1988年8月のメッセージ

待つとは眠ること

1988年8月19日 in ノート27

あなたをどんなに愛しているかを
ただお伝えしたいのです。
そしてあなたが私にしてくださったこと、
今もなおしてくださっていることのすべてに、
主よ、私は感謝したいのです。
このすべてのお恵みに、
お返しすることなど決してできないでしょう。

主よ?

私である
 花よ、私にり頼みなさい、私は最もみじめな者にさえ与える。私はあわれみの底知れぬ深淵。だが悲しいことに、あなたたちの多くが私の本当の姿を忘れてしまった。私はえこひいきする神ではない、義なる者である。そしてあなたたちのうちで最も邪悪な者にさえも与える
 私のこころを喜びで弾ませなさい! 私に愛を献げてほしい、時にそれが生ぬるいものだとしても、受け取ろう。愛を献げてほしい。そうすれば、私の神性のうちでそれを完全なものにしよう。今のように、私欲を持たずに私のもとに来なさい、そしてあなたの愛を私に献げなさい。私に愛を献げるのに、完全になるまで待っていてはならない。私に愛を献げるのに、聖人になるまで待っていてはならない。ありのままの姿で来なさい、あらゆる欠点を持ったままで。そうすれば、天上からの光をあなたの愛に反射させ、私の清さの中であなたの愛を純粋な愛に変容させよう。小さな魂よ、あなたが献げるものすべてを美しく飾ってあげよう。だからありのままで私のもとに来て、あなたの愛を献げなさい。あまりに多くの者たちの間で失われているこの愛を!
 魂よ! 今、どれほど多くの魂がれんごくで苦しんでいるか、あなたが知っていたなら……私のもとに来ることができるように、彼らをれんごくから救い出しなさい。彼らは私と共にいたいと思い焦がれながら、そうすることができない。なぜなら魂にきずがあるからだ。祈りと犠牲によって、彼らを救い出しなさい。私を愛することによって、私を礼拝することによって、彼らを救いなさい。自分自身を私と私の十字架に鎖でつなぐことによって、彼らを救いなさい。愛の行いによって、彼らを救いなさい。私の苦しみを分かち合うことによって、彼らを救いなさい。ヴァスーラ、この魂たちは私に思い焦がれ、もう一度、そして永遠に私と結ばれたいと切望している。だが、私の前に立つ前に、まず自らを清めなければならない

主よ、「もう一度私と結ばれたいと……」とおっしゃいましたが、彼らは死んでから、しばらくあなたと共にいたのですか?

彼らの魂を体から解放し、ほんの一瞬の間だけ私の聖なる顔を見せた。そしてまさにその瞬間、彼らの目から覆いが取り除かれ、私の清さと光の中で私と顔を合わせた。彼らは直ちに真理に直面し、自分の魂が罪のためにいかにけがれているかを悟った。そして、私の開かれた両腕に倒れ込み1、私に従いたいという燃えるような望みを持ちつつも、自分の魂が清められるまではそれができないことを理解する。それゆえ、刺し貫かれるような悲痛を感じつつ、彼らは後ろに下がり、清めを受ける準備をする。それは言葉に尽くせないほどの痛みと焼けつくような苦しみとなる。なぜなら、私を見ることができないからだ。私の不在は彼らに焼けつくような苦しみを与えるれんごくにおける最大の苦しみの原因は、私の不在である。また彼らの罪に応じて、火による他の種類の苦しみも通る
 前もって自分の魂を準備しなさい、被造物よ。死があなたに影を投げかけるまで待っていてはならない。自分の魂を清く、きずのない状態に保ちなさい。私の体によって養われ、できるだけしばしば私の血を飲みなさい。たびたび悔い改め、この日に備えなさい。断食しなさい、断食はあなたの助けとなる。私の声に耳を傾け、私との出会いの日がまさに今日であるかのように魂を準備しなさい。待っていてはならない、待つとは眠ること待つとはともし火の油を切らしたままにしておくこと。あなたの救い主と出会う準備をしなさい
 狂おしいほどにあなたたち皆を愛している。私が計り知れないほど深いあわれみによって、あなたたち皆を準備したいと望んでいることを悟りなさい

イクトゥス

(しばらくして)

(聖マリアです。)

ママ?

私の平和を受けなさい。
 あなたのママです。そうです2、私のヴァスーラ、私が救いました。私の涙と御父への懇願が、あなたの子を救ったのです。御父を愛しなさい、御父はいともあわれみ深いお方ですから。

何と申し上げたらよいでしょう? 感謝するだけでは足りません。どんな言葉でも、どんな行いでも足りません!

私の子よ、御父に自らを明け渡しなさい。しばしばそうするように。それは神をとてもお喜ばせします。信頼しなさい、あなたは御父の御手の中にいるのですから。私の平和を与えましょう。神に従うことによって、神の栄光をたたえなさい

あなたを祝福します、お母さん。

あなたとあなたの家族を祝福します

(しばらくして。この感情が収まった後に。)

ヴァスーラ、ファティマで私が予告した多くのことが、間もなく実現するとあなたに伝えたいのです。私は神の恵みに満ちており、その恵みを今年から私の子どもたちに注ぐのをいといません。時は近づいており、時間がわずかしか残されていないのですから、あなたの聖なる母である私は、今まで知られたことがないほどにあなたたちに近づきましょう。あなたたちの多くに私の恵みを注ぎ、あなたたちを美しく飾り、途方もなく苦しまれているイエスに近づけましょう
 ああ、娘よ……一人の魂が私たちのもとに戻って来るたびに、私たちの心から一本のとげが抜き取られます! だれかが「あなたを愛します!」と私たちに叫ぶたびに、一本のとげが抜き取られ、一つの花に置き換えられるのです
 あなたに平和、娘よ

私たちで共に。

そうです、私たちで共に

私の霊をすべての人に注ぐ

1988年8月20日 in ノート27

イエスさま?

私である
 愛する者よ、近年、サタンが私からの啓示や出現を攻撃して、多くの者たちを惑わしてきた。私が救い出しに来なかったら、あなたはいまだにサタンのかぎ爪に捕らえられていたであろう。信じなさい、私のあわれみを信じなさい。私のわざを信じなさい。今のあなたと、私が救い出す前のあなたとを比べてみなさい。もし私が来ていなかったら、どうなっていたと思うか。私は光、あなたを闇からあがなった
 ヴァスーラ、サタンは必死になって、あなたたち皆を混乱させ、互いに対立させようとしている。サタンのやり方に気づいてほしい。彼はあなたたち皆を混乱させようとしている。私のわざがいかに多くの魂を救うかを知っているので、私の諸計画を妨害し、それらと戦おうとしている。私はいつもあなたのそばにいる。使徒言行録の第二章を読みなさい。私の霊が天から多くの者たちに注がれる。しかし、いつものように、その神秘を理解できずに笑い飛ばす者もいる
 私は何度も繰り返し言ってきた。「私の霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたたちは預言する」と。若者は幻を1、老人は夢を見る。最も小さい者たちに2私の霊を注ぐと。上では、天に不思議なわざを、下では、地にしるしを示すと。被造物よ! この預言を本当に理解しているか?
 知恵のわざを信じない私の教師たちには厳粛に求める。格言の隠れた意味と、いにしえのすべての人の知恵を捜し求めよ。彼らは聡明の霊に満たされるように願うべきだ。それは私の名の偉大さを理解できるように彼らを導く
 サタンのわなに警戒しなさい。私はサタンの悪意について何度も警告してきた。私の子よ、主である私は、限りなくあなたを愛している。あなたが途方に暮れるのを私が見ることは決してない

ですが主よ、偽りの出現も確かにあります。偽りの啓示さえも!

そう、確かにある。だが、私はすぐにもそれらの化けの皮をがし、偽りであることを示す。自分の子が来る年も来る年も間違った道を歩んでいるのを見て、警告しない父親がいるだろうか? 自分の子がだまされているのを見て、沈黙し続ける父親がいるだろうか。警告して真実を教えないだろうか? 果たして、愛とあわれみである私が、沈黙を保ったまま、そのような危険にさらされているあなたたちを放っておくだろうか。真実を明らかにするためにあなたたちのもとに飛んで来もせずに? ……よく考えて、理解しなさ3……

私の神よ、私たち皆のために忍耐してくださっていることに感謝します。あなたのあわれみは本当に偉大です。

ああ、ヴァスーラ! 皆が私のこのあわれみを理解していたなら! 私のもとに来なさい

(主は、私がそばに来て寄りかかるのを望んでおられるのを感じました。)

私に寄りかかってほしい、すべての被造物に寄りかかってもらいたい

産みの苦しみが既に始まっている

1988年8月25日 in ノート27

主よ?

私である
 ヴァスーラ、愛が戻って来るように祈りなさい。私の教会の刷新のために祈りなさい。教会が生まれ変わるように祈りなさい。教会の今の生ぬるさは、愛の炎へと変わる。その無気力は熱意へと、そして私を知り、従いたいという渇きへと変容する。その不忠実さは忠実さへと変容する。その不毛は緑の牧場となり、私の小羊たちを慰める清さの泉となり、彼らの渇きをいやし、彼らをかくまう。私の小羊たちは、教会の中に私がかつて与えていた温もりを見いだす。平和と愛を見いだす。彼らは戻って来る
 だから、私の教会のこの刷新のために祈りなさい。福音が完全に理解されるように、切り取られてしまった部分が戻されるように祈りなさい。私の子よ、私の教会が一つになり、「いにしえ―の―衣」を身に着けるように祈りなさい。現在知られている、私の言葉の誤った解釈が一切止むよう祈りなさい。これらの誤った解釈は、あなたたちにとって有毒な食物である。私の与える食物は清く、欠けたところがない。私の聖職に就いている者たちが私のやり方を完全に理解するように、私は道であることを完全に理解するように祈りなさい。彼らはまだ私を理解していない。彼らが照らされるように祈りなさい
 ああ、私の子よ、私の栄光のために祈りなさい、終わりには私の聖なる名の栄光が再びたたえられ、すべての国民に尊ばれるように

ああ、イエスさま、そのすべては私にとってあまりに遠く感じます。あなたの来臨に至ってはなおのことです!

娘よ、私の平和を受けなさい。そして熱心に、喜んで私を受けなさい。はっきり言っておく。時は過ぎ去り、影のように消え去っていく。あなたは既に、私の来臨の最初のしるしの中に生きている。産みの最初の苦しみが既に始まっている。だが愚か者のように、私の被造物はそれを笑い飛ばし、私の最初のしるしを拒み、産みの苦しみが既に始まっていることを信じようとはしない!
 だから私の子よ、自分自身を私に献げ、私に養われなさい。あなたが何も不足しないようにしよう。左や右を見ずに、私の方にまっすぐ来なさい。私は主であり、あなたの師、あなたの霊的指導者であり続けよう。あなたは知恵に教わっている。私に教わっている。そして知恵の鍵を握っているのは私である。私は、知者の目を持つ者には、神の知恵の中に入らせ、それを見せることはしない。子どもたちだけにその知恵を与える。ほんの子どもにすぎない者たちだけに、知恵の奥深くに入り、知恵と出会うことを許す

ありがとうございます、私のイエスさま。

愛が根である──私は根である

1988年8月26日 in ノート27

(過激派のイスラム教徒たちに招かれ、二人のイマーム⦅導師⦆とシャイフ⦅長老⦆に会いました。神学者の友人と一緒に、彼らのところに行ったのです。すべては、私を糾弾し、ひそかに悪魔払いを行うために仕組まれたもので、彼らはそれを実行しました。ところが私の中に悪霊を見つけられないので、彼らは激昂し、非常に攻撃的になりました。特に、彼らのために愛のメッセージを受けた時にです。
 私がまったく穏やかなのを見て、彼らはますます激高し、私をうそつきで詐欺師だと言って非難します。彼らは、私の主であるあなたを「愛の神ではない」と言いました。私と神学者の友人は穏やかに立ち上がり、立ち去りました。ここがスイスでなかったら、私たちは殺されていたでしょう。)

主よ?

私のヴァスーラ、愛がすべてに優先する。私は愛の神愛が根であると教えたのを覚えているか? 良い木は良い実を結ぶというたとえを与えた。この木は完全な木である、なぜならその根が愛だからだ。その枝はすべて徳であり、すべてが良いものである。愛の根がなければ、この木には何の徳もなく、それゆえ実を結ばない。実を結ばない木や、実が腐っている木を見たら、私の子よ、その根は最も汚れた邪悪な存在であると知りなさい
 はっきり言っておく。すべての徳の根はである。私は愛、あなたを養い、美しく飾る根である。さあ、私のうちにとどまりなさい、そうすれば永遠に生きる!

私の教師たちに私の教え方を思い出させたい

1988年8月29日 in ノート27

イエスさま?

私である。あなたに平和があるように
 あなたを私のもとへと引き上げることで、どれほどの恵みを与えたか、気づいてほしい。私のヴァスーラ、私の教師たちに、私のあふれるほどに豊かな愛を思い出させたい。私が柔和で穏やかであり、優しさに満ちていることを彼らに思い出させたい。私は愛を込めて教える。あなたにも愛を込めて教えてきた。愛と柔軟さ、忍耐をもってあなたを育てた。私のわざを続ける意志があるか、何度もあなたに尋ねた。主である私は、あなたの自由を尊重し、決して無理強いせず、厳しく接したこともない。愛とあふれるほどの優しさを込めてあなたを養った。私の弟子たちには、私の教え方を手本とし、このやり方を広めていくように教えた。私の小羊たちを、穏やかさと愛を込めて私のもとに導くように教えた
 今日、私の教え方が忘れられてしまっているのはどうしてか? 私の家が神聖なものをすべて失い、無味乾燥で融通の利かないものへと作り変えられてしまったのはどうしてか? 私の家は今日、人間的な規則や考え方によって不毛でたるんだまま、荒れ果てている! 「自由」がもはや何の意味もなさないような規則によって統治されている
 私のヴァスーラ、私の鳩よ、あなたは私と共にいるのだから自由だ。私はあなたの師。あなたを教え導くが、自由を与えている。どんなときも、私のために強いて働かせることは決してなかったし、私のわざを押しつけようとあなたのもとに来たこともない。私のやり方は、他者を導くどの牧者のやり方ともまったく異なる。主であり、あなたを治めている私は、常にこの言葉を用いて近づく。「私に……させてほしい」
 私の家は変わらなければならない。私の家は私のやり方を思い出さなければならない。『私はある』は愛