試練が来た時も抗議はしないように

1989年12月19日 ノート39


ああ、人を教え導く聖なる霊よ、私の魂が惑わされないようにしてください。あなたは私の聖なる教師、私を導いてくださったのはあなたであり、教えていただいたのはあなたの御口からです。聞くために参りました、私の主、師よ。

小さな者よ、試練が来た時も、抗議はせず、自分の意見を言わないように。あなたの口から出るのは、私の平和だけであるべきだ。主の平和である。議論に対して即座に答えてしまうと、取り返しのつかない過ちになり得る。私の心から与えたものを用いなさい、それ以下でもそれ以上でもなく。私が与えたものを用いなさい。さあ、分かってくれたか?

はい、私の主よ。主よ、あなたがどなたかもう一度教えてください。

では聞きなさい。私はイエス、神の愛する子、あなたたちの間に宿るために肉となって来たことばである。あなたに語りかけているのは、あなたの救い主である私1。花よ、勇気を出しなさい。私の心に寄りかかり、私の鼓動に耳を傾けなさい。ちょうどあなたが幻(ビジョン)で見たあの鳩のように。よく聞きなさい、あなたたち皆を愛している、愚かしいほどに。私のことを今はもっと良く分かったであろう、ああ、パントクラトール2よ。私はあなたの教育者、信仰、信仰、信仰によって、あなたを支える。愛している、そしてあなたを信仰によって、信仰のうちに教育し、育てよう。内なる語りかけは常に与えられる。私の声を聞くには、観想へと入っていくために、心を落ち着けなくてはならない。そして私の現存を思い出させるために、あなたの手を自由に動かす力を取り去る。私から来るのだから、これらのことを受け入れなさい。私はこのやり方を好む。あなたが学んだことはすべて私からだと気づかなかったか? 最後までこのやり方で導いていく、喜びなさい、教え子よ!

言葉もありません、私の神よ……

喜びなさい、あなたはこれらの恵みのいずれにも値する者ではないのだから。来なさい、愛があなたを愛している

  1. イエスはまるで誰かに初めてお話しになるようにおっしゃいました。
  2. (訳注)「パントクラトール」はギリシャ語で「全能者」「万物の支配者」を意味する。東方教会には「全能者ハリストス(パントクラトールのキリスト)」というイコンの様式がある。ここではキリストを描き出すイコンとしての使命を表す名である「パントクラトールのヴァスーラ」(1994年10月24日)で呼びかけているものと考えられる。