トリノ──ロザリオの聖母
1989年10月7日 in ノート37
(イタリア、トリノにて──ロザリオの聖母の記念日)
平和があなたと共にあるように。私のあとについてこう言いなさい
「イエスよ、あなたを愛します。イエスよ、私の罪をおゆるしください。イエスよ、疑いを取り除いてください。イエスよ、悪い者が私に近づくのを許さないでください」
(私たちの聖母です。)
花よ、イエスを愛することによって、イエスの傷が和らげられます。愛があなたを愛しています
1989年10月7日 in ノート37
(イタリア、トリノにて──ロザリオの聖母の記念日)
平和があなたと共にあるように。私のあとについてこう言いなさい
「イエスよ、あなたを愛します。イエスよ、私の罪をおゆるしください。イエスよ、疑いを取り除いてください。イエスよ、悪い者が私に近づくのを許さないでください」
(私たちの聖母です。)
花よ、イエスを愛することによって、イエスの傷が和らげられます。愛があなたを愛しています
1989年10月5日 in ノート37
1989年10月5日
私のイエスさま?
私である。平和を、私の子よ。共に働こう。私の言葉を受けなさい1、そして書くように
(ヨハネ福音書10章14─16節を開きました。)
書きなさい。「わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている。それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである。わたしは羊のために命を捨てる。わたしには、この囲いに入っていない他の羊もいる。その羊をも導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる。」その時、大地は輝き出す。私は正義と平和を行き渡らせ、大地は以前のように再び草の芽を萌えいでさせる
(私は起き上がり、イエスの右の頬に接吻しました。目の前にあった「聖心のイエスの御像」にです。私はそばに座っておられたイエスを心を込めて見つめました。すると接吻をした後、イエスは御手を上げて、ちょうど私が接吻した頬のところに触れられたのです。まるで喜びにあふれた子どものような表情でした。──イエスはこの出来事を書くように言われました。)
私の愛する者よ、それは私がすべてを感じているということを示すためである。さあ、私の子よ、一緒にいよう。決して離れずにいよう
1989年10月2日 in ノート37
イエスさま?
私である。さあ、私の子よ、私の手を取りなさい。共に働こう。私は知恵であり、あなたの教師。だから私だけに頼りなさい。主である私よりも良い知識を与えることができる者はいないことを知るように
被造物よ! 魂よ! 私を読み、私の声を聞く者たちよ、私を賛美し、私の栄光をたたえなさい。朝から晩まで私を賛美し、絶え間なく賛美し、あがめなさい。私をまったく賛美せず、栄光をたたえない者たちのために償いなさい。私をほめたたえ、礼拝し、私を熱望しなさい。三人の若者の賛歌について聞いたことがないのか2? ならば、それを学び、国々の民の間に宣べ伝えなさい。真理の霊はあなたたち皆と共にある、私の子どもたちよ。私こそ、あなたたちが会いに訪れ、祈っている神であることを思い出させよう。私は生きている神なのだから、もし口先だけの祈りで私のもとに来るなら、それを感じ取る。私を熱望してほしい……私を熱望しなさい、私を熱望しなさい。私に渇き、私を熱心に追い求めなさい。私以外の何ものも望まず、私だけを熱望しなさい。絶えず私とつながっていたいと熱望しなさい。私を喜ばせたいと熱望しなさい。私を感じ、私の声が聞きたいと熱望しなさい。私の現存を熱望しなさい。この世の何ものにも惑わされないように。世があなたたちを憎むなら、あなたたちを憎む前に私を憎んでいたことを覚えなさい
何よりも私を第一に置きなさい。私を軽んじることによって、私の聖心を傷つけないように。私のそばにいるなら、私の愛と私の平和を感じるであろう。そして私にもっと近づくなら、私と私の天使たちとの間にある天のこの調和があなたたちのものともなる。永遠の愛で、地上では決して理解することのできない愛であなたたち皆を愛している。来なさい、望むなら、『神のうちの真のいのち』とは何を意味するのかを明らかにしよう。はっきり言っておく。愛にとどまる人は、あなたの神である私のうちにとどまり、私もその人のうちにとどまる
眠りから目覚め、無気力から目を覚ましなさい。そして、こう言って自分自身を欺いてはならない。「しかし私は主を愛しており、主はそれを知っておられる。いつもそう思っているのだから、私の良心は清い」と。今日私はあなたたちに、私のもとに立ち帰りなさいと言っている。「でも、どうやって立ち帰るのですか?」と尋ねるなら、回心によってと答えよう。「いいえ、私たちはもう回心しています。これ以上どう回心すればよいのですか?」と言うなら、こう言おう。私を熱望することによって、私を渇望することによってと。聖なる者である私を追い求めなさい。来て、私を礼拝しなさい。聖なる者である私が、あなたたちの分け前となるように。あなたたちの目が、私の現存の中で、愛の涙であふれるように
目を覚ましていなさい。目を覚ましていなさい、自分の罪の原因が何であるかを知らず、自分の罪を感じないまま、何が善で何が悪かを感じる感覚を失っていることが、さらにどれほど危険であるかをあなたたちが知ってさえいれば! 悪魔の策略に抵抗しなさい。祈りのうちに目覚め、絶え間なく私に祈りなさい。絶えず祈りなさい、あなたが絶えず私を熱望していると私に感じさせてほしい。私の愛する者たちよ、絶え間ない祈り、心からの祈りこそ、神が切に求めているものだ。私の愛のうちに成長したいと望むなら、無気力と口先だけの祈りを捨てなさい。絶え間ない祈りのうちにいるとは、あなたたちの主である私を熱望すること。私のメッセージを理解するように努めなさい。喜びをもって私を熱望し、口先だけでなく心から私を熱望しなさい。「アッバ!」と叫ぶ声を聞かせてほしい。そこでもう一度、子どものように私のもとに来なさい。私のもとに立ち帰り、心から私に願い、心から私を追い求めなさい。私のもとに来て、心を献げなさい。信心はあなたたちの魂を美しく飾る。真理から迷い出てはならない、真理とは愛なのだから。それゆえ愛に満ちて私のもとに来て、私の心から汲み上げなさい。真理のうちにとどまりなさい、私を絶えず熱望することによって、真理のうちに住みなさい。これらのことをすべて行いなさい、あなたたちが生きるようになるために
この終わりの時に、私は私の恩寵の霊を全人類の上に注いでいる。最も小さな者にさえ注いでいることに気づかないか? 私を愛することを教えるために、あなたたちの世代の上に私の恩寵の霊を注いでいる。私は私の言葉を思い出させる者として来ている。私の光によってこの暗闇を照らすために来ている。あなたたちに警告するため、深い眠りから目を覚まさせるために来ている。怒りを抱いて来ているのではない、愛と平和、あわれみを抱いて来た。あなたたちの国々を覆っていた死の布を取り除くために来た。私は聖なる者であり、あなたたちも聖なる生き方をすべきであることを思い出させるために来た。どう祈ればよいかを思い出させ、教えるために来た。あなたたちの魂を私のもとに引き上げ、私の国を分かち合うためにすべてを与えた
私は物乞いのようにやって来て、あなたたちに嘆願している。私は知恵として来て、聖性についての知識をもう一度初めから教えている。この上ないほど熱烈に、私の心を差し出している。この上ないほど謙遜に、私自身を日ごとのパンとして毎日差し出している。あなたたちの心を満たす食物を与え、心ゆくまで食べさせよう。だから私のもとに来なさい、私のもとに立ち帰り、あなたたちの神である私を賛美しなさい
あなたたちの額に私の愛の吐息を残して、皆を祝福する。愛があなたたち皆を愛している。一つになりなさい
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1989年9月30日 in ノート37
あなたの愛のうちに、永遠に喜び歌います、
私のイエスよ、毎日、毎時間を。
あなたの愛と忠実さを
絶えることなく宣べ伝えます。
なぜなら愛が、永遠に続くために打ち立てられ、
そして天に、地の上に、
しっかりと根づいているからです。
だれもこの愛を否定することが
できなくなる時が来るでしょう!
私の子よ、私に寄りかかりなさい、そしてあなたの私への愛を十分に味わわせてほしい。ああ、娘よ、あなたに求めているものは愛だけだ。私の愛を認め、あなたの祈りを香のように立ち上らせなさい。あなたの心を香炉へと変容させて、私を喜ばせ、私の義をなだめて、私が最も親しい友人たちから受けた傷をいやしてほしい。あなたたち皆に抱いているこの愛を感じなさい。幼子の―ような―信仰で信じなさい。合理的に解釈しようとしてはならない。そうすることによって、あなたたちの目にかぶせられていた幼少期―の―覆いを剝ぎ取ってしまうだけなのだから
私の神秘は、神秘として尊ばれなければならない。そして、このようなやり方であなたに示している私の現存も、一つの神秘である。あなたが心のうちに持っている愛の滴のすべてを、私に与えてくれることを強く望んでいる。そうしてくれるなら、私はあなたの心を私の心で満たし続けよう。今しばらくの間、私の十字架を担い、私を休ませてほしい
私の子どもたちに知ってもらいたい。あなたたちの感覚や体を苦行によって克服するなら、そのすべては私の天の業に用いられる。あなたたちの犠牲は、魂を煉獄から救い出すために用いられる。私は地上の心を温め、回心へと導く。あなたたちの魂を清める。あなたたちが差し出すすべては償いのために用いられる。それは、私の義が燃え上がってあなたたちを打つことがないようになだめる。それは私を和らげる、それは私を和らげる……私のいつくしみは大きい
(悪魔が激怒し、攻撃してくるのを感じました。)
恐れるな。主である私が共にいる。一秒たりともあなたを独りにしておくことはない。悪魔が激怒するのは当然だ。私が特別な仕方で愛している者たちを、悪魔がどれほど憎んでいるかをあなたが知っていたなら。それゆえ私の子よ、悪魔がなぜあなたを攻撃するのかを理解しなさい。だが私は、私のマントの下であなたを守っている。あなたに触れさせることは決してない。そこで悪魔は悪意に満ち、自分の言うことを聞く魂の中に入り込み、この犠牲者たちをあなたの進む道に立ちはだからせ、あなたを完全に黙らせるために追い回し、迫害させる3。サタンは、これらの人々を自分の武器として用いることによって、あなたを黙らせようと意を決している。なぜならあなたは、私の全権によって与えられた真理を、あらゆる家々の屋根の上で大声で叫ぶラッパのようだからだ
私の子よ、大声で叫び続けなさい、声高らかに叫び続けなさい。私のこだまとなりなさい、あなたの声は私の声であり、あなたは私の口から出た者なのだから。それゆえ叫び続けなさい、真理を国々の民に向かって叫びなさい! 恐れる必要はない、私を迫害する者たちは皆吹き飛ばされてしまう。彼らは実際には私の迫害者であって、あなたの迫害者ではないのだから。偽りが真理を迫害している。闇が光を迫害している。だが最後には、主である私が勝利する
私のそばにとどまっていなさい、小さな者よ、私に専心していなさい。いつもあなたのうちに息吹を吹き込ませてほしい。私の頭を休ませる支えとなるように。私の平和を受けなさい。信仰を大きくしなさい、それは私を喜ばせる。さあ、私たちで共に?
はい、イエスさま。私たちで共に。
1989年9月29日 in ノート37
アレルヤ! お呼びするたびに
主は低くかがまれて、耳を傾けてくださいます。
私の主よ、私の目はあなたに注がれています。
絶え間なくあなたを黙想します。
あなたは私の食べ物、私のパン、私のぶどう酒、
この敵意に満ちた世にあって
それ以上は何も要りません。
私の魂はあなたに渇き、
私の唇はあなたを求めて乾いています。
あなたは私を探し求めてくださった神
そしてみじめな私を見つけてくださいました。
あなたの聖心の中に住まわせてください。
私があなたを拒絶することは決してない。私を受けに来るたびに、私の聖心はいつも喜びに弾む。小さな白いホスチアのうちに、それほどにまでに私自身を小さくした。私を食べるということは、私を受け入れるということであり、こうして私を受け入れるということは、あなたが真理を認めるということになる。私とあなたはこのようにして一つとなり、あなたは私と交わる。あなたの神である私と共にいることよりも喜ばしいことがあるだろうか? これ以上清く、聖なる出会いがあるだろうか? あなたの神である私が、私の被造物であるあなたと出会う。あなたの贖い主である私と、私に贖われた者であるあなたとの出会い。私、イエスは、あなたを愚かなまでに愛している。なぜ、私の愛を疑い、この清く、聖なる愛を冒涜する者がいるのだろうか? どうして、これほど多くの者がホスチアにおける私の聖なる現存を疑うのだろうか?
私の聖体は、地面に落とされたり、聖なるものではないかのように扱われたりしてはならない。私の差し出しているものが何であり、あなたたちが自分のうちに迎え入れているのは誰であるかを、十分理解さえしていたなら、絶え間なく私をほめたたえていたであろう。見なさい! 私の天使たちでさえ、あなたたちを天からじっと見つめながら、自分たちにではなく、あなたたちに許されたこの食事を熱望している。それなのに、あなたたちの多くは聖体の満ちあふれる豊かさに気づいていないようだ……
私は、一つひとつの聖櫃であなたたちの訪れを待ち焦がれる愛のとりこである。この荒れ野でいまださまよっているすべての者よ、近づきなさい。清く汚れのない心で私のもとに来なさい。あなたたちのうちで私を喜ばせてほしい。だから罪を認め、悔い改めて、私をもっと喜ばせなさい。「なぜ告白を? 聴罪師に話すことなど何もない」とは言わないように。罪の感覚を失った者たちの一人になってはならない。あなたたちの中には、完全からはほど遠いのに、まるで汚れなく、完全な者にでもなったかのように振る舞う者たちがいる。謙遜になりなさい、謙遜になりなさい。誠実な心で祈り、自分の罪が見つけられるよう私に助けを求めるなら、容易に見つけられるであろう
私の掟に従い、私の教えを守り、私の聖なる秘跡を尊ぶ人々は幸いである。全き信仰をもって私のもとに来て、私を食べ、私を飲む人々は皆幸いである。私は聖なる者、それゆえ聖性をもって私に接しなさい。そうすれば実に聖なるその瞬間に、あなたたちの魂を生き生きとさせる恵みを注ぐ。私の富を隠したりはしない。あなたたちの最も小さな者にさえ、惜しみなく与える
来なさい、あなたたちと共にいたいと切に望んでいる。だから急いだり、焦って祈らないように。信心を侮ってはならない。私の戒めを心に留め、熟考しなさい。言っておくが、たとえ私が見えなくても、私の手はあなたたち一人ひとりの上に置かれ、祝福を与えている。あなたたち皆に私の息吹を残して
一つになりなさい
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(しばらくして)
卑しめられたのは私のために良いことでした、
私はあなたの掟を学ぶようになりました4。
私を卑しめられたのは、
愛のゆえだと知っています。あなたは愛を
惜しみなく注いでくださいます、なぜなら私を
あなたの子としてくださったからです。
あなたは愛する者を鍛えられます。
主よ、あなたは焼き尽くす火であられます!
私のヴァスーラ、私はあなたを毎日私に近づけている。来る日も来る日も私の愛を証しし、この方法によってあなたに私自身をはっきりと現しているのは私である。だが、あなたの時代は絶え間なくあなたを悩ませる。あなたたちの時代の病は合理主義と呼ばれる。合理主義は致命的な病である。合理主義は暗闇の支配者から降り、暗闇に住む者たちは皆、他のどの病にもましてこの病を患っている。だが、私に由来するものはすべて光に由来する。この闇の世を照らそうと私が選んだ者たちの間に降る時、この者たちを通して、悪を行うすべての者たちを私の光が妨げる。私の光があまりに妨げるため、彼らは殺すことすらいとわなくなる。なぜなら自分たちの悪が露呈し、彼らの裸の姿がだれの目にもあらわにされるからだ。彼らの反応は、私から逃げて身を隠そうとしたアダムとエバのそれとさほど変わらない
そうだ、私の光の子よ、あなたは私のもの。だからこそ暗闇はあなたに敵対し、迫害する。暗闇の子らは常に私の子らを迫害するであろう。私の光は彼らを妨げる。あなたたちの国々に降る「光の時」は、その民を恐怖に陥れる。なぜなら、彼らは生涯を通して悪だくみを巡らし、合理主義を育ててきたからだ。この「光の時」は、墓場で憩うこれらの暗闇の魂たちにとっては絶え間ない拷問となる。だが、私は彼らの上に私の光を輝かせよう。私の光はこの暗闇を刺し貫き、私の暖かな光線によって、荒らし尽くされていたものすべてを生き返らせる。暗闇はもはや、国々の上に影を落とすことはない。私の光がこれらの民の柔らかいつぼみを成長させ、私の光線がその花を開かせる。そして地上の木々は再び青々と色づくであろう
祈りを絶やさないように、私の子よ。愛があなたを永遠に愛している