ノート22

私を愛すればそれは私の栄光となり、あなたの清めとなる

1988年3月26日 in ノート22

私の神よ、
あなたの神聖な御顔から
もう目を離すことができません。
私の目はあなたに釘付けられ、
何時間も終わりなくあなたをあがめます。
愛する御父よ、あなたから
私の心を離すことはできません。
地上であれ天であれ、一瞬たりとも途切れることなく、
私の心はあなたに奪われ、あなたと共にあります。
あなたのために生き、あなたのために呼吸します。
私の喜びとはあなたであり、私のほほ笑みとはあなたです。
あなたを信じ、礼拝し、希望し、
愛します、永遠に。

愛している、魂よ。あなたに平和。私をあがめなさい。あなたを祝福する。あなたの神である私に顔を向け、私を喜ばせなさい! この時が来るのを待ちわびていた、私のそばに連れて来るのをどんなに望んでいたことか!

がたたえられますように、主よ!

こころの深みにあなたの場所を用意している。あなたの家は私のこころの中である。来なさい! 私のもとに来なさい

(イエスは私が十歳の頃に受けた幻⦅ビジョン⦆と同じものをお与えになり、その時と同じ言葉をおっしゃいました。「来なさい、私のもとに来なさい」と。それがイエスから私への最初の呼びかけでした。)

来なさい、愛している。ヴァスーラ、私にしっかりつかまっていなさい。そうすれば、あなたを導こう。あなたは最初から私のものだった。娘よ、私を愛するか?

愚かなまでに、主よ。

私を愛すればそれは私の栄光となり、あなたの清めとなる。私の足跡をたどりなさい。そうすれば、私の望むところに行けるであろう
 共に祈ろう

「聖霊よ、
私たちの上にくだり、新たにしてください。
あなたの愛で私たちの魂を満たしてください。
平和を与え、苦しむ私たちの魂のうちでお休みください。
あなたのつばさで私たちを包み、
すべての悪からお守りください。
私たちを謙遜な者とし、
あなたの光の中でお導きください。
あなたの切なるお望みを悟り、
それを実行できますように。
アーメン」

最後には私たちの心が勝利します

1988年3月24日 in ノート22

あなたに平和があるように

(聖マリアです。)

愛しています。神の栄光をたたえなさい、魂たちのあがないのために祈りなさい。主のむねに従い、主を運ぶ者となることによって主の栄光をたたえなさい。主はあなたを優しく愛してくださっています、魂よ。書くことに決して疲れてはなりません。さあ、祈りなさい、主にこう言うのです

「全能の神よ、
あなたの道をしもべに教えてください。
謙遜、忍耐と愛を教えてください。
あなたの義と徳の道で導いてください。
あなたに私自身を明け渡します。
私の意志をお献げします。
私の罪をおゆるしください、私を新たにしてください。
十分に用いていただけるよう、
私をふさわしい者にしてください、
アーメン」

ああ、ヴァスーラ、いつでもあなたのお世話をしましょう。私の手を取りなさい
 教会はよみがえります。そして最後には私たちの心1が勝利します
 私の出現は、神のわざについて魂たちを勇気づけるためのものです。私たちに立ち帰るようにという呼びかけであり、警告です。今年、私は必ず多くの者に出現します。私は幻(ビジョン)を与えます、そして幻を見る者たちがいるでしょう。聖なる教会が、神のあらゆるわざが疑われることなく、軽蔑を受けることもなかった初代教会の頃に立ち戻るよう祈りなさい。聖なる教会の信仰が再び刷新されるよう祈りなさい、かつてのようになるように。そして奇跡を信じ、出現や幻を信じなさい。なぜなら、それは神があなたたちにお語りになる一つの方法だからです。刷新を願い求めなさい

マリアさま、ありがとうございます2

心配しないように、私が昼も夜も祈っています。イエスが来られました

ヴァスーラ3、私だ。私を見なさい、魂よ、彼らの中には聖性が見いだせない

イエスさま、それはあなたの今日のわざを否定する人々のことでしょうか?

そうだ、まったく見いだせない、十字架上から私が叫ぶたび、その同じ瞬間に、私に属する者が一人ずつサタンに屈していくのが見える
 ヴァスーラ、私に属する者、私の司祭よ4、 あなたを愛している

イエスさま、女性が司祭になることは許されていないのに、どうして私を司祭とお呼びになるのですか?

私があなたを聖化した、魂よ。私があなたを選んだのだ、魂よ。私の目はあなたの魂を見、私の心はあなたの魂を感じていることを理解しなさい。あなたの魂を愛している、あなたの体ではなく、あなたの体のうちにある魂を。私の言葉5を悟れるよう努力しなさい。あなたの神である私があなたの魂を見るように、それを見なさい

(神が重視されるのは魂なのです。魂が死後天国に行くと、もはや女性や男性の区別はなくなり、すべて天使のようになります。イエスは魂を運ぶ器ではなく、魂そのものを見ておられるのです。ですから、主は選んだ者たちを区別なさいません。)

あなたを愛している。私の足跡をたどりなさい。さあ、私たちで共に

はい、主よ。

素直さと貧しさは私を夢中にさせる──愛は苦しむ

1988年3月23日 in ノート22

イエスさま?

私である。愛は勝利する。私は愛、私の平和を受けなさい。恐れないように、私はイエス。来てくれるか、私は待っている。私を愛しなさい、あなたを他の者たちも案内した所へ案内しよう。愛する者よ、そこへ連れて行こう。祈りなさい、私のヴァスーラ。悪魔の策略に警戒していなさい、もし私の被造物が変わらず、悔い改めなかったら……

主よ! 私たちを必ず変えてくださると、あなたのくに必ず来ると何度もおっしゃっているのに、なぜ「もし」という言葉をお使いになるのですか? 私には分かりません……

よく聞いて理解しなさい。あなたたちには選ぶ自由を与えた。主であり、支配者であり、光である私が、あなたたちの上にくだってきた、被造物よ。あなたたちに与えようと私の心をこの手に携えて、この漆黒の闇の中にくだってきた。あなたたちをあがなうため、あなたたちの上に輝くために。私に対する数え切れないほどの罪と背きを洗い流すために来た。あなたたちを私の所に呼び戻すために来た。私の教会を一つにするために来た。主である私が誰に権威を与え、天の国の鍵を与えたかを思い出させるために来た。あなたたち皆に私の母を尊び、母の前にひざをかがめることを教えるために来た。母は私の手によって冠を受けられたのであり、天の元后であられるのだから
 被造物よ! 悪魔に警戒していなさい、悪魔はその力を増し、あなたたちをわなにかけようとしている。そしてその一方で、恐れられずにうまく立ち回るために、自分は存在しないかのような振りをしている。ああ、被造物よ! 悪魔はあなたたちに対して大虐殺をたくらんでいる。ああ、十字架の上からどれほど叫んでいるか! 被造物よ、私に立ち帰りなさい! 私を拒むことによって、悪魔のわなにかかってはならない! 祈りなさい、魂が立ち帰るように祈りなさい。あなたに与えた祈りをどの魂にも教えなさい、それらの祈りを教えなさい。あなたたち皆を愛している、皆を愛している
 娘よ、私のもとに来て、ひざまずいて書くことに疲れないように。私はあなたの救い主、あなたの伴侶であり、すべてをあなたと分かち合っている。さあ、私を慰めてほしい、私は疲れ果てている

ああ、おいでください、主よ!

(イエスは疲れ切ったご様子でした。大きな肩を少し落とされ、悲しそうです。私も同じ気持ちです。主をお喜ばせしたいです。教皇さまが主の訴えを受け入れてくださいますように、毎日祈っています。25日の金曜日までに、イエスのメッセージを受け取ってくださればいいのですが。)

私の現存を覚えていてくれるか、ヴァスーラ?

はい、主イエスさま、そうします。

私たちで共に!

はい──私たちで共に、世々とこしえに。

(イエスは今日は疲れ果て、悲しんでおられます。)

あなたに平和があるように、魂よ
 ヴァスーラ、私は疲れ果てている、愛と素直さが欠けているのを見て疲れ果てている。彼らの間には愛が欠けているというのに、儀式やいけにえを私に献げたところで何になるであろう?
 花よ、はだし1の弟子たち以上に大きな喜びがあるだろうか? 彼らの手は、私の小羊たちを導く杖しか持っていなかった! 私は素直さを愛している、素直さと貧しさは私を夢中にさせる。私のまことの弟子たちははだしだったが、霊は豊かだった
 ヴァスーラ、勇気を持ちなさい。私は私に属する者たちによって、再び十字架につけられている。私の十字架をあなたと分かち合っている、私とあなた、あなたと私。愛は苦しむ……

主である私は、私の教会の中でどのような分裂も望まない

1988年3月19日 in ノート22

イエスさま、みもとに参りました。

ああ、ヴァスーラ、書くことに疲れないように
 今日は飢えている私の小羊たちに食べさせる。あしたにはあなたたちを一致させ、私の神秘を教えよう。私を喜びで満たし、私を愛するすべての者に、聖なるロザリオの祈りを伝えて私を証ししなさい

すべてのキリスト者にという意味ですか?

そうだ、私の愛する者よ。私が母を尊んでいるように、あなたたちも私の母を尊ぶべきだ。私を証しするすべての者に、あなたたちの主を喜ばせるやり方で十字架の道行きを行うように伝え、教えなさい

すべてのキリスト者にですか、主よ?

そうだ、私を愛するすべての者に。主である私は、私の教会の中でどのような分裂も望まない。私のために、一致し私の名のもと私を愛しなさい。私に従い、私のために証しするように。私があなたたちを愛しているように、あなたたちも互いに愛し合いなさい。一致し、一人の羊飼い1のもとで一つの群れとなりなさい。あなたたち皆が知っているように、私はペトロを選び、彼に権威を与えた。皆が知っているように、私は彼に天の国の鍵を授けた。私の小羊と羊を飼い、彼らの面倒を見るようにペトロに求めた2。この権威は私が与えたものである。私の望みをあなたたちに変えてほしくはなかった
 集まりなさい、愛する者たち、私の教会を強固にしなさい。私が切望しているものを、私の中に探し求めなさい。あなたたちの利益ではなく、私の利益を追い求めなさい。私の栄光をたたえることを追い求めなさい。被造物を一致させて私の栄光をたたえなさい。私の体を生き生きとさせなさい。あなたたち皆を愛している。耳を開き、私の十字架からの叫びを聞きなさい!
 ヴァスーラ、あなたの家がどこにあるか覚えているか? そう、私のこころの中だ。さあ、来なさい、愛する者よ。私は待っている、あなたを限りなく愛している

イクトゥス

愛します、主よ、救い主、
どうぞお喜ばせする方法を教えてください。
あなたと共にいられるように、
あなたに用いていただけるように。

あなたに教えているところだ。柔軟でありなさい、そして私の利益だけを図りなさい。どんなときも、私たちで共に、私はあなたのため、あなたは私のため。『私はある』という者があなたのかたわらにいる。祈りなさい、ヴァスーラ、魂のあがないのために。このメッセージのためにあなたを創造した

ありがとうございます、イエスさま。

信仰

1988年3月18日 in ノート22

私の花よ、この聖なる言葉をあなたのシンボルとしなさい

信仰

そうだ、みじめさの時代よ

私の血は空しく流されたのか? 信仰のまったく無い時代よ

1988年3月17日 in ノート22

ヴァスーラ、私が最初に呼びかけた時のように、私の声に耳を傾けなさい
 あなたが存在するよりはるか以前、私は多くの者に、私に仕えるよう呼びかけた。そう、それは祝福が歓迎された徳の高い時代だった。私はみじめな魂たちに呼びかけた。彼らは、それが彼らの神、救い主である私の呼びかけであることを決して疑わなかった。彼らの周りの者たちも、今日のように疑うことはなかった。あなたの時代は死んでいる、ヴァスーラ。今日の私のわざを非難することによって、この荒れ野をさらに広げ、荒廃を拡大させている。私の血は、あなたたちの心をうるおし、あなたたちを私の光の中に住まわせるために流された
 ああ、被造物よ、私の血は空しく流されたのか? この時代は言うだろう。「聞いてはならない、耳をふさげ、その声は間違いなく悪魔の声なのだから」と。私が祝福し、幻(ビジョン)を与えた者たちは、今日においては、私の家の中にいる私に属する者たちによってばかにされ、失望させられる。この者たちの決意は固く、私を非難する用意がいつでもできている。私のたまものを否定するとき、彼らは知らず知らずのうちに、人々の面前で私を非難しているのだ。私の祝福が歓迎されていた時代、私に属する者たちは、私の呼びかけを伝えた者たちに対してこう言ったものだ。「耳を開きなさい、わが子よ、それはまさしく神からの呼びかけかもしれないから」と。被造物よ、サムエルへの呼びかけ3の箇所を読み直しなさい。その時代は、神の祝福が歓迎される徳の高い時代だった
 被造物よ、今日も昔のように、「信仰の薄い時代よ」と言えればよかったのだが。だが今日、あなたたちにはこのようにしか言えない。「ああ、信仰のまったく無い時代よ」と!
 娘よ、私は疲れ果てた。あなたの心の中で休ませてほしい、子よ

ああ、おいでください、主よ!

私たちで共に?

はい、主よ。

(イエスは大変悲しそうで、とても疲れた御様子でした。)

書きなさい

はい、主よ。

(あまりに多くの人々が神よりも悪魔の方を優先するので、神は悲しんでおられます。アビラの聖テレジアがこう言っています。「『神よ! 神よ!』と言って悪魔を震え上がらせることができるのに、『ああ、悪魔よ、悪魔よ!』と言って恐れる気持ちが分かりません」と。今日、こういうことがたくさん起きています。悪魔を優先してしまうのです。一方、このようにあざけって言う人たちもいます。「かわいそうに。行って診察してもらいなさい。今はいい医者がいますからね」と。──あるいは超心理学の知識を自慢気に話す人たちもいます。彼らにとって、神からの呼びかけなど「時代遅れ」のものだからです。──しかし、神のおんにとって、あらゆるものの中でも最悪なのは、偽善です。「はい」でもなければ「いいえ」でもない、社交辞令的な応答です。それはピラトのようであり、ピラトが主に対してしたように、ただ自分たちの手を洗うだけなのです。なぜだかお分かりでしょうか? 信仰が欠けているからです。)

あなたに欠けたところがあるからこそ愛している

1988年3月16日 in ノート22

私は主、あなたがどんな者であろうとも、私の言葉を確立させる。あなたは無に等しく、何度も私を悲しませ、侮辱してきた。数え切れないほど私を傷つけてきた。私の手の中にいるものはみじめさそのもの、この時代の写し絵だ。しかし、あなたがどんな者であっても、あなたをゆるし、私のこころの中に置いた。娘よ、私は神であり、主権者、万物の造り主、崇高な愛の霊、計り知れないほど深い愛の霊である
 あなたにどれほどの好意を示したか気づいているだろうか? どうやって偽りを言う者たちから救ったか、気づいているか? 被造物よ! 私に献身しなさい。どうして気をそらすのか、私たちのきずなを忘れてしまったのか1

主よ、周りのことが気になってしまいます、私は弱いのです。

私の顔をしっかりと見るよう熱望する。私を怖がらないように! こう言いなさい

「神に栄光!
私たちの主はほめたたえられますように!
主は賛美されますように!
あなたのかたわらを歩かせてください。
アーメン」

(祈りを繰り返しました。)

そう、ヴァスーラ、私があなたを見捨てるだろうか? 私はあなたに忠実である、そうではないか?

はい、そのとおりです、主よ。

あなたに欠けたところがあるからこそ愛している、娘よ。あなたを、運ぶ者と名付けた、そして死ぬまで運ぶ者であり続ける。私のためだけに生きてほしいと強く望む。あなたの周りにいるのは、私、あなたの神である私だけだ。私にあなたをすっかり包み込ませてほしい、あなたはそれを望むか?

はい、迷わずそう望みます。

ヴァスーラ、自分が何を言っているのか分かっているか2

はい、主よ、分かっています。

では、私に頼っていなさい。私は今日、あなたがそこにいることを望んだ。そして、私の意志によってあなたを再び引き上げ、私の言葉を実現できるように満たそう。あなたは私のしもべたちと共に、数え切れないほどの試練に遭うが、最後には私たちの心3が勝利する。今日、あなたは私の秘書、明日は私の言葉を運ぶ者である4

主よ、私には本当に向上する見込みはないのでしょうか? あなたのお言葉からすると、私はまだ初歩の段階のままなのでしょうか?

そうではない、私のヴァスーラ、希望を失ってはいけない。あなたがしたことはどれも無駄にはならない。完全さに達するように教えよう。あなたに完全な者になってほしいと言わなかったか?

ええ、主よ、けれど今日の自分を見ていると、主のこころが望んでおられるところまではまだまだ道が遠いように思われます。

私があなたの教師ではないか?

ええ、主よ、ただ生徒が良くないように思います。

あなたは弱い。だが、私の力があなたを支え、倒れても起き上がらせる。そうであるなら、ヴァスーラ、あなたの霊的指導者として私以上の者がいるだろうか? これ以上の好意があるだろうか?

お与えくださっているすべてに感謝します。どのお恵みも受けるにまったく値しない者ですから。

ああ、ヴァスーラ! あなたが意図的に私に背こうとしてそのようなことをしているのではないことは分かっている。あなたの罪は忘れられた、水が流れ去って乾いてしまうように。あなたの罪を私が振り返ることも、あなたに思い出させることもしない。あなたに新たなスタートを切らせよう。あなたを新しくする、愛する者よ。私があなたに対して抱いている愛を感じなさい、ありのままのあなたを受け入れている。あなたの両手に平和の冠と愛の冠を与えた、その二つの冠を運びなさい。義の冠と共に、そしてそれらを私自身の家の、私の愛するペトロの足もとに献げるように5

はい、主よ、そこへ私をお運びください、主よ。

さあ、私があなたのかたわらにいる。一緒に私の家を回復させよう。私たちで共に?

はい、主よ!

(しばらくして)

さあ、ヴァスーラ。この聖なる言葉をあなたたちのためのシンボルとしなさい

信仰

おさなのような信仰だ

大いなる立ち帰り──新しい聖霊降臨

1988年3月13日 in ノート22

私の主よ、
この特別な方法で、
しかもこんなにも身近に主と共にいられるという
恵みのすべてに感謝します。
アーメン。

ヴァスーラ、これらの恵みは私の利益と栄光のために与えられた。あなたを使わせてほしい。自分の仕事が何であるかを悟りなさい。さあ、手伝ってあげよう
 ヴァスーラ、あなたに霊的な導きを与えたいと望んだ。信仰を持ちなさい、私の子よ。私のヨハネ1にも、新しい聖霊降臨を願うように鼓舞したいと望んだ。この霊的促しは知恵から下る。そして新しい聖霊降臨は、主である私が、私の土台そのものの上に確立させる。私があなたたち皆を一致させると、一人の羊飼いのもとにあなたたちは集まる。被造物よ、そしてその中に私の国を打ち建てよう。私の家は平和と愛のうちに統治し、被造物は生まれ変わり、清く、悪意のないおさなのようになって戻って来る。これが大いなる立ち帰り、再生、羊飼いの呼びかけ、新しい聖霊降臨となる。キリスト教がまだ初期の段階にあり、純真で、利己心のないおさなであった頃のように。ああ、被造物よ! 見ていなさい、今に分かる
 ヴァスーラ

はい、主よ?

私を感じなさい、あなたのそばにいる。肉の目では見えなくても、子よ、これを信じるか?

はい、主よ、信じます。魂の目で見ることを教えてくださいましたから。そしてあなたを感じることも、御声を聞くことも、単純に信じることも教えてくださいました。

あなたの目が私を探し求めているのを見て、どんなにいとおしいか。自分では何もできず、無に等しいほんの子どもが、私の前にいると知っているのだから。あなたをあわれむ、ヴァスーラ、狼の群れの中に置いているあなたを。決してあなたのそばから離れない。あなたを祝福する、子よ。最後まで導かせてほしい、何か?

イエスさま、私が今あなたを見ている所にいらっしゃるのですね。違いますか?

そこにいる、愛する者よ、私の平和を受けなさい

私たちで共に? 主よ?

そう、私たちで共に

私のロシア、主である私はどれほどあなたを愛しているだろうか

1988年3月11日 in ノート22

神に栄光!

(三つの祈りを唱えた後、「神に栄光。そのように書かれている」というとても美しい声が天から聞こえました。)

イエスさま?

私である。あなたのそばにいる。祈りなさい、愛する者よ、ロシアの回心のために
 ロシアは私の神の手によって復活する。私の手がロシアの上に置かれ、その冷たい心が温められて生き返り、聖性の頂点に達したとき、ロシアは、死の沈黙と暗闇の世界から、私の平和と光の世界へとよみがえる。彼女は大きな叫び声を上げて喜びを表し、そばにいる自分の救い主を見る。彼女を私の方へ引き上げると、私の愛の炎が彼女の心を燃えたたせ、彼女を清め、彼女の神である私への、まったくの歓喜の中に彼女を置くであろう
 ああ、ロシアよ、私のロシア! 主である私はどれほどあなたを愛しているだろうか1。あなたが死んでいるのを見てどんなに泣いたことだろう。愛する者よ、あなたを失ったとき、そして天全体があなたのために喪に服したとき、あなたのためにどんなにつらい悲しみの涙を流したか。愛する者よ、なぜ、どうして、私を拒み、愛と優しさに満ちた私の心を突き刺したのか

(聖マリアが私のそばにおられるのを感じました。)

あなたに平和、私の子よ。私はあなたの聖なる母です。あなたの姉妹のために祈りなさい。主は今日彼女のそばにおられ、間もなく主の聖なる御手が、死んで冷たくなってしまったその心に触れてくださるでしょう。ああ、被造物よ! 主は、あなたのあまりに―愛されていない―姉妹を生き返らせてくださいます。目を覚ましていなさい、娘よ、彼女の栄光の時は近いからです
 ペトロ2! 心から愛する私のペトロ3? そうです、ヴァスーラ。私はロシアを奉献するよう何年もあなた4に懇願してきました。今や、主とすべての殉教者たちがあなたの懇願と叫びを聞いたのです。あなたの犠牲のすべては無駄にはなりませんでした、愛する者よ。どの涙も無駄には流されず、それはイエスの傷ついたこころの乳香となりました。主をほめたたえなさい、ペトロ。イエスがまさにあなたたちの戸口の前に立って、たたいておられます
 あなたに平和。あなたたち皆に平和。皆を愛しています

あなたたちはソドムの低みにまで落ちてしまった

1988年3月10日 in ノート22

イエスさま?

私である。平和があなたと共にあるように。私のために喜んで働き続けてくれるか、ヴァスーラ?

喜んで続けます、はい、それが主のお望みなら。

私は主である、小さな者よ。あなたを養うのは私、イエス。私の園を美しく飾ってほしい。私の教会を生き返らせてほしい。私について来なさい、そうすれば、私はあなたのうちで、あなたを通して行動する。私の渇きを満たしてほしい
 祭壇よ! 私の炎を燃やし続けなさい、私の子どもたちの心を吹き抜ける、この氷のように冷たい風を温めるために。ああ、時代よ、あなたたちはソドムの低みにまで落ちてしまった! カインの血を受け継ぐ者たち! アベルのような者はほんのわずかだ。あなたたちの時代は心が鈍ってしまった。どうしてか分かるか、被造物よ? あなたたちの間に愛が欠けているからだ。私を忘れてしまい、私の今日の摂理のわざを信じていない
 そうだ、被造物よ……祝福が歓迎された徳の高い時代は死んでしまった。みじめさの時代よ、あなたたちを生き返らせよう! 死んでしまったあなたたちの心に、私のいのちのしずくを注ぎ込み、あなたたちをいやそう! ああ、皆をどんなに愛しているか!
 書きなさい

はい、主よ。

(神の御声は、傷ついて悲しそうでした。もしも主があわれみ深く優しい方でいらっしゃらなかったら、たやすく私たちを打って、滅ぼしてしまわれたことでしょう。しかし限りないいつくしみと無限の愛によって、主は私たちをあわれみ、ゆるし、いやしてくださるのです。)

そう、あなたたちがどのようになっても、私はあなたたち皆を愛している。私があなたたちを見捨てることがあろうか? 決してない!