1992年3月 

1992年3月1日 (ノート58)

(サタンは今朝、私を簡単に殺せたはずです。イコンや聖具がのっているガラス戸棚にはたきをかけている時、それが倒れかかってきて、低い戸棚もこわしました。大きな尖ったガラスの破片が周り中に散乱し、部屋の外の玄関ホールにまで飛び散りました。終わったあとはじっと立ちすくみ、血がどこから流れているかしら、と思いました。でも何ともなかったのです。かすり傷一つ負っていませんでした。普通だったら、腹の部分から足元まで、ずたずたにされていたでしょう)

(しばらくして)

私のヴァスーラ、一歩ずつ導かせなさい。小さいままでいなさい、花よ、そして救い主に倚りかかっていなさい。

愛している、子よ。サタンはあなたに手をかけ不具にしようと、必死になっている1偽りの非難をあびせようと、人を用いるだけでなく、怒りのあまり、自然界の法則さえ歯向かわせている。しかし私はあなたの熱心な番人であり避難所、そこで恐れないように、たえず、あなたに目をかけている。いつでも私の聖心の中に隠れなさい。さあ、これからも救いを願って、魂たちを追い求めよう。

地上のあらゆる場所に、まこと愛する者よ、あなたを連れて行く、そして私が通り過ぎたなら、道すがら最も妙なる香りを残してゆく。魂から魂へとミルラの香りをひろめ、心をうっとりさせよう。あなたの救い主を悦ばせなさい、花よ、そしていっそう用いるのを許してほしい。あなたを傷めたり自由を奪ったりはしない。その心を、私の愛の虜にさせておきなさい、そして私にうんざりしないでほしい。私は、この宝を授けたあなたの愛する仲間、

私の愛という賜物を、
あなたに授けた。

私は私の力と忍耐を与える。花よ、あなたの上には私の霊がとどまり、道を案内し、私の教えを思い出させよう、そこで寛大に時間を捧げ、地上を芽吹かせなさい。私をいつも敬うように。あなたの唯一の愛ではないか? 私は王の王ではないか? ともに全力を尽くして働きなさい、そうするならあなたの想いに反し、その努力はおおむね無駄とはならない。私の権威によってそれらは神性をおび、的を射る。あなたの言葉には効果がないと誘惑者が耳もとでささやいても、言っておく、私の子よ、耳をかしてはならない。これからも皆に私の心を注ぎ出し、天から倦まずに降って来ては、あらゆる好みに合わせて、飢えた者を養いつづける。これからも私の聖心を顕わし、皆に抱くいたわりを示していこう、私を食べ飲む者は誰であろうと変容し、

あなたの神、私のうちに、真のいのちを生きるようになる。

私のほうに向くなら誰であろうと、救われる。私のほうを一瞬見向くだけで、あなたを変容させよう。

— 娘よ、目立たず、無のままでいなさい。その力なさと弱々しさがあなたを隠すままにしておきなさい、私の溢れるほどの豊かさと威力が、今や一層ひろがっていくために。種子まきはまだ終わっていない、だが間もなく、私の声は世界中にこだましよう。娘よ、あなたは私にとってまこと貴い、涙を流すほどに愛おしい、皆を涙流すほどに愛おしんでいる。それゆえ恵みうるおう唇をもって、天から平和のメッセージを皆に運んできた。永遠の昔からあなた方を愛し、祝福してきた。そして揺りかごの時代から、見守り擁護していた。皆がみじめさにおおわれ、目がすっかり見えなくなったのを知っている。私を探し求めるなら、光をまことに与える。再びいのちを得、すべて聖なるものを慕い求めるようにさせる、それゆえ、娘よ、私の聖性と完全さを求めつづけなさい。私を祝福し、ほめ讃えなさい。私が種子まくときにまいて、それも惜しげなく、連れて行った場所で種子をまきなさい。じきにあなたは、この時代の敷居を越えて永遠の平和に入っていく、その間私が耐えているすべてを忍びなさい。あなたは独りではない。屈せず努めなさい、私の子よ、誰がともにいて祝福しているかを忘れないように。

愛があなたを愛している。

イクトゥス

  1. 霊的に、という意味に受け取りました。