戸を叩くのを決してやめない 隣人を自分のように愛せよ

1988年12月28日 (ノート30)

(これはグループへのメッセージです)

私は主である。

私の花たちよ、安らかであるように。あなたたちの主、私は平和なのだから。私の愛する被造物よ、どれほど愛しているか! あなたたちは 私にとって大切なもの。花たちと名づけたあなたたちよ、成長しなさい、神なる私の光のもとで成長し、まだ私の光を見ていない、兄弟たちのために、祈りなさい。彼らの回心を祈りなさい。

花たちよ! あなたたちに水を注ぐつもりだ、そう! 小川は川となり、川は平和と愛の大海へと、ひろがって行く。私の光を、遠くいたるところに放ち、「教えを預言のように注ぎ、これを来たるべきすべての世代に、遺そう1」と言ってきた。私はあなたの慰め主、あなたを最も愛する者。花たちよ、あなたは暗やみの時代に、生きており、この暗やみは苦しみ、災難と荒廃しかもたらさない。この時代には、多くの人が、神聖なものに対する感覚を失い、自分勝手に暮らし、善と悪を区別できないと、書かれてある。

花たちよ、魂が自らを唯物主義で満たし、世の与えるものにしがみつくなら、この時、闇で自らを満たすことになる、聖なるものの場が失われ、私の霊が、そこで育つ場もなくなり、真理の場も、私の光射す場もなくなる。魂は暗やみの中で暮らす。

この若い世代のほとんどが霊性を欠き、みことばに耳を傾け、私を神と認めるのを拒むのは、そのため。天来の真理を手放し、物質的なものを追い求めているため、退廃的な情熱を追ってしまう。私の花たちよ、身内の一人が、この暗やみの中を歩んでいて、絶えず深い眠りの中にいるのを見て、多くのあなたたちが苦しんでいるのを知っている! しかしあなたたちに言う、主である私は、彼らの戸口に立ち、振り向いてくれるまで、いつまでも外で戸を叩いている。叩くのをやめてしまうことも、見放すことも決してない! 永久の愛をもって、あなたたち皆を愛している、この愛が、あまりにも誤解されているのです! 

負うているすべての問題を持って来て、それを私に献げて休みなさい、来て、私に倚りかかりなさい、私は慰め主、あなたを慰め、平和を与える。あなたのやさしい、救い主のもとに来なさい、傷を癒やそう。私に呼びかけ、祈ることに、疲れてしまわないように、いつも共にいる。あなたたちを愛し、一人ひとりを祝福し、家族全員を祝福する。

(後ほど、聖母より)

子どもたちよ、イエスに近づきなさい、皆を十字架の上からお呼びです、あなたを愛されるように、互いに愛し合い、イエスをお喜ばせなさい、掟のすべてはただ一つの命令に要約されるからです:「隣人を自分のように愛せよ2」 

御心のうちに平和と愛を見いだし、その平和と愛を受け取って、あなたたちの間にひろめ、神ご自身の愛で、世界中を満たしてください、私の子の与えているこの歓びで、自らの心を満たすように、小さな者たちよ、祈り、祈って、神と語らいなさい、天の御父と絶え間ない繋がりを持ち、熱心に祈りなさい、あなたたちの祈りが御父に届くよう、愛を込めて祈り、あなたたちの祈りを感じていただきなさい。

ああ、子どもたちよ、あなたたちをどんなに愛していることでしょう! いつもともにいます、私は今ここに、あなたたちと一緒にいます、そしてこの場を離れて、あなたたちが家に入る時も一緒です。私たちは常に現存し、永遠にそうあるでしょう。父と子と聖霊の御名によってあなたたちを祝福します。

「私たち共に」

(主はガラテヤ書5章と6章を集会で読むように仰しゃいましたので、そうしましょう)

  1. シラ24・33。
  2. ガラテヤ5・14-15。