私の聖心はあなたの天国

1996年11月28日 ノート87

(神のうちのまことのいのちの11周年記念)

私のいわおは、祝されますように、
救い主は、祝されますように、
イエスの聖心は、祝されますように、
人類すべてに、その愛を示される聖心よ、
うちなるその宝1は、蜂蜜より甘く、
それゆえ純金にもまして好ましい、聖心よ。

イエスの聖心は、祝されますように、
私を引き上げ、形造られた聖心よ、
ああ、主よ、あなたの不思議を、人類に顕してください、
あなたの素晴らしいご親切を、顕しに来てください!

決して失望はさせない。私は、その魂の太陽、心の悦び、そしていのちの歓喜となるように、私の聖心を与えた。

あなたを生き返らせて、その声を聞きたいと望んでいた……愛をもって私を抱擁しなさい。私への渇きは、傷ついた私の心を和らげるバルサム……来なさい、あなたを通して、親切心と祈りの霊を注ぎ出すのを許してほしい。こうして私の不思議と、愛と思いやりに満ちた慈悲の力を、世に思い出させよう。私の心は全人類を愛する炎で燃え上がる、そして彼らが私を読み進むにつれ、いっそう豊かに成聖の恵みを降り注いで、この炎のうちに引き入れよう。私は無限に恵み豊かな者、そしてこの 2心、息子や娘たちと過ごすのを悦びとするこの心に、皆を引き入れたい。

私の聖心のうちには、豊かさと栄誉、永らえる富と誠実を見いだせる。私の宝は、あなたたちに徳の道を歩ませよう。私の心のうちなるものを見る目は、そしてそれを得る者は、幸せ、いのちを得、御父のご好意を得て、私たちは彼の傍らに立つだろう。そしてこの人を日ごとに悦ばせ、家族にも皆、次から次へと恵みを降り注ぐ。私の聖心は、安らぎを与える香り。あなたのうちなる混沌を照らす太陽のよう。私の聖心は蜜よりも甘く、どの口もその甘美を味わうようにと私は招く。私の聖心は、選りすぐられた薔薇の寝床のよう。私の聖心はやさしさに満ちている。そう、それはさながらいのちの泉。

目を私の聖心に向けなさい、するとその輝きは、あなたの闇夜をま昼の明るさに代えよう。私の聖心を受け止めて抱きしめるなら親密さのあまり、あなたの頭は冠のように、成聖の恵みで覆われ、その足どりを忠実の道に向かわせ、私の栄誉のために血を流すのもいとわなくなろう。悪が悪によって栄えようとも、私の聖心はその無敵なる聖性によって、あなたを護る盾となる。私の聖心は、果実もたわわな木のように、その豊かな葉振りの茂みで憩いを見いだすことができる。私の心より発する火は、魂に光灯す力、いかにまたたく星も、私の心のうちより発する火ほどには、魂のすさまじい闇夜を照らしだせはしない。実に、私の聖心の火は、太陽よりも千倍まばゆく輝く。宇宙の星座をかき集めて束ねたより、千倍の光を放つ。

私のもとには、神の愛、神性なる慈悲、聖なる実、神よりの光、神の甘美、聖い泉、聖なる富があり、近づく者を富ませ、その蔵を私の聖さで満たす。私は、私の民を死から護りたいがゆえに、こう言った。「手に私の心を持って訪ね、貯水池のようにその心を開いて、私の聖なる宝のうちに彼らを浸そう。大海原のように訪ねて、彼らを強固にする」

私の聖所の基を築いたこの心、私の心を何にたとえよう? 夏どきに茂る乳香樹の若枝に? 琴の音に? 水晶のように透きとおったダイヤモンドに? 私の心には成聖の恵みがあるゆえ、その輝きは独特、私の聖心の無敵なる聖性にくらべ得るものは何もない、恵みと美徳にあふれ、それは深遠、おだやかであなたたちのうち最もみじめな者にもいたわり深い。

私はみことば、そして神の言葉にはいのちがあり、躍動に満ち、私の心も躍動している。私の心の栄光は犯しがたい。あなたに助けが必要なときは、好意的で慈悲にあふれている。私の心は恵みの玉座、私の好意に信頼しなさい。あなたの無知を慰めたい、勇気を失わないように、私の聖心のうちには永遠の住まいがある。

私は神のみことば、口からは鋭い剣を発している。私はここにいる、そして私の心は剣を用いて、あらゆる正すべきことに取り組んでは正していく。私の聖心は複雑ではない。私は複雑な神ではない。燭台の明かりのように、内側からも外側からも輝きいで、全く透明であり、それゆえ決して誤った道をたどらせない。そしてやがては聖性を賜るだろうと、道中元気づけながら歩ませる。私の聖心はまこと透明で清く、それは世の光。救いもたらすあらゆる富がそこにはあるゆえ、私の聖心は、神聖で抗しがたい。この心を愛深く受け入れるなら、その人は敬虔に、忠実と敬意をもって、私たちを三たび聖なる者ともう認めている。そして私は私の神性のうちに、この人を永遠のいのちへと導こう。

人間にとって愛すべき私の聖心は、それゆえ人類への愛で高鳴っている。幼子のようにして近づくなら、私の聖心を手のひらに載せて与えよう。こうして私の宝を目の当たりにし、その神秘と秘密を明かす知恵ある言葉に触れるなら、私への聖なる畏れに捉えられ、私が、三位ながら、本質的な一致のうちに一つであり、神であって、世のあらゆる富、そしてあなた自身のいのちにも増して大切なものだと気づくだろう。

ああ、ヴァスーラ……私のうちには、慈悲が見いだせる、それでいて私の子たちの何と多くが、この慈悲深い心を捨て去り、あなどっているか。地上に追放されてはいても、被造物よ、目を見ひらいて、私の聖心を観想しなさい、私の心に刻まれた不思議が分かるように、目と耳を開きなさい。この計り知れない宝を、あなたには隠さない。追放されてはいても、私は心の扉を開く、そうするならみじめなさ中あなたは、私の心の荘厳さを観想し、魂は、私に治めてほしいと絶え間なく希う思いに圧倒されよう、そして私の定めはそれぞれが、悦びとなり、導くものとなる。そのときあなたは自ら進んで、生けにえなる者の生けにえ、十字架にかかった者の十字架となるように申し出て、誰が、この追放の身なるあなたを、追放された者のうちに、見いだしたかを思い出し、恥を恐れず、私の定めを、世に宣べ伝えるだろう。そのときは私に聖心を指し示して、このように言う、「主よ、いつまでもここにいます、ここは、私の選んだ住まい」

みことばの本質とは、忠実、そして私は、忠実で真実な者として知られている。私の心に偽りはいっさい見いだせない。正しい裁定に満ちあふれる私の聖心は、あなたにとってまことの天国。私の聖心のうちに、真珠の値打ちにまさる安定を見いだす人は、幸せ。うらやむべき何だろうと、それに匹敵するものはない。私の息子、娘たちよ、この聖心に匹敵するものは、何もない、私はアルファであり、オメガ。そして私の聖心のやり方は、心たのしいもの、私たち3が切に願っている親密さへと、導き入れる。

私の聖心を何にたとえよう? 園を肥沃にする噴水に? そう、渇く者がいるなら、私のもとに来なさい! その人は来て、飲みなさい。私の心からは、生ける水が湧きでている。来て、私の聖心から流れ出る小川4に身を浸しなさい。私の聖心はあなたの引受人、そしていのちの木を持とうとする者にとってはいのちの木。死へと、歩みを向かわせてはいけない。私のいたわり深い聖心は栄光に満ち、厳かで、頼りがいがあり、忠実で、真実な者だと知るように。それは天をもこえる、堅固さに裏打ちされている。貧しい者を、ヴァスーラ、塵と悲惨の中から引き上げ5、無限に深い慈悲のさ中に居場所を与える。私の聖心が、あなたを支える根となるように、そしてあなた、あなたは私に接ぎ木された者、いのち、永遠のいのちなる豊かな樹液を私と分かちあっている。こうして接ぎ木され、私の一部となるなら、いのちを保とう。

ヴァスーラ、私は、私の聖心への信心を生き返らせるために、ふたたび訪れた、この信心につき従う人は皆、幸せ。世は、私たち6から遠のいたため、愛の心がない、そして知恵の泉を捨て去り、干ばつの地で死んだ。それゆえ私は、手に私の心を持って、あなたのもとを訪ねている、私の心臓の鼓動を感じるように。驚かないでよい、ヤハウェの家からは、泉が湧き出ているとは聞かなかったか7? そして滝のようにこの生ける水8は、私の心から溢れ出よう……そう、あなたたち皆が自由を得るために、私の霊のうちにだけ見いだせる自由を。私は、あなたが徳あるゆえに訪れたのではない、あなたには徳が全くなかった、人にあなたもそう話しているように、選んだ理由とは、みじめで無にひとしい者だっただけでなく、取るに足らない者で、聖心に関するあらゆる事柄に、全く無知だったためでもある、そう9! 私の教会に関しても。徳ではなく、罪におおわれ、社会の似姿であって、私自身の似姿からはほど遠いあなたは、天使たちの目にもおぞましく映っていた! だが、私は、私の聖心の威力と限りない慈悲を世に示すために、あなたを訪れた、取るに足らない小さな者よ。無知なるあなたのもとを訪ねた私は、その能力をはるかに超える仕事を託し、私の聖心をあなたに現した、そして自分たちの犯罪で血に染まり、冷えきってしまったこの世に、これからも私の聖心を現していく。

この冷えきった世に、私の聖心から来るこの泉10が入り込むのを許し、通り過ぎた場所はどこでも、いのちを芽生えさせ、こうして私の約束は成就しよう、いのちの与え主、聖霊がこの極悪な社会を治め、心の正しい民、聖さと義を伴う民に変えていかれるがゆえ。

ヴァスーラ、かつて私の愛する弟子ヨハネにも、私の心のうちなる宝を、かいま見せたため、あの恐怖に満ちた日、はるばる十字架のふもとまでついて来た。その後、ヨハネは、私の聖心を敬うようにと、ゲルトルートを招き、私の心に秘められた宝の値打ちを教えた。その神聖な宝を目の当たりにしたゲルトルートの目には、歓びの涙を溢れさせた。私は、幾年も秘密に伏された神秘の富を、この時代この日に現したいと切に願っていた。そこで私の聖心を尊び、悪には染まらないように、地の塩、その光となりなさい、いのちの言葉を世に11現し、輝ける星のように、世を照らしなさい。

今や膝をついて、私を称えるように! 私の不思議はいかに力あるか、分かっただろう? どれほど偉大なる驚異かを? 私のくびきが負担ではなく軽いように、そうするならあなたの上には疲れのあとを残さない……あなたのために私がたどった小道を追い求め、知性だけでは誰も生きながらえないことを、私の民に伝えなさい、私は、地上のことがらだけの知識で足りると主張する人びとには、私自身を顕さない、それは、神に由来する真の知識でないがゆえ。真の知識とは、聖なる三位一体のうちなる、私たちを知り、ともに親密な一致を生きること。私はえこひいきしない、そこで私の聖心への信心を、すべての人12に知らせてほしい。

私たちのうちに、一つとなるように。愛している。いとし子よ。私たちの祝福を受けなさい。

そうです! これを13私の救いもたらすメッセージの、11周年記念として与えた。これからもあなたの口を満たし、みことばで養う。その使命が果たせるよう、これからも私の心からは、成聖の恵みを豊かに注ぐ。そしてもう一人の私の聖心の使徒にも伝えたように、あなたにも言っておく、「これほどにまで愛されていないこの心を、愛してほしい、私の聖心への信心を生き返らせて、こう述べ伝えなさい14、この信心を生きる人は誰だろうと、自分たちだけでなく家族全員の上に、成聖の恵みを得よう」

そしてあなたは、まこと愛する者よ、私と一つであるように。ic

どの司祭も私に倣って生きなさい 東と西の家

1996年11月27日 ノート86

あなたに平和。すべて善きものは私に由来するとよく言ってくれた。神のみが善であって、どの被造物にも私の全善が供給されている、私は決して欠かすことなく満たす。私のふところは豊かで、気前よい。

ヴァスーラ、私に接ぎ木された元気のよい使者よ、私の聖霊に満たされ、恐れないように。言っておく、世を恐れないように、この世は棄教によって不信に渡されたが、私は死せる人と生ける人、両方の主であって、死せる人が生き返るのを目指している。私の教会の刷新を目指し、この任務をあなたに与えた。あなたの手だてと能力をこえた任務だが、共にいるものが誰かを忘れないように。私が共にいる、私は強さであり力である。今日まで成し遂げられたすべてがあなたに由来するとは、いまや誰にも言えない。無でしかない者に誰も期待はしない、一切のわざが私によってなされるよう、私は無学な子どもを選んだ。そこで、私の名によって出て行きなさい、人類にとって癒やしの膏薬である私のメッセージを宣べ伝えに、出て行きなさい。時おりは流れに反対されようが、失望してはいけない。私につかまっていなさい。試練が来てもしっかりと立っていなさい。棄教との戦いでは、まだ一度も一人では戦ってはいない、私が共にいることを覚えておくように……それに、私自身の者たちのことは分かっている。

私の家の者たちが誠実さに欠け、復活祭の日取りを一致させようと、私の霊のうちに働かないのを見ていて、私の心は憂えが絶えない。御父が彼らの心を変えてくださるよう、この者たちのために祈ってほしい。私の聖霊によってひとたび目が開かれたなら、悔い改めて、真理を見る妨げとなった自分たちの誤りに気づき、真理から彼らを引き離しているこの傲慢の霊が立ち退き、正気を取り戻すよう、彼らのために祈ってほしい。「彼らが真に私の弟子だと、その愛によって、今やすべての人に知られよう」と私が言えるように、彼らのために祈ってほしい。愛は信仰を弁別するしるしだが、いまだ今日、サタンとその悪魔たちは、愛の欠如という鎖で彼らをつないだままにしている。互いにこう言い合えるのは、どうしたことか。「私は福音を世界中に告げ知らせた。教会一致のために労苦したので、あと残るは、主なるわが神が、永遠の昔よりそなえてくださっている正義の冠を受けるばかりだ……」今日までもその務めを、怠っているというのに?

どの司祭も私に倣って生きなさい。犠牲と誠実をもって私たちを喜ばせたアベルのように、私に倣おうとする者たちについて話しているのではない、むしろカイン、エサウやユダ、そして律法学者やファリサイ人のような人たちに言っている。この者たちのことを話している、その態度は、私の聖なるやり方に矛盾するがゆえ。彼らゆえに、分裂の杯、私に押しつけられた杯を飲みつづけなければならないのか? 今まではあなたたち1に圧力2をかけてはこなかった、復活祭の日取りを一致させるようにと懇願してきたが、あなたたちには私の霊の言葉が聞こえていない。御父の忍耐を、あなたたちは挑発している。このたびも復活祭の日取りを一致させるようにと頼んだ、そうするなら私の霊はあなたたちの上に恵みをもって輝き、私の家に一致をもたらそう。私は今日話しかけているが、このメッセージにある私の言葉を、あなたたちは評価しない。いつの日かはそうするが、もう遅すぎよう…

ああ! 一致のために働く一人だけでも、たった一人だけでも、自分の情念や恐れに負けず、復活祭の日取りを、進んで一致させてくれるなら、神なる私はその人をほめたたえよう。──しかし東の家で見られるのは、苛立ち、頑なさや恐れ、兄弟でいながら敵対する者たち。東の家よ、あなたは私が伝えた通りに、しかも私の初代教会が行ったように、伝統をよく守ってきた、だが、あなたを救い、救いが切実に必要な人びとを救えるほどには、私の聖霊が養うのを許していない……

私の初穂3と、私の使者たちを苦しめ、ご自分の道へと導いた恵みの聖霊ともども、彼らを拒んでいる。そして私の聖所からは追放しつづける、私も当時大祭司から同じく扱われたように……その間私の群は散らされ、日々魂が失われていく。そこで言う、来なさい、私の霊の賜を熱心に求めなさい、そして私の家を不毛のままにはしておいてはならない。心を開くなら、私の家は私の霊の賜によって益するであろう……

そしてあなたは、西の家よ、私の霊に照らされ、体がらくに呼吸するには、二つの肺が必要であり、私の体は一つの肺では不完全だと悟った。私の甦りの霊があなたたちを一つに結ぶように祈りなさい。だがその前に、私はどれほど苦しまなければならないか4!、私の掟はこの世に踏みにじられて拒まれ、サタンは私が制定したものを破壊したがっている、私、小羊があなたたちに残したもの、私の教会の崩壊をねらって。それは混乱と無秩序の中に置かれ、私の体は反逆の霊に引き裂かれている。合理主義、そして自然主義的精神が私の体に居座り、聖体のうちなる私の法を、まるで神に由来しないかのように踏みにじっている! 私の教会の上に相容れない精神がただよう、だがそう長くはない……そこで西の家よ、あなたに懇願する、初代教会のように復活祭の日取りを一致させ、進んで悪霊の仮面をはぎ取りなさい。皆の間で大いなる者となりたいなら、僕とならなければならない、そしてあなたたちのうち最初の者となりたいなら、皆の奴隷となる必要がある。私の初代教会は幼子のように、無垢で愛に満ちていた、私の聖霊の腕に抱かれていたがゆえ、そのとき、こう言うのが聞こえた、「私はもう子どもではない、一人で歩ける」と。そしてそれ以来、私の聖霊の抱擁から踏み出して、自分の好むほうへ足どりを慣らせていった……

ああ、御父の子どもよ! 私の実よ! 私の聖霊の都市、そして花嫁よ、あなたの香りは去ってしまった……そこで幼子のように、私のもとに戻ってきなさい。そうするなら私の恵みがあなたの上にとどまり三たび聖なる私の霊はあなたの道案内、そして灯火となろう。そのためには、霊がまことに貧しく、溢れるほど愛深くならなければならない。ああ……しかし幼子は霊が貧しく、寛大でもある、彼らのうちには英知が住まわり、道も案内しておられるがゆえ。

ゆりの花のようでありなさい

1996年11月1日 ノート86

私の救い主よ、
あなたの愛と不思議ゆえ、聖なるみ名に感謝を捧げます。

けれどごらん下さい、時々勇気がくじけてしまいます、
そしてみじめさの中、私自身の罪悪感のために、
ものごとが吹きすさび、大嵐となって
高波のように押し寄せてくるのを感じます。
そして「ああ、どうしよう?」と叫ぶのです。
こうして、波がふたたび静まるまで、
私の魂は平安を味わえません……

恐れないでよい、私を喜ばせようと努力しなさい。この方法であなたとともにいるのを止めないでほしい、ただあなたと私だけで……

私の巡礼者、私の心の巡礼者となり、いつまでも私の心のうちにとどまっていなさい。あなたの魂は私の聖心の悦びを味わうと私が保障する。これからも私の唇をもって養い、私の心は愛し慰めつづける。あなたのたどるどの一歩も、救い主である私と一緒にたどるのである。

この方法で私と共にいるのが今は嬉しいか、私の心の娘よ?

主よ、今日までも、この長年あなたと会話をしてきたあとも、いまだに私を選ばれたことが不可解で、目もくらむようです! 私はここで、不名誉な一人の死体に過ぎなかったのに、この私を訪ねてこられたのはどなたでしょう? 無敵なるお方、いと高き方でした! そのあなたが今度は、あなたと共にいて嬉しいかとお尋ねなのですか?

そうだ、娘よ 1……

この一切に、私はふさわしくありません。
そしていただいた賜物にふさわしい思いは、何も言い表せません、
あなたご自身がその賜物です。
あなたは私の歓び、平安、芳香、ほほえみ、笑い、
私の悦び、私のいのち、
私の呼吸、私の目の光、
あなたは私の父、母、子であり、友人、
あなたは私の主、そして私の神です!
私の魂の輝きよ、
こうしてあなたと比べられる人は誰もいません、
そこで私は、はい、と申し上げます、
ご一緒だと、死ぬほど嬉しいのです!

そう! 私を愛し、何よりも誰よりも私を望みなさい。私が一緒なら、あらゆる善いものがやって来よう。私の友、そして妹 2よ、もう一つ聞いてもよいか?

はい、私の主よ。

ヴァスーラ、私の掟はあなたの悦びとなっているか?

ああ、そうです! あなたの掟はあなたご自身、あなたの全存在、そしてすべてです。あなたの掟は、私の救い主よ、私にとって命です。

私の霊があなたの口を通して語るのを聞いた。これもあなたを、私の悦びとしている、私の愛をもって、私のもとにどう魂を引き上げるかを、人は知るように……さて、よく耳を澄まし、ヴァスーラ、この最後の質問に心から答えなさい。やがて私は勝利する、だがそれまでの間、サタンのあらゆる勝利を忍び、それに耐えなければならない。サタンが一人の魂を破滅へと導いてしまう度に、その成功を私は「勝利」と呼ぶ。あなたへの質問とはこうだ、「神である私を悦ばせ、ゆりのようであってくれるか?」

単なるゆりの花に何ができましょう? 3

ゆりの花は明日を思い煩わない。それぞれの一日が十分な心配をかかえている。あなたがどんなに心配したところで、自分で何かを変えられるだろうか? 私のそなえた計画に従って歩み、もっぱら信頼していなさい! では、ゆりのようでありたいか?

主が喜ばれるのでしたら、はい。

私の腕の中で、あなた自身を忘れてほしい。一緒に私の十字架を取り上げることができるよう、自らに死んで、自分自身を放棄しなさい。私の十字架にあなた自身をつけ、こうしてともに、私とあなたで、救霊のために十字架を分かち合う。私は私の十字架を通して勝利した、そしてこのたびもサタンの企てには勝利する。私と一つになって、あなた自身を私が運ぶのを許しなさい。

私、イエスが、祝福を与える。 ic

ゆりの花のようでありなさい

1996年11月1日 ノート86

私の救い主よ、あなたの愛と不思議ゆえ、
聖なるみ名に感謝を捧げます。

けれどごらんください、時々勇気がくじけてしまいます、
そしてみじめさの中、私自身の罪深さでみじめなゆえ、
ものごとが吹きすさび、大嵐となって、
高波のように押し寄せてくるのを感じます。
そして「ああ、どうしよう?」と叫ぶのです。
こうして、波がふたたび静まるまで、魂は平和を味わえません……

恐れないでよい、私を喜ばせようと努力しなさい。こうした方法でも共にいるのを止めないでほしい、ただあなたと私だけで……

私の巡礼者、私の心の巡礼者となり、いつまでも私の心のうちにとどまっていなさい。私の聖心の悦びを魂は味わうと、私が保障する。これからも私の唇をもって養い、私の心は愛し慰めつづける。あなたのたどる一歩一歩は、救い主である私と一緒にたどるのだ。

この仕方でともにいるのが、今や嬉しいか、私の心の娘よ?

主よ、今日までも、この長年あなたと会話をしてきたあとも、いまだに私を選ばれたことが不可解で、目もくらむようです! 私はこうして、不名誉な死骸でしたが、どなたがこの私を訪ねてこられたでしょう? 無敵なるお方、至高者でした! あなたは今、私がともにいて嬉しいかとお尋ねなのですか?

そうです、娘よ1……

この一切に 私はふさわしくありません。
そしていただいた賜物にふさわしい思いは、何も言い表せません、
あなたご自身が、その賜。
あなたは私の歓び、平安、芳香、ほほえみ、笑い、
私の悦びと、いのち、
呼吸と、目の光、
あなたは私のお父さま、お母さま、子ども、友達、
あなたは私の主、そして私の神!
魂の輝きよ、
こうしてあなたと比べ得る者は誰もいません、そこで
はい、と申し上げます、ご一緒だと、死ぬほど嬉しいのです!

そう! 私を愛し、何よりも誰よりも私を望みなさい。私が一緒なら、あらゆる善いものがやって来よう。私の友、そして姉妹2 よ、もう一つ聞いてもよいか?

はい、私の主よ。

ヴァスーラ、私の掟は、あなたの喜びとなっているか?

ああ、そうです!
あなたの掟は、あなたご自身、
あなたの全存在、そしてすべてです。
あなたの掟は、私の救い主よ、私にとっては、いのちです。

私の霊が、その口を通して語るのを聞いた、それゆえに、あなたも私の喜びである、私の愛によって、どうやって私のもとに魂を引き上げるかを人々に知らせなさい……

さあ、ヴァスーラ、聞きなさい、この最後の質問に心から答えなさい。やがて私は勝利する、だがそれまでの間、私はサタンの勝利の全てを忍び、耐えなければならない。サタンが一人の魂を破滅に追いやるたびに、それを私は「勝利」と呼んでいる。あなたへの質問とは、「あなたの神、私を喜ばせ、ゆりのようであってくれるか?」

ただのゆりの花に、何ができるでしょう?3

ゆりの花は明日を思い煩わない。それぞれの日が十分な心配をかかえている。どんなに心配したところで、あなたが自分で何かを変えられるだろうか? 私があなたのためにそなえた計画に従って歩み、全く私に信頼しなさい! では、ゆりのようでありたいか?

主が喜ばれるのでしたら、はい。

私の腕の中で、あなた自身を忘れてほしい。一緒に私の十字架を取り上げることができるよう、自らに死んで、自分自身を放棄しなさい。私の十字架にあなた自身をつけ、こうしてともに、私とあなたで、救霊のために十字架を分かち合う。私は私の十字架を通して勝利した、そしてこのたびもサタンの企てには勝利する。私と一つになって、あなた自身を私が運ぶのを許しなさい。

私、イエスが、祝福を与える。ic