教会は刷新されなければならない

1988年8月6日 (ノート26)

ローマ

教皇さまとの謁見の切符をもっと多く取りに行くためにローマの中を歩いている最中、どういうわけか間違った通りに出てしまいました。ジェームズ神父が気づいて直ぐに立ち止まり、戻って行くつもりでしたが、そこには壁に窓ガラスがあり、中に蝋燭の明りが点っているのが目にとまりました。外からは教会のように見えませんでしたので、考えずにそれはなにかの墳墓かしらと思いました。ジェームズ神父が入り口を見つけて、入って行くと、聖なる御母の腕に抱かれたイエスの美しい彫刻があり、それは十字架で亡くなられた直ぐあとの情景でした。――

イエス様? この教会に導かれたのでしょうか?

私です。母があなたを導いて来られた、ご自分の悲しみの瞬間を訪れるよう、あなたたちに状況を整えて、あなたの聖なる母はご自分が悲しみの聖母であるのを思い出すように望まれた。 
ヴァスーラ*、決して勇気を失わないように、そばにいます、イエスの傷の中に入っていらっしゃい、私の悲しみの心に入って来て、この悲しみをお感じなさい、止めどなく流れる涙をお感じなさい。私は多くの人びと**を訪れ、心を現しています、しるしを与え、私の像に涙を流させ、さまざまな場所で出現します、けれど私の子どもたちの心は厚いかさぶた、不信仰というかさぶたに覆われています、信じる人びとを馬鹿にして、神のみことばはこの人びとにとって無意味なのです、神の呼びかけは無視され、私たちの警告はほとんど注意が払われていません、神が与え、その唇で語られる啓示に誰も耳を傾けたがらないのです、あなたの時代の信仰は消えてしまいました、不寛容、排教、残忍と恥辱に足をすくわれて、この汚れなき御心はどのように悲しんでいるでしょう、私の腕はもはやあなたたちの上に神のみ手が振り下ろされるのを防げません。教会は刷新されなければならず、清めの時期がもうほとんど終わりかけています。聖霊があなたたち皆の上に下り、希望信仰を与え、あなたたちの信仰を回復し、魂を養ってくださいますでしょう、これは大いなる立ち帰りとして、永遠の源が芽吹き、花開いたとして、知られるようになります。教会の清めにより、皆が新しい天と新しい地を迎える準備が整います、教会はあなたたちの神に顔を向ける準備をさせるでしょう、あなたたち皆に抱くこの深い愛を理解してください。「私たち」?

* 聖マリアが話されます。   ** 出現を通して。

はい、「私たち」。

おいでなさい、

この教会はサン・シルヴェストロと呼ばれています。聖母は今日の教会の状態を示すためにそこへ私たちを連れていかれました、傷つき死んだように見えても、教会は、イエスが甦られたように、再び生き返るでしょう。