1987年3月のメッセージ

あなたには完全であってほしい

1987年3月19日 in ノート9

私はここにいる。私、イエスである。
 ヴァスーラ、私のもとまで上昇しなさい。あなたに完全な者になってもらいたい。私を喜ばせ、完全になりなさい。完全な者になりたいか?

(何も言うことができませんでした。)

あなたにそうなってもらいたい。あなたに頼んでいる、ヴァスーラ。

でも主よ、完全になるというのはほとんど不可能なことです。今の私には、善良な者になろうとするだけでも大変なことなのです。

ヴァスーラ、私が完全になれるように教えよう。はっきり言っておく、それは不可能ではない。ただ私にあなたを形造らせなければならないだけだ。あなた自身を私に完全に明け渡しなさい、そうすれば、あなたを私の望みどおりの者に形造ることができる。

イエス様、私は決してそのような者にはなれないと思います。私を形造るのは難しいでしょう、岩を成型するようなものです。

ヴァスーラ、ああヴァスーラ、私が信頼できないのか? 私は神であり、たとえ岩であっても、どのような形にでも望みどおりに成型することができる。なぜあなたを選んだか知っているか?

はい、主よ。

もう一つ理由がある。あなたを選んだのは、あなたが弱いからであり、その弱さが私を引きつけるからだ。子よ、来なさい、そして私の心を感じなさい、私の心は愛されたいと熱望している。来て、あなたの心で私の心を感じなさい。ヴァスーラ、用意はいいか? 私を感じなさい。

(私はすくみ上がりました。)

私を悲しませないでほしい、さあ、私を感じなさい。あなたは私を感じていない1

ええ、まだ感じていません。そうする勇気がありませんでした。

何を悩んでいるのか言ってくれるか。

もっと悪くなってきました。

なぜ?

(自分はあまりにもふさわしくないと感じて恥ずかしいのです。)

ヴァスーラ、なぜ? 私を悲しませないでほしい、問題を話してみなさい。

あなたの心に触れるのが恥ずかしいのです。自分がまるで重い皮膚病をわずらった者に見え、健康な人の体に触れに来たような感じがします。あなたに近づこうとする私とは、一体何者でしょうか!

あなたが恥ずかしさを感じる度に、私はより一層愛する2。娘よ、私たちは永遠に一つであり、あなたは私のものなのだから、あなたの心の奥深くまで私自身を浸透させよう。私と婚姻を結ぶとは、私の栄光をたたえることであり、あなたを清める。私たちは結ばれている。

はい、主よ、でも、どんな者と結ばれているか見てください!

愛している、来て、今私にり頼みなさい。ヴァスーラ、私の心を感じるように。

(しばらくして)

(主のみこころを感じました。とても温かく、愛されたいという望みでどきどきと鼓動を打っていました。)

私の心を感じるのに、恥ずかしさなど覚えなくてよい。私はそれを望んでいるあなたの神、私の望むようにあなたを使わせてほしい。あなたに口づけさせてもらいたい。

(悪魔が私を罪に陥れようとしているのではないかと疑いました。)

私は主イエス・キリスト。恐れないように。

(まだ警戒していました。悪魔の気配は感じられませんでしたが、それでも疑っていたのです。)

恐れてはいけない。

(自分を「解放する」ことができませんでした。またもや「重い皮膚病をわずらった」感覚がよみがえってきたのです。身動きできませんでした。)

私がどれほどあなたを愛しているか分かるか?

はい、分かります、イエス様。

ではなぜ私の口づけを拒むのか3

なぜかというと、私にはあなたから口づけを受ける値打ちなどないからです。

ヴァスーラ、私には何一つ拒まないようにと以前に言わなかったか? その時あなたはどう答えたか?

決して何も拒みませんと言いました。

そうだ、ではなぜ私の口づけを拒むのか? ヴァスーラ、私を拒まないように。私があなたに何かを願うとき、その願いは愛から出ている、あなたに口づけさせてほしい、そうさせてもらいたい! 今そうしてもいいだろうか? 私のもとに来て、私の口づけを感じなさい、あなたの額への天の口づけを、用意はいいか4
 あなたを愛している。

あなたの全存在を私の中に融和させなさい

1987年3月20日 in ノート9

ヴァスーラ、ひと言言わせてほしい。最後まで私を愛し抜くように、なぜなら最後は甘く、私と一緒になるのだから。

あなたはどんなに苦しまなければならなかったのでしょう!

私の苦しみは無駄ではなかった。あなたを悪から解放したのだから。

たまにはあなたにも幸せなときがあってほしいです。

愛する者たちの間にいるときは幸せだ。

その方たちはあなたを幸せにしているのですか?

そう、私を悲しみの底から引き上げてくれる。

二千年前に戻ってあなたと一緒にいられないのが残念です。

娘よ、私は今もあなたたちの間にいる。

イエス様、あなたの口づけを受けて(昨晩のこと)から、今日一日中、あなたの中で「溶けてしまった」ような気がしています。自分が透明になったかのようで、とてつもなく大きな平和に満ちているのです! まるで自分が空洞になったような……

ヴァスーラ、私は平和である。絶えずあなたに平和を与えよう。あなたの全身全霊が私と一体となるように、そうすればあなたを私の中で溶かしてあげよう。ああ、ヴァスーラ、いつも私の中に来て、私の平和を感じなさい。
私に形造られたいとまだ望んでいるか?

はい、イエス様、いつも。

そうか、私があなたに行いたいと思っていることを何でも自由にさせてほしい。私の益のためだけに、あなたを純真で、敬虔な者に造り上げていこう。あなたは私の益のためだけに、私の力を受けて、試練に耐え抜くだろう。私の言葉は小川のようになり、流れ出て、やがて急流となり、あふれ出て大海へと至る、平和と愛の大海原へと。

(しばらくして)

ヴァスーラ、どうして私を全然賛美しないのか? 私はあなたを暗闇から救い出した主である。自分が何者かを悟りなさい。あなたは最もみじめな者たちの中でも、はるかにひどい者だ。

(私はため息をつきました。)

それでもあなたを愛している。私を賛美しなさい、ヴァスーラ、あなたを解放したのだから。

(何を言うべきか思案しました。言葉に詰まりました。)

こう言いなさい。

「私の神よ、愛しています、
私に光を見せてくださったのは、
あなたのあふれんばかりの愛とあわれみを通してでした。
は祝されますように、
アーメン」。

(イエスのお言葉を繰り返しました。)

あなたの全身全霊を私の中に浸透させなさい

1987年3月21日 in ノート9

私、イエスである。ヴァスーラ、訓練を受けてくれるか、愛する者よ? あなたの心で私を識別できるようになるために1。ヴァスーラ、私を見なさい。

(見ました。)

そうだ、それでいい。

御手を机の上に置かれましたか?

置いた。

今は腕を組まれましたか?

組んだ。

今度は片方の腕を上げて手を頬の方に伸ばされ、人差し指を頬に付け、もう片方の腕はそのままにされていますか? 何かを考えていらっしゃるようなポーズで?

そのとおり! 私は自分の現存を強調している。ヴァスーラ、私を見なさい。

(本をお持ちですか? 右手でマントの左側から取り出されましたね?)

本を持っている。

(それほど大きい本ではありませんね。)

そうだ、よく識別している、ヴァスーラ。本の中を見て、何が書いてあるか読んでみなさい。

(読もうと思うのですが、なかなかうまく読めません。)

ええと……

「私の祭壇はあなたである」。

イエス様、読めません。あとは分かりません!

もう一度やってみなさい、「私の祭壇とし、そこに……」

(見えません。間違って読んでいるような気がします!)

小さな子よ、私がいなければあなたはどうするのか? あなたの魂を私までもっと引き上げなければならない。ヴァスーラ、私が助けよう。自分を完全に私に委ねなさい、気を落とさないように。また後で、本を持って戻って来よう。

(とても落ち込みました。自分の魂を十分引き上げることができなかったので、イエスを失望させてしまったと思い込んで。イエスは私を他の魂と交替させるだろうとさえ思いました。イエスの忍耐にも限度があると!)

ヴァスーラ、あなたを交替させるなどと、絶対に考えてはならない。私を信じるか? さあ、また次の時にやってみよう。今やったように、あなたの心を使って私を識別してみなさい。ヴァスーラ、全身全霊を私の中に浸透させ、私の中に溶かしなさい。完全に。
 私を愛し、他の人々のために償うように。上昇しなさい、あなたの魂を高めるように教えてあげよう。さあ、私たちで共に行こう。

あなたを私の祭壇にする

1987年3月22日 in ノート9

静けさは私の愛するもの。静かに働きなさい、そして慌てないように。本を持って戻って来た。

その本には何が書かれているのですか?

数人の魂の名前を書いた。私の炎、愛の炎を生き返らせてくれる魂たちの名前だ。私が指さしているところを読んでくれるか?

はい、主よ、その小さな本のことで悩んでいたのです。読むことができなかったので。

分かっている。

(本の表紙が柔らかで金色なのが見えます。)

そう、表紙は金色だ。中を開けて読んでごらん。「あなたを私の祭壇とし、そこに私の心の燃える望みを据えよう、私の炎があなたのうちで生きるようになるだろう。私の心から吸収し、あなたの心を満たしなさい。主である私は、永遠にいつまでも、私の炎を燃え立たせ続けよう」。私の本に今口づけをしてくれるか、娘よ?

(口づけしました。)

あなたに教えよう。

(疑問を持っていました。)

それは私の選んだ魂たちへの霊的指導だ。もう分かったであろう。

(しばらくして、不確かさと疑いの波が私を覆いました。)

ヴァスーラ、恐れないように。私、イエスである。耳を傾けなさい、愛する者よ、どの導きにも相応の苦しみが含まれている。あなたの分には、不確かさがあり、それがあなたを苦しめる。苦しみが魂を清めると言わなかったか? それを受け入れなさい、あなたにとって最善のことを自由にさせてほしい。あなたのうちで働かせてもらいたい。そう望むか?

あなたがイエス様なら、そう望みます。

私はイエス、あなたの救い主! 私たちは共に苦しみ、共に奮闘する。さあ、私にり頼みなさい。来なさい、私たちで共に行こう、そして一緒に読もう。

(しばらくして)

私はここにいる。私のために生きなさい。私を愛することによって、私の栄光をたたえなさい。来なさい、すべては愛と平和への私の益のためだ。決して私を拒まないように。私の計画を止めようと、悪魔が絶えず邪魔をしに来るだろうが、私は勝利する、だから私に任せなさい。

でも主よ、少し愚痴を言ってもよろしいでしょうか?

遠慮しなくてよい、ヴァスーラ。

困っていることをお話ししたいのです。おそらく、私が言ったり考えたりすることは全部間違っているでしょうから、私が何をしたところで、間違っているでしょう。実際、私には現実的な支えがありません。つまりこう言いたいのです。私はこうしてあなたからのメッセージを書いていますが、他にも、明らかに私と同じ経験をした人々がいます。その人たちも、あなたから別のお導きやメッセージを受けましたが、彼らのほとんどは、修道院の中にいました。彼らは修道者や司祭、司教などに囲まれていました。このような超自然的な働きかけが起きると、彼らは注意深く見守られ、詳細に調査されました。ですから、彼らは書いたものを容易に長上に手渡すことができ、そこから司教、そして教皇へと渡されていったのです。長上たちは皆、それをあなたからのものとして受け止めました。
 間違っているかもしれませんが、彼らのよく知る仲間うちの方から来るものの方が、受け入れられやすいでしょうし、そのようにして、書かれたものは編集されたのです。少なくとも部分的には。それらは正式に承認されました1。さて私はどうでしょう。私も司祭たちに近づきました。彼らはたまたまカトリックの司祭でした。私はギリシャ正教の洗礼を受けた者ですが、どこの司祭であっても、私には構わないことです。たとえ私がカトリックで、司祭がプロテスタントであったとしても、私はえり好みしません。皆キリスト者なのです。今のところ、何人かの司祭が私の書いたものについてご存じです。人によって、夜と昼ほどに反応が違います。ある司祭は今日に至るまで、それが悪魔だと、言い換えれば取りかれていると、なぜなら私は憑依ひょういされているからだとおっしゃいます。でも私は、全能の神であるあなただと分かっています。この方は少し読んだだけですぐに決めつけてしまい、それ以上考えを変えようとは決してなさいません。私は悪魔にかれてはいないと分かったとしても、今度は私の潜在意識のせいだと言ってくるでしょう。あなた以外のものであれば何でも良いのです。そしてもう一人の司祭の反応と言えば、「はい、書き続けなさい、それは神聖で、神からのものですから」というもので、この方は神のことだと信じておられます。けれども忙し過ぎて、メッセージについて尋ねもせず、それが「ひと続き」のものだと分かるまで調査しようとさえなさいません。これにはびっくりさせられるのです。もし神がメッセージを伝えようとしておられると信じるのなら、どうしてもっと手間をかけて、それが何であるかを解明しようとなさらないのでしょうか?
 三人目の司祭はこの知らせを受けて、私の話を義務的に、時々腕時計を見ながら聞き、「いいことですね。続けなさい。すばらしいです。書き続けてください」とおっしゃいました。私はこの方に、またいつでも来てください、このメッセージについてお話ししましょうと言いました。その司祭とまたお会いすることはありませんでした。また別の司祭は、メッセージについて知らされても、たった一、二ページ読まれただけでこうおっしゃいました。「意見を述べたいとは思いません。ただ、私たちカトリック信者は、悪魔もこれと同じようにして働くという警告を受けています2。これが悪魔だと言っているのではなく、注意するように言われているということなのです」。私は「分かりました。十分です」と言いました。それにしても、この司祭たちは、皆一つのことには同意しておられるのです。つまり、これは超自然的なものであるということにです。だとすれば、なぜもっと真剣に受け止めて、理解し、明らかにしようとされないのでしょう?
 突き詰めれば、この方たちは神を追い求めている人たちです。これは悪魔だと言った最初の司祭は、神はメッセージをお与えになり、そのようなメッセージが書かれた本は世界中に山ほどあって、よく見られることだと言われました。超自然的な方法による導きはとてもたくさんあり、よくあることなのだと、ただし、ほとんどが彼らの仲間うちの話だと。>
 もう一人の司祭は、それは『みこころの聖なる啓示』と呼ばれるもので、神からのものだと言われました。そしてある神秘神学の教授を訪ねて話をするようにと、その方の住所を渡してくださいました。私が「彼らの仲間」であれば、事はもっと容易だったのにと思います。ただ単に、私が彼らの内輪の人間ではなく、その場にはあまりにもそぐわないというだけのことなのです。

私はイエス。ヴァスーラ、私に頼り、休みなさい。時代よ、ああ、時代よ、あなたたちは私の言葉に一瞥いちべつも返さないうちに評価を下しているのか? あなたは一見、私の栄光をたたえているように見えるが、いやいや私を擁護することによって、かえって私をろうしているのか?
 ヴァスーラ、愛している。私にり頼みなさい、愛する者よ。

主よ、まだ他にもあるのです。私が疑いの気持ちをお伝えしたり、表したりするとき、間違いなくあなたを傷つけていると思うのです。あなたを疑っているわけですから。たとえ疑っていなかったとしても、もしもこのお導きがあなたからのものでなかったら、やはりあなたを傷つけることになります。なぜなら、私が自分でこれをやっていることになるからです。だから私が何をしたとしても、あなたを傷つけてしまうのです。あなたからのものだと信じようが信じまいが、私が何を思おうが、あなたの心を痛めることになります。それが私には悲しいのです。あなたを決して傷つけたくはないですから! そのことでも私は苦しんでいます。

ああ、娘よ、嘆き悲しまないでほしい。私が愛によって傷つくなどと、決して思わないように。あなたがしなければならないのは、私から食べることだけだ。私はイエス、イエス・キリスト、そしてあなたの食べているものは私のパンである。魂よ、ああ、私の愛する魂よ、それ以上自分を苦しめないように。私を信じなさい、愛する者よ、そして私に愛されていると感じなさい。

こんなにも弱いことをおゆるしください……

あなたを完全にゆるそう。私がどれほどあなたを愛しているかを感じなさい。あなたの弱さは私を最も引きつける、言葉では言い尽くせないほどのあなたの弱さ! あなたのみじめさは言語を超えている。ああ、私のもとに来なさい、ここに、私の心の中に、私の中であなたの魂をすっかり消滅させなさい。私の天国でありなさい、愛している。私の平和を今受けなさい。

私は二つの指輪を持っている

1987年3月23日 in ノート9

覚えておきなさい、私は唯一、聖なる三位一体は一つ1である。私とあなたとの一致が完全なものであってほしい。注意深く私を識別しなさい。そうだ、よく見分けた、私は今、二つの指輪を持っている。

銀白色をしていますか? とても輝いています!

純粋な白金でできている。

(ここで私は、悪魔がだまそうとしているのだと思いました。こんなことがどうしてあり得るでしょう?)

聞きなさい、ヴァスーラ、私、イエスである。恐れないように。愛する者よ、来なさい、あなたのためにこの指輪を持ってきた。今これをはめてほしい。私を識別しなさい。

でも、こんなことがあり得るでしょうか?

そうだ、私はあなたとの一致を祝福している!
愛する者よ、この行為は霊的で天的な行為だ。はっきり言っておくが、あなたの魂は私と一つになっている。私を信じなさい、私たちの結婚を聖別しよう。
あなたの指にこの指輪をはめさせてもらいたい。愛している。私を感じなさい。あなたを愛し、祝福する。

イエスはもう一つの指輪を御自分の指にはめられました。

分かるか? もっと識別できることが何かあるか?

(一つのリボンが二つの「円」を結び合わせているのが見えました。)

これを私たちの頭の上に置こう。私たちは今結び合わされた。私たちの一致に冠を授けている。

イエス様、多くの人々が、これを空想だと非難するでしょう!!

どうしてか。多くの人々が私のもとに来て、私と結婚し、私の栄光をたたえる、そして私は彼らと一つになれたことをとても喜んでいる! ヴァスーラ、私はあなたを死から復活させた。私の光をあなたに注いだ。あなたを世話し、あなたを癒やした。娘よ、あなたに私のわざを自由に行い続けられるよう、私に任せなさい。私の望みどおりに形造られることを熱望する、柔らかい石膏せっこうのようでありなさい。あなた自身を私の手の自由に任せ、私を拒むことがないように。

主よ、とてもうれしいです。あまりにもうれしくて、錯覚しているのではないかと不安なほどです!

そんなことはない、上手に識別している。今すぐにこの世から連れ出してしまいそうなほどにあなたを愛している。あなたを救い出して、私の近くに置きたいと切望している、だが私はこのメッセージのためにあなたを造ったのだ。

主よ、識別が間違っているのではないかと不安です。あなたが私に指輪を下さり、私たちを一つにしてくださったと考えることによって、あなたをぼうとくしてしまったのではないかと恐れています。それで間違いないと私は思っているのですが。

私の花嫁よ、私のみじめな花嫁よ、どうして私を恐れるのか? 私を悲しませないで、私に近づきなさい。あなたを愛している。私にり頼み、私たちの結婚を聖別したのは私だということを忘れないように。心配するな、私はイエス、恐れを捨てて近づきなさい。あなたの手を感じた2

(メッセージを書きながら、(大きな方の)主のせいがいの写真を見ていました。無意識のうちに、頭の中で主の頬にかかっていた髪の毛(左側の)を、後ろの方へ優しく流して差し上げました。すぐに反応があったので驚きました。)

私の手を感じられたのですか? 本当に?

感じた。ヴァスーラ、私が神であることに気付いたか?

ごめんなさい、こんなことをして。

謝らなくてもよい。私と親しくなりなさい、そのままのあなたで。さあ、私にあなたの手を預けなさい、そうすれば私の手であなたの手を包んであげよう。

天国と聖なる戦いの幻

1987年3月26日 in ノート9

(神が幻(ビジョン)を与えてくださいました。)

私を喜ばせなさい、ヴァスーラ、そして神である私は、唯一であることを理解しなさい。私は愛を込めて、私の栄光をもっとあなたに現したい。子よ、天がどのように造られたか知っているか?

あなたによって、あなたを通してです。

そうだ、私はあらゆるものの幅、高さ、深さを計った、すべての寸法が完璧である。どの小さな生き物も私に由来し、まことに私のものである。すべてのいのちは私から生まれる、私の息吹はいのちである。私の天のわざについてもっと学びたいか?

はい、主よ。

では、一緒に私の栄光の中を少し散歩しよう。

(自分が神の現存と共に美しい園の中を歩いているのが分かりました。色彩に富み、明るい光に満ちていましたが、通常の太陽からのものではありませんでした。歩いていると、地平線に今にも触れそうな巨大な光の玉に気付きました。それは大きな太陽のようでした。ところが、目を痛めることなしに見ることができたのです。)

どう感じるか、娘よ?

きれいです。何もかもが不思議です!

何が見えるか?

この「太陽」のようなものが。

そう、それは私の聖なる住まいだ。その光の周りに何が見えるか?

最初は、太陽の周りを回っている点々のようなものが見えました。でもそれは、太陽の周りを取り囲んでいる小さな天使たちだと分かりました。何百万もいるように見えました。

私の栄光の周りを取り巻いているケルビムたちだ。他に何が見えるか?

「太陽」の中へ入る階段でしょうか?

この光の中に入って行こう、用意はいいか? はきものを脱ぎなさい、私たちは聖なる土地に入って行くのだから。さあ、光の中だ。

入って行くと、とても明るい光の中に包まれるのかと思っていましたが、いいえ、違うのです。すべてが青い色をしていました。でも、一番私を驚かせたものは、その静寂さ、そして平和と聖性の感覚でした。信じられないほどでした! 内部のすべては一つの大きな円になっていました。

そう、円だ。

(周りを取り巻いていた「壁」は、壁ではありませんでした。生き物であり、天使たちだったのです。天使たちの壁がドームのように上空をふさいで、天使たちによる「天井」が築かれていたのです……全員が青色で、何百万も、何十億もいました。背の高い天使たちが、互いにくっつきあい、一人の上にもう一人が乗って、堅固な壁を形造っていました。)

私のセラフィムたちは、この聖なる場所を守り、絶え間なく私を礼拝している。彼らの声が聞こえるか? 「至聖なるお方、われらのいと高き神は聖なるかな」。

彼らは何人いるのですか、主よ?

何千もだ、私の子よ。この金色の剣を持った、とても美しい者は誰だろうか?

分かりません。

(一人の天使のような人を見ました。他の天使たちと違っていて、「普通の」色をしており、着丈の長い白衣を着ていて、金色の髪は肩まで掛かり、手には美しい金色の剣を持っていました。剣はきらきらと輝き、衣は最も清らかな純白でした。)

ヴァスーラ、その剣は私の言葉である。私の言葉は純粋。それは刺し貫き、照らす。

(突然、その「ドーム」が開花するように開きました。)

見なさい、小さな子よ、識別してごらん。私がそばにいて助けている。頭上にきたるべき聖なる戦いが見えるだろう。ああ、娘よ、油断することなく、周囲に目を配るように、そして悪魔が存在していることに気付きなさい。何か見えるか?

(この「壁」が花のように開いた時、黒くてビロードのように光る、どうもうな目をした複数の馬が見えました。その映像が遠のくと、次に戦いが見えました。)

私の軍隊はサタンやその手下どもと戦う、私のおきてを破壊しようとしたすべての者たちも含めてだ。私はアルファでありオメガ、初めであり終わりであることを覚えておきなさい。私の言葉は永遠である。さあ、何が見えるか?

大きな蛇のような爬虫類はちゅうるいが一匹、馬から投げ落とされました。

この竜は、私の聖なる者1やりもとで征服されるだろう。これが起きたとき、竜の手下どもも皆、倒れる。ヴァスーラ、これから私の審判の広間を見せよう。

(大きな広間が見えましたが、まだ誰もいません。突然、広間の片隅に一つの集団(複数の魂)が見えました。ガチャガチャという鎖の音が私の注意を引いたのです。彼らは言葉では表現できないほどにやつれ果て、石炭か、こくはんのような染みが付いていました。自分たちがどこにいるのかも分からず、おびえているようです。私たちのことは見えていません。周囲を見て驚いているようでした。)

ラッパの音を聞きなさい。天使たちが私の到来を告げ知らせている。手を貸しなさい、あなたは私の小さな客人なのだから。そう、すべての天使は私の前にひれ伏す。これらの無数の魂を見たか、彼らは地下2から到着したばかりだ。この魂たちは、苦しめられていたが解放された。彼らはサタンの門の所にいた。

誰が彼らを解放したのですか?

私が解放した、私の天のわざによって、また私を愛し、償いをするすべての魂によって。なぜ私を愛してほしいか分かるだろう? あなたが私を深く愛すれば愛するほど、彼らの魂が引き上げられ、私のもとに来るためのより良い機会が与えられる。これらの魂がどうなるかを知りたいか?

はい、主よ。今度は何が起きるのでしょう?

教えてあげよう、私の聖霊によって彼らに洗礼を授け、完全に解放する、聖霊による洗礼を受けるまで、彼らは私の王国を共有することができないからだ。

これらの魂は洗礼を受けていなかったということですか?

受けていなかった。

洗礼を望んでいたのでしょうか?

そう、望んでいた。来なさい、説明する。一緒に座ろう。あなたが見たものはただの映像に過ぎない。彼らが実際に私の広間にいたわけではない。魂は終わりの時まで裁かれることはない。

あなたの広間にいなかったのだとすると、彼らはどこにいたのですか?

彼らはハデス3にいた。ハデスにいたために、彼らは無力だった。私を選び、私に従いたいと望むなら、あなたたちは救われる、だが私を認識できなければ、そのかたくなさによって墜落してしまう。墜落した先には、永遠の苦難4がある。
あなたたち皆に警告しておかなければならない、今までも言われていなかったわけではないが、聖霊を冒涜ぼうとくする者は誰も決してゆるされないということを、それが私のおきてなのだから。
私の前に目を伏せなさい、子よ。

(そうしました。)

あなたを祝福させてほしい。あなたの罪をゆるす。次の言葉を唱えなさい。

「全能の神である主は、祝されますように、
主のくにが永遠の栄光をもって統治しますように、
聖なるがあがめたたえられますように、
主のことが一人ひとりの心の中に浸透し、そこで憩いますように。
アーメン」。

ヴァスーラ、今日はここまでにしよう。休みなさい。明日また私のメッセージを書き取ってもらおう……

(突然、神が苦渋の思いを抱いておられるのを感じました。)

……私を代理する身でありながら、私に十分な愛を返さず、私の無限の愛から引き出そうともしていない人々のことだ、娘よ。
来なさい、私と連れ立っているように。私には休息が必要だ5。もっと近づきなさい、私の悲しみを共有してほしい。

私の神よ、あなたの望まれるとおりにします。ただ、あなたを心から愛している人々もたくさんいることを忘れないでください。あなたへの愛のために献げている彼らの犠牲を忘れないでください。

そう、彼らは私を悲しみから引き上げてくれる、そして私の傷を癒やしてくれる、だがそのような魂がもっと多く必要だ、償いの心構えができていて、私の無限の愛を拡散し、霧のように広めてくれる者たちが。彼らが心を開いて、私を受け入れてくれるのを切望している。彼らの心を私の愛で満たそう、そして彼らの心から愛があふれ出るとき、その愛は広まり、私の小羊たちを養うであろう。
愛する者よ、あなたの中で休ませてくれるか?

はい、私の神よ、どうぞそうなさってください。

あなたも私の中で休むか?

はい、私の神よ、そうします。

では来なさい。あなたを愛している。

私も愛しています、私の神よ。

私の司祭たちには聖であってほしい

1987年3月27日 in ノート10

ヴァスーラ、愛している。

私も愛しています、イエス様。

すべての司祭たちに聖となってもらいたいと、どれほど切に願っていることか。彼らは私を代理しているのだから。彼らには純真で、聖で、謙遜で、あわれみ深くあってほしい。あり余るほどの私の愛を、彼らの心に注ぎ込むのを許してほしい。私の心の豊かさの中からもっと引き出して、彼らの心を満たし、あふれ出すほどに充満させてほしい、こうして私の愛が世界中に行き渡るように。彼らは私の小羊たちを理解し、愛し、癒やそうと努めなければならない。このすべてが行えるようになるためには、私が彼らを愛したほどに、彼らも私を愛することを学ばなければならない。私が愛しているように、彼らも私の子どもたちを愛することを学ばなければならない。私の教会を重んじなければならない。
 私は愛を切望している。ヴァスーラ、彼らに伝えなさい、私の唇はカラカラに乾き、愛を渇望していると。彼らの心が石のように硬く、無味乾燥であるなら、私への犠牲や儀式が何の役に立つだろうか
 この荒れ地を神の高潔さによってよくにしたい。私は熱心さを求めている、生きた炎を、清さを、熱意を、そして熱烈な愛を。この無限の愛から引き出し、あなたたちの心を満たしなさい。あなたたちに望んでいるものは、忠実さ、清さ、そして愛だけだ。来なさい、来て、私に向かって悔い改めなさい。来て、あなたたちの生き方を変えなさい。そうすれば私はあなたたちを高く上げ、あなたたちは私を迎え入れるだろう。私のやり方をあなたたちに思い出させたい。
 あなたたちにあまのメッセージとしるしを与えてきた、あなたたちはこれらのしるしに気付かないふりをしているが。私の言葉を忘れたのか? 私の言葉を現すために用いているこの弱い道具に驚いてはならない。なぜ驚くのか、私はこうした石ころの中からどれでも取って、敬虔に私に従う者へと造り変えることができる!
 あなたたちの中には、このメッセージを与えているのが私、イエスであることの証拠を探そうとする者もいるだろう。私はすべての人に私の霊を注ぎ、私の息子や娘たちは皆預言し、天と地にしるしを示すと言わなかったか? 私の道はあなたたちの道と異なり、私のしるしはあなたたちのしるしと異なる。
 私はあなたたちに再び私の顔を現わしている、しかし、あなたたちの何人が信じるだろうか? 私のいた種が死の言葉で充満しているのを見て、私は痛みでうめき声を上げ、息は詰まり、あえいでいる。忠実さ……この言葉を自分自身に当てはめるつもりか、あなたたちの心は死んでいるというのに?
 来なさい、来て私の心から吸収しなさい。あなたたちには、悔い改めて償うようにまことに求める。私を純粋に愛し、私の聖体を尊びなさい。そうだ、自分は正しく、敬虔だと思う者たちは皆、来て心を変えなさい。心を開いて私を受けなさい、そうするなら、あなたたちの目の覆いを取り去り、耳を開こう。
 ヴァスーラ、明日また書き取ってもらおう。休んでよい、愛する者よ。私が編集している間、私を識別したか?

はい、主よ、あなたは私の右腕の後ろにおられましたね? そこにおられましたか?

いた、そのとおり。そうだ、さあ、今度はあなたと向かい合っている、ヴァスーラ。そう、そうやって私の現存を感じなさい。恐れなくてよい、あなたのそばにいる。
 さあ、お互いのうちで共に休むとしよう。

みじめさは私を引きつける

1987年3月30日 in ノート10

私、イエス・キリストである。
 すべての啓示は私から来る。私から吸い上げなさい。一輪の花が、私から吸い上げながら、私のそばで育っている。私の花よ、あなたが成長している間、私から吸い上げ、私から吸収しなさい。来なさい、あなたを愛している。

イエス様、本当は、今こうしてあなたとお話ししているような言葉を使いたくはないのです。とても無礼に聞こえます。でも、これが私の日常の言葉で、他の言葉を知りません。修道士や修道女たちが書いた本を今読んでいるのですが、彼らの話し方は私とはずいぶん違います。たぶん、この方々はそのように教えられていたのでしょうか? 不作法な言葉遣いをしようとは思っていません。きっと私の心が語ってくれるでしょう。

ヴァスーラ、あなたの無知をゆるす。私が教えよう、あなたは今学んでいるのだ。自分がどれほどみじめかに気付き始めている。だがそれでも、あなたを愛している。みじめさは私を引きつける、私のあわれみを与えることができるから。私の慈悲深さを世に示すために、あなたを選んだ。

素養も、功徳もないために(おそらく私は、この「現代の」世界の多くを代表しているのでしょう……)私を選んでくださったことを誇らしく思ってはいません。ユダになったような気分です……

lo2; ヴァスーラ、あなたはユダのようではない。あなたは無力で、無知で、言葉に尽くせぬほどみじめだ。あなたは私の愛する者、私が聖化した。あなた自身ではできなかったので、私が私たち二人を結び付けるように対処した。私の望みはあなたを形造ること。あなたに私の花嫁になるよう求め、あなたを私に結び付けた。

イエス様、修道女たちは、あなたと本当に「結婚している」ことを知りました。

そうだ、彼女たちは私のもとに来て、私の花嫁となる。私は彼女たちを喜んでいる! あなたも私の花嫁となり、私と一つになれるのだが、あなたがそのことに気付かなかったので、私たちが一致できるように私が世話をした、分かるか? あなたの指に指輪をはめ、私たちの婚姻を聖化した。私と共に働きなさい、そして私が聖であることを覚えておくように。決してこれを忘れてはならない。