2019年ギリシャ巡礼・テオフィロ神父

イエスとマリアの勝利の御心のうちに、平和と喜びがありますように!

三位一体の神秘における司祭の一致について

イエスとマリアの一つに結ばれた心における、親愛なる兄弟姉妹の皆さん、

1987年4月4日、イエスは苦痛に苛まれてヴァスーラに語り掛け、こう言われました。

「私の体は疲れ果て、傷ついている、私の体には休息と安静が必要だ。

教会のことをおっしゃっているのですか、主よ?

そうだ、私の体は教会である。ヴァスーラ、私の教会を一つにまとめたい。私の司祭たちを一つにしたい、一つの軍隊のように、救いの軍隊のように。私の羊たちは散り散りにされてしまった、全ての司祭たちは一致しなければならない。

私の神よ、私個人はギリシャ正教徒として洗礼を受けました。あなたは誰のことをおっしゃっているのですか、主よ? カトリック信徒、あるいはプロテスタント信徒のことでしょうか? あるいは他の諸教派の信徒のことでしょうか? それとも他宗教の人々のことですか? あえてこうお尋ねするのは、それらが実際に存在するからです。

ああ、ヴァスーラ、ヴァスーラ、私は唯一である。私、神は、唯一。私の子どもたちは全て私の手によって造られた、その子どもたちがなぜ、皆散り散りになってしまったのか? 私は一致を切望している、私の子どもたちが一致することを望んでいる。私は唯一の神であり、彼らは聖なる三位が一体であることを理解しなくはならない! 聖霊、聖なる父、そして独り子イエス・キリスト、この三位が一体であることを。ヴァスーラ、私にしがみつきなさい、私から学ぶように。

私の神よ、光についてはどうでしょう?

私が光である、私は唯一

最近列福されたアルミダの福者マリア・コンセプシオン・カブレラは神秘家であり、主婦であり、未亡人であり、十字架の使徒会の設立者で、人生を司祭たちのために献げました。彼女の「私の司祭たちへ」という本の中にイエスとの対話があります。90年以上前に、次のように預言されました。

「もし司祭が、そのような三位一体の愛深い心にも劣らない高位の起源を持っているなら、彼は一致に対して避けることのできない義務を負う。一致はその司祭の上司たち、すなわち彼が頼みとする教皇と司教たちを通して表明された、私の意志である。

司祭は常に御父にならわなければならない。霊魂に対する御父の最も純粋な実り豊かさと慈愛を持つ父親となり、父親としてのあらゆる資質、天におられる御父の性質を持つことによって。このお方の心のうちに、この司祭を身ごもったのだ。

司祭は御子、私自身、人となったみ言葉にならわなければならない。自分自身を私へと変容させて。それは私にならう以上のものだ。地上におけるもう一人の私となり、人生の一つひとつの行いによって御父に栄光を帰し、天国のために御父に霊魂を差し出すのである。

そして司祭は聖霊にならわなければならない。愛となり、愛を交わらせ、愛を通してみ言葉を証しし、すべての霊魂を三位一体のうちに一致させることによって。三位一体はあらゆる面において、その無限の影響力の全てにおいて愛なのである。

一致とは連帯することである。判断において、意見と願望において、精神と心、すべてを三位一体のうちに一致させて。

これが今日、この私の心の秘密の告白において私が求めるものである。彼らを正すために」

「聖なる司祭たちによって、私の教会を磨き上げたい、御父の理想に従って、そして三位一体の最も聖なる完全な性質のうちに。もう一度繰り返す、私は私の教会の中に力強い反応がほしい、三位一体の栄光のために、そしてそれを待っている多くの霊魂たちの救いのために」

「私がちょうど説明したように、模倣されること、愛されることに渇いている。私の父、私の心の喜びを、私のうちに変えられた手本となる司祭たち、司教たちによって示したい」(CC49、362-382)

最後に、マヌエル・デ・ジーザスという、自分自身を司祭たちのために奉献した、若い神秘家から引用したいと思います。イエスの聖心からの愛と回心の呼び掛けの中で、2016年6月22日、イエスは言われます。

「司祭職とは、犠牲と奉仕の秘跡である。私の呼び掛けを聞き、『フィアット ──お言葉通りになりますように』と応えた人は、一人ひとりが私の聖霊を受け、聖霊と共に、私の名によって活動し、私の民に仕える権威を受ける(In Persona Christ、キリストの位格のうちに)。

私の司祭たちの聖別された手は、祭壇において私を現存させ、霊魂たちのために私を永遠の父に差し出すように奉献された。司祭は祭壇において、私が真に行い、自分を私の父に生け贄として差し出すために、存在することをやめる。

私が非常に愛するこの美しい秘跡は、奉仕と明け渡し、十字架と供え物、愛と償いの秘跡である。司祭と聖体は、それぞれの霊魂の神秘的な結合である、なぜなら、司祭なしには聖体は全くありえないからだ。そして聖体が無くては、私の教会は何の上に立つのであろうか? 息子よ、この秘跡は私の教会から生まれた、特に聖体のために。

全ての司祭たちのために祈りなさい、彼らがこの使命──私が彼らと分かち合っている秘跡──の真価を認め、尊重するように」

祈りましょう

情け深く憐れみ深い御父よ、あなたの御子がご受難の前に祈られた祭司としての祈り「私とあなたが一つであるように、彼らも一つになりますように。それによって世が信じるようになるためです」。今日ここで、この超教派の集いにおいて、私たちはこの願いを新しくします。

イエスの聖心よ、あなたの聖体の王国が来ますように。神のご意志のうちにおられる私たちの御母、マリアの悲しみの汚れ無き御心の勝利を通して。そして十字架の勝利を通して、聖霊のうちに、全ての心のうちに、聖なる、神的な愛の炎が広まりますように。アーメン、アーメン。