今日、私の恩寵の聖霊は、まことに親石である
1989年12月23日 ノート39
平和があなたと共にあるように、娘よ、私の心に触れなさい……私の心がどれほど引き裂かれているかを感じなさい
(私の霊で主の御心を感じました。)
私の心を突き刺している茨を取り除きなさい
どうやって取り除けばよいのか教えてください、主よ。
茨は愛によって取り除くことができる。私を愛しなさい、私を愛しなさい、ヴァスーラ。私の香油となって、私を慰め、小さな魂たちを私のもとに連れて来なさい。私の心を彼らに示し、私の愛を伝えなさい。茨を一つずつ取り除いて、その代わりに小さな魂と置き換えなさい……
私の家に対して、途方もなく多くの償いがなされねばならない。だが私がそれを再建しよう、レンガを一つひとつ、一段一段積み重ねて。私の家が受ける途方もない攻撃にもかかわらず、最後には主である私が勝利する。そうしたら私の家を清い魂たちで満たそう。鳩が鳩舎をいっぱいに満たすように、私の家もそうなる。そしてこの清い魂たちに、私の手から直接食べさせよう。彼らは「アッバ」と言うことを学ぶようになる。神性が腐敗を征服する。私の子どもたちを無神論者にしてしまった世の悪徳によるこの腐敗を
私はこの清い魂たちを、私の神性を映す者、神に似た者にするつもりだ。これが、この時代に私があなたたちに真理を絶え間なく思い出させている理由である。たとえ同じことを繰り返し語ることになろうとも。あなたたちの中には、私が同じことを繰り返し語るためにいらだっている者もいるが、そうだとしても、私は同じ真理を思い出させ続ける。心の鈍い霊たちは、この方法でしか揺り動かすことができない
今日、私の恩寵の聖霊は、信じない者たちに拒絶されているが、彼らは自分が何を拒絶しているのかを知らない。聖書にこう書かれているように。……「家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。つまずきの石、妨げの岩1。」これらの信じない者たちが隅の親石につまずくのは、私の聖霊の業を信じていないからである。そうだ、道、真理、いのちを示すために今日降っている私の恩寵の聖霊は、まことに親石である。あなたたちが認めず、完全に拒絶している隅の親石だ
娘よ、たとえあなたが不完全であっても、私は私のメッセージを完成することができる。あなたの苦しみを祝福として受け入れなさい。私の業を完成するために、私がどんな苦しみを通らなければならなかったかを、そして私の傷を通してあなたたち皆をいやしたことを考えなさい。主である私は、他者のために身を献げることをいとわず、自ら小さな十字架となる寛大な魂たちを必要としている。その犠牲のすべては無駄にはならない。途方もなく多くの償いがなされなければならない、そして時は迫っている
だから、小さな者よ、疲れた時は私の肩に寄りかかりなさい。倒れないように、私に寄りかかりなさい。私たちは一つに結ばれている。祈りなさい、私のヴァスーラ、あなたの時代の救いのために。小さいままでいることで、あなたの神である私に優しく触れなさい。心からの祈りによって、私に優しく触れなさい。私は真心を望んでいる。義務は望まない。私はあなたの心を望んでいる。完全な者となりなさい!
さあ、私の目があなたたちを離れることはない。あなたたちは皆2、私の喜び、私の幸せである
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