私たちの二つの心

1991年12月24日 ノート56

わが主よ?

 私である、子よ、私に寄りかかりなさい。

(心の目でイエスの聖なる御顔を見ました。大きく無邪気な目をした子どものようでいらっしゃいます)

 地上の傷が癒えるには途方もないあがないを必要とする。邪悪さや罪による負傷や切り傷のために。──救い主の目を悦ばせ、大きく成長しなさい。私のメッセージが豊かさと、広大さを持ち、それ自体を証し、それによって邪悪さ、無関心と無神論が力を奪われ、悔い改めるように

なるように。

 子よ! 私の衣の端につかまり、これからはさらに、伸びなさい1、地球の端から端まで、もしも私の聖所であなたを迎え入れるなら、そこに入って行きなさい。たとえそれが禁じられても、打撃を受けたと感じたり、悲しんだりしないように、希望を失ってはならない。あなたを虐げた者たちは清めの日に、その光景を振り返って泣くだろう、あなたではなく、預言を与えてきた私たち二つの心、私たちの神的な心をいかに拒んできたかに気づいて。娘よ、血塗られた私の足跡をたどり、どの集会でも私の聖なる名を宣言するように。もはや躊躇してはならない時が来た。すべての場所に、つくれるところはどこだろうとぶどう畑をつくり、砂漠を園に変えなさい。私のメッセージが栄え、根づくように祝福を与えた、だから、娘よ、勇気を。

( 突然「火の剣」が貫くのを感じ、叫びました:主よ! あなたが恋しい!)

 私の栄光を見たので私が恋しいのです。書きなさい:要塞が次々と敵に包囲されている。私は全人類に平和を与えに今日やって来たが、ほとんどの人は耳を貸さない。今日は平和の条件と愛のメッセージを携えてやって来た、しかし指し示す平和を地球は冒漬し、与えようとしている愛はこの私の誕生の夜に嘲られ、冷やかされている。近頃は、私の聖なる名を抜きにして人類は祝っている。聖なる私の名は廃止され、誕生の日は娯楽の大休日となり、偶像が崇拝されている。サタンは私の子たちの心に入ると、弱く眠っているのを見つけた。私は世に警告してきた。ファティマのメッセージの預言は語る、私の日に太陽は真昼に沈み、白昼に地上は暗くなると。龍がこの罪深い時代に噛み付き、世界がかつて見たこともなく、これからも見ることがないだろう火を投げつけ、その数えきれない罪悪を焼き尽くすことを私は許す。あなたたちは尋ねるだろう:「すべての住人は滅ぶだろうか、善人も悪人とともに?」

あなたたちに言う、生きている者は死んだ者を羨む。二人のうち一人は取り去られる。ある者は尋ねるだろう、「来るべきエリアとモーセはどこか?」私は言う、邪悪な世代よ、この二つの心2はもう長い年月、ことわざで語ってはこなかった。エリアとモーセはすでに来たが、あなたたちはそれに気づかず、好きなようにあしらった。私たちの二つの心、私の母の汚れなき御心と私の聖心に、耳を傾けようとしない、不信仰の時代よ …… この二つの心は諺や謎によって話しかけてきてはいない。その言葉はすべて光であって、その心は、二つの灯火のように非常に明るく、互いに近く、皆に見えるように輝いている。

しかし、あなたたちは理解していない。この心は、二本のオリーブの木のように3、一本は右に もう一本は左に立ち、あなたたちを生き返らせようと何年も努力してきた。油を抽出する二本のオリーブの枝のように4、あなたたち病んだ世代を癒やし、傷口が癒えるようにしてきた、しかしあなたたちの世代はこの二つの心を好きなようにあしらった。この二つの心は油注がれ5生きている。

それらは鋭い刃のように、諸刃を持ち6、預言している。しかしこの時代にひそむ反抗の霊は、諸刃の剣であるみことばを再び十字架に架け7、あなたたちに今日語りかけるこの二つの心を拒んでいる。私の使者を拒んだソドムやエジブトのように。
この時代の頑なさはファラオの時代にまさる、かれらの知識に対する主張は私の知識に対して挑戦場となっているからだ8

実にこの二つの心は世の人びとにとっては災いとなった9、しかし間もなく、もう非常に間もなく、私の声は再び聞かれるだろう、雷と火によって訪れるだろうから。義は目の前に迫っている。そしてあなたたちが戦いを挑んだこの二つの心は、最後には勝利するだろう10。そしてこの世の王国は私の王国となる11。すべては非常に差し迫っている。目を開けて見回しなさい。皆に時のしるしを与えている。そして結ばれた二つの心の信心を表に現そうと、労苦しているあなたたちは皆、勇気を失わないように。

黙示録もゼカリヤの書と同様、この真理について語る。恐れることはない、信頼と勇気をもってこの信心をひろめなさい。

スイスの教会

1991年12月12日 ノート56

(私の思いはスイスへと向かいました)

主よ、スイスの教会はどうなっているのでしょうか?

… 瓦礫と化している …

二つの御心への信心

1991年12月8日 ノート56

主よ?

私です。私のうちに休む前に、祈りなさい。一緒にこう唱えるように。

イエス、私のうちにお休みください、
私もあなたのうちに休ませてください、
一致して、ともに結ばれて。
アーメン。

(もう一度唱えました)

愛のうちに一致する、二つの御心をゆるがずに信じてほしい。すでにこの真理について、多くの心に語ってきた。まだ多くがこの真理を受け入れないであろうが、いずれ私たち二つの御心は、勝利しよう。世とはそういうものだ。今日は拒むが、明日はこの真理を尊ぶ。

私、イエスは皆を愛している。心には私だけをおきなさい。私を第一におきなさい。私の平和を与える。

イクトゥス

あなたの食卓は一杯だ 私なしにはあなたの食卓は空であろう

1991年12月5日 ノート56

(フィリピンの祈りの集いのために)

皆を祝福する。私の心は彼らを焼き尽くそうと炎のように燃えている。私の聖心に足を踏み入れさえすればよい、そうするなら彼らの神、私にたいして夢中にさせよう。

(次に、ある特定の方に向かって)

──私は今日、私の聖心を差し出している。受け取りなさい。私の名はイエス、そしてイエスとは

──救い主──

を意味する。

愛があなたを愛している。
そして私の子よ1、あなたは与えたすべてを紡ぎつづけなさい。あなたが空になることはない。見よ、あなたの食卓は一杯だ、私なしにはそこは空であろう。私が魂の必要を満たしている。そこで私にすがっていなさい、そうするなら生きる。私の聖なる口づけを額におく。愛している、私を愛しなさい。
イクトゥス

流木

1991年11月13日 ノート56

ヤハウェよ、愛しています。礼拝します。
ヤハウェ、天におられる私の愛よ。
あなたがともにいてくださるのが分かります。
ヤハウェ、御父、アッパよ。
私の心は御子のためだけに生きていると、
あなたにまこと愛された御子にお伝え下さい。

御子は私の吸う空気、私のいのち。
お伝え下さい、御子のお望みと、その熱烈な愛を宣言し、
御子のためなら、お声をできるだけ遠くまで運びますと。

御父よ、お伝え下さい。
御子へのこの愛に、誰も何ごとも決して割り込めないでしょうと。
御子は私の微笑み、歓び、希望だと、お伝え下さい。

私の贖い主に、いかに恋い焦がれ、
夜昼となく愛に身をやつしているかもお伝え下さい。

娘よ、私の魂に愛された者よ、知らなかったか? 私の霊が、無でしかない者の上に憩うことを、知らなかったか? 私が子どもたちに、私の顔をそっくり顕わすのをいかに悦びとするかを、聞いたであろう? 読まなかったか。「私は、私を探さなかった者たちに見い出され、私を求めなかった者たちに自分を現わした」1

——あなたの歓びは、創り主、
——あなたの愛は、聖別された者、
——あなたの松明は、私の聖霊。

与えたすべての恵みを、私の子よ、益とし、私の家を回復しなさい。

川のほとりを歩いていると、現世的な水流に流されている流木2を見つけた。私は身を乗り出してそれを流れから引き上げ、家に持ち帰って、私の歓喜の庭に植えた。乾いた木片からあなたという木を育て上げた。私は言った。『大きくなれ! 大きくなって私の庭に、私の領地に根を張るように。私の義をなだめるために花を咲かせ、芳香を放ちなさい』そして言った。『実った果実は毎月のように収穫され、あなたの葉は多くを回復させる』時おりあなたを刈り取るのを楽しむ。咲き誇る花と育ち続ける果実を見るのは私の喜び。私の聖所3から流れ出る水4だけがあなたに命を与え、育むことができる。

私、ヤハウェは、あなたたちの繁栄を見守っていこう。道すがら、時おり流木を拾っては喜びを覚える5。私は道の途中で拾うどんなものにも命を与えることができる。

alpha-omega

感動することを自分に許している 二つの明かり 来なさい、これ以上暴力にそそのかされてはならない

1991年10月24日 ノート55

主よ、どうぞあなたに仕えさせてください。
これが今私のすべきことです。
あなたはあわれみ深い方として知られ、
あなたにおすがりするなら、
私をただ振り落としはなさらないと分かっています。
私を救い出して下さると。
「口を大きく開けよ、私はそれを満たそう1」。
あなたのマナ2で私を養ってください。

私の好意のうちにとどまっていなさい。私は心を動かされない神ではない。私の心は思いやりに満ち、感動することを自分に許している。来なさい、この戦いのさなかにあって、私があなたの盾である。

主よ、
私はサタンの激しい攻撃を受けている者の一人に数えられています。
この暗闇の中で、あなたの民はどうやってあなたの不思議を耳にできるでしょう?
悪魔はあなたのご計画を全部不能にしたいのです!
あなたの正義は、あとどれほどの間、忘却の地に置かれたままなのでしょう?
あわれみと義の神よ、今こそお示し下さい、
あなたが私たちの助けであり、慰めであることを。

恐れることはない。終わりには私たち二つの心が勝利する。私がどのように救うかを皆に示そう。聖書は実現されなければならない。分かるか、深淵から出てくる獣は、世の君主に立ち向かう二つの明かり、二人の証人に戦いを挑むと書かれている3。二人の証人とは私の体を象徴し、私の体でもある。

この証人たちとは、苦しみと試練、迫害の時に、不屈の精神をもって、私のしもべとしての証しを立てた者たち。私の言葉を運ぶ私の代弁者たち、天使となるべく真理を与えられ、私の言葉をこだまする者たちのことだ。彼らは、私の霊が彼らを導き、一人ひとりにエリヤの使徒職を与えるのを許してくれた者たち。

彼らが私の名において訴えていることは、実際には、彼らを通して私が訴えているものだ。ホレブ山でモーセがしたように、私の掟を思い出させるために、彼らは声を上げる。だが、彼らを通して話しているのは私である。そして、世の人々にとっては、この二人の預言者4は敵に打ち負かされたように見えるが、私が必ず彼らにいのちを吹き込む。すると彼らは立ち上がるであろう。

「大地が草の芽を萌えいでさせ、園が蒔かれた種を芽生えさせるように、主なる私はすべての民の前で、恵みと栄誉を芽生えさせてくださる」5。あなたたちのみじめな体を、私の栄えある体の写しへと変容させよう。その時、あなたたちは新しい天と新しい地が萌え出るのを見る。最初の地と最初の天は必ず消え去る、それはつまり、ソドムやエジプトという象徴的な名で知られる古い都市のことだ。なぜなら、彼女6のうちで私の言葉はふたたび十字架につけられたのだから。それは、世の者たちが再び私を見分けられなくなり、私が自分の領地を訪れたにもかかわらず、私自身の者たちがまたもや私を受け入れず、私の霊を好きなようにあしらい、私が送った者たちに獣が戦いを挑むのを許したからだ。

この二つの町、ソドムとエジプトは一体となって私の使者を拒み、ファラオの強情さと同様に全く耳を貸さなかった。これらの町は新しいエルサレムに置き換えられる。あなたたちはもはやソドムやエジプトではなく、

──新しいエルサレム──

高潔の町、聖なる町と呼ばれるだろう。これが起こるとき、生き残った者たちは畏れに圧倒され、ただひたすら私を賛美するであろう7

私の子よ、地球は今や子をはらんで産気づき、産みの苦しみに叫び声をあげている。だが、あとほんの少しで待つ時は終わる。私はすでにあなたの上に息を吹きかけている、被造物よ、次々と生き返らせては、皆を清めている。そこであなたに異を唱える者がいたなら、彼はあなたにではなく、私、真理の霊を与えている者に異を唱えているのだ。そして、ソドムとエジプトという象徴的な名で呼ばれる二つの町のはざまで、あなたたちの誰かを再び十字架につけるなら、彼らは私の言葉を再び十字架につけたのである。だが、三─日─半が経つと8、私の二つの明かりはいっそう明るい光を放つであろう、その光は霊を囲む輝きから出るからである。そこで希望を持ちなさい、私の子よ。私の霊の誓いは、あなたの時代のためなのだから。

あなたも私の家族の一人だ、教会は生き返るであろう。

alpha-omega

(しばらくして)

(フィリピンへのメッセージ)

あなたに平和。私の民に、私の掟を思いめぐらすように伝えなさい。書くように。

──私は世界を和解させている──

語っているのは私、イエスであると伝えなさい。彼らへの私からのメッセージは何かと尋ねるなら、こう言いなさい。

──あなたたちを私の聖心と和解させに来たと──

あなたたちを私と和解させるにあたって、私の大きな愛ゆえに、互いに和解し合うようにと私は求める。世を私の聖心と和解させ、こうしてあなたたち皆を新しい被造物として造り上げよう9

これが私の霊の誓いである

まことに言うが、放縦の種を蒔く者は堕落の収穫を刈り取る。この者が審判の日に私の前に立つとき、私はこのように言う。

「去れ! 私から離れよ。
お前を堕落させた汚れた者のもとに行くがよい!」

もし悔い改めの叫びが聞こえてこないならば、

死へと導く死臭が、はるか天にまで立ちのぼり続けるであろう。これ以上はもうたくさんだ、あなたたちから望んでいるものは、

──香の薫りである。──

あなたたちには、祭壇の上に置かれた、香の薫りに満たされた香の器のようであってほしい、愛する子どもたちよ、あなたたちの国を、香の薫りを捧げる巨大な祭壇へと変容させなさい。私は聖なる者ゆえ、聖なる生活を送ってほしい。日々あなたたちを引き上げようと、私は手を差しのべている。

私は幾世代にもわたって愛を示してきたが、今日も再び、ライオンの口から羊を救い出す羊飼いのように、毒蛇からあなたたちを救い出しに来た。恐ろしいほどに悲惨なあなたたちだが、ソドムとゴモラを打ち倒した時のようにすることはない、乏しい者たちがどれほど虐げられ、貧しい者たちが日々、いかに辛苦をなめているかを知っている。あなたたちがどれほどみじめか分かっている。そして、ああ! あなたたちの犯罪も分かっている……それらは数多い。あなたの息子たちになされる暴力のために、あなたの国ではあまりにも多くのの血が流されている!

罪に由来するあなたたちの逆境が、私のあわれみを誘った。そして私の大いなる愛ゆえに、今日この民全体に呼びかけている。私の聖なる名のもとに皆を呼び集め、私は誰も裁かないし、あなたを脅そうと来たのではないと伝えなさい。私は彼らの上に愛の霊を注ぎ出すと、あなたの民に伝えなさい。私の愛の霊がベールのように上からこの国を覆い、霧のようにあなたたちを包み、あなたの戸や窓の蝶番からさえ浸透するであろう。

私の訪れにあなたの民が失望することはない。私の清めの火によって腐敗を滅ぼし、刈り入れ人のように鎌を入れ、この悪の収穫を刈り取るなり、ひとまとめにして縄をかけ、燃やすために火にくべる。そしてその場所に天の種を蒔く。愛の種を。私はあなたたちの主。私は人間が理解できないほどにあなたたちを愛する者。あなたの戸口に立っているのは、

私、イエス、あなたの救い主である。

そこで再び言う。来なさい! 虐げられた者たちよ、私のもとに来なさい。あなたを休ませ、慰めよう。来なさい! 私の聖心の宝をすべて与えよう。神の王国10 はあなたたちの間にある、あなたはそこに足を踏み入れるだけでよい。私の家はあなたの家である。私の王国の扉は誰に対しても開いている。来なさい、これ以上暴力にそそのかされてはならない、悪には愛で返し——

ゆるしなさい

あなたがゆるそうとしないなら、どうして御父があなたをゆるされるだろうか? 私の敵の実でなく、私の与える実を食べなさい。なぜなら闇の子たちは、自分の仲間を扱うときですら邪悪だからである。それは、悪魔が彼らの師であり、自分を真似るように教えているからだ。小さなことに不誠実な者は、大きなことにも不実であろうから。友人たちを呼び集め、祈りなさい。あなたの祈りを必ず聞こう。

──天では──
──悔い改めたすべての罪人の声が聞かれる──

私、イエスが皆を祝福し、額に愛のため息を残す。

イクトゥス

徴税人のようにして来なさい

1991年10月22日 ノート55

イエス様、
謙遜、純真さと、
あなたの掟への忠実さをまとわせてください、
御父に喜んでいただけますように。

あなたに平和。そしてこう言っておこう。

徴税人のようにして来なさい。

なぜなら、あなたたちの多くが隣人をとがめ、つい昨日までは自分自身も同じ眠りの中に閉じ込められていたことを忘れているからだ。こうは言わないように。「私は家を片づけ、主をお迎えできるようにした。もういつ来ていただいてもいい。お迎えの準備はできた。私の隣人のように、断食もせず、祈りもせずに、邪悪な人生を送ってはいない」と。ものを見る力を受けなさい、と言っておく。あなたは唇によってすでに否とされた。まず自分を清め、左手と右手の区別もつかない他の人々を責めてはならない。徴税人のようにやって来て、罪人である自分をあわれんでくださるように1 求めなさい。あなたたちは皆罪深いのだから。神殿よ! 立ち上がってあなたの神、私に仕えなさい。未亡人2 への手助けを通して、あなたは私に仕えている。では平和のうちに行きなさい、私は共にいる。

神に栄光。

「私である」が唯一であるように、あなたたちも一つとなりなさい

1991年10月14日 ノート55

あなたの使命は、小さな者よ、私の民を唯一の名、私の名のもとに連れて来て、パンを分かち含うことだ。心配は要らない、最善を尽くしたなら、後は私が行う。あなたのうちに私の業を成し遂げ、こうしてすべてがあらわとなるにはへりくだりを必要とする。──私の血をこれほどにまで流す不信仰な時代は、あなたを憎むだろう。しかし私のヴァスーラ、この邪悪な時代があなたに大きな傷を負わせたとしても、私がしっかりと立たせる。天から助けが与えられよう。あなたや他の者たちを教えてきた。それを留めておかず、与えた教えを公の場でも家庭でも広めなさい。あなたの弱さを知っている、しかしどんな器を選んだかも分かっている。

主よ、一致することが分かっているだけで満足です。どのようにかはまだ誰にも分かりませんが。問題は見たところ大きく、分裂はさらに大きいようです。仰しゃるように──「羊飼いの杖は半分にだけでなく、細かく砕かれてしまいました。そしてあなたの体はひどく傷つき、ねじ曲げられ、麻痺しています」。主は皆が屈むように求めておられます。どうやって? 何をすればよいのでしょう? 最初の一歩はどうすれば? 私はギリシャ正教徒ですが、すべてを口ーマ・カトリックの兄弟たちと分かち合っています、そして一緒にいる時、主の名のもとに自分を区別したりしません。それに彼らも、自分たちと違う扱いを私にしてはいません。その多くがギリシャ、またはロシア正教の教会に行っていることも知っています……

思っていることを話しなさい、子よ!

ふさわしい言葉をお与え下さい、主よ。

言いなさい……それでいてあなたの体を分かち合うことが許されていない、と。

そうです。許されていません、秘跡(機密)は同じなのに。一方、私たちギリシャ正教徒はあなたの体を分かち合うことが許されています。私がローマ・カトリックの教会に行っているので、破門されたとさえ言われました、もっと酷いことも言われましたが。それに聴罪司祭がカトリックの方なので、両方の側から迫害されています! あなたがこの全てをご覧になっている通りです、私の主イエスよ!

だが、一つの祭壇でパンを分かち合う日が来る。それに、誰も私の子どもたちが私のもとに来るのを止めないだろう。誰も、「あなたはギリシャ正教徒か?1」とは尋ねなくなる。あなたたちは私のうちで皆兄弟だと、そう信じるように教え、勧めなさい。

──私の聖なる名のもとに分け隔て、体と霊において別れたままでいる者たちには、サルディスの教会2に言ったと同じことを言う。世間の目に生きていると評価されても、造り主の目にはそうでない。残されたほんのわずかないのちを生き返らせなさい。それは急遠に死にかけている。死体のあるところには、ハゲタカが群らがるものだ。

一致しなさい! 集いなさい! 共に私の名を呼び求めるように! 共に私の体と血を献げなさい! 道を迫害しないように! 一致し、私を称えることができるように自らへりくだり、屈みなさい。あなたたちは聖霊について語るが、聖霊のうちに行ってはいない。道について話すが、それを第一にさえぎる者となっている! ──ほとんど私を知らない者よ……

私の名を呼びながら、聖櫃せいひつと祭壇の間で私の子どもたちを殺しているではないか。私は厳粛に言う、この全ては、裁きの日にあなたの前に持ち出される。私に顔を向けて真実に言うことができるだろううか。「私は兄弟と和解した」と。あなたは真実に言うことができるだろうか。「私は兄弟たちの間で自分を区別はしなかった。あなたの聖なる名のもとに、同じように扱った」と。あなたが私の前で弁明するとき、私はあなたの前で言う。「私から離れなさい。あなたは兄弟を同等としては扱わなかった。私の体を毎日殺害した。あなたの勝利はどこか? 私が造り上げているとき、あなたは打ち壊していた。私が集めようとしていたとき、あなたは散らしていた。私が一致させようとしていたとき、あなたは分裂させていた!」

しかし、今日でさえも、ありのままの姿で私のもとに来るなら、癒やすことができる、変容させることができる。そしてあなたは私の誉れとなるであろう。「私の日が来たときに、子を宿していたり、乳飲み子のいる者は災い!」。書きなさい3。子を宿すようにして罪が巣食い、仲間内で罪に練達した者同士がいるのを見られたら災いである。しかしこの人たちの間から、弟子を誘い、ついて来させようと、紛いものの真理を唇に上らせる人たちが出ると言われている4。あなたを救うために、私は叫び声を上げ、耳が不自由でもあなたに聞こえるよう努力している、そしてこう非難するのは、

あなたたちに対する愛が非常に大きいからである。

しかしまことに言う、いつの日か、離ればなれになった私のからだのすべての部分を、一体となるように集めるだろう。

──悲しまないように、私の友5よ、私を愛する人びとよ、私の耐え忍んでいるものを忍びなさい、しかしながら、私を慰め、信頼してもらいたい。あなたは私の名のもとに偉大な業をし遂げるだろう。私が寛容であるように寛容でありなさい。私は腹をすかせ、乾き、しばしば飢えていたが、その時は助けに来てくれた。善いわざを続けなさい、報いてあげる。まことに言う、あなたは一人ではない、私がともにいる。私と一致し、平和のうちに生きるように。あなたは私の血の子孫、王国の後継者。主の心が愛であり、掟の心は愛に基づいていることを伝えなさい。私の家に管財人は不要だと、私の者たちに伝えるように、この者たちは私の日に正当化されることはない。私の家を一つの事業としてしまったのは、まさにこの者たち。あなたたちの心に住まうように、私は私の霊を送った、このため、あなたたちの心のうちで私の教会が再建され、互いを心の中で兄弟と認め合うようになるのを、あなたたちのうちに住む霊が指し示して下さるだろう。

6兄弟よ、くる年もくる年も耐えている痛みを
またこの季節も忍ばなければならないのか?
それともこのたびは休ませてくれるだろうか?
あなたたちの分裂の杯を、もうひと季節飲まなければならないか?
それとも私の体を休息させ
復活祭の祝日を、
私のために、統一してくれるだろうか?

あなたたちが復活祭の日取りを統一することによって、私の痛みは和らぐ。兄弟よ、そしてあなたたちは私のうちに歓喜し、私はあなたたちのうちに歓ぶ。そして多くの視力が取り戻されるだろう。「愛する御方! 私の創り主よ! 私の夫であるこの方は、人間の手のわざではなし遂げえないことを啓示された!」ひとたびあなたたちの視力が回復したなら、私の名によって、こう叫ぶだろう。

──そして私はあなたを訪れる──7

私は厳粛に言う、呼び集め、皆集い、今こそ牧者の声を聞きなさい、

あなたの行くべき道を導いて行く。

 

地の果てまで私のメッセージを届けなさい。

勇気を、娘よ、私が微笑むときには微笑むように。あなたと共にいて、天国への道を案内する。

イクトゥス

一致のメッセージ 囚人たちのためのメッセージ

1991年10月13日 ノート55

(しばらくして)

ヴァスーラ、あなたのために御父に祈った。私はイエス。与えた仕事に集中しなさい。──さあ、書きなさい1

あなたたちに平和。私を「お父さん!」と呼ぶのを聞いた。

私はここにいる。

帰って来たいか? 私は無限のあわれみなのだから、もうあなたを見ても眉はひそめない。宣告もしない。私が探し求めているのはあなたたちの心、愛がほしい。愛に渇いている。愛が見当たらず、私の唇は干からびてしまった。あなたの過去を見ないと決めている、今しか見ていない。

天の元后2が私の横におられる。このお方はすべての女性の中でも、すべての主天使、権天使、座天使、諸天使たちよりもあなたたちのために多く、絶え間なく祈ってこられた。そこでこのお方を祈りの中で迎え入れ、私が尊ぶようにこのお方を尊びなさい。

あなたたちは皆、私のうちに洗礼を受けているのだから、兄弟たちの間で互いを区別してはいけない。今日私が差し出すものが何であるかを分かってさえいるなら、ためらわずに心を捧げ、あなた自身を明け渡すであろう。私のもとに戻って来なさい、そして怖れないように、今話しかけているのは、あなたの聖なる仲間。あなたを最も愛する者。私の愛を信じなさい、私の受難を思いめぐらし黙想しなさい。あなたの心を与えてくれるなら、あなたの王、私が休むたぐいまれな薫りただよう園に変える、あなたを私の嗣業の地とさせなさい、そうすれば生きる。私から心をそむけてはいけない、私を遠ざけておかないように、自由に話しかけてほしい。私は聴いている。

この言葉を黙想するように皆を招く。

──悪には愛で返しなさい──
──私に倣いなさい──

そして覚えておきなさい、私はどんな時もあなたと共にいる。けして、けしてこれを忘れてはいけない。あなたの額に私の愛のしるしを残して、あなたたち一人ひとりを祝福する。

イクトゥス
イエス・キリスト、神の愛する独り子、救い主

一致のメッセージ 分裂は彼らを私の心から離してしまった

1991年10月7日 ノート55

私が持っているもの全てをあなたの栄光のために使いたいのです。
たいして持ってはいません、むしろ不十分で貧しく、弱くて非常に惨めですから、ほとんど何もありません。
もし何か持っていたとしたら、わが主よ、お受け取り下さい。

あなたに近づいた結果(主との親密さのこと)あなたのうちに火が点され、あなたと他の人びととを救った。

──あなたの自由意志がほしい、自らを献げなさい、そうするなら、川があなたのうちから流れ出るようにしよう。私の業が表に現れるためには、途方もない心の貧しさが必要だ。私の花嫁として、魂に必要なものはそなえよう。

ヴァスーラ、あなたの街は死骸で理まり、悪臭がはるか天にまで昇って来る。何十万と腐りかけている。祈りなさい、平和、愛、信仰と一致のために祈りなさい。聖なる者は、来ようとしていることのために、描写し難いほど悲しみに打ち沈み、さいなまれている。悪に染まったこの世代に手を下さなければならない。

娘よ、私のために一致を表す十字架を持って世界を回ってほしい。国から国へめぐり、一致の話をするが、それに反することを常に考えつづけ、生き方もそれに反している人々に伝えなさい、あなたたちはその分裂によって私の心から離れていると。叫びなさい、いずれ耳の聞こえない彼らにも私の声が届く。この荒廃の中をあなたと共にいる、だから恐れないように。

あなたに私の十字架を預けた。この十字架はあなたを聖化し、救うだろう。愛をこめ、身を低くしてそれを担ぎなさい。絶え間なく私の名を呼ぶように。あなたの使命は、私の子よ、愛を証しし、愛と忠実さが欠けているさ中で、私の至聖を示すこと。恐れずに前へ進み、私のこだまとなるように、歓びと、熱意をもって証しをし、愛のために、愛をこめて証ししなさい。

敵があなたを突き刺すたびに、歓びなさい! あなたの傷をすべて献げなさい、私が直ちに癒やしてあげよう。私を求めて目を上げるたびに、慈しみ豊かな私の心が答えるだろう。あなたは私がもらい受け、養い育てた子である。人を恐れることはない。人にはあなたを破減させることはできない。まもなくあなたを解放する。それまで、私の一致の十字架を持って歩き、私に栄光を帰しなさい。真理、そして私自身が設立した唯一の教会を

擁護する者

となりなさい。

すべての国に行って、あなた自身を紹介しなさい、私の聖なる名の下に、平和と、唯一の教会を望んでいると伝えなさい。自分の公正さを主張し、分裂したままでいる者は、自らの育てた実を食べて滅びると伝えなさい。私が偽善的な心をいかに忌み嫌うかも知らせなさい。その儀式や議論は私を疲れさせる。ふんぞり返った頑な態度には、私は背を向けることを伝えなさい。その判断は、人間の目には見事で印象深く映るかもしれないが、私にとってはそうではない。腐敗しかけている瀕死の教会を喜ぶことはできない。聞きたい者に伝えなさい。

自分の声を低くしなければ、私の声は絶対に聞こえないと。

声を低くするなら、私の声が聞こえ始め、私の意思を行うだろう。私は唯一なのに、それぞれが自分のキリストをつくり上げてしまった。私は私の体のかしらなのに、見えるのは私ではなく、彼らの頭ばかりだ。頭を下げるように言いなさい、そうすれば私の頭が見えるだろう。身を低くするように伝えなさい、私のもとに引き上げることができるように。

──この人びとの前で震え上がることはない、私の子よ。私に忍耐があるように、忍耐を持ちなさい。私のそばにいて、謹んでいなさい。私に忠実であるよう、私の宝石(主の十字架、釘と茨の冠)を身に付けて。それらは私のことをたえず思い出させてくれよう。

祈りなさい、私の花嫁よ。許嫁に向かって祈りなさい、最後には報いてあげよう。私を称えるように、そして言っておく、骨折って働き、犠牲を献げるなら、何事も無駄にはならない。

貧しさ

の中に私の王国を打ち立てると、皆に伝えなさい、まさに私の霊に耳を貸すいとまある人は、私を礼拝し、私の意思を行う。私の魂はこの人びとに歓喜する! 娘よ、あなたのみじめさにもかかわらず、愛している。あなたのうちに私の業を続ける許しをもらいたい。あなたに合わせているように、私にも合わせなさい、人々は、あなたを通して私の存在を感じるだろう、私はあなたのうちに、この時代を一致へと引き寄せる。

安心していなさい、私が共にいる。あなたの額には私の印がある。そして、この印と恵みによって、地上の王国は私の望む通りに建設されるだろう。

私の平和を受けなさい。覚えておくように、いつも共にいる。さあ、私の傷に入って釆なさい。

イクトゥス