私の教師たちに私の教え方を思い出させたい

1988年8月29日 (ノート27)

イエス様?

私です。あなたに平和。

あなたをいかに大切にし、私のもとに引き上げたかを悟るように、私のヴァスーラ、私の教師たちに、限りなく豊かな私の愛を思い出させたい。私がやさしさに満ち、柔和で穏やかなのを思い出させたい。私は愛をもって教える、あなたを愛をもって教えてきた。愛と、寛容、忍耐をもって、あなたを育てた。しばしば私のわざを続ける意志を問うて、主である私は、あなたの自由を尊重してきた。無理強いしたことはなく、あなたにきつく臨んだこともない。愛と、大いなるいたわりをもって養った。私の弟子たちには私の教え方に従い、広めるようにと教えた。私の小羊たちを穏やかに、愛をもって導くようにと教えた。

今日私の教え方が、忘れられているのはどうしてか? 不毛な気晴らしと融通のなさが、私の家で幅を利かせ、神に由来するものをすべて失ってしまったのはなぜか? 私の家は人間的な決まりや、人間的な考え方によって*、今日無気力で、締まりがなく、荒廃している! 私の家は「自由」が、もはや何も意味を持たないような規則にしばられている。

私のヴァスーラ、私の鳩よ、私とともにいるので、あなたには自由がある。私はあなたの師、道は案内するが、自由を与えている。どのような時も、無理矢理にしてもらったことはない。あなたに私のわざを押しつけたこともない。他に対する責任あるすべての人びとと、私とのやり方では全く違う、主であり、あなたに君臨する私は、常にこの言葉を用いて近づいた:「……するのを許してもらいたい」と。

私の家は変わる必要がある、私の家は私のやり方を思い出す必要がある。私は(I Am)愛。

* ある枢機卿や司教が教皇を侮って。