ノート26のメッセージ

光の子となりなさい 私は盗人のように訪れる

1988年7月25日 ノート26

(スイスに戻って)

イエス。

私です、与えた祈りを私の子たちにも教えなさい。

三つの祈りですね、主よ?

その通り。愛する者よ、自分自身をすっかり献げなさい、私の利益を求め、栄光を称えなさい。

御助けによって、主よ。

私に頼っていなさい、最後まで道案内し、そのうち全てが達成される。私のわざは葡萄の木にたとえられる、元気よく育ち、ちょうどよい季節に実を結ぶ、葡萄の木もその季節に実を結ぶように。あなたを取り囲む困難を私のために耐え忍び、あなたの神、私に頼っていなさい、信頼を失わないように、あなたの時代が荒野であり、無味乾燥であっても影響されないように、私の子よ、私を信頼しなくてはならない、死から甦らせたではないか? 私は真の光、そしていのち、時にはあなたを試させてくれるように、盲目の信仰によって導かせなさい、愛を試し、私に抱くこの愛を大きくふくらますのを許してほしい、私の光のもとに生き、光の子となりなさい、私はあなたを美しく飾るこの世の光。離れないように。

(つづき)

私の日が近づいている、そして盗人のように、思いがけず、私は警告なしに訪れる、エルサレムよ! あなたは私、主を裏切り、心の真っただ中には悪を根づかせてしまった、そう、エルサレム、槍の刃があなたの中にあり、裏切りと異端が充満している、私にその邪悪さが気づかれずに済むと、どうして信じられたか! 不意を突き、あなたを倒しに来る、稲妻のように降って、打ち破ろうと、もう今や戸口にたたずんでいる。あなたは私の恵みでなく、敵の権威を選んだ、私、光を選ぶかわりに、闇の獣を頼りに邪悪さを選んだ。私は自らの手でその座を覆し、悪を行い真理の道を遮るすべての者たちを、打ち倒しに来る。エルサレム! その艱難は始まったばかり、私の火であなたを掃き清め、清くする、私は悪の根と、私の体を血色悪くさせてしまった、もう羊飼い*は要らないとする、あのすべての教義を焼き尽くし、根絶する。

* ヨハネ・パウロ二世。

虚栄に酔いしれ、不従順に酔いしれ、不一致に酔っていながら、生き長らえるとどうして信じられようか? 私でなく自分の利益ばかりを追い求め、小羊たちを不従順ゆえに飢えさせた。エルサレム! あなたの与える悲しみは大きい、皆を一致させ、その子どもたちを集めようと、どれほど切に願ってきたか、雌鳥が羽の下に雛を集め隠すように、しかしあなたはそれを拒んだ……私の目も、聖母の御目も、私自身の家にあるこれほど多くの不正を見て、止めどなく血の涙を流した、永遠の愛で私は愛してきた、しかし私自身の友に裏切られ、傷つけられるだけであった……私の慈悲は大きい、しかも十分なゆるしを与える用意がある、自らの傷は顧みない、あなたたちの罪を喜んで忘れる。

ヴァスーラ、私は執拗に鞭打たれている、だが、甚だしく痛もうが、ゆるし、すべてを忘れる用意がある……来なさい、子よ、私の聖心の中にとどまっていなさい、愛は愛に飢え渇く

(イエスの唇はすっかり乾き切っておられました)

もう休んでよい、ともにいる、私を拒む魂たちのために祈りなさい、私を愛し、痛みを和らげてほしい、あなたの神、あなた自身のアッバの、喜びとなるように。来なさい、「私たち」?

はい、アッバ。(彼らが拒んでいる御父にたいし、再び大変心動かされ同情の念がわきました)

ヴァスーラ、兄弟を憐んであげなさい、その転びをあわれみ、目が見えないことを哀れんで、祈ってあげなさい。

私が戸口に立っている

1988年7月14日 ノート26

ロードス島

ロードス島にいる間、イエスは多くの十字架やメダイを口づけして祝福してくださいました。

あなたに平和、子よ、私を見たら微笑んで、喜ばせてくれるように、ああ、ヴァスーラ、彼らは私を入口に立たせたまま……忘れてしまい、小さな用事に戻って行く、ほら?

目を覚ましなさい! 私が(I Am)戸口に立っている、もの乞いのように、あなたの王が乞食のように懇願しているのを見なさい、愛を乞うている、善良でありなさい! 完全でありなさい! 互いに愛し合い、しばしば悔い改め、よく祈りなさい、それも自分の利益のためだけではなく、愛に促されて、来てほしい! 私、主が愛している。その愛は天国に入るまで、あなたには決して理解し得ない。私、主があなたを抱擁するように、私を抱擁しなさい。もう罪を犯さないように……あなたの弱さ、欠点を知っている、あなたの魂を知っている。来なさい、来て全てを与えなさい、あなたを美しく飾る。ヴァスーラ、完全に自分たちの心を開いて中に入れてくれるなら、もっとよく私を知るようになると伝えなさい、彼らの間にいて耳を澄ましている。

私たち皆が会う時にですか、主よ?

そうです。「私たち」?

はい、主よ2いらっしゃい。おいでなさい、そうしたら皆を祝福しましょう、あなたたちを愛しています。

御身を祝福します。

私、主がまだ呼び続けていることを、思い出させなさい、来て、私に近づいてほしい、どうして愛から身を退いてしまうのか? いつも聖櫃のかげにいて、彼らの一人が訪ねて来ないかとしんぼうして待っている、ああ! 今でも待ち続けている……理屈が通り正当だと信じさせるあらゆる言い訳を、いつも用意しているサタンに警戒するように、まさに道理がかなって見えるようにそれらを美しく飾り、あなたたちが私のもとに来るのを妨げる。私は皆を愛する、彼ら以上にあなたを愛してはいないと理解させなさい、これを、彼らの幾人かは完全に理解するように、私の平和と愛のメッセージを読むなら分かるだろう、まだ理解しない人たちのために繰り返し言う、主である私は皆を同じように愛している、さあ、来なさい、訪ねなさい、来て私から飲むように、そうしたらもっと飲みたくなる、来て私を食べなさい、もっと望むようになる、心を開いて私を受け入れなさい、戸口で立たせたままにしないでほしい! 心に迎え入れなさい、必要とするもの、弱さを知っている、あなたの魂は私を必要とし、私を通してのみ天国に入る、敵の敷いた罠になぜ魂を陥らせてしまうのか? 私のもとに戻り、顔を向け、みことばを読んで自らを教育しなさい、私を読むのに使った時間は、無駄とはならない。一日一時間、救い主のために時間を割いてもよいではないか? 互いに愛し合いなさい、互いに平和を保ち、ゆるしなさい、私があなたの罪をゆるすように、悪を愛で返しなさい、善い心を持つように! 完全でありなさい! さあ、愛があなたを愛し、決して見放すことはない、愛が助けよう、そして最後まで導いてゆく。

日曜日―― 聖マリイナの祝日

ヴァスーラ、ツァンビカの小さな家で子どもたちに会うたびに、この汚れなき御心は歓ぶのです。あなたの聖なる母は皆を愛しています、おいでなさい、「私たち」?

はい、聖マリア、「私たち」。(ロードス島の人たちはイエスに口づけしていただく十字架とおメダイを私に託していました)

主よ?

私です。

これらの物に口づけしていただけますか? 祝福を与えて?

私の口もとまで持ち上げなさい、みな祝福する。

(私はどれもイエスの御口もとまで持ち上げました)

私の神聖さであなたを変容させる 愛は愛として戻ってくる

1988年7月11日 ノート26

ロードス島

(一人になって書くのが困難なのです、周りに人が多すぎて)

ああ、娘よ、私、主が愛している。来て、何でも持っているものを献げなさい、罪深さをも、良いものに変える。主である私は聖であるから、献げられたものは何だろうと、私の神聖さをもって変容し得る。私はどの行為もすべてを清める、私の清さをもって、すべてが変容し得る。ヴァスーラ、もっとしばしば一人になりなさい、たとえ短い時間であっても、私のもとを訪ねなさい。

(イエスにローマ・カトリックと正教会が一致し始める第一歩は何かとお尋ねしていました)

私の平和を与える。

私の意志をお献げします。

じっとして、耳を澄ましなさい。あなたの意志を献げなさい、私の聖心が歓びで高鳴るように、あなたの神を歓喜させ、私の歓びを呼び覚ましなさい。この熱烈な心を悦ばせ、私に意志を献げなさい、あなたを形造った父に。さあ、質問に答えよう、あなたの兄弟たち1はあなたたちの一致を望んでいるのが私、主であることを理解し、信じなければならない。私の望みを書き記すのに、石版としてあなたを用いているのを、兄弟たちは信じる必要がある、自らが新たに打ち立てた高座から皆進んで降りなければならない。

古来の教会は清らかで、謙遜と愛に満ちていた。私の教会は今日、立ち並ぶ権威の玉座と見えるほど変身してしまった。その高い座から降り、与えた新しい掟に従わなければならない。私は私の子たちを愛しているが、この子たちはあのカインたちに追い払われた、彼らは私の家を荒れ果てるにまかせ、もう茨しか育たない。ヴァスーラ、時は近い、私は間もなく再臨する、愛は愛として戻ってくる。愛があなたを愛している。

なぜ選ばれ、メッセージを書き記しているかを探し求めないように。この平和と愛のメッセージを伝えるのに、無に等しい者を選んだがゆえ、私の受ける栄光はいっそう大きいとだけ理解しなさい。あなたが最も小さい者であれば、私はいっそう大きくなる。身を低くすればするほど、あなたのほうに屈み、手を伸ばしたくなる。完全に無となり、私の霊が息づくようにさせ、見えるのは私だけとなるように、自らを全く打ち消しなさい。しばしばあなた自身を明け渡し、意志を献げて私を喜ばせなさい、魂よ、あなたは愛に明け渡しているのです。「私たち」?

はい、永遠に。