になさってください。それが私にとって喜びであろうと、悲しみであろうと、同じように感謝します。私を放り投げたいのであれば、放り投げてください。抱き締めたいと思われたなら、どうぞそのように。私にはその値打ちはありませんが。あなたのみこころが一番望まれることをなさってください。私はあなたのものです」。

そうだ、私の言葉をあなたに深く刻みつけられるよう、柔軟でありなさい、私の現存と愛とを覚えておくように。

犠牲

1987年10月19日 in ノート17

(ここで一つ付け加えておきたいのですが、ギリシャにいる間、リジューの聖テレーズの本を読んでいました。彼女の伝記です。聖テレーズのことが始終頭の中にありました。路線バスに乗っている間も、彼女のことを深く観想し、愛を込めて彼女のことを考えていました。バスが止まり、私はそこで、最も深い観想の中で、「あなたを愛しています」というギリシャ語の文字と、二つのハートのマークを見たのです。文字の丈は各々30センチほどでした。それらはバス停の屋根に書かれていて、私から四メートルほど離れた所にありました。私の感覚は別の次元にあり、その言葉が彼女から発せられているのが分かりました。彼女からのメッセージだったのです。)

娘よ、あなたが生まれるはるか以前から、私の計画が立てられていたことに気付いているだろうか?
 待っていなさい、やがて分かるであろう。今は休みなさい、いつも私から補給しなさい。あなたを愛している。

イエス様、愛しています、いとしいお方。

私の平和を受けなさい、娘よ。あなたが何にも不足しないように取り計らおう。私の心以外のどこにも、休息の場を探し求めないように。

主よ、お尋ねしますが、X夫人の息子さんを助ける方法はないでしょうか?

聞きなさい、愛のわざによって、彼を解放することができる。

誰によってでしょうか、主よ?

ヴァスーラ、あなたたち皆によってだ。

イエス様、愛するお方。あなたの神聖な御手で、バングラデシュの共同体を祝福してください。彼らを皆祝福してくださるようお願いします。彼らを支えてください。

ヴァスーラ、私の愛を育むようにと伝えてあげなさい、それは彼らのうちにあるのだから。私は愛する者たちのただ中にいる。娘よ、私の手で彼らを祝福する。

(私はX夫人の息子さんのために祈りました。)

願ったことはかなうと信じなさい。小さな子よ、私への信仰を持ちなさい。

イエス様、その息子さんの問題が何かお分かりですか?

分かる。

彼をあなたのおそばに置きたいとは思われませんか、主よ?

切にそう望んでいる。愛する者よ、サタンが彼を牛耳っているのだ。

(サタンが「手放すものか!」と叫んでいるのが聞こえました。サタンは激怒していました。)

主よ、イエス様、彼をあなたのおそばに連れて来るために、私が苦しむことをお望みでしたら、私にさせてください。何ができるでしょうか? 例えば二日間、飲み物無しで過ごしましょうか?

(スイスの気候は極度に乾燥しているので、人々は水をたくさん飲みます。)

ヴァスーラ、彼のために苦しみなさい。あなたが私の十字架を背負っている間、どのような液体も飲まないように。

それを犠牲としてお献げします。

愛する者よ、後になって分かるであろう。あなたの兄弟を思いやり、彼のために犠牲を献げなさい。私は彼を愛している。

イエス様、そうします。

あなたは私のわざのしるし

1987年10月18日 in ノート17

娘よ、私の手を取り、私のわざを続けてくれるか?

はい、主よ、御手を決して離したくありません。

以前に言ったことを、しっかり理解しておいてもらいたい。これが私からだということに疑いが起きないように、私はこれから起きることを予告すると言った。

イエス様、そのために与えてくださる唯一のしるしは私だとおっしゃいませんでしたか?

そうだ、あなたは私のわざのしるしとなると言った、あなたが生まれるはるか以前から、私は計画を立てていた。
花よ、あなたの上に私の義のしずくしたたり落ちるように、自分を開放しておきなさい。私から美徳を吸い上げなさい。あなたには完全な者となってほしい。私の花には、美しく、私の完全さの染み込んだものとなってほしい。私の神聖なミルラの香る花であってほしい。私を見なさい、ヴァスーラ。

(イエスを見ました。)

私の望みはすべて達せられるであろう。私のために時間をもっと献げてくれるか、ヴァスーラ?

私の時間はあなたのものです。あなたのために生きています。

では、あなたのともし火の油を補給しなさい、私から受け取って。

イエス様、何と申し上げたらよいのでしょう? 何にも値しないこの私に、あなたはこんなに多くのものを与えてくださいます。与え続けてくださるのに、私はふさわしいものを何一つお返しすることができません。あなたは光を与えてくださいます。そして私を死者の中から目覚めさせてくださいました。あなたのわざを降り注ぎ、私を癒やしてくださいました。

私の栄光をたたえなさい。誰があなたを自由にしたのか、ヴァスーラ?

あなたです、主よ。ひと言申し上げてもよろしいですか?

愛する者よ、言いなさい1

私の神よ、あなたのあわれみと愛と力によって、私にしてくださったことを、私の兄弟たちにも同じようにしてあげてください……彼らを自由にして……あなたのもとに引き上げてください、彼らをあなたに結びつけてください、私が感じているように、彼らにもあなたの愛を感じさせてあげてください。魂があなたに近づく姿を見て、喜びたいのです。そして、すべてのキリスト者たちと、聖母を否定する人たちも、皆一つにしてください。

ヴァスーラ、あなたは喜んで犠牲を献げるか?

はい、主よ、そのように使っていただけるのでしたら。

あなたに対して強く望んでいることを示す、愛する者よ、いつも私から引き出すように。花よ、愛している2。覚えておきなさい、涙はもっと後のために取っておきなさい、私自身の者たちが母をどう扱っているかを耳にするまで!

もうこれ以上、彼らにそうさせないでください。

ヴァスーラ、その日は来る、そしてその日は間近に迫っている、私の教会が一つの言葉で話す日が。しかしその栄光の日が到来する前に、途方もない大混乱が起きるだろう、それは一つには人間の虚栄や罪、愛の欠如のためであり、一つには私の体がばらばらに引き裂かれているためでもある。もう一度言わせてほしい、私は私の体に栄光を与え、一致させる。花よ、愛があなたたち皆を一つにする。これも書き取りなさい、すべての権威が私によってもたらされるよう、小さいままでいなさい3。人々に知らせなさい、私の望みは揺るぎなく、かつてないほど固いと。

どのお望みのことでしょうか、イエス様4

ヴァスーラ、この言葉を私の子どもたちに広めたい。それは、

「主である私はあなたたちを祝福する、私のもとに来なさい」。

主よ、人々のもとへ私を導いてください。そしてあなたのお言葉を広めるために助けてください。

ヴァスーラ、私にり頼みなさい。私の光の中で生き、そして休みなさい。