私の聖所を飾りなさい 私の教会はこれまで、これほどの大棄教に直面したことはない

1996年9月20日 (ノート85)

エリよ、あなたを愛します。
生ける者と死せる者を裁く方、
私の心をお捧げします。
永遠の父、平和-の-君1
私を治めて下さい。

葡萄の木-の-枝よ、あなたに平和。あなたから私の声をあなたから取り上げることはない、私の子どもたちが求めるものは何であろうと、どんなに無謀なものであっても、取り上げることはない。彼らはいつでも、私はいつでも彼らに道理をわきまえさせることができる。そう、みじめな者たちであろうと、しかし彼らの忠実な王は輝きつづけて、完徳に達する平和を与えよう。私の心の魂よ2、この使命のために生まれた者よ、今心を開いて、私が言わんとすることを聞きなさい。あなたを呼んだのは、私のために働き、同時に歓びをその心にもたらすため。あなたはまだ走り終えていない……あなたが走る間は、私も走っているのだ。側にいて。私のために、もうしばらく耐え忍んでくれるか?

主よ、お服のすそをしっかりと握っていますが、手は決して離しません!

私の聖所を飾りなさい3。破壊と荒廃が私の聖所に忍び込んだ。私の聖所を生き返らせなさい。そして嘆き悲しむ人たちを慰めるように、この人びとは、私の民。時が訪れたなら私は、迅速に動くと伝えなさい、私の霊は最も卑しい者にも注がれ、あなた方のうちでいちばん小さな者が、力ある者となる。

4この命令は、炸裂する雷鳴のように聞こえました。主は声の調子を変えられたのです。

あなたの兄弟姉妹を励まし、強めなければならない。いたわり深い慈悲が、今や皆を訪れていると伝えなさい、来るべき試練のときに強さを得るように、私はあなた方の必要を、いたわり深く面倒みる。この日々は、反逆も増すがゆえ、祈りを倍にふやしなさい。反逆は 最初の反逆者だったサタンがもたらしたもの。私の約束は成就すると信じる者たちは、幸せ!

はっきり言っておく、反逆のときが来た、人びとが「神」と呼ぶすべてより、はるかに自分は優れていると言い張る者が、来た。そしてあなた方の間にいる。その望みとは、自らを聖所に据え、自分の教理を押しつけること……それは私の制定した聖体を汚す。彼とその仲間たちは、私の永遠の生けにえを廃止し、私の契約と法を破りたいと願う。そしてひとたびそれを成し遂げるや、多くの者たちに大いなる栄誉を授けて、おだてる。それゆえ大勢が、彼とその教理を認めよう。

しかし私自身の者たち、私を知る、私のヤコブたち、この者たちは私の傍らにしっかりと立って、彼を拒む。今日でさえも、他の者たちが私の聖なる者たちに凶暴な行為をするように彼は仕向ける5、誰であっても聖なる者は砕こうと彼は心に決めている。今は鳴りを潜めているが、時が来たなら、悪巧みを行うために立ち上がろう……もう長年、彼はサタンにつながれている……

そしてあなたは、希望を失わないように。それゆえこう言った、「私の約束は成就すると信じる者は幸い……」と。御母と私は、友として個人的に親しい親密な弟子たちを立ち上げている。こうして厳しい試練のとき、彼らは燭台の明かりのように立ち上がり、輝きを放つ。その内的力なる聖霊に支えられ、彼らは教会の堅固な柱となる。ああ…..時代よ、長年にわたって棄教は多かったが、かつてこれほどの大棄教に、教会が直面したことはない……

恐れないで、私に希望をおくようにと、私の民に伝えなさい、御父と私は彼らの必要を知っているのだから。まだ私に心を据えていない者たちには、今すぐ私の王国の上に心を据えるようにと伝えなさい。こうは言わないように。「主は、ゆっくり来られる」と……私は戸口にいる……しかしあなたたちは私を迎え入れる用意が出来ているだろうか? ヴァスーラ、なすべきことは多い、しかし覚えておくように、私と共にその業を行い、私が力を与える……では出て行って、私の民に語りかけなさい、響きわたる私のこだまとなって……私、イエス・キリストが、祝福を与える、私たち、共に?

はい、主よ、でもちょっと質問してもいいでしょうか、主よ—反逆者をその座から降ろされますか?

そうだ! 反逆者をその座から退ける。この勝利は火をもって成されよう、そしてその炎がすでに燃えさかっていたならと、どれほど願うか! しかし私の教会はまだある洗礼を受けていない。それが済むまで、私の悲嘆はいかに大きいか!6 この洗礼は天より下り、雲間から雨を降らそう。読まなかったか、私の教え子よ。「地よ、開け、救いが萌え出て、正義も共に芽生えるように。私はヤハウェ、かれを創造した7」……私は混沌をもたらさなかったが、今やこの棄教の世に混沌は根を深く下ろしている……

来なさい、あなたと共にいる。

  1. イザヤ書9・5。
  2. 単なる親愛の表現として受け取るべきでしょう。
  3. 隠れたままでいるように。
  4. イエスはご受難に言及されます。ルカ福音書12・49~50。
  5. イザヤ書45・8。