復活祭の日付の一致


カトリック教会のカテキズム1170

「ニケア公会議(325年)では、全教会が、キリスト教の過越祭が春分後の満月(ニサンの月の14日)の後の日曜日に祝われることで合意しました。ニサンの月の14日の計算方法の違いのために、西方教会と東方教会とでは復活祭の日は必ずしも同じになるわけではありません。そのため、両教会は現在、主の復活の祝日を再び同日に祝うための合意を目指して努力しています」

「兄弟たちよ、私のからだの一致を保つために、力を尽くしているだろうか?」(1990年3月10日)

「復活祭ごとに私は、あなた方による分裂の杯を押しつけられ、その杯を飲まされている。……彼らが復活祭の日取りを一致させるまでに時間がたてばそれだけ、この時代は厳しい裁きを受ける」(1994年5月31日)

「あなたに平和。御父が私を遣わされたように、あなたを送る。さあ、行って兄弟と会い、復活祭の日取りを一致させなさい、そうするなら愛という賜を与え、視力を回復させる。自らの愚かさで滅びるのを私は望まない。確かに、私は二倍の悲嘆にくれている。二倍のうめき声を発している。さあ、行って私の苦痛を和らげてほしい、兄弟よ、復活祭の日取りを一致させ、私の誉れとなりなさい」(1994年12月7日)

「兄弟よ、くる年もくる年も耐えている痛みを、またこの季節も忍ばなければならないのか? それともこのたびは休ませてくれるだろうか? あなた方の分裂の杯を、もうひと季節飲まなければならないか? それとも私のからだを休息させ、復活祭の祝日を、私のために、統一してくれるだろうか? あなた方が復活祭の日取りを統一することによって、私の痛みは和らぐ、兄弟よ、そしてあなた方は私のうちに歓喜し、私はあなた方のうちに歓ぷ。そして多くの視力が取り戻されるであろう」(1991年10月24日)

「私の家の者たちが誠実さに欠け、復活祭の日取りを一致させようと、私の霊のうちに働かないのを見ていて、私の心は憂いが絶えない。……復活祭の日取りを一致させるようにと懇願してきたが、あなたたちには私の霊の言葉が聞こえていない。御父の忍耐を、あなたたちは挑発している。このたびも復活祭の日取りを一致させるようにと頼んだ、そうするなら私の霊はあなたたちの上に恵みをもって輝き、私の家に一致をもたらそう。私は今日話しかけているが、このメッセージにある私の言葉を、あなたたちは評価しない。いつの日かはそうするが、もう遅すぎよう…… ああ! 一致のために働く一人だけでも、たった一人だけでも、自分の情念や恐れに負けず、復活祭の日取りを進んで一致させてくれるなら、神なる私はその人をほめたたえよう。──しかし東の家で見られるのは、苛立ち、頑なさや恐れ、兄弟でいながら敵対する者たち。東の家よ、あなたは私が伝えた通りに、しかも私の初代教会が行ったように、伝統をよく守ってきた、だが、あなたを救い、救いが切実に必要な人びとを救えるほどには、私の聖霊が養うのを許していない……(1996年11月27日)