証し人のための27の質問と答え

第1問:聖霊がその光をもって、私たちの霊魂のうちに入っていただくために、私たちがするべき最初の第一歩とは何でしょうか?

答え:霊魂の清めが不可欠です。ですから、私たちがとる最初の第一歩は悔い改め です。真の悔い改めというのは、霊魂のうちを炎で焼き尽くすようなもの。悔い改めによって、神に立ち向かう不完全なものすべて、不浄さのすべては打ち砕かれて、聖霊があなたの上に降り、その神的な御働きを完成することができるのです。この完全な一致への準備のために、神は私たちを清める必要があります。この悔い改めの期間、あなたは神の御前に自分がどんなに悲惨な者であるかを見て悔恨の涙を流し、こうして神の従順な道具となり始めます。心すべてからの悔い改めは、霊魂の目が自分の無価値さを悟るように導き、こうしてあなたは自分自身を卑しめ、謙遜な者とします。罪の深みにある狡猾な霊魂は、聖霊が遠ざかるため、自分の上に降って入ってきてくださるように願うことはできません。「謙遜になればなるほど、私が霊はあなたのうちに道を見いだす。」(1996月9月23日) 結論として:霊魂を暗闇から光へと導くための扉は、悔い改めです。

第2問:今日、多くの霊魂たちは砂漠のように渇ききって不毛ですが、神が誉れを受けるため、私たちの霊魂はどのように変容させられるのでしょうか?

答え:私たちが自己に死に、聖霊が必要な空間を私たちのうちに見いだした時に初めて、私たちは聖霊によって変容させられます。私たちが自分の自我と情熱に死に、完全に離脱した時、聖霊はあなたの心に侵入して所有し、変容させてくださいます。こうして、私たちの心はキリストの心となるのです。「私の聖霊はあなたの霊魂を砂漠から庭園へと変容させることができ、そこで私は休息することができる。私の聖霊はあなたの霊魂を宮殿へと変容させることができ、私はそこで王となりあなたを統治することができる。私の聖霊はあなたの霊魂を楽園へと変容させることができ、この楽園のうちに私は栄光を受ける。」

第3問:御父がはじめにお教えになった、どのようにして私たちは御父に近づくことができるか、という二つの段階とは何でしょう。これによって神はその玉座から、冠を放り投げて立ち上がり、私たちのところに走り寄って来てくださるのです。

答え:御父が私たちに求めておられる最初の二つの段階は、神と親密になること、そして「主への畏(おそ)れ」を実践することです。主への畏れとは、知恵の始まり、知恵の王冠です。主への畏れとはあらゆる悪を退けるということです。 「そこで我が聡明の霊にあなたの思いと体をその神的な光で照らしていただき、永遠に長らえる遺産を受け継ぎに来なさい。そうするなら聖霊は、私たちのうちに私たちが望むほどの親密さを霊魂が帯びて、活気づくようにしてくださる。」(1995月6月19日)「来て、私に近づき、私を知るようになりなさい。そうすればあなたは私を愛することを学ぶ。このようにしてあなたは 私と親密にならなければならない。しかし忘れないように 私は聖であることを。」 

第4問:イエスは御父のことをどんな方だと説明されていますか? 必要な言葉は少しだけです。

答え:イエスは御父のことをこのように説明されます:「父は、王でありながら母の愛を持つ御方。審判者でありながら、いたわり深く愛あふれる御方。アルファでありオメガでありながら、柔和な御方。」(1994月8月10日)

第5問:神は御父から来るものとしての私たちを、どのように説明されていますか?

答え:私たちは「神の種子」と説明されています。しかしそれだけではなく、私たちは王家の出身であり、主権者の跡継ぎであるということも思い出させてくださいます。「息子たち! 娘たちよ! あなた方は至高なる者の跡継ぎ! 壮麗(そうれい)な主権者の子孫、おお 来なさい! あなた方は私たちに属している! 天に属している……あなた方は王家の出、……あなた方は私たちの肖(かた)どりとして祝福されている! あなた方は皆 力ある神の家で王宮を歩くように召されている、そこで 私の輝きをもって 皆をまとわせるのを許しなさい 心を開くなら救いだそう!」(1994月7月22日)
他の一節では、神は私たちは彼の骨の骨であり、肉の肉である、ということを思い起こさせてくださいます。

第6問:御父が何にもまして私たちに求めておられることは何ですか?

答え:御父は私たちの意思と心を求めておられ、神に対し自己を放棄することを求めておられます。こうして、神の御意思が私たちのうちに行われます。
「ひとたびあなたの承諾を得たなら、私の意思があなたのうちに行われるであろう。」「私は聖霊をともなってあなた方を訪れ、その自由を力づくで犯したりはしない、そしてあなた方を裁こうともしていない。 私は慈悲(いつくしみ)ゆえ 無償で 我が意思を十分知るようにと 訪れた。」(1991月6月2日)

第7問:御父の御意思とは何ですか?

答え:聖母はおっしゃいました:「神の真の使徒とは み旨を行う人であることを 皆に思い出させに来ました:愛するとは 神のみ旨を行うことです。」(二つの美しい一節があり、どちらからとることもできます。「愛がすべてに勝る。 愛するとは私の意思を行うこと。 それは 天の我が王国に入る鍵。 私のうちに生きていると言いながら愛がないなら、私のうちに生きているとはいえない:私のうちの真のいのちとは、キリストが生きたと同じような生き方をすることです。」(1998月2月25日)「それは:私に向かって『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るのではなく、天におられる私の父のみ旨を行うものだけが入る(マタイ7:21)からです、ですから愛を込めて話しかけなさい、そうしたら聞いていよう、愛を込めて与えなさい、そうするならあなたを認知しよう、愛を込めて祈りなさい、天の扉が開いてあなたを受け入れよう、愛をもって行いなさい、あなたに向ってこう言えるように:「あなたは私のもの、私の種子、父のもとに来なさい!」(1990月5月12日)「そうです、愛。 愛がすべてに勝る。 愛するとは私の意思を行うこと。 それは 天の我が王国に入る鍵。」(1996月2月25日)

第8問:「神とともに歩む」とは何を意味していますか?

答え:「神とともに歩む」ということは、あなたが神とまったく一致し、その神聖な御意向のもとにあることを言います。「私を喜ばせようとだけ願って 私のほうを向く誰であろうと、心から、そう、心から、私の好意を与える。善なる私の肖どりを現そう、彼らはこうして 私とともに旅路を終える。」(1996月7月15日)

第9問:人間が神に対してできる最も大きな奉仕は何ですか?

答え:人間が神にできる最も大きな奉仕は、一人の霊魂を神のもとに連れ戻すことです。霊魂のひとつひとつの価値を悟ったなら、あなたは炎の中さえくぐり抜け、神のために霊魂を勝ち取るでしょう。霊魂を勝ち取ることは、あなたができるどんな奉仕にも勝ります。神にとって霊魂は何にも代え難いものだからです。それゆえ、神は福音を宣べ伝えるよう求められます:「行って、伝道しなさい。愛のために愛をもって。」(1991月10月14日)

第10問:「絶え間ない祈り」とは何ですか?

答え:あなたの霊魂が神のうちに完全に吸収され、神の現存に敏感になっているとき、それが絶え間ない祈りです。この時あなたは神に対して、言葉で自分を表現する必要はもはやありません。それはあなたの存在自体が、神への愛によって点火された一つの生ける炎となるからです。それが観想的な祈りです。あなたの霊魂は神に覆われ、とこしえに神のうちに住まうのです。あなたの霊は一日中、神に飢え渇くことでしょう。「そして私としては、彼らの愛をかきたて 私を恋い慕わせる。彼らに渇きをおこし 我が心だけを探し求めさせよう」(1997月5月6日)

第11問:「神のうちの真のいのち」とはどういう意味ですか?

答え:「神のうちの真のいのち」とは神の愛のうちに、また神のうちに住まうことです。神はすべての人を神の方へと、ご自身へ、神のうちへと導かれます。霊魂は神からいのちを頂いているので、神なしでは生きていくことはできません。「来なさい もし望むなら「神のうちの真のいのち」が何を意味するかを、示そう。 はっきりと言っておくが 愛のうちに生きる人はあなたの神、私のうちに生きており 私もその人のうちに生きる。」( 1989月10月2日)

第12問:心からの祈りとは何か、説明できますか?

答え:心からの祈りとは、私たちの心から来る、神との単純な会話です。心からの祈りには真実の響きがあり、神はそれに耳を傾けてくださいます。「絶え間ない祈りのうちに かかえている問題の答えが見いだされるでしょう。 それをあなたの武器とするように、心から祈り、こうして神と対話なさい。サタンは、愛をこめて神の名を呼び求めるたびに 退散します。」(1991月8月2日)

第13問:イエスは私たちに「同じだけの愛」を求めておられますが、この「同じだけの愛」とは何か説明できますか?

答え:神はおっしゃいます:「あなたの主なる神は あなたにも等しい熱い愛を求める」「私をさらに多く受け取りなさい。 私の願いとは 私自身をもっとあなたに与えること、あなたもまた いっそうあなた自身を私に与えられるように。 こうして私は すでに私のものである全てを手に入れることになる。」(1999月4月25日)「地上では誰も 我が愛の高みには達し得ない。 あなたはこう言うだろう、「偉大さも十全をも超越した神が ではどうして 私に達し得ないことを求めておられるのか?」と。 私は すでに私に属しているものを 要求しているにすぎない」(1999月6月21日)ですから、悔い改めによって、また自分からくる情熱や悪徳、罪と邪悪さを空にすることによって、聖霊に心を開くほど、愛である聖霊がご自身を私たちのうちに注がれるための空間を与えることになるのです。

第14問:「与ることによって神々となる者」とはどういう意味ですか?

答え:主に与ることによって神々となるいうことは、至高者の養子、養女になるとい
うことです。神とわたしたちとの神的な一致を通して、神はわたしたちを孝愛(子供から親への愛)へと導かれます。「私はあなたが聖なる人生を送り、養女として、御父のもう一人の子となるよう、神なる私たちと 親子の愛の縁を結ばせた者。」(1999月3月3日)「この高められた恵みの状態で、神のまことの息子や娘同様 三位一体なる神の申し分ない肖(かた)どりとなって、あなたの成すすべてにはほころびがない、それらは神に由来し 私どもの思いと意思にかなっているゆえ。」(1995月3月9日)

第15問:私たちは地上にまだいながら神聖なものとされたり、神性を授かることができますか?

答え:はい。私たちは地上にいる間にも、神のようなものとされたり、神性を授かることができます。これは私たちが神としての本質を獲得するという意味ではなく、神のイメージを与えられるということです。「この聖体拝領を通して 私を受けるすべての者を聖化し、私の肉からの肉、骨からの骨となるように 神性を授ける。 神なる私を、拝領するなら、あなたと私は一つの体となり、霊的に一致する。 私たちは血縁となろう、私に与らせ あなた方を神々にすることができるゆえ。 我が神性を通して 私は人間を神化する……聞いたであろう、「あなたがたは神々、みな、いと高き者の子」(詩編82月6)と。」もう一度言いましょう、それは神の似姿をとるという意味であって、私たちが神の本質を取るということではありません。

第16問:私たちが神聖なものとされ、神性を授けられるために、何をしなければならないのでしょうか?

答え:神に神性を授けていただくということは、清めと神への自己放棄を経たのち、神の神聖なイメージを封印したしるしを受けるということです。そして、恵みによって神の子となるということです。神は言われます:「あなたの霊は私どもの神性のうちにすっかり浸されよう。」(1999月3月9日)
「私どものうちに変容し 一つとなるように招かれている。」(1998月6月22日)こうして私たちの新たな自己は、古い自己に死んだ後、キリストをまとわせられます。「天使達は言います:「見よ! 彼は心にヤハウェの春を持っている!……主の主は今や彼を喜びとし ご自分の反射をうっとりと眺められるでしょう。」(1998月8月12日)別の一節で聖霊は語られます:「私は霊魂を生き生きとさせる本質 そしてあなたが聖なる人生を送り、養女として、御父のもう一人の子となるよう、神なる私どもと 親子の愛の縁を結ばせた者。」(1999月3月3日)

第17問:「神とともに統治する」という言葉は何を意味していますか。また、人が地上にいながら、神とともに統治することはできますか?

答え:神とともに統治するということは、神とともに支配し治めるということです。神が私たちを神の子供として造り上げられることを許さなければなりません。神は言われます:「どの子もそうだが、私たちの子も 自分の意見を分かち合い それを述べる権利がある。 御父と治める権利さえも。 あなたのうちなる我が息吹の静けさの中で、あなたは私どもの光を通して 私どものが見るようにものごとを見るだろう……あなたも同様に 至高者の息子 娘と呼ばせなさい、そして私たちと共に 治めよう。」(1999月3月9日)聖パウロは言っています。「しかし、主に結び付く者は主と一つの霊となるのです。」(1コリント6:17) 他の美しい一節で聖霊はこう仰っています:「私はあなたの霊魂にとって至高の師にして友であるゆえ あなたに自由な発言の機会を与え 自分の意見や考え 私が回復した自由意思を表現するのを赦した。」(1999月3月3日)

第18問:「第二の聖霊降臨」とは何か説明できますか?

答え:第二の聖霊降臨を説明するということは、黙示録第21章を説明するということと同じです。第二の聖霊降臨はすでに個別に起こっています。霊的に死んだ状態から恵みによってよみがえり、神のために聖霊によって点火され、神の家のために熱意ある者となります。このような者は誰でも、すでに第二の聖霊降臨を受けているのです。それは聖霊の御力によるひとつの復活であり、刷新であり、全面的な変容なのです。聖霊は炎のようなものです:「我が教会の内なるカは聖霊、あなた方を元気づけ、浄(きよ)め、その霊を火の柱に変える炎です。 熱した愛の溶鉱炉、光の生けるたいまつ、みことばを恐れなく宣言する」(1991月4月15日)
「第二の聖霊降臨は訪れ 私の我が王国(*教会)は回復する。」(1995月12月10日)

第19問:「新しい天」と「新しい地」の意味を説明できますか? また「新しいエルサレム」についても説明してください。

答え:「新しい天」と「新しい地」は比喩的な言い方で、ある人自身が、花婿のために着飾った美しい花嫁のように、天から出て神から来る新しい天、新しい地、新しいエルサレムとなることを言います。このテーマだけに絞って講話ができるほどの完全な説明があります。1995年4月3日に与えられたメッセージです。一部を引用しましょう:「新しい天は、至聖なる天の高みから、我が聖霊が皆の上に注がれたときに訪れる。 そう、あなたのうちに聖霊を送って 一つの天国を形造る、こうして私は この新しい天で誉れを受けよう。」「我が聖霊が土を耕し 地上でエデンの園をあなたのうちにつくるのを許しなさい、我が聖霊に新しい地をつくらせ その土壌を豊かにして、悪霊の所領だった、もとの地が消えゆくように。 そうするなら我が栄光がふたたびあなたのうちを照らし 聖霊の種子(たね)蒔いたすべての聖なる種子は芽吹いて我が聖なる火のうちに育っていこう。」(1995月4月3日)

第20問:イエスはその聖心の宝について言われます。では、神からいただくことのできる最も偉大な宝とはなんですか? メッセージの中で、彼はいくつか言われていますが、とくにある一つを強調されています。

答え:イエスの聖心の最も偉大な宝とは、神を知ることです。それには神との親密さという宝も直ちに伴います:それらはほとんど一つに結ばれています。神を知り理解するという宝は驚異の中の驚異です。私たちは、人生の霊的な旅路において最も重要なことは、神の御旨を行い、神とともに歩むことであることを知っています。しかしこれを行うには、神を知り理解できなければなりません。人は聖霊を通じてのみ神を知ることができます。この宝は聖なる観想を通じて、恵みによって獲得されるのです。引用しましょう:「私のために善を行い 愛のわざ、感謝と償いの行為をするのも それと同時に何らかの信心に励むのもよい、だが私を知る前に死ぬようなら 甚だしくがっかりしよう。 私を理解する前に 今死のうものなら私は深い悲嘆にくれる。 多くのあなた方は日々の努めに忙しい、それが愛をもってなされ 私の思いにそうものなら、私を喜ばせている、しかし恵みに心開かず 我が親密さのうちなる私を認めないとすれば この一切は不完全にとどまろう。 ではやって来て 親しい仲間なる私を受け入れなさい そうするなら私は、大いに喜び、私どもの心の神秘と 秘められた秘密に分け入らせる。あなたと私どもは、いつまでも永久(とわ)に分かちがたく 愛のうちに一致していよう。」(1997月11月2日)

第21問:聖霊について、また私たちと教会のうちなる聖霊の御働きについて説明されている箇所を、五行ほど選んでください。

答え:多くの文節があります。これを選びました:「聖霊は あなたの目の光、存在の動機、心臓の鼓動、口から発する声、笑いと 歓び、霊魂にとっては王的飾り、そしてあなたの霊の 見張り役となられよう。 そのお方は あなたの兄弟、姉妹 そして忠実な友となって下さる。 聖霊は あなたの祭り、宴(うたげ)、秘められた宝、真珠、あなたの賛美への賛美、あなたのアーメンへのアーメンとなられる。 約束の地 そしてあらゆる徳の基(もとい)となって その徳にはご自身の聖なる名を記そう。」(1996月1月9日)

第22問:十字架はあなたにとって何を意味しますか?イエスはそれを説明なさっています。

答え:このテーマもまた、これだけでひとつの講話ができるほど大きなものです。主は言われます:「私を抱(いだ)くとは 私の十字架を抱擁すること…ではここで 我が神聖なみことばを あなたのうちに吹き込もう: 私を抱擁するときは私の十字架を抱擁していると言ったが この抱擁のうちにあなたは私の光を浴びている。 私との神聖な愛の一致にいたる道、そしてふたたび言っておくが、唯一の道とは 愛をもって私の十字架を進んで抱擁するときであり 知っての通り苦しみをともない 同時に歓びもある そして霊魂が高く揚げられる場所:カルワリオへとみちびく」(1998月11月11)誰かがこう聞くかもしれません、どうやってこのすべてを担うのですか?と。それは私たちの霊魂が神的な愛の川となってあふれだし、神に仕え、多くの霊魂たちを神へと導きたいと飢え渇くときに、可能となります。

第23問:イエスは教会を一致するための二つの鍵について言われます。この二つの鍵とは何ですか?

答え:教会を一致するための二つの鍵とは謙遜と愛です。「謙遜と愛が 一致もたらす鍵。 流暢な話しぶりも長々とした説教も 一致へとはつながらない。……私の意思が見えて来るように 身を屈めなさい。 救いの声が栄光の高みから語っているのが聞き取れるよう 自分たちの声を低くしなさい。」(1995月6月15日) 答えとなる一節はこうです:「教会の掟を護り、それに従うだけでは十分ではない。私は一致の基礎となる謙遜と愛、そして心からの対話を必要としている。」(1992月3月27日)

第24問:イエスがメッセージで繰り返し言われる一致とは何ですか? 一致とはあなたにとって何でしょう?

答え:イエスが言われる一致とは、心の霊的な一致です。主は言われます:「本物のキリスト者とは うちなる自分がキリスト者であり、そして今もいつも心のうちに 本当の一致がある。」(1991月10月13日)聖母は言われます:「私の子どもたちが心と声を一つにして 我が息子の初代教会を心の中で再び築くようにと懇願します。初代教会と申しましたが、その教会は 愛、質素、謙遜と、信仰の上に築かれていたからです。……心の中の建物をつくり直すようにと言っているのです……」(1991月9月23日) 一致とはあなたにとって何でしょう、という二つめの質問には、ある子どもの言葉をもって私の答えとしましょう:「私にとって一致とは、私たちがお互いを区別せず、一緒に集まって心をひとつにして祈ることです。でも、私は教会の伝統と真理、つまりご聖体、聖母、その他の諸秘跡を護るためには勇士となり、怖れを知らず進むつもりです。私はこの真理を売ったり、偽のエキュメニズムを生きるつもりはありません。」

第25問:イエスが聖母のことをどのように描写しておられるか、五行程度で述べてください。

答え:この一節は「神のうちの真のいのち」の「インマヌエル」の讃歌から取られました。イエスは聖母について言われます:「それは天の元后、私の母、そしてあなたの母でもある、女性のうちで最も愛らしく、天のように美しいお方、我が栄光のように輝かしく、独自の完全さを帯び、私の霊魂の悦び、我が栄光の器、永遠の光を反射し、その頭には十二の星を冠とする婦人。……」(1993月11月11日)

第26問 最も偉大な徳とは何ですか?

答え:愛が最も偉大な徳です。愛から他のすべての徳が芽生えるのです。それは徳の木の根です。御父は言われます:「教えて欲しい、実が全くならない果実の木は 何の役に立とう? あるいは、弦のない琴は 何の役にたとうか? 言い換えると、あなたの賛美は愛がないなら 私にとって何の役に立とう。 そこであなたは愛を目指すべきで、終わりには流暢(りゅうちょう)な話しぶりも あなたの知識や、どんな犠牲も、我が寛大さゆえに与えた賜によっても、裁かれるのではなく、愛の量りによって裁かれる。」(1998月2月25日)

第27問:最後ですが特別な質問です。神が私たちすべてに、最初に求められることは何でしょうか?

答え:神が霊魂に最初に求められることは、神と和解し、聖なる生き方をすることです。神と和解するとは、罪と背信を通した神への疎遠と反逆に終止符を打ち、その好意にあずかり、神との親密さに立ち戻ることです。このようにしてあなたは神のために自己を放棄し、あなたの愛の証としてあなた自身の心を差し出します。一旦神があなたの心を得ると、神的な愛との一致による変容がそのあとに続きます。「従順は私を惹きつける。一見厳しくとも、それは 私があなたの心に入って私の意思を行える 突破口。」(1995月6月19日)
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