私はあなたの聖なる者、しかしあなたは私を非難している

1988年11月15日 (ノート29)

(今日は肩にイエスの十字架を感じました。主の御心が恐ろしいほどの痛みで満ちているのが感じられます。主はなんとお苦しみでしょう……それは世が主を拒むからです)

主よ。

私です。

十字架を感じ、私を休ませてくれるように、私の光の子よ、本当に疲れ果てた、傍らにいてほしい、この悲しみのさ中、慰めてもらう必要がある。私のヴァスーラ、聞いて書くように。

ああ、被造物よ! 私の種子よ! 私はあなたの聖なる者、しかしあなたは私を、非難している、はるか永遠から、愛し続けてきたが、あなたは私を、蔑んでいる、死から救い出したが、それでいて私を攻撃する。日々あなたを私のパンで養い、私のぶどう酒で満たしてきた、しかし悪をもって私に背いている。私は愛に渇くが、あなたは私を渇いたまま、見捨てた、あなたが疲れているのを見ては私の心のうちに迎え入れ、休ませたが、それでいて、私が疲れている時は、拒む。私の心を開いて、あなたがどう傷つけたかを見せるが、悪に眼がくらんだあなたは、私を刺し続け、幾度となく、私の心を刺し貫いている。あなたを迎え入れ、抱擁しようと腕を広げるが、あなたはそっぽを向き、背中しか見せない、優しさをこめて、暖めようと、私の聖心を開き、あなたを訪れても、私の面前で心の扉を閉ざし、外の寒さに、置き去りにする。物乞いのように一日中、あなたを呼び続け、引き上げ、癒やそうと、手を差し伸べている、にもかかわらずあなたは、私を無視し 拒絶する。私の眼も、御母の眼も、苦しみで疲れ果て、体はもとの姿をとどめないほどに、傷で痛めつけられている。あなたに求めるのは、平和と愛だけだが、私の嘆願を聞こうとはしない……私はまず、私自身の者たちのもとを訪れた、しかしここでも、彼らに拒まれ、蔑みと迫害を受けた。あなたたちは私を追い立て、道化のように扱い、裏切った(*1)……その裏切りによって、私に残された、最後の一滴の涙も、流し尽くした、あなたたちの悪意は、永劫を貫き、悪魔たちでさえ、その悪意に唖然としている。

ああ、ヴァスーラ……同情と深いあわれみにより、注意を与え、死から救い出そうと、私はやって来た、私自身の者たちに、あなたを遣わしたが、彼らは私の声を、押え込んでしまった、明るみに出て、己の非が露になるのを恐れて。私の声を押え込み、真理の霊を迎え入れないので、私は彼らの罪を、よそ者たちによって暴かせる。あなたたちの家の屋根の上で、ラッパのように私の声を響かせよう(*2)…… 私のことを全く知らない、よそ者たちによって、私は受け入れられた。戸を叩くと、中に入れてくれた。貧しいながら、彼らの糧を分かち合い、その貧しさゆえに、私を探し求めてはいなかったが、それでいて、私を見いだした。一番の友人たちによって出来た傷を彼らに見せると、それを見て、彼らは私の傷の前に膝を屈め、傷の深さに打たれ、私の体に加えられた暴行に心打たれ、心は蝋のように溶けた、泣かないでよい、私の子よ……

私の声は、よそ者に運ばれて行く、そのこだまを聞いたなら、私から発せられたと知るように。私を求めたことのない、よそ者によって、私は高められ、それまで私を知らなかった人びとから、栄光を受ける、そして私は、彼らの師となり、教えを説く、彼らの欠点を消し去り、道理を説く、彼らは私を理解しよう。彼らが私の傷を、癒やす。 

私は牧者、羊飼たちに打たれ、散らされた、小羊たちを集める、ああ、ヴァスーラ、このすべてはもう、本当に間もなく成就する。

来なさい、私のうちに憩い、私もあなたのうちに、休ませてほしい、愛に結ばれ、分かち合いながら。

はい、わが主よ。

「私たち」

永遠に、アーメン。

*1 イエスのお声は苦みに溢れていました。
*2 間があり、それから悲しみを込めて。