1989年6月のメッセージ

私をほめ讃え、礼拝しに来なさい、私は聖なる者ゆえ

1989年6月29日 ノート34

唯ひとり不思議を行われる、全能の、主に賛美。わが神よ、あなたはみことばをお教え下さり、私は今でも不思議の数々を宣べ伝えています。あわれみを込めて主は私の罪をおゆるし下さり、正気に戻してくださいました。「私を食する者はもっと欲するようになり、私を飲む者はもっと飲みたくなる」(シラ書24・21)という知恵のみことばを理解し、悟らせてくださいました。夫を亡くした女のように、この砂漠をさまよい、頭を横たえ憩うことの出来る、あなたの永遠の泉と緑の牧場を探し求めています。

娘よ、実のない木であったあなたを、栄えて実がなるようにさせた。敵意を持つ異教徒であったあなたを、熱心な礼拝者とした、無関心の代わりに、あなたの神、私に対する熱意を与えた。来なさい、私の好意に留まり、一致していなさい。

主よ、昨日の集まりはどうだったでしょう……

主である私は、私の特使たちにはこう知らせる、見なさい、あなたの手から今日、鎖をはずした。自由だと感じなさい……ついて来て、私の平和と愛の十字架を分かち合ってもよいなら、ついて来なさい。あなたの面倒を見る。自由に感じるがよい……私が自ら充足した者であるのを、あなたはよく知っている、私は至高者。あなたの無邪気さがいとおしい、それで私の印を与えずにはいられない、私の名を称えるよう、貧しい者乏しい者にも、与えよう。清い心で私のもとに来なさい、あなたを向上させる。私をほめ称え礼拝しに来なさい、私は(I Am)聖なる者ゆえ、愛が永遠にあなたを愛している、来なさい。

主よ?

私です、祈るように、そして書き留めさせた祈りで、あなたが祈るのを聞かせてほしい、

「ああ、イエスの聖心よ、崇むべきわが主よ、
私の意志をお献げします。
あなたの平和と、あなたの愛の道具にしてください、
聖心の燃えるようなお望みの、生けにえとさせてください。アーメン」

小さいまま、私の霊のうちでのみ成長しなさい。決して見捨てない。

 

 

 

私は英知、そしてあなたの教育者

1989年6月21日 ノート34

主よ?

私です、祈りを決して絶やさないように。私の指示に従いなさい、愛する者よ。あなたの神、私にいつでも応えられるようにしておきなさい、魂に欠けたものを提供しようと、私はいつもそばにいる。知恵が欠けているか? 無償で知恵を教授しよう。頑張りか? ならば魂を熱意で満たそう。忍耐か? 私の忍耐を与えよう。自らと他の人びとをあがなう、我慢強さか? 私からそれを吸収させよう。愛か? 私自身があなたの心を満たそう。平和か? 私の平和はあなたたちの平和である。ああ、私の子よ! 魂を養えるこれらの恩寵を、どうしてもう尋ね求めないのか?

どうしてかよく分かりません……

覚えておくように、私は英知、そしてあなたの教育者、私に頼っていなさい、今まであなたや他の人びとの魂を養ってこなかったか? 預言のように教えをこれからも降り注ぐ、私に信頼し、探し求め、ともに歩み、私に従い、愛し、礼拝しなさい。私は常に現存する、だから安んじているように。私はあなたに臨む権威と秩序、ああ、私の子よ、永久まで愛している、私のやり方を理解しようと、思い煩わないように、自らを煩わせるなら、終わりのない迷路に引き込まれてしまうだけゆえ、私のやり方はあなたのとは違うとだけ、分かっているがよい、そして、本当に、その違いは大きい! 心穏やかにして、与えるものを受け入れなさい、あなたの上に指を置かせたままにさせてほしい、私とあなたは、愛のうちに一致して、来なさい、「私たち共に」?

愛は愛を熱望する

1989年6月19日 ノート34

(フリブールのスウ・デ・ボン・パスツールの祈りの集いに与えられたメッセージ)

主よ?

私だ。あなたたちに平和、愛する魂たちよ。私を感じ、現存を感じなさい。私はあなたたちの間にいる。来て、あなたの目を覆うこの厚いベールを取り除き、私の栄光の姿を見なさい。

敵の引き起こすわずかな嵐にさえぐらついて倒れてしまうほど、あなたが弱いのを知っている。しかしこの反逆の時代にあっても、気を落としてはいけない。なぜならあなたの隠れ家、慰め主である私、主が、今までより一層、あなたのそばにいるのだから。私は、貧しく絶望しかけている人びとの隠れ家、私の敵が引き起こす嵐からの避難所、渇く人びとにとっては永久の泉、今生きているこの砂漠の灼熱からあなたを護る日陰である。私の聖心はあなたを迎え入れ、休むようにと大きく開かれている。

私は慰め、一人ひとりの心を愛そうと探し求める愛である。私はあなたを永遠に愛する愛、分かるか? 私は天の玉座から降り、あなたの上に身を屈めて引き上げ、私の天の蓄えより、直接魂を養おうとしている。私はあなたのもとにやって来た、飢えた小羊たちよ。私の腕のぬくもりのうちに皆を集めに来た。あなたゆえに、あなたたち皆の上に何倍も恩寵を降り注ぎ、私の燃える愛の炎で死者をよみがえらせる。

あなたに与えようと、聖心を手にして訪れた、受け取ってくれるだろうか?

まこと愛する者たちよ、すべてのヴィジョンが実現する日は近い。どのヴィジョンもまもなく成就する、しかもあなた自身の生きている間にそれは起こる。だから心を開いて、私の恵みの霊がこの世代にこれほど豊かに注がれている理由を理解しようとしなさい。すべての世代が一人の羊飼いのもとに、一つの聖なる祭壇を囲んで、一つとなる時が近づいている。主である私は彼らにとって比類なき存在となろう。だから祈りなさい、私の愛する者たちよ、私、主が、万全の準備をもって進めているこの一致のために。今あなたたちは散らされ、牧場は不毛と化し、私の羊飼い1の嘆き悲しむ叫びが全天に響き渡る。カインたちが彼の杖を何本にも折って、互いの兄弟愛を損なおうと、一致を砕いてしまったからだ2。しかし私の体が栄光を受ける日は近い、それはどんなに歓ばしい日となるだろうか、それは不思議が行われる日。最愛の友の家で受けた傷も癒やされよう。

私の聖心は今日、清らかな愛を熱望している。愛を返してくれるだけでよい。私自身、愛ゆえに自らを芳しい献げ物、生けにえとしたであろう? 私に対する明け渡しを願うのは過大な願いだろうか? 私を少しでも認め、愛を返してくれるように求めるのは過大な要求だろうか? 愛は愛を熱望し、愛に飢え渇く。愛があなたの愛を返してくれるように懇願している。私の掟に逆らってはいけない、それは愛の掟である。ああ、愛しい者たちよ、愛している! どうしてあなたたちの多くは私への礼拝をやめてしまったのか? この聖時間にも私は現存し、セラフィムやケルビムたちに囲まれて、あなたの前に沈黙して立っている。私、聖なる者のうちの聖なる者は、あなたに名を与えた、最愛の者と。

あなたは私に罪を犯してきたが、ゆるした。あなたは私の種子! 礼拝に定められた時刻にあなたに会えるだろうか、まこと愛する者よ? 立ち上がって聖櫃で待つ私、その私のもとに来てくれるだろうか? 来なさい……私のもとに来なさい……この日々に聖霊が与えようとしているものを拒んではいけない。私の愛のうちに留まり、私の慈しみを受け入れなさい。万事が消え去り、もはや何も残らないことを忘れないように、全ては色あせるが、あなたの魂は永久に残る。

私、主が、一人ひとりを祝福し、私の平和を与える。あなたがそれを他の人びとにも与えることができるように。

イクトゥス

私には贖いの魂が要る

1989年6月15日 ノート34

わが神よ?

私です、私を識別し……私を受け取る準備をするように。私の天使よ、これらの言葉を私のあとについて繰り返しなさい。

ああ、イエスの聖心よ、崇むべきわが主よ、

私の意志をお献げします、

あなたの平和と、あなたの愛の道具にしてください、

聖心の燃えるようなお望みの、生けにえとさせてください。アーメン

そうです、そして今度は完全に自らを明け渡すように、私にはあがないの魂が要る、だからあなたの意志を献げなさい、ヴァスーラ、私と一つになって。私は愛の究極の生けにえ。私の形見よ、私自身の者よ、私の没薬、私の祭壇よ、最後まで私の平和と愛の十字架を分かち合わせて、あなたの魂を美しく飾ろう。私とあなた、あなたと私、愛のうちに一致して。

私はあなたの霊的指導者

1989年6月14日 ノート34

イエス様?

私だ、あなたを向上させるのが私の意思。あなたもそうか?

はい、わが主よ、そうです。けれど周囲の状況が難しいのです。

あなたの周囲の状況と与えた全てを受け入れなさい。私の意思とはあなたをそばに置いて、ほかの誰でもなく、私に倚りかからせておくこと。私はあなたの師であり、霊的指導者である。私のヴァスーラ、みことばから一節を読ませてもらいたい。

(イエスは聖書の中から、集会の書(シラ書)4・11-22、「教育する者としての知恵」の箇所を示してくださいました。私は任意に開いたのです)

分かっただろう? 私は知恵、そしてあなたを教育する者。

主よ、19節が気がかりです。

それは私を完全に拒むなら、という意味です。しかし心配しないように、転びそうになるたびに引き上げよう。私の聖心の特別の場所にあなたを置いた。私のヴァスーラ、十分に教育するのを許しなさい。愛が愛している、私を思い出すたびに嬉しく思う。このすべてについて黙想してくれるか? 私の平和があるように。

わが神よ、このすべてはどうしてあり得ましょう。神が私に話しかけておられるとは?

私である。花よ、共にいなさい。

神に栄光。

私の現存を覚えていてくれるか?

1989年6月12日 ノート34

イエス様?

私です、

イエス様、難しいのです……

(言おうとしたのは、こうしたすべての超自然的やり方が、まだ理解できなくて……)

花よ、幼子のように信じなさい。

ああ、美しいこと!

まわりに天使たちがいる、天使たちを連れて来た。

美しいです、主よ!

絶えず知識を求めて、私を悦ばせなさい。私の掟があなたを悦びで満たすなら、祝福を受けよう。ときどき私に向かって、アッバと言い、私の魂を悦ばせてほしい。ああ、私自身の手で聖化した者よ、私を反射させなさい。聖となり、私の頭をその心に休ませてくれるように。私は、あなたと-ともに-いる-主。私の現存を覚えていてくれるか? 自分の行い、考え、言葉を自覚できるよう、私を思いの中に留めておきなさい。私の平和があるように。

私、イエスです。来なさい、ピオ神父と一緒です。sono con te Vassula; ascolta nostro Buono Signore;

(ピオ神父様はよく励ましてくださいます)

 

私を礼拝するように、これこそが私への道

1989年6月10日 ノート34

イエス様?

私です、信じなさい、ヴァスーラ、これらは私の英知のわざ。私の声に心を開いているなら、あとは心配しないように。このわざを分かち合う人は一人残らず、私の平和と愛の十字架を分かち合っている、決して知者に欺かれないように、こうして最後まで私に信頼していなさい。私を礼拝するように、これこそが私への道。

沈黙のうちに私を礼拝しなさい

1989年6月5日 ノート34

わが主よ?

私です。

神に栄光。忠実に、あなたの利益と、より大きな栄光となることだけを求めるという、主への誓いを、ぜひ果たさなければなりません、わが主よ。主は私を助けに来てくださいましたから。天の御座から屈んで、私のみじめなさまをご覧になり、引き上げて、御前を、生ける者たちの光のうちに歩ませてくださいます。

花よ、私自身の者よ、私を愛して私の誉れとなりなさい、来て、沈黙のうちに私を礼拝しなさい、沈黙して私を見なさい、黙して私を愛しなさい、私の平和があるように、娘よ。天から人類に注ぐわざは激しさを増す、私の聖心のうちに入り、そこに憩いを見いだすがよい、来なさい。

聖心の祝日 私はあなたの心を探している

1989年6月1日 ノート33

イエスの聖心よ、祝福の雨を降り注いで下さるお方。イエスの聖心よ、あなたは孤独な者に永遠の住まいとなってくださいます。あなたの家族は故郷を見いだしました。私たちを救い、聖心のうちに一人ひとりをお連れくださいます主は、日ごとに称えられますように。私たちの荷を負い、苦しみを分かち合ってくださいます主は、祝福されますように。

主よ?

私です、私の現存を感じなさい。気を鎮め、声を聞きなさい。

(祈りの集いのためのメッセージ)

あなたたち皆に平和。私は主、救い主、あなたの心を探し求める者、一人ひとりの心の戸の外に立ちつくして、叩く者、知者を愚鈍のままにしておき、罪人を追求する、そして私の祝福を増し加え、あなたが私の新しいエルサレムに入れるよう、優しく準備する、私は唯一聖なる三位一体、私の救いの計画をもって、ただ一つの聖なる囲いのうちに、皆を集める準備を整えている。私は高い木の成長を阻止し、低い木を成長させる者。愛する者たちよ、恐れないように、この荒野に、私は新たな愛と平和の種子を播く、私の園を生き返らせ、神を信じない者も悪人も、私の聖なる手があなたたち皆の上にあるのを、見て知るだろう、石の-心を持つ者たちも、私、聖なる者が、限りなく慈しみ深く、あなたたちの間にいるのを理解しよう。 

私はあなたの右手を握っている、私の現存を感じるように、あなたを見捨てない、恐れてはいけない、そう、あなたたちが光の子と呼ばれ、

正義に仕える者となるように、一人ひとりの手を取り形造ろう、私が聖であるように、聖となってほしいと、主である私は初めから言ってきた。私はあなたの神、そしてあなたたちは私の民であるから、私の掟に従うように。私の掟は愛の掟、私をどう愛するかを学びなさい。どう崇めるかを学びなさい。私はあなたの心を探し求めている。世間の声に耳を傾けることなく、私の愛の叫びに耳を傾けなさい、私の心の-鼓動に耳を傾けなさい、心の鼓動一つ一つが魂を求めているのです。私の開いた腕の中に入って来なさい、抱擁する腕の中に飛び込んで、あなたに抱くこの愛を感じなさい、あなたたち皆に抱くこの慈しみを感じなさい! 私のもとに戻って来るなら、あなたを癒やそう。みことばを宝として、心に刻み、四方から吹き寄せる風に、みことばを持ち去らせないように。来て私に目を留め、目を逸らすのを誰にも許さないように、私が与えようとする恩寵を悟りなさい、主である私は、……

花よ、その冷淡さを乗り越えなさい。

主イエスよ、この状態から助け出してください!

私を喜ばせ、言うことを聞きなさい。

どうぞお言葉が聞けますように、助けてください、わが主よ。

……現存しており1、皆に対して、心の咎を告白し私を望むように、はっきりと求める。あなたたちの上には私の恵みの霊が注がれている、重くのしかかるこの無気力な霊から離れ、朽ち始める前にあなたたちを生き返らせようとして、だから

耳を開いて私の言葉を聞きなさい。あなたたちのほとんどが今、いかに死んだ状態にいるかを私は知っている、たとえ自分では生きていると思っていようと、だがそれはあなた自身を私にすっかり委ねようとはせず、抵抗しているがゆえ。私に信頼し、抵抗しないでほしい、私に明け渡し、あなた自身を委ねなさい、委ねなさい、あなたを愛する神、私にその小さな心を捕らえさせてほしい、恐れないように、私は愛、そして愛があなたの心を美しく飾りたいと望んでいる、そこでみことばに注意を向けるように、それはあなたにとって単純そうに見えよう、しかし私は純真素朴な神、柔和 謙遜な者。私が同じことを繰り返し述べていると、あなたたちの多くが思いつづけているのを知っている、だがそれは、みことばが少しも沁み込んでいかないように見えるがゆえ! たとえ同じ言葉を繰り返しているとしても、それはあなたたちが無関心で、耳が聞こえず、多くはみことばを実践していないため。私は私の手で私の心を差し出しつつ訪れた、私の平和と愛を与えに訪れた、再び唯一の群れとなるよう 皆を集めに来た、この死んでいる時代を生き返らせ、生きた時代にしようとして、あなたたちのもとにやって来た。あなたの主、私を称えに来なさい、私は、天の玉座から身を屈めて、あなたたちを引き上げ、生き返らせようとする者、称えなさい、私の恵みの霊が降るのを待つ全ての人よ、あらゆる民に私の正義を宣言し、この地球の果てまで私のメッセージを届けなさい、私の愛の叫びが聞かれるように。 

私に飢え渇くすべての人よ、今や歓喜し、喜ぶがよい、あなたを満たそう、昼夜と虐げられているすべての人よ、涙を拭いなさい、あなたを慰め護ろうとして、ここにいる。私の聖心は皆が、聖い心で訪れるようにと招いている、私に倚りかかっていなさい、昼も夜も私が待っている聖櫃まで連れて行く、あなたに毎日、私自身を与えよう、来なさい、聖なる、清い心で私を受けに来なさい。私の気を損ねないように、私を受ける時は清く聖でありなさい、気を鎮めて、小さな白いホスチアのうちに私の生きた現存を見いだすがよい、あなたの聖性と清らかさを感じさせてほしい。ああ、与えている恩寵の大きさを知ってくれたなら! 来なさい、私のメッセージを黙想して、私を喜ばせなさい、私のメッセージを生き、生き方を変えて、私を喜ばせなさい。

今日与えているものに思いをめぐらし、自らの心を調べ、魂を吟味する人は幸せ、この人を甦らせよう、自らの咎を打ち明ける徴税人2のように、私のもとを訪れる司祭や、司教、枢機卿たちは幸せ、この者たちの心にみことばは根づき、栄えるだろう、そして目の覆いは取り除かれ、私が求めるのは愛、愛と礼拝だけであると、見て理解するようになる、しかし悲しいかな! この聖職者たちのうち、あまりにも多くがサタンの魔力の手に落ちた! 心の中に愛が欠けているのに、彼らの形式主義と見せかけの謙遜にどうして耐えられようか? 私を礼拝する者は残っていようか? このすべての者たちの中で、私の子たちにとって最初の手本となり、愛を込めて私のもとを訪れ、私の聖なる現存の前に打ち伏して、沈黙のうちに私を礼拝する者は誰か? 求めているのは、愛する者たちよ、聖い心で愛することだけ。私はあなたの心を探している、来て心を献げなさい、そうするなら私の愛を注いで、あなたはその代わりに、私の子たちの心を満たしてやることができよう。私はこの簡単な質問を投げかける聖なる者: 委ねてあった羊の群れはどこか、かつてあなたが誇りとしたその群れは3? 身を清め、悔い改め、あなたを失望させることのない、それでいてあなたが脇に追いやり、無視しようとする、私の教会の頭、ヨハネ・パウロ二世に従いなさい。いまだに彼を嘲笑うあなたたちは皆 聖心に重くのしかかっている……私は裏切られて、いる(I Am)、しかも私自身の者たちによって……あといつまで私の群れに対して、偽りのオアシスとなり続けるか? 果てしない砂漠の蜃気楼のように? 兄弟たちよ、あなたたちに求めるのは、愛だけ、来て、礼拝しなさい、私がいないところで私を探し、時を無駄にしないように、私の群れにとって手本となりなさい。愛が待っている、来て、私を礼拝しなさい、あなたの神、あなたの王、私のもとに来て、礼拝しなさい。戻って来なさい、私の兄弟たちよ、そうするなら私、あなたのイエスは、永久の愛に高鳴る私の聖心をもって、あなたをあわれみ、罪を見過ごして、その一つも思い出させはしない。 

私の慈しみが見いだせる間に4、私を探し求めなさい、そうするなら見えない者の目を開き、聞こえなくした者の耳を開きにやって来る、私は封印を解き、私の光が見え、みことばを聞いて理解できるようにさせる、そうするなら回心し、あなたの神、私を心の底から賛美して、ほめ称えられるようになろう。主である私はあなたの頭に手を置き、祝福を与える。一つとなりなさい。

祝福を受けなさい、私の子よ、来て、御母の言葉を聞くように。 

花よ、私をお感じなさい、愛しています、ライオンの母親が子を護るように、あなたを護ります。祝福を受け、私のメッセージを聞いてください: 私の小さな子どもたちよ、神の呼びかけを拒まないで下さい。明け渡し、主に倚りかかり、あなたの心を捕らえていただきなさい。お言葉に耳を傾け、仰しゃる通りにしてください、私はあなたの聖母、主のみことばはいのち、神のみことばは光であると、あなたたち皆に思い出させましょう。あなたたちの多くは、主の愛の訴えに耳を貸します、それでも、この場を立ち去ると直ぐ、この世に引き戻され、愛の訴えを忘れてしまいます。最も最近のメッセージでは良心を吟味するように呼びかけました、今日はこう尋ねます: 前のメッセージを聞いたあなたたちの多くは、それを黙想し、読み返すこともせず、どうして今日また新たなメッセージを聞きにやって来たのですか? 私の汚れなき御心は皆を愛しています、まこと愛する子たちよ、だからこそもう一度、以前のメッセージを読み返して実行に移すようにと、今日お願いします。あなたたち皆を愛しています、私の汚れなき御心は、あなたたちの悲しみにとって香油であるのを、決して忘れないで下さい。皆を祝福します、父と子と聖霊の御名によって、アーメン。 

(読んでおく聖書の箇所: 一テモテ書4・1-16、一テモテ書6・20-21、二テモテ書2・14-26、二テモテ書3・1-17)