1987年9月のメッセージ

悔い改めよ、被造物よ、私が訪れる前に

1987年9月1日 in ノート15

忠実さは私の愛するもの。ヴァスーラ、あなたを私のもとにまで引き上げて、幻(ビジョン)を与える。天国がどのように現れるかを見せてあげよう。

(空が示されました。星があり、いつもの夜空と変わりませんでしたが、しばらくすると変化しました。絵の具で斑点が描かれているようでした。まるで画家のパレットのようでしたが、ある色が他のどの色にも勝って際立っており、支配的なのです。それは赤色で、厚みがあり、イースト菌のようにだんだん膨らんでいきました。それが上から私たちにくだって来るのです。)

ヴァスーラ、私は、目が見たこともないものをあなたに見せ、天を開くであろう。あなたはよく識別できている、目を覚ましていなさい。私が見守っている、私に耳を傾けるように。書きなさい。私は時の初めから私の被造物を愛してきたが、その被造物もまた私を愛し、私を彼らの神として認識できるように造った。時の初めから、私はこの手で創造したすべてのものを聖化した。私は愛の神、卓越した愛の霊である。被造物よ、時の初めから、私は人類に対して愛を示してきたが、同時に義も示してきた。被造物が私と私のおきてに反逆する度に、私の心はこわばり、彼らの邪悪さを嘆き悲しんだ。私が愛の霊であり、彼らもまた霊であることを思い起こさせるために私は来た。彼らが地上では過ぎ行く影に過ぎず、ちりから造られ、そして彼らの上に落ちる私の雨の最初のしずくが、彼らを跡形もなく洗い流してしまうことを思い起こさせるために私は来た。私は彼らに息を吹き込んだ、私の息を、彼らにいのちを与えて。
 この世は絶え間なく私に背いてきたが、私は、私の側からは、絶えず彼らに私の存在を思い出させてきた、そしてどんなに彼らを愛しているかを。私の義の杯は満ちている、被造物よ! 私の義があなたたちの上に重くのしかかっている! 一致して、私のもとに立ち帰り、私を尊びなさい! そうするなら、私の義を取り消そう。私の叫びはとどろき、きたるべきことのために私の天使たち全員を震えおののかせたまま、天全体を揺るがす。私は義の神であり、私の目は、偽善、無神論、不道徳を見るのに疲れ果てた。私の被造物は、その退廃のうちに、ソドムの写し絵となってしまった。私の義によって、あなたたちに雷鳴をとどろかせよう、かつてソドムの人々にとどろかせたように。悔い改めよ、被造物よ、私が訪れる前に。
 実に、私は前もって何度もあなたたちに警告してきたが、あなたたちは私の指示に従わなかった。警告を与えるために聖人たちを育て上げても、娘よ、彼らは心を閉ざしてしまった。私の被造物はむしろ情欲のうちに生き、私を無視したいのだ。彼らを目覚めさせようと、私はいくつものしるしを与えてきた。

私の神よ、あなたの子どもたちはただ眠っているだけなのです。どうか、彼らを目覚めさせに来てください、彼らは眠っているだけなのです。

彼らは何時間も何時間も、何年も何年も眠り続けている。

でも主よ、教えられていないのだとしたら、誰が彼らを責められるでしょう? あなたについて何も知らないとすれば、彼らにはほとんど罪はありません。

地上で彼らに教えるために、私はしもべや教師を育てた。

でも主よ、あなたの教師たちもしもべたちも一生懸命働いていますが、人々が群を成して否定的であれば、手の下しようもありません!

手の下しようがないと言うのか? 彼らは悔い改めるべきである、私のもとに来て悔い改めるべきだ。幾時代にもわたってしるしを与えてきた、だが彼らは私からのものではないとして拒絶した。弱くみじめな魂を通して警告を与えた、だが彼らは私の言葉を疑った。私からのあらゆる祝福を拒絶し、私を深く悲しませた。ああ、石の心を持つ者たちよ! 信仰の薄い者たちよ! もっと心があったなら、でさえ、もっと心があるなら、助けることができたのに。私は眠っている彼らを揺り動かした、だが何度その目を閉ざし、再び眠りに陥ったことだろう。

あなたがしるしをお与えになるとき、どうして彼らはそれを世に知らせないのでしょう?

知らせた者もいる、だが私の聖職にある魂の大部分は、心を閉ざし、疑い、恐れた。彼らの多くが恐れている。ヴァスーラ、ファリサイ派のことを覚えているか?

はい、主よ。

彼らの多くがファリサイ派にそっくりだと言わせてほしい。疑いと恐れに満ち、虚栄と偽善によって盲目になっている、彼らに何度しるしを与えたか知っているか? 何百回も与えた、それなのに彼らはどうしたか? 時代は変わっていない、私の聖職にある魂の多くは全く同じ、ファリサイ派の生き写しだ! しるしを与えたが、彼らは証拠によって説明できるしるしを求める。彼らは証拠を求めるのだ。

かつて彼らにお与えになったしるしについて、彼らに証拠を一つ与えてくださいますか? そしてこの啓示に対しても、何か証拠を

彼らに与える証拠はあなた、あなた自身だ、子よ。

でも主よ、それでは説得力がありません。私には説得することができません。説得する力がないのです! 彼らは私の顔を見て公然と笑うことでしょう。

私があなたを祝福した。

ですが主よ、私ならあなただと分かります。他にも二、三人は。でも多くの人々は反対するでしょう。あなたからだという確実な証拠が何一つないのですから。私は無に等しい者で、あなたはそれをご存じです。

娘よ、私をすべてとしなさい、無であり続け、私をあなたのすべてとしなさい。あなたが小さければ小さいほど、私がより大きくなる。今や私は、私の義を人類の上に置いた、彼らの上には自分がいたものの報いがある。

解決策はないのでしょうか、つまり、何とかしてすべてがあなたのお望みどおりになるような、そしてそれによって、あなたの義が取り消されるような?

ヴァスーラ、私の聖職にある魂たちに、私が拒絶されるのではなく、今受け入れられるなら、私は私の義を取り消そう。彼らに警告したが、彼らは私の警告を隠したままだ。

彼らがなぜそのようなことをするのか、どうか教えてください。

彼らは私の全能と私の豊かさを忘れてしまったようだ、何もかも同じ条件でまとめてしまいがちだ1。彼らは見なければ信じない。私を深く悲しませ、私の祝福を重視しようとはしない。
 被造物よ!2 被造物よ! 私の教会を生き返らせなさい、ヴァスーラ、私を尊びなさい。時が近づいている、愛する者よ、時は目の前に来ている。愛が愛として再び来るであろう

ありがとうございます、主よ。あなたを祝福します。

(この三日間、私の魂のうちに説明できないような苦悩がありました。9月1日から4日の間にです。)

恐れないように、そして前進しなさい

1987年9月4日 in ノート15

(私の個人的なメモに、イエスが驚くようなメッセージを下さいました。そのメッセージを置いたまま、私は立ち上がりました。その後、書くために戻ると、イエスは同じメッセージを繰り返されました。私は恐れ始めました。私の思いはかつてのようにまた混乱し始め、「どうして私に?」と、自分自身と神に問いました。このすべての書き物は、どうして始まったのでしょう? なぜこんな気持ちになるのでしょう、神と結ばれているような気持ちに? 一年半前の私はどうだったでしょう、そして今の私は? 今の私は真理のうちに生きており、起きているすべてのことに責任を感じています。神をお喜ばせしなければならないと感じています。ところがまたも疑いが沸くのです。イエスを試みてしまう疑いが。疑いを持ったままイエスのもとへ行きました。イエスはそれが分かっておられました。私は自分自身で自分の手をコントロールしながら、頭の中にある個人的なことを書かねばなりませんでした。)

イエス様?

私だ。さて? もう一度試してごらん1
 書きなさい … 書きなさい! 愛 愛 愛 愛。

(三つの点は、書こうとしても書けない私の葛藤を表しています。すると主が「書きなさい」とお書きになりました。そして私の手を押し下げて、四度も、愛と書かれたのです。その間、私は自分の手を止めようと葛藤していました。)

私は愛である。あなたの肩に、私の平和と愛の十字架を置いたことを思い出させよう。上げて! 上げて! 持ち上げなさい! 持ち上げなさい! 娘よ、私がなぜあなたを育てたか悟ったか? 私の教会を一つにしてほしいからだ、祭壇よ、あなたたちは真理を知恵ある者の口からではなく、乳飲み子の口から聞くと私は言わなかったか? 知恵ある者たちは聞くには聞くが理解せず、見るには見るが認めないと言った、なぜなら彼らの心が粗野になってしまったからだ。彼らは耳をふさぎ、目を閉じてしまった。
 ヴァスーラ、あなたを死者の中からよみがえらせた、知恵によって教え導きながら。恐れないように、そして前進しなさい。

(イエスは、私が主と向かい合っている幻(ビジョン)を下さいました。けれど私には確信がありませんでした。すると主は私の両手を取って、後ろ向きに歩かれたのです。私に歩いて前に進むようにと、私の手を引かれました。)

ああ、娘よ、どんなにあなたを愛しているか! 花よ、あなたが感じているものはすべて私から来ている、前に進みなさい。

(まるで初めて歩き出したような気持ちになり、どきどきしました!)

ヴァスーラ、あなたの臆病なところは私を夢中にさせる。娘よ、次の言葉を書き取りなさい。

ガラバンダル

ヴァスーラ、私があなたを眠りから目覚めさせたのは、あなたを起こすためだけではなく、用いることができるようにするためでもあった、愛する者よ。あなたを清めるのは、あなたを洗い清めるためだけではなく、あなたが私の現存を感じ、あなたを私の現存の中にとどめることができるようにするためでもあった。あなたを用いるのは、私のメッセージと私の望みを書かせるためだけではなく、私のガラバンダルの小さな子どもたちへの私の祝福を書き記すためでもあった。
 私は、私のメッセージの栄光がたたえられるようにするために来ている、祭壇よ、この炎を燃え立たせ続けなさい、私の力によって、私の教会を修復しよう。私を愛しなさい、ためらわずに、私にもたれかかって休みなさい、あなたが前進できるように助ける。時は近づいている、私と一緒に祈りなさい。

「御父よ、
あなたの御腕の中に私を救い出してください、
あなたのそばで休ませてください、
御父よ、私を受け入れてくださるとき、
私を聖化してください、
私が人をゆるしたように、私の罪もゆるしてください。
私の父である神に栄光がありますように、
あなたを祝福いたします。アーメン。」

ガラバンダルの出現は真正のもの

1987年9月5日 in ノート15

ヴァスーラ、恐れないように、ガラバンダルという言葉を書きなさい。
 ガラバンダルは他のしるしの続きである。ガラバンダルの出現は真正のものである。まだ見たことのない者たちは皆信じなさい。信じなさい、信じなさい、娘よ、あなたを通して私をはっきりと現すことができるように、あなたを用いてきた。私の母は、私の選んだ魂たちに出現された。彼らの口を通して真理が語られたが、私の聖職にある魂の多くがそれを疑わしいと宣言し、中には全面的に否定する者もいた。
 このガラバンダルへの疑いを取り除くために、私はあなたを通して私自身をはっきりと現した。ガラバンダルの出現は真正のものであり、私の子どもたちは私の母を本当に見て、母のメッセージを耳にした。ヴァスーラ、より厳しい試練があなたに訪れる、それはあなたの肩にのしかかる私の十字架をさらに重くし、私の義の杯を大きくする。私は世に前もって警告した。

私の神よ、この出来事を知っている人々は、恐らくほとんどいません。

確かにそうだ、多くの者が知らずにいる、私の聖職にある魂が疑いや恐れを持っているために。疑いによって、彼らは私の天のわざを否定している。彼らは私が全能者であることを忘れてしまった。心がかたくなになり、自分の霊性を失ってしまった、盲目となり、光もなく、知恵もないままに探し求めている。
 私のわざはすべて、いつも識者ではなく、ただの子どもたちに与えられてきた。彼らの目には私のわざは異端的に映る、だがそれは、彼らが自分自身を私と同等と見なしているからだ。
 時の初めから、私はあなたたちを見捨てたことはない1。ヴァスーラ、ファリサイ派の人々のことを覚えているか?

はい、主よ。

彼らはある時、モーセの律法に反した説教をしていると言って、私を非難した。今日とどれほどの違いがあるだろう? 混乱させたとか、彼らの律法に反しているからと言って、私を責め立てたのだ。今日の非難や疑いも、これとあまり変わらない。言わせてほしい、啓示や出現、そしてこのメッセージを否定する者たちは、私を傷つけているのだということを。彼らは私の体を突き刺すいばらのとげである。少し前にあなたにこう言った2、天の力によって、血を流している私の体の、まさに深みへとまっすぐにあなたを導くと。私を傷つけている者たちを、私の指であなたに指し示すと言った。私はイエス・キリスト、神の愛する子。ヴァスーラ、恐れないように、あなたの目の前にいるのだから。

私の子どもたちを私の周りに集めなさい

1987年9月6日 in ノート15

イエス様?

私だ。あなたを見捨てたりするだろうか? 花よ、愛の花輪で私を囲みなさい。私の子どもたちを私の周りに集めなさい、私に彼らを祝福させてほしい。彼らを待ち続けていた私は、この瞬間を待っていた。彼らを出迎えに行き、祝福した。私の愛する者たち、私自身の者たち、私の羊たちを集めなさい。私のために彼らを抱き締め、私のために彼らを優しくなでてやり、私の約束を彼らに思い出させなさい。彼らを愛し、彼らを一つにするように。私にもっと近づきなさい、知恵によってあなたを教え導かせてほしい。

信じることも恵み

1987年9月7日 in ノート15

平和があなたと共にあるように。

またあなたと共に、主よ。

花よ、私を吸収しなさい、私の光があなたを照らすようにさせ、そしてあなたの心配事が小さくなっていくように。私の息がそれらを吹き飛ばすと、その骨組みは倒れ、一掃して、あなたにほほ笑みだけを残す。私の正義のしずくがあなたを飾るであろう、花よ、今日の私のメッセージを受けなさい。恐れないように、あなたが生まれるはるか以前から計画を立てていたのだから。

それはつまり、私にであれ、あなたのメッセージにであれ、皆に対してであれ、何が起こるとしても、すべてあなたの御意志だということでしょうか?

そうだ、愛する者よ、何が起こるとしても、それは私から来る。

あなたを裏切ってしまうのではないかと心配です、主よ。

私の計画をどうやって裏切るというのか、考えてみなさい、あなたは無である。無である者が、どうしたら何者かになれるというのか、しかも、たとえなれたとしても、私の計画を裏切るほどの者に? だがあなたは無だ、だから心配することはない。すべてを私の手に委ねなさい。ヴァスーラ、私はあなたの師である。私と共にいるときは恐れないように

申し上げたいことがあります。どうか聞いてください。

遠慮は要らない。

時折、自分の気が完全に狂っているのではないかと思うことがあるのですが、ご存じでしょうか? 正気ではないというか?

知っている。

でしたら、いずれこのことをお話しする人々のことを考えてみてください! 彼らはショックを受け、自然的な説明を見つけることができると言うでしょう。全く信じようとはしないでしょう。

信じることも恵みである。信仰を持つこともまた恵み、私の天のわざを見て、聞いて、理解することも、すべて私が与えた恵みだ。

はい、主よ。

ヴァスーラ、あなたと共に働いてきた。娘よ、私を尊びなさい。

あなたの助けがあれば、裏切ることはないでしょう。

では、私の母からのこの言葉に耳を傾けなさい。

ヴァスーラ、pethi 1、恐れないで、私が共にいます。私の息子イエスは、あなたが求めた証拠やしるしに対して、はっきりと制限をお与えになりました。でもそれには理由があるのです。それでも、イエスはあなたに信じる恵みをお与えになり、知恵によって教え導かれました。ヴァスーラ、あなたは本当に盲目的に信じてきましたね。

そうでしょうか?

そうですよ、そうでなければ、私たちのもとに来て、書く熱心さはなかったでしょう。自分自身を主のむねのままに使っていただこうともしなかったでしょう。そのようにしたことは、愛しい子よ、あなたが盲目的に信じたことを証明しており、御父はそれをとても喜んでおられます。あなたの信仰は偉大です。イエスはそれを通して、他の人々にも、信仰を持つこと、天のわざを盲目的に信じることを教えたいと望んでおられます、純真でありなさい、神が喜ばれる子どものようでありなさい。

もし彼らがそうしなかったらどうなりますか、マリア様?

あなたの苦しみは非常に大きくなるでしょう2。あなたはイエスのお姿を写す鏡のようになります。子よ、あなたの上に、イエスの苦しみが映し出されるでしょう。

彼らが信じずに軽蔑するなら、イエス様は苦しまれるということですか?

そのとおり。イエスは苦しまれます。あなたの上にイエスの苦しみが現れます。

ですが、主があらかじめご計画を立てておられたのなら、どのような矛盾も起きないように、彼らがそうならないようにすることはおできにならなかったのでしょうか?

子よ、人間はそのように考えがちです。主の教えを忘れないように。イエスは御自身のわざが恵みによって人々に受け入れられることを望んでおられるのです3

イエス様は、誰かが私を傷つけたいと思っているのを目にしたら、そのまま見過ごすことはないとおっしゃいました。

確かにそうおっしゃいました、そして、娘よ、私も言っておきます。そのようなことを私も見過ごすことはないと! 愛しています、彼らがあなたを傷つけるのを私が見ることはないでしょう。

(この時、とても心が打たれました。)

私は臆病者です。怖いけれど、あなたとイエス様にしっかりつかまっていきます。

娘よ、さらにもう一つ教えましょう。神は御自身の義を人類に科されました、主の杯は今やあふれんばかりです。注意してよく聞きなさい、これらの言葉を超えたことがもっと多くあります。神の栄光をたたえなさい、ヴァスーラ。私はあなたの聖なる母です。娘よ、私に頼りなさい。懸命に努力することに疲れないように。覚えておきなさい、イエスは十字架につけられる途上で、誰からも見捨てられてしまったのです。イエスはたった独りで十字架を担われました。

はい、お母さん。主が下さるもの以外は何も求めません。

ヴァスーラ、あなたが差し控えている質問に答えましょう。彼らがまたも信じないのなら、神の怒りは増し、神の義の杯を大きくするでしょう。ちょうど神があなたにお与えになった幻(ビジョン)のようになります4。祈り、償いなさい、時の終わり5が近いのですから。

はい、お母さん。神があなたを祝福されますように。

私、イエスである。小さな子よ、小さいままでいるように。互いに語り合おう。今日という日を分かち合おう。私をあなたの聖なる道連れにしてもらいたい。

主よ、私こそ、あなたと語らせていただいてもよろしいでしょうか。あなたの現存を忘れません。

行こう、私たちで共に。

私は戸の前に立っていて、扉を叩いている

1987年9月7日 in ノート15

娘よ、あなたに平和があるように。これからもう一度言う私の言葉を思い出しなさい、今こそ、特に思い出すように。

 「主である私は、戸口に立って、たたいている。誰か私の声を聞いて戸を開ける者があれば、私は中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、私と共に食事をするであろう。勝利を得る者を、私は自分の座に共に座らせよう、私が勝利を得て、私の父と共にその玉座に着いたのと同じように。耳ある者は、聖霊が諸教会に告げることを聞くがよい。」

 娘よ、彼らに伝えなさい、彼らに伝えなさい。私の言葉を忘れてしまった彼らに、私の言葉を思い出させなさい。

イエス様、お助けください。

いつでも助けてあげよう、ヴァスーラ。

(ほっとしました。)

主よ、感謝します。

私を喜ばせ、私を受けなさい

1987年9月8日 in ノート15

ヴァスーラ、私を歓喜させなさい、私を受けなさい。私に従ってほしい。私のせいひつで会えるよう、あなたを連れて行こう。私を受けなさい、そうすれば祝福する。1

あなたを愛している。

愛しています、主よ。今行きます。

知恵は聖書の中にある

1987年9月9日 in ノート15

ヴァスーラ、今から与える言葉を人々に知らせてほしい、この言葉が至る所に広められるように願う。「主である私は、ガラバンダルの私の子どもたちを祝福する」。
 ヴァスーラ、彼らを祝福しなさい、彼らを一つにしなさい。

あなたの助けによって、すべてを行います、主よ……

(すると、「地獄全体が荒れ狂い始めました」。サタンは激高しています。その手下たちも。彼らは名前すら持っています。私を攻撃しているのが誰かも分かります。)

ヴァスーラ、来なさい。彼らがどれほどあなたを憎んでいるか分からせてあげよう。恐れなくてよい。

(イエスは私を地下へと引きずり込まれました。そこに私たちは立っていました。ぬるぬるしてべっとりとした黒い泥の中に両足がつかっていたので、地獄だと分かりました。そこは洞窟でした。イエスは耳を澄ますように言われました。「さては、またあの女だな。新手のくそばばあめ! さあボー、抜かるなよ、あの女を痛めつけろ、永久に不具にしちまえ、痛めつけるんだ、俺たちが勝てるように。虐待しろ、俺があの女と他の被造物ども全員に抱いている憎しみを、あの女が感じるようにな。サビ、お前も行ってあいつを傷つけろ。俺はお前ら全員を憎んでいる!」 サタンはこの時も狂人のようでした。イエスは私を元の所へ引っ張り出してくださいました。)

こうしてサタンの憎しみの声を聞いたのだから、書くのをやめさせようとして、彼がどれほどの決意をもってあなたを追いかけているかが分かったであろう。私、イエスは、あなたを愛し、私の翼の下にあなたをかくまっている、一瞬たりとも、あなたを私の目の届かぬ所に放って置くことはない。

(しばらくして)

ヴァスーラ、そのような本を読むのはやめなさい、それらには何の知恵も真理もない。知恵は聖書の中にある。私の言うことを聞いてくれてうれしい。

(一日中のほとんどを黙想して過ごしていたので、あまり多くのことができませんでした。いつのまにか時間が過ぎてしまったことに気付き、食事の用意に行きました。用意し始めるとすぐに、私を見守っておられたイエスが、私の仕事をさえぎって声をかけてこられました。「ヴァスーラ、私のために一瞬だけ時間があるか?」私は「はい、あなたのためなら一瞬どころか、何百万もあります」と言いました。私は仕事を離れ、書きに行きました。主は、私が読んでいたある本を読むのをやめなさいとおっしゃったのです。それは良い本ではないと。その本は、それまで私が聞いたことのなかったようなことについて、またいろいろな伝説や宗教のことなど、すべて神学者ではない人々によって書かれたものでした。)

(その後、晩になって)

私の顔のあらゆる部分が傷つけられた。

せいがいの写真を見ていました。)

私が見ているすべてがでしょうか、主よ?

そうだ、すべてだ、彼らは私のあごひげの一部を引きちぎり、右目を傷つけた。

イエス様、何と言ったらよいのか分かりません。

言いなさい。あなたを愛していると!

あ な た を 愛 し て い ま す。

ヴァスーラ、落胆してはいけない、絶対に。あなたと共にいる。私たちは共に、私の十字架を背負っている。

今や途方もない償いが求められている

1987年9月10日 in ノート15

愛している。私が来て、あなたを救い出すときまで。盲目的に私を信じなさい、ヴァスーラ。

イエス様、私のことでとても気を悪くされるときが度々あると思います。私が疑いに陥ってしまうときです、そのようなとき、私はある掛け算の答えになってしまいます──トマスに十を掛ければ、その答えが私です。

花よ、あなたは弱くてもろい、だが、そのもろさゆえに私は引きつけられる、そのすべてを私が知らないだろうか? 私はあなたの力である。

(イエスは私の耳元で何かをささやかれました。それは秘密にしておきます。)

ヴァスーラ、ガラバンダルは一連の奇跡の中の一つだが、それらの奇跡の間に、私は別のしるしも与えてきた。

どの奇跡のことか書いていただけますか?

書きなさい。ルルド、それからファティマ、そして今書いてほしいのが、サン・セバスチャン・デ・ガラバンダルだ。私の栄光をたたえなさい! 私が世の光であることを思い出しなさい。

(イエスは突然、私が昨晩見て忘れてしまっていた夢を思い出させられました。それは最近見た幻(ビジョン)そのものだったのですが、夢の中の方がもっとひどい状態に見えました。)

聞きなさい、あなたが眠っている間にこの幻(ビジョン)を見せた、あなたにそれを感じさせるために。いいや、どこにも逃げ道はない!

(巨大な波のようなものがやって来るのを見た時、無理だと知りつつも、何とか逃げて隠れようとしたのを思い出しました1。)

でも、あなたが私たちを愛してくださるのなら、なぜこんなことをなさるのですか? どうして?

私は愛の神として知られているが、同様に義の神としても知られている。

これを止めるために、私たちに何ができるでしょう?

あなたたち皆には途方もなく大きな償いが求められている、あなたたちが一致し、一つになって、互いに愛し合い、私を信じ、私の天のわざを信じることだ、私はいつもあなたたちの間にいるのだから。

不忠実さという人の弱さ

1987年9月11日 in ノート15

ヴァスーラ、あなたに言わせてほしい、知恵は、あなたにただ平和を見いだすように教えただけではない。知恵は、あなたをただミルラで覆い、その卓越した愛であなたを香らせただけではない。知恵は、あなたに曲がりくねった道を通らせて恐れを抱かせ、今やあなたを見捨てようと試練に遭わせたのではない。そうではない、ヴァスーラ、私はあなたに来てもらいたいところに導いてきたのだ。私が始め、祝福したことはやり遂げる、さあ、私の肩の上で休みなさい。

(しばらくして)

小さな子よ、人々のうちに忠実さを見いだすことはめったにない。
 不忠実さという人の弱さに警戒してほしい。愛している、あなたがどれほどもろいかを知った上で、あなたを支えよう。花よ、あなたに口づけさせてほしい。

(私は神にもたれかかり、神は私の額に、御自分の子どもである私に、口づけされました。)

あなたを愛している、あなたを聖とし、解放した。さあ、私とあなた、あなたと私、私たちで共に、私を熱烈に愛し、尊びなさい。

(あなたを愛します。聖なる父よ、あなたの両手に口づけさせていただいてもよろしいでしょうか?)

いつでもそうしなさい、娘よ。

(主の両手首に口づけしました。)