1987年12月のメッセージ

私が教会を掃き清める

1987年12月21日 in ノート19

私の神、正しいお方よ、私が無に等しく、このように全く無能な者であっても、私の望みはあなたによって植え付けられたものです。それはあなたの望みです。が尊ばれますように、小羊たちが再び集められて、あなたを認め、天の御母を認めますように、御母の統治は永遠に続き、悪に打ち勝つことを認めますように。私はあなたの利益だけを追い求めます……

そうだ、ヴァスーラ、私の利益だけを追い求め、本物になりなさい、ある者たちのように、ただの見せかけの聖性ではなく。主である私は、その者たちを知っている、どれほどアベルを装おうとしても、私を欺くことはできない。仮面を付けても、自分たちの正体を隠す助けにはならない。はっきり言っておく、今回は、あなたにその欺く者たちを指し示そう。私は思いがけない時に彼らを訪れる。私の家に、どうしてカインをいさせておくのか? 私の利益ではなく、自分の利益しか求めない者たちを? 天の力によって、彼らの化けの皮をがそう。隠されているものをを明らかにする。恐れることはない、愛する者よ、私の教会は、私がきれいにする。聖なる愛への道をふさぎ、私のみこころに入るのを妨げる者たち全員を一掃しよう。分かるか、ヴァスーラ、私の杯は苦い、この世は私に背いている、愛する者よ。あのカインらは道をふさぎ、巨大な岩を置いて、小羊たちが私のもとに来る通路を邪魔している。彼らの手はからで、小羊たちに与えるものは何もない、もはや何も。ヴァスーラ、私の魂に祝された者よ、私に付いて来なさい。あなたを導こう、失望してはならない、今さらあなたを見捨てるだろうか?

はい、主よ、あなたにしっかり付いて行きます。愛するお父さん。

さあ、手を取りなさい、決して離さないように、私から来るものをすべて受け入れなさい。

天の元后を尊びなさい

1987年12月22日 in ノート19

ヴァスーラ、私の教会を一つにする時が来た。もう一度一つになりなさい、愛する者たちよ、このいにしえの廃墟を建て直しに来なさい、私の古い土台、私自身の手で築いた土台を建て直すように。私の母を尊びなさい、神の言葉である私が、誰にもまして母を尊んでいるように。私がそうならば、ちりと灰に過ぎないあなたたちが、御母を天の元后として認め、尊ぶのを私が望まないだろうか? 被造物が御母の大切さをほとんど知らないのを見て、今日私は嘆き悲しんでいる。ルターの名の下にいる者たち、また自らを完全に孤立させてしまった者たちは、ペトロのもとに戻らなければならない。

主よ! 彼らはショックを受けるでしょう!

ヴァスーラ、私は彼らのひざをかがませて、私の母を敬うようにさせる。主である私が語っている。彼らをかがませよう! そうしたなら、彼らを私の光で照らし、立ち上がらせよう! あなたたちの幹を強める、あなたたちはうるおされた園のようになるだろう、水の決してれない泉のように。私は再び土台を建て直す。
 来なさい、愛する者よ、あなたの上に私の言葉を刻めるよう、今のように、柔軟で素直になりなさい、さあ、私の聖なる現存を決して忘れないように。

はい、主よ。

私はあなたたち皆を一致させに来た

1987年12月23日 in ノート19

私の神よ、プロテスタントの人たちはショックを受けるでしょう!

(まだこのことを乗り越えられていません。)

ヴァスーラ、彼らが変わるのをもう何年も待ってきた。今は私の望みを自由に書かせてもらいたい。

でも、ショックを受けるでしょう!

いいか、自分に都合の良いときだけ私の言葉を聞き、私の言うことが自分に合わないと耳をふさいでしまうことができるだろうか?

そうすると、彼らはこのすべてを即座に否定してしまうでしょう! 一部分だけをより分けることなどできないのですから。これは、あなたが語っているのではないと主張するでしょう。

もしそうするなら、私を自分たちの神として認めないことになる。

主よ、あえて言わせてください。それは彼らにとって厳しいことではないでしょうか? あなたを神として認めていないとは感じないでしょうし、結局はあなたのことを愛していて、あなたを確かに礼拝しているのです、主よ。

ヴァスーラ、私はあなたたち皆を一致させるために来た。私の弟子であれば、誰が私の訴えを退けるだろう?

はい、誠実ならそうはしません、主よ。

あなたがくれたその言葉で、すべては言い尽くされた。「誠実なら……」、彼らは聞き入れるであろう。
 あなたたちを一つにできるよう、皆を照らし、光を注ぎに来た。だが、ヴァスーラ、とても悲しいことに、自分の行いが悪いゆえに、光よりも闇の方を好む者たちがいる、彼らはその行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ない。だが私に献身し、私のわざを誠実に認めて私に従う者たちは、その行いが明らかにされることを恐れず、私の光の下に来る。その行いが、神である私に導かれてなされたということが明らかになるために。
 私の言葉を住まいとする人は、確かに私の真の弟子となると私は言った。その人は真理を知り、真理はその人を自由にする。そして今、私はこう言おう。私の今日こんにちの言葉を信頼する人は、確かに私の真の弟子となると。その人は真理のうちにある誠実さを知り、真理はその人を自由にする、そして彼らは愛のうちに一致し、私の栄光をたたえることができるようになる。
 私はあなたたち皆のもとに来て、自らの心をこの手に携え、それを差し出している。だが私の訴えにもかかわらず、多くの者が、心のかたくなさゆえに、私を拒絶し、私を神として認めない。私を愛していたなら、私の訴えに耳を傾けたはずだ。聞くのを拒むのは、彼らがもう私の子どもではなくなってしまったからだ。彼らの知恵が、彼らを盲目にしてしまった。だがはっきり言っておく、私の羊は私の声を聞き分ける。私の声を聞き分けない者は、もはや私の羊ではない、私の全能を信じていないからである。
 私の小羊たちがちりぢりになり、私の体が損なわれているのはどうしてか知っているか? 私の教会の中で不調和が君臨しているのはどうしてか知っているか? それは彼らが夜の間、自分たちを導く明かりを持たずに歩んできたからだ。光である私を探し求めなさい、そうすれば私があなたたちを導こう、偏狭さや頑固さを捨て去りなさい。柔和で謙遜であるように。心を開き、私のいのちのしずくで満たされなさい。私はあなたたちを愛する良い羊飼いである。
 ヴァスーラ、私に話しかけなさい。あなたの聖なる道連れとして接してくれるように。

そうします、私の神よ。主よ、あなたを愛します。の栄光をたたえたいと願っています、主よ。

愛する者よ、私は私の名に栄光を与えた、そしてもう一度与えよう。私の統治は永遠に及ぶ。
 さあ、勇気を、娘よ。私が共にいる。

聖なる御母は私の言葉と結ばれた聖櫃

1987年12月26日 in ノート19

(12月25日から26日にかけての夜、イエスはガラバンダルとファティマのメッセージの重要性と、それらが類似していることを強調しておられました。その晩は休むことができないほどでした。そのメッセージが耳の中で繰り返し響き続けました。イエスは御自分の現存を強調しておられたのです。)

ファティマの聖地はガラバンダルの聖化を求めて叫んでいる。私は時のしるしを読み取るようにあなたたちに教えたが、そのしるしを探しているか? どうしてしるしが見分けられないのか? 感覚を失ってしまったのか? なぜ心を閉ざしているのか? どうして見るのを拒むのか? どうして聞くのを拒むのか? 私の言葉を忘れてしまったのか? なぜ同じ過ちを繰り返すのか? 愛する者たちよ、「私の言葉と結ばれたせいひつ」であられる聖母がお与えになったガラバンダルのメッセージに対して、なぜそんなにも敵意に満ちた攻撃をするのか? ガラバンダルの出現とメッセージに対する聖職者たちの反対は、すべてサタンの計略によるものである。ファティマの時のように、サタンはもう一度、私のメッセージが世界に広まるのを妨げようとしている
 あなたたちには分からないのか、ガラバンダルの聖母を通して、ほんの子どもに過ぎない者たちに示された私の救いの計画の価値を知っているサタンが、またしても私の計画を消し去ろうとしていることを? そうやって、あなたたち皆を暗闇に置き去りにしようとしている。あなたたちの聖母を打ち負かそうと、サタンは今までにないほどに攻撃を倍加し、ファティマの救いのメッセージの続きとなるこれらの出現を、私の教会が否定するように策を講じている。サタンは、怒りに震えながら、私があなたたちを養うのを妨げようとしている。
 私の救いの計画ははっきりしている。私は私の子どもたちをあがなうために来た。私の声を聞き分けなさい! 私がどんな道具を使おうと、驚いてはならない。私は何も知らない、無に等しい者、空白のカンバスを選んだ、それはその布地1に描かれる作品が私から来ることが明らかにされるためであり、また、今回語りかけているのが私、イエス、神の愛する子であることをあなたたちが信じるためである。あなたたちの間には私の王国がある。
 私のアベルたちよ、あなたたちは再び私を見分けるだろう。ああ、愛する者たち、どんなに大切に思っているか! 間もなく私の計画を明らかにしよう。

主よ、聖職者たちが御声を聞き分けなかったら、そうしたら主よ、どうなりますか?

ヴァスーラ、それはあなたの尋ねることではない。ちりと灰よ2。私が望むようにあなたを導かせなさい、そういうことは私に任せておきなさい。

はい、主よ。

ああ、子よ、誤解しないでほしい、私は愛である、受け入れることを学びなさい。さあ、私たちで共に? あなたのともし火に油を注ごう。

はい、主よ、愛をもって私を世話してくださることに感謝します。

さあ、行こう。

誠実さが悪を取り除く 私のためにロザリオを覚えてくれるか?

1987年12月28日 in ノート19

私が自分の立場をわきまえず、あえて誰かを裁くようなことを言ってしまったり、あるいは、自分は他の人たちよりももっと分かっていると思ったりすると、神は直ちに、私が何者であり、どんな者に御自分のメッセージをお与えになっているかを思い起こさせてくださいます。すべてを見通される主のまなざしが向けられるだけで、主は私が身の程を知り、いるべきところにとどまるようにされるのです。「ちりと灰」という二つの言葉だけで、主は私が無に等しい者であり、被造物全体の中でも最も小さな者であることを思い出させてくださいます。ただ、これが分からない人も中にはいるでしょう。主がことを受け取るように私をお選びになったのだから、私はそれにふさわしい者だと思う人もいるかもしれません。けれども、こうは思いませんか? 神は最も小さい者である私を選ぶことによって、私たちに向けられた計り知れないほどに大きな神のあわれみをお示しになっていると。そして一番小さい者にさえ与えてくださるということを。そうだとすると、私よりもはるかにもっと主の御目にふさわしい人たちが信仰を持って求めるなら、主はずっと多くのあわれみをお注ぎにならないでしょうか? 主の私に対する忍耐にお気付きになりませんか? 主は私を打つどころか、あふれるほどの愛を注いでくださっているのです。主の被造物が、どうして主を拒むことができるでしょう? でも、私も以前はそういう人たちの一人だったのですから、そんなことを言う資格はありません。今や私はこう言いましょう。「呼吸することと同じほどに、あなたの神を大切にしてください。なぜって、呼吸しなければ私たちは死んでしまうのですから。神は私たちの中に息吹を吹き込まれ、いのちを与えてくださいました。神の息吹は私たちのいのち。神は私たちの息吹、神は私たちのいのちです」。

ああ、ヴァスーラ、私のアベルは、今度は生きる。誠実さが悪を取り除くであろう1。私の言葉に活気を与える者は幸い。私の声を聞き分ける羊は幸い、私の小羊たちを再び養う者は幸い。
 心の素朴な者は幸い、ガラバンダルが聖とされる日2にロザリオを祈る者、ひざをかがめて聖母をたたえる者は幸い。皆と一つになって、私の平和と愛の十字架を担う者は幸い。ペトロに立ち帰る私の羊たちは幸い。へりくだって私を模範とする者は幸い。私のおきてに従って、私があなたたちを愛したように互いに愛し合う者は幸い。私の証しを担い、私の名誉を傷つけない者は幸い。
 ヴァスーラ、私の魂の愛する者よ、信仰を持ち、私に信頼しなさい。私はあなたの天の教師。決して私の言葉を疑わないように。来なさい、あなたは弱い、さあ、あなたの力である私にり頼みなさい。

はい、主よ、あなたが必要です。あなた無しにはやっていけません。

私を愛しなさい、私を切に求めなさい。私の天国となりなさい。ああ、ヴァスーラ、今は私のために犠牲を献げているが、間もなくあなたを私のそばに置く。

その日を待ちこがれています。

そばにいなさい。あなたに尋ねたいことがある。

はい、主よ?

私のために、ヴァスーラ、私のために、ロザリオを覚えてくれないか? いつも私の母をたたえてほしい、私のためにそうしてくれるか、ヴァスーラ?

はい、主よ、喜んで覚えます。主よ、覚えられるように助けてください。

これこそ、ロザリオを知らないすべての者から聞きたいと私が切望しているものだ、それと同じ言葉、すなわち、「はい、主よ、喜んで覚えます。主よ、覚えられるように助けてください」。あなたたち皆に教えてあげよう、喜んで覚えたい者に。
 さあ、娘よ、私のうちで休みなさい。あなたを決して見捨てはしない。

(イエスは私がどんなに主に思い焦がれ、この世で苦しんでいるかを感じていらっしゃったに違いありません。「神を熱望する」波がまた押し寄せて来ました。主のいけにえとなり、完全にこの世から離脱したいという思いの波が。気持ちが揺れ動いているようです。でもここにとどまるなら、主の新しいパンを決して拒むことのない小羊たちを何人か、「養う」ことができるかもしれません。何人かの魂が新たに戻って来て、主をお喜ばせすることができるでしょう。主と共にいることも私にとってすばらしいことなのですが。何が一番良いのでしょう?)

どの花も光を求める

1987年12月31日 in ノート20

私の神よ、諸教会があなたのメッセージを信じるように、お祈りしています!

ヴァスーラ、私を信じるのは私が与えた恵みによる1
 聞きなさい、ヴァスーラ。あなたは私の口から話し、私の教会が通る苦難について語るであろう。その啓示は私の声である。時のしるしを見分けなさい。私のメッセージを受け入れなさい、私のメッセージを味わいなさい、私のメッセージを食べなさい。信じない者は不幸だ。

(しばらくして)

小さな子よ、私を愛するか?

永遠にあなたを熱愛します、主よ。

そうだ、ヴァスーラ、私を愛しなさい。あなたの過去の埋め合わせをしなさい。私を愛していない人たちの分も埋め合わせなさい。花よ、どの花も光を必要としている、それが花びらにどんな効果をもたらすかを知っているからだ。娘よ、悔い改めるか?

(過去の罪と現在の罪を悔い改めました。主は私のために、聖体拝領の準備をしておられました。)

それらのすべてを魂の底から忌み嫌いなさい。汚れ2を忌み嫌いなさい、これはソドムの悪徳だったのだから。