愛が根である──私はその根

1988年8月26日 (ノート27)

イスラム過激派の二人の導師と族長との会合に招かれて、神学者の友人と行ってきました。すべては私を陥れ、ひそかに悪魔払いをするために仕組まれたもので、彼らはそれを実行しました。私の中に悪霊が見つからず、気を損ねて大変攻撃的になりました。特に彼らのために愛のメッセージを受け取った時には。私が全く穏やかなのでますますいら立ち、私を嘘つき、詐欺師だと非難します。「お前、私の主は愛の神ではない」と言うのです。神学者の友人と私は静かに立ち上がり、出てきました。スイスでなかったら殺されていたでしょう。主よ?

私のヴァスーラ、愛が何より優先する。私は愛の神愛が根であると教えたのを覚えているだろう? よい木はよい実を結ぶという譬えを示した、この木は完全な木で、根は愛であり、枝はすべて徳を表し、そのすべてが善いからだ。愛という根がなければ、この木には徳がなく、実もならない。実がなかったり、腐ったりしているなら、私の子よ、その根は、存在する最も良くない邪悪なものでできていると知りなさい。はっきりと言う。すべての徳の根は愛と呼ばれている。私は愛、あなたたちを美しく飾り、養う根源である。来て私のうちに留まるなら、永遠に生きる!