苦しみの恵み

1987年8月4日 (ノート14)

(スイスに戻りました。)

(自分が思ったことが現実に起きているので、恐ろしいほどです。これが先週、神がおっしゃっていた洞察というものなのでしょうか?)

私の神よ?

私だ、愛する者よ。

私はあなたを正しく理解しているでしょうか?

理解している! 愛があなたを作り変えようとしている、すべての苦しむ人々の苦悩を正確に映し出し、反射する鏡へと。あなたは、彼らの苦悩や苦しみを自分のことのように感じられるようになるだろう。
 どんな苦しみについても、それを耳にしたり、目にしたりするとき、あるいは誰かが大変な痛みを経験しているとき、その苦しんでいる人と同じだけの痛みを感じることができる恵みを、主である私が与えよう。こうしてあなたは人々の傷の中にすっかり入り込み、彼らの気持ちをはっきりと理解できるようになる。
 ヴァスーラ、愛する者よ、私が与えているこの洞察によって、あなたは彼らを大いに助けることになるだろう。彼らが苦しむとき、あなたも苦しみなさい。もしもあなたが彼らを拒むなら、いつでも私が思い出させてあげよう、彼らの苦しみを分かち合いなさい。

ああ、私の神よ、私の体はその一切を受け止めることができるでしょうか? 私の霊が恐れているということではありませんが、私の肉体は弱いのです……

覚えておきなさい、最後の時まで、私はあなたの魂と肉体に十分な力を与える。私を信じなさい、これは恵みである、小さな子よ。私が愛するほどに、私の子どもたちを愛しなさい。私の反射となり、私と彼らに一致するように。あなたを愛している、崇高な神の愛によって、あなたにこの恵みを与えている。疲れないように、さあ、あなたに私の釘を与え、私の愛を注ぎ込もう。あらゆる苦しみを感じなさい。娘よ、私のためにこのすべてを行ってくれるか?

はい、私の神よ、それがあなたのお望みでしたら。

来なさい、愛があなたを教え導く。

(そうではないかと思っていました。その理由はこうです。
 三日前ですが、テレビのニュースで、地下に閉じ込められて亡くなった二人の子どものことが報道されていました。子どもたちとその両親をかわいそうに思いました。両親のために祈りました。その翌日には、カナダの竜巻のことが報道され、おびえた人々がまだ恐怖から抜け出せないまま、竜巻のことを話していました。その晩、彼らのためにも祈りました。気の毒には思うのですが、自分のことのようには感じませんでした。すると突然、神が、刺し貫くような光を私に投げかけられました。光線が私の胸を刺し通し、背中から抜け出ていくのを感じたのです。それは私を焼き、水を飲みに駆け出したくなるほどの苦しみを与えました。まるで炎に包まれたようでした! そして、しばらくして眠りに就くと、私がどう感じるべきだったかが分かるような鮮明な映像を、神がお見せになったのです。夢の中で、私自身の息子が亡くなっていました。苦しくて目が覚め、そのひどい苦しさがまだ残っている間に、すぐに子どもたちを亡くしたあの両親のために祈るよう、神は命じられました。私はあの子どもたちが自分の子であるかのように、熱烈な祈りを献げました。そして眠りましたが、神はすぐにまた、私自身が竜巻に飲み込まれる映像をお見せになったのです。死ぬほどの恐怖を味わいました。神にまた起こされ、これを経験した人々のために祈りなさいとおっしゃいました。悲惨な状況のイメージが鮮明に残っていた中で、私は熱心に祈りました。)