1987年9月のメッセージ

忠実さ

1987年9月12日 in ノート15

忠実さは、私と共に歩む道をいつも見いだす。私を愛し、忠実でありなさい、子よ。私のわざは知恵ある者たちの目には見えない。彼らには隠している。隠された私の知恵は、謙遜な者たちやほんの子どもに過ぎない者たちに与える。
 娘よ、私は霊であり1、霊としてあなたに近づき、あなたの霊に教えた。私の教えはあなたに霊的に与えられたのであり、哲学が教えられるようなやり方でではない。ヴァスーラ、きたるべきことに注意していなさい、霊的でない者は、これらのわざを神の霊からのものとして受け入れようとはしないだろうから。彼はこれらのわざを否定する、なぜなら、これらが彼の理解を超えているからだ、これは霊を通してのみ理解できることなのだから。主である私には、知恵ある者たちが何を考えるかは分かっている、そしてはっきり言っておく、彼らが私を納得させることはない。

(この日の夜、理由は分からないのですが、私の魂は苦しみました。神に思い焦がれました。悔い改めました。私の申し上げることを聞くのをお望みかどうか、悔い改めの言葉を聞いてくださる時間をほんの少し取っていただけないか、主に尋ねました。私はまたも罪をどっさりと抱えて、神の御顔を見上げていました……)

私の祭壇となりなさい

1987年9月13日 in ノート15

(イエスは8日、聖体拝領に行くように呼ばれました。今日聖体拝領に行き、主を拝領しました。)

天の御父よ、
人々が私の破滅の原因となるのをお許しにならないでください。
これまで私に与えてくださったものを、
彼らが取り去ってしまうのをお許しにならないでください、
私が恐れるのは彼らの鈍感さ、
そして彼らがあなたの天のわざ
心を閉じてしまうこと、
耳をふさいでしまうこと。
私はとても弱く、傷つきやすいのです。
彼らはたったひと言で、
あしを折るほどに、簡単に私をつぶしてしまうでしょう。

ああ、ヴァスーラ、ヴァスーラ、私の手を取りなさい。彼らがあなたを迫害するなら、それは私を迫害することになる。あなたをあざ笑うなら、私をあざ笑うことになる。愛は苦しんでいる。

その人々から助け出してください、お父さん。

愛が助けるであろう。清さによって私を飾り、私の祭壇となりなさい。私の十字架を、私と共に担いなさい。祭壇よ、嘆かないように。

あなたを祝福します、お父さん。あなたに思い焦がれます。

(しばらくして)

(日曜日の今日、9月13日、私の魂は激しい苦痛を感じました、これはこの啓示が始まって以来、二度目のことです。言葉では説明のつかない理由による悲しみ。これ以上もう生きてはいけないと思えるほどの苦渋。肉体的にも痛みました。胸がつかえ、その痛みが両腕にまで走りました。イエスが私に呼びかけられました。)

ヴァスーラ、私に自らを一致させ、私の痛みを感じなさい。彼らは私を再び十字架につけている。

なぜ、どうして、あなたに対してそのようなことをするのでしょう?

愛する者よ、彼らは自分たちが何をしているのか分かっていない。

誰がそのようなことをしているのですか?

多くの魂たちだ。私は彼らを愛している、それでも彼らは私を侮辱する。ヴァスーラ、私と痛みを分かち合いなさい、私と一つになるように。

私たちで共に、主よ?

そうだ、娘よ。人々の不忠実さのために、私たちは共に苦しんでいる。私の手をしっかりつかみなさい、共に。

共に、主よ。

槍の刃

1987年9月15日 in ノート15

イエスさま、彼らがあなたを絶えず傷つけていることに我慢できません。急いでそのいばらのとげを取り去ってください!

ああ、娘よ、あなたにそれらのとげを指し示していく、一つひとつ、どこに突き刺さっているかを教えよう、私の力によって、あなたはそれらを一つずつ抜き取っていくだろう。そして私を傷つけていたとげの代わりに、私の喜びの園で摘まれた花々だけをあなたに献げてもらうようにする。それらは私の光の下で育った花々であり、この地上に甘い香りを放って、私の園を飾ってくれるのだから。私の心の中の、その最も奥深くに、いまだに突き刺さったままのやりの刃がある。ヴァスーラ、これも取り除かれるだろう。私の力によって引き抜こう。今度は彼らを容赦しない!
 私の羊たちを一つにし、彼らにこう伝えなさい、「主である私が、あなたたちを祝福する」と。

あなたを送ろう

1987年9月17日 in ノート15

ヴァスーラ、私のメッセージを聞くことができるように、あなたを彼2のもとに送ろう。あなたを受け入れるように彼に頼んでくれるか? あなたを導くように頼んでくれるか3

(その瞬間、主がお与えになった幻(ビジョン)の中で、突然、地上を歩き回っている悪霊たちが打ち倒されるのが見えました! 彼らが立っていたのは乾いた地面の上のようでしたが、その地面が揺れ動いて地割れを起こし、こぶしのように隆起して、悪霊たちをひっくり返してしまったのです。彼らはどうすることもできず、無力なまま、後ろ向きに打ち倒されました。)

私は私の子どもたちを一致させるために来て、彼らを祝福する。

ギリシャ正教の司祭との面会

1987年9月18日 in ノート15

(金曜日の今日、ギリシャ正教会の中で、ギリシャ人の司祭に会いました。彼にすべてを話しました。司祭はよく聞いてくださり、私の言ったことをすべて受け入れてくださいました。彼は今、この啓示について学ぶことを望んでおられます。)

自分を明け渡しなさい この荒れ地が潤されるように望んでいる

1987年9月20日 in ノート15

娘よ、そろそろ私の働き方を理解したであろう。信じなさい、私のヴァスーラ、これからあなたのうちにもっと多くの啓示を吹き込むのだから。自分をすっかり私に明け渡しなさい、私の指で、あなたに私の言葉を刻みつけさせてほしい。来なさい、小さな子よ、私をそっとなでなさい。

はい、主よ。

(イエスはこの時、私が持っていた大きなせいがいの肖像画をなでなさいと言われたのです。私は黙想しながら主とお話しするとき、主の肖像画に手を伸ばし、おんの痕をぬぐって痛みを取ってあげたいというような思いで、御傷をそっとなでる癖があります。これは無意識のうちにしていることです。黙想する時は完全に没頭していますから。)

ヴァスーラ、ガラバンダルでの私自身と私の母の出現は、公認されなければならない。聞きなさい、ヴァスーラ、母が私の選んだ魂たちに出現され、御自分の恵みでその子どもたちを照らされる度に、私は母のそばに立っていた、しかしそれはだれの目にも見えなかった。私の栄光をたたえた者たちに祝福を与えるために、時には幼子として出現したこともあった。
 娘よ、私はこれらの出現の場所がもっと尊ばれることを望んでいる。聖座がそれらの聖地を祝福して、私をもっと尊んでくれることを望んでいる。ヴァスーラ、私はルルドやファティマのことを言っているのではない、ガラバンダルも同様に尊んでほしいと言っている。私はガラバンダルの出現に栄光を与えるために来た。
 私の聖座がそこに行って、その地を祝福し、私を傷つける聖職者の魂たちによってゆがめられ、誤って宣告されたすべてを正すのを見たい。疑いを取り除き、出現を否定した者たちによる侮辱的な言葉を打ち消してもらいたい、聖座は私のためにそうしてくれるだろうか?

主よ、私の神よ、彼らはどうやってそのすべてを知るのでしょう?

その仕事は、ヴァスーラ、私に任せておきなさい。彼らに理解させる方法を見つける。娘よ、彼らに私の現存のしるしを与えるときはいつも、どんなに小さなものであっても、聖座がそれを祝福し、私のしるしに栄光を帰してくれることを望んでいる。世に私の現存を、私の富を、私のあわれみを、そして私の天のわざを知ってもらいたい。聖座が私の与えたしるしをもっと大々的に奨励し、世を養ってくれることを願う。私の土地がよくであってほしい。わずかに残された花々を、彼らに摘み取らせてはならない。この荒れ地が潤されるように望んでいる、私の園に水をやってくれるのは誰か? 彼らはなぜ私の花々を放っておくのか?

愛するイエスさま、もし私の考え違いでなければ、ファティマの奇跡は認められるまでに七年かかりました。私の神よ、拒絶や非難、受け入れることへの困難があるのが分かります。

花よ、嘆かないように。私に助けさせなさい。ヴァスーラ、私はいつも自分の目的を達成する。

多くの人々を私に連れ戻す

1987年9月21日 in ノート16

私の神よ、だれもがあなたを愛し、あなたの方を向いて、あなたを認識してくれたらどんなにいいでしょう。

ああ、娘よ、私もどれほどそう願っていることか!

(神はそれが起こるのを熱望しておられるようでした!)

あなたが私たちの間に、これほどまでに明らかに現存しておられることに、世の人々が気付いてくれたらとどんなに願っていることでしょう。あなたはどんなに私たちを愛してくださっているでしょうか。私たちは地上をただ通り過ぎていくだけであって、あなたが私たちを待っていてくださることに人々が気付いてくれたらと、どんなに願っていることでしょう。人々が互いに愛し合い、憎しみ利己主義やめて、互いのために生き、互いに思いやり、私たちの父であるあなたを礼拝し、一つになることをどんなに願っていることでしょう。人々があなたのしるしを信じ、あなたのお望みだと考えて、そのしるしを隠してしまうことがなかったら、どんなにいいでしょう。自分がどれほど間違っているかに気づき、あなたの豊かさを理解したなら、どんなにいいでしょう!

ヴァスーラ、それらの望みは私が与えたものだ。それらはあなたのうちに染み込んでいる、私の炎をあなたのうちで燃え立たせ続けよう、祭壇よ、永遠に。この言葉を広めなさい。「主である私は、ガラバンダルの私の子どもたちを祝福する」。

主よ、私にできる範囲で広めます。けれどももっと広めていくためにはルートが必要です。

ヴァスーラ、あなたには証人たちを与えている。

私の友人たちということですか?

他の人々もだ。

教会の人たちですか? 司祭ですとか?

そうだ、ヴァスーラ、彼らがあなたの証人だ。

はい、主よ。

私の言葉をあなたの上に刻みつけさせてほしい。

イエスさま、私に思い出せるのは、この啓示があなたからのものだとは全然信じなかったあの方だけです。最初の方です。

分かっている。

でも、なぜ?

彼は賢明だという単純な理由だ。

ああ、私の神よ、私にはあまりに多くの望みがあります!

ただ私に願いなさい。

願うだけですか?

そうだ、愛する者よ、願いなさい。

どんなことでも?

どんなことでも。

私は変化を望んでいます、もっと良い方向に向かうように。私の神よ。彼らの心があなたへの愛で燃え立ち、何十億もの人々が皆ひざまずいて、あなたをあがめ、礼拝することを望んでいます。私が感じているように、彼らにも感じてほしいのです。あなたがどれほど私たちを愛してくださっているか、どれほど私たちのそばにいらっしゃるか、私たちがあなたとどれほど親しくなることができるかを、父であり、友であり、唯一のうちにすべてである神であられるあなたと。彼らにあなたの光を注ぎ、私にしてくださったように、彼らを目覚めさせてくださいませんか? 私がいただいているあなたとの幸せや親密さを、彼らとも分かち合いたいのです。どうか、お父さん、彼らもあなたの子どもたちです。

ヴァスーラ、すべては成し遂げられるであろう。多くの者たちが私のもとに帰って来るように導こう、その邪悪さにもかかわらず、彼らを助けよう。あなたの神と共に懸命に働くことに疲れないように。
 私たちで、共に?

はい、主よ。

私の現存を認識しなさい

1987年9月22日 in ノート16

小さな気づきに喜んでいる! 娘よ、私はうれしい。

(イエスがこうおっしゃったのは、主が本当にそこにおられることに心を集中させ、どんな御様子かを見ようとしていたからです。今日は主の髪全体が肩の後ろに流れていました。)

あなたが私の現存を認識しようとしているのを見るとき、私の栄光はたたえられている。共に祈ろう。娘よ、このように始めよう。

「ああ、愛する造り主、聖霊よ、
私に見せてくださった
わざゆえにあなたを祝福します、
私に注いでくださった
光ゆえにあなたを祝福します、
栄光は全能であられる神に。
アーメン」。

(イエスは、私が主をほめたたえる適切な言葉を探すのに困っているのを知っておられました。この祈りはまさにそのような私のためのものです。)

素朴でありなさい!

1987年9月23日 in ノート16

婚約者よ、深い眠りに陥っている者たちの言うことを聞いてはならない、彼らは何も知らず、何も感じず、何も見えず、何も聞こえないのだから。眠り込んでいるためにすっかり無知になっている彼らに、一体何が言えるだろう!

(イエスは、二つの世界について理解させてくださいました。一つは物質的で、物理的な世界、もう一つは、目に見えない霊的な世界です。
 その後、ずっと後のことですが、私の使徒職が始まった頃、ガラバンダルの幻視者の一人と会うように招かれました。それはまるで、神が望まれるとおりに彼女を祝福できるように、神がその御翼に私を乗せて、運んでくださったかのようでした。そして他の幻視者たちにも電話を通じて祝福を送りました。神がどのように働かれるかを私は理解し始めました。神はほとんど不可能に近いことを私たちに求められますが、聖霊の力によって、それができるように私たちを助けてくださるのです。)

来なさい、私はイエス・キリスト、神の愛する子。私が望めば、あなたにもっと証拠を示すこともできるが、今は理由があってそれを制限している。あなたを見えないままに導くことは私を喜ばせる、それは私の栄光をたたえることになる。
 それゆえ、これを自分自身の知恵によって盲目となってしまった者たちへの教訓としたい。あなたには素朴で、単純であってほしい。この特別な方法であなたを導いているのは、主である私は豊かに与えるということを、私の敬虔な魂たちが理解できるようにするためだ。娘よ、私の超自然的なわざを信じるのは難しくはないと伝えなさい。どうしてか? 私は神であり、霊であるのではないか?
 子どものようになって、信じなさい。あなたが私のわざを彼らに示すなら、このような方法で書き、導いているのが私だということを疑う子がいるだろうか? 素朴でありなさい!

教会は生き返る!

1987年9月24日 in ノート16

(聖マリアがそばにおられるのを感じました。)

ヴァスーラ、そう、私はあなたの母です。私はガラバンダルの子どもたちの所に現れました。子どもたちに私を見せ、私の声を聞かせました。私は彼女たちに現れました、彼女たちはそれを知っています。あなたに彼女たちを祝福してほしいのです。

マリアさま、あなたのお望みを果たすために力を貸してください。

導いてあげましょう、ヴァスーラ。

ありがとうございます。

(驚きました。このあと、私の周りに香の香りがしたのです。)

私はイエス、あなたを祝福した、そして私の香であなた自身を香らせた。
 教会は生き返る! 私たちは一つだ。私が教会を一致させる時、それ以上はもう待たない、私の魂がどれほどあなたに思い焦がれているか感じ取れるか? 愛する者よ、あなたを迎えに行く、愛している。

(それを聞いて喜びました。)

自分はもはやここにいるべき者ではないと感じています。地上は確かに捕囚の地です。

愛する者よ、この捕囚の地にあなたを置いておくことは、私にとっても苦しみだ、しかし無駄になるものは何もない。
 私は自分が造ったものを愛している、あなたは私が造ったものを私のもとに返してくれるであろう。地上にいるあなたを見るのは苦しみだ。私のために生きなさい、娘よ、私がいかに自分を犠牲にしたかを思い出しなさい。あなたの父である私のために、あなたも同じことをしてくれるだろうか?

あなたにふさわしい者にしてください。どんな犠牲にもふさわしい者に、主よ。

愛する者よ、主である私が、あなたを祝福する。来なさい、無駄になるものは何もない。