私の石版となりなさい

1987年10月6日 (ノート16)

(自分の無力さを感じました。実際そうなのです。無知と理解の遅さのために、神をお喜ばせしていません。こんな自分に不満を感じています。主が私のことを被造物の中で誰よりも「ずば抜けて」みじめだとおっしゃったのも、全くそのとおりです。事の始まりがどうだったかなんて、今はもう絶対言いたくありません。私自身のことを話しているのに気付いたからです。その頃の私は邪悪で、とても醜悪です。けれど、友人や人々はどんなふうに始まったのかを聞きたがり、説明を強いられるのです。そして説明を進めていく中で、自分自身について何かを話す度に、自分への嫌悪感を禁じ得ず、それで、もうこれからはどう始まったかは説明するまいと思うに至りました。そうすれば自分について語るのが避けられます。他の人たちから教えてもらえばいいと思いました。彼らが好奇心を持ったとしても、私がそれを満足させることはもうないでしょう。これを信じて読みたいと思うならば、神御自身がその人たちを照らしてくださるでしょう。私はもう自分自身の証しはしません。すべてを神の御手に委ねます。神は不可能を可能になさるお方、だから、これからはただの神の鉛筆となり、紙となり、秘書となります、神を愛するように教えられ、神のことを書き取る秘書に、神の石板になります。)

そう、私の石板となりなさい、あなたに私の言葉を刻みつけさせなさい。だが柔軟でありなさい、私の言葉を深く刻みつけることができるように。

(我を忘れて床の上に座り込んでいました。主は私を御覧になり、思い出させてくださいました。私はひざまずきました。)

愛している、ヴァスーラ、あなたと私は共に、私の十字架を担っている。
 聞きなさい、あなたは私の魂の愛する者、それをまだ理解していないのか? 感じなさい、あなたの神である私が、どんなにあなたを愛しているかを感じなさい、私の子、心から愛する花嫁よ。

(イエスが私を包み込んでくださっているのを感じました。)

耳を傾けなさい、ヴァスーラ、天全体に私の叫びがとどろいている、私の熱望は揺るぎない、あなたたちの耳に届いたはずだ。柔軟さを熱望している。あなたたちが柔軟でなかったら、どうやって一致できるだろう? 私の教会を一致させたい、私を感じ、私の声に耳を傾けてくれるか?

私の神よ、なぜ教会のトップの方たちにあなたのメッセージをお知らせにならないのですか?

知らせる、娘よ。私の教会を飾りなさい。私を愛しなさい。教会は生き返る!

(イエスのすばらしいお姿を見ました。荘厳で、栄光に満ち、王として勝利を得られた美しいお姿で、御手を上げて指を立て、一つのしるしを作って見せてくださいました。それはまるで、勝利の合図をしておられるかのようでした。)