私はこの荒野に向かい大声で呼びかける

1988年9月14日 (ノート28)

イエス様?

私です、私の声を聞きなさい、この荒野に向い、大声で呼びかける、――耳傾ける者は皆高く上げ、その罪は流れる水のように洗い流され 忘れられよう。

耳を塞ぐ者は災い! しかもああ! あなたたちの多くは過ちを犯しながら、道である私の声を聴こうとしない、あなたたちは私を見捨て、もうあまりにも長くサタンの煙だけを吸い込んで、思い違いのうちに、誤りを犯している。そして私の名は、もう無意味となり、地上のあなたたちは、影のような存在、しかも、サタンに助けられ、邪な心で真実を逆にし、進化を口実に私を軽んじた。

私は非常に多くの警告を与え、この日々を予告し、計り知れない慈しみにより、印を示してきた、にもかかわらずあなたたちは私の慈しみに対し、目を閉じるほうを選んだ。道案内よ! みことばを知り、私に仕え、時の終わりが見えていて、それが迫っていると気づきながら、人前ではおのが栄誉を先におき、全くの臆病から、あなたに示す恩寵を傍観している、理解を求めて、私の箴言に隠された奥義を、もう一度確かめなさい、知識をより深く悟るよう、理解の霊を乞い願うようにと、私は厳粛に求める。

日数も、あなたたちの寿命も数えられている、心を整え、敵が目においたこの覆いを、取り除きなさい、なぜなら、虚栄心が残る限り、罪も残るからだ、身を低くし、私のやり方を受け入れなさい、この荒野で悶えながら叫ぶ、私の声に応えてほしい*
来なさい、私の子よ、私に倚りかかっていなさい、ともに……ともに、私の苦悶を分かち合おう、

はい、わが主よ、分かち合いたいです。

「私たち」?

永えに。

* イエスがこう言われた時、私にもその苦悶を味わうようにされました。イエスは非常にお苦しみです……。