ノート21

犠牲を献げ、黙想し、断食しなさい

1988年2月20日 in ノート21

愛があなたのそばにいる。娘よ、苦難の始まりにある私と出会いなさい。私の時が近づいている。あなたに犠牲を求める。黙想し、断食しなさい
 ヴァスーラ、フレデリキから学びなさい、彼女のやり方は私を喜ばせている1。私の苦難をどう尊ぶべきかを学びなさい、それから私のもとに来て、十字架上の救い主を仰ぎ見るように。黙想と断食をすることによって、私を満足させなさい。私の傷の中で生きるように。すべての人々に対して、私の受難の時を明らかにしなさい。彼らに私の十字架刑の正確な時間を明らかにしなさい。あなたたちの間に平和があるように

(主は昨年、正確な日付を教えてくださいました。それは、正教会が正教会暦に従って守っている日付です。)

今、あなたたちの間に平和があるように。もう皆が分かったであろう
 もっと頻繁に私に呼びかけなさい。私の現存を思い出し、私を満足させなさい。あなたを愛している

愛しています、主よ。

(ロードス島にて) 

(神は再びロードス島を訪ねることをお許しになりました。この啓示を知っている人たちが、他の人たちにも会ってほしいと招待してくれたのです。人々は耳を傾け、理解し、主のいつくしみをほめたたえました。多くの人々が、主から個人的なメッセージを受け取りました。その祈りのグループは日ごとに大きくなり、多くの人々が神に立ち帰り、主を賛美しました。私は人々と会ったり、メッセージを伝えたりして過ごしました。人々の回心やいやしが非常にたくさん起きました。教会や聖堂を訪問するプログラムが行われ、希望した人々は私と一緒に参加しました。町を出て、丘の上の聖堂にまで出かけて行ったのです。
 ヤニー神父は彼の教会で、出席した人たち全員にこの啓示を発表されました。それは2月24日、れんしゃ2会でのことでした。その日の午後、私は聖ニコライ教会に招かれました。ヴァシリー神父は私と、この啓示を知っており、それに従っているグループの人たち⦅約12名の女性で、その夫たちも啓示に従っていますが、この時間は仕事をしていました⦆に、この教会で啓示を発表することを許可してくださいました。女性たちの一人が、ノート8から神のメッセージの一つを読み上げました。
 今、神がこの人々のうちに働いてくださいますように。)

私の心は底知れぬ愛、底知れぬゆるし

1988年2月19日 in ノート21

(ロードス島にて)

父よ?

私である

こんなにたくさんの魂に会わせてくださり、ありがとうございます。道を開いてくださったことに感謝します。私を導いてくださったことに感謝します。私の神よ、人々があなたの御声を聞いていやされるよう、助けてあげてください。

ヴァスーラ、私に寄りかかりなさい。手に手を取って、共に進んで行こう
 ああ、みじめさの時代よ、どこまで行ってしまったのか! あなたは私無しでも歩けると信じるところまで行ってしまった。自ら値打ちのある者だと信じるところまで行ってしまった。サタンの虚栄心で養われるままにさせてしまった。言葉に尽くせないほどみじめで、罪深く、盲目な者たちよ、油断してはならない。目を覚ましなさい、眠ってはならない、時が近いのだから。私の霊のうちで成長しなさい。確信を持って私に近づき、心を開いて私を迎えなさい
 あなたたちの多くが祈る。だがその祈りは私に届いていない。どのように祈るべきかを学びなさい。あなたたちの祈りを私に感じさせなさい。多くの祈りが地にこぼれ落ち、私のもとにはまったく届かない

口先だけの祈りという意味でしょうか、主よ?

そうだ、口先だけの祈りという意味だ
 あなたに学ばせるために私の言葉を与えた。今度は、私の道を思い出させるためにメッセージを与えている。来て学びなさい、あなたの邪悪さを愛で置き換えよう。私の道、私の徳の道を受け入れなさい。不忠実の時代よ、なぜ私の神の道を忘れてしまったのか? あなたの救い主である私のもとに帰ってきなさい。私はあなたたちを見捨てたことはない。そしてその罪のすべてにもかかわらず、あなたたちを愛している。私の心は底知れぬ愛、底知れぬゆるしである

主である私が、母に天の元后としての冠を与えた

1988年2月10日 in ノート21

ヴァスーラ、聞いて書きなさい

はい、主よ。

私はことばであり、アルファでありオメガである。私はいのちの妙薬、愛の源、すべては私によって存在している。あなたたちをあがなうために、私は肉となって地上にくだった
 娘よ、私が十字架の上からヨハネと私の母に語った言葉について、教会の中にはあまりに多くの混乱がある。何にもまして、主である私が、どのようにして母に天の元后としての冠を与えたかを、あなたに思い出させたい

主よ。

何か、ヴァスーラ?

あなたは御自分を神として紹介なさり、それから聖母のこと

を二度言われました。主よ、あなたは今、聖マリアがあなたのお母さまでいらっしゃると宣言なさいました。つまり、「神の母」という称号を確証されたのです。そうおっしゃいました、主よ! それはプロテスタントの人々が認めない呼び名です。

私はどんなに喜んでいることか、娘よ、あなたに教えてきたのは無駄ではなかった。私のわざを理解してくれてうれしい。努力して学び続けなさい。これを完全に理解するために祈りなさい。願い求めるなら、洞察力を与えよう。ヴァスーラ、もう一度聞きなさい、私は、私の言葉が知られることを願っている
 神である私は、母の胎内で育った。母はあなたたちの神を養ったのだ、被造物よ! 私はこの方に育てていただいた。ことばである私は、この方を愛し、尊んでいる。ヴァスーラ、ごく最初の頃、私は十字架刑について語った。こう言った時のことを思い出しなさい。「私の視線は母の上に留まった。母を見つめ、私たちは心で語り合った1。『私の愛する子どもたちをあなたに与えます、彼らがあなたの子どもたちともなるように、あなたは彼らの母となるのです』」

はい、主よ、でもプロテスタントの兄弟たちは、主が十字架から語られたことは、文字どおりヨハネに語ったものだと言っています。あなたのお母さまが「未亡人」となられ、主がおられなくなったら、ヨハネがお世話するようにという意味だと。また、聖マリアは「神の母」ではないとも言っています。

しかし、私のヴァスーラ、聖書に偽りはない。聖書には「わたしの主のお母さま」と書かれている。エリサベトは聖霊に導かれてこの言葉を発した。書きなさい。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう?」
 私が十字架から語った言葉は、あなたたちの多くが理解するよりもはるかに深い2。私の母であり、あなたたちの聖なる母でもあられる母を尊びなさい
 さあ、私の心の中で休みなさい。私の現存を覚えていることによって私を喜ばせ、私を尊びなさい、私のヴァスーラ

はい、私の神よ。

私の心臓の鼓動はあなたたちへの呼びかけ

1988年2月4日 in ノート21

(今朝はイエスがとてもはっきり見えます。時々、このすべてが間違いなのではないかと心配になることがあります。本当は見えていないのに、イエスを見ていると思い込んでいるだけかもしれないと。でもそのようなとき、これはすべて正しく、核心を突いていると、イエスは私を納得させてくださいます。)

本当にイエスさまなのでしょうか?

私である。私が教えたように、あなたは私を見た。私の心を見せよう。私の現存の中で、あなたが見て感じたことを書きなさい

(神の現存のうちにいる時、私はとても高揚させられます。この時が絶対に去ってほしくありません。これ以上何も要りません、周囲にあるものすべてが本当に意味のない、ささいなことになってしまうのです。神の現存があらゆるすきまを隅々まで満たします。私自身が満たされ、いっぱいになった、完成したと感じます。私たちの知っているころも姿すがたの主が見えます。主のきぬずれの音や足音が実際に聞こえてきそうです。小さなテーブルの前でひざまずくと、今度は、主は私の左側に立っておられます。私の正面にせいがいがあります。そして聖マリアと共におられるおさなイエスのイコンがあります。イエスは私から2フィート⦅約60センチ⦆離れた所におられます。その聖なる御顔は美そのものです。主は御自分を見るように求められました。そしてこころをお見せになりました。御胸全体が明るく光を放ち、愛に満ちて輝いていました。)

すべて正しい。あなたの識別はすべて正しい。ああ、ヴァスーラ、私のヴァスーラ、どんなに愛しているか。最愛の魂よ、望むときにいつでも来てよい。あなたは私の心を見た

(初めの頃は、しばらく三つの祈りを唱えていましたが、その後やめていました。聖マリアがそれを続けるように思い出させてくださいました。それ以来、いつも祈るようにしています。ただ、書き始めるたびに毎回祈らなければならないのかどうか、よく分かりませんでした。そうだとすると、一日に三度か四度になりますし、書くのが一文だけというときもあります。それとも、一日の初めに一度だけ祈りなさいという意味なのでしょうか。そこでイエスは、メッセージを書く日をこの三つの祈りで始めるようにと説明してくださいました。)

ヴァスーラ、私の子どもたちを集め、少し前に書き取らせたメッセージを読みなさい3。彼らにそれを読み上げてもらいたい。彼らを愛している、彼ら皆の間に『私はある4。』被造物よ、あなたは私のもの、私から出た者である。愛する者よ、私はあなたの救い主。私のもとに戻って来てくれるか? 私の腕の中に飛び込んで来てくれるか? あなたの罪をゆるそう、来て私のパンを食べなさい。来て私のぶどう酒を味わいなさい。悔い改めるなら、ゆるそう。私の心臓の鼓動に耳を傾けなさい。鼓動の一つひとつが、一人ひとりの魂への呼びかけである
 ヴァスーラ、以前のメッセージとこのメッセージを彼らに読んで聞かせてくれるか?

はい、主よ、そうします。

(しばらくして)

(友人の手紙と、教会や人々がなぜ「啓示」に対して非常に懐疑的になるかが書かれた新聞記事の切り抜きを読んで、どの聖職者にとっても、この啓示を認めるのはとても難しいことを理解しました。多くの偽物やまやかしがあるからです。けれども、ファティマの奇跡の時でさえ、人々がどれほど懐疑的であったかを忘れることはできません。今日の人々はガラバンダルを信じませんが、将来それを受け入れるとしても、その時はもう遅すぎるかもしれません。疑いが強すぎるのです。)

お父さん、私は……5

言いなさい

……私は、教皇様が否定なさることを恐れています。教皇様が私を信じなければならない理由なんてあるでしょうか? 私を信じなければならない理由のある人などいるでしょうか? その人たちにこれが起きればよかったのに! それなら……

ヴァスーラ、あなたに私のパンを与え、私の園の実であなたを養った。私自身の手で食べさせた。ああ、愛する子よ、あなたを回心させたのは誰か? 私ではなかったか? 私を愛するように教えたのは誰か? 私ではなかったか? あなたを探し、死者の中から死んでいたあなたを見つけ出し、かがみ込んで引き上げ、よみがえらせたのは私ではなかったか? 健康を取り戻すまで世話をし、いやそうと、あなたをあわれんで私の家まで運んだのは、私ではなかったか? 私の道を日々教えたのは、私ではなかったか? そして今、私の子どもたちを回心させているのは誰か? 私ではないのか?
 私はあなたの救い主。ヴァスーラ、あなたは今や、私の一部となっている。独りで生き延びることはできない、私が必要なのだ。枝がそれ自体で実を結ぶことはなく、木につながっていなければならないように、あなたは私と共にいる。あなたの実は私からのもの、私の実は多くの者を養う。私の実6とはあなたの証しである。疑う者は、あなたの実によってあなたを見分け、こう言うだろう。「良い木は良い実を結ぶ」
 お腹を空かせた私の子どもたちが私の実を味わい、目に涙して悔い改め、私のもとに立ち戻るなら私はうれしい。どんなにうれしいだろうか! 彼らをつかんでいた悪魔の手から引き離そう! ヴァスーラ、忍耐を持ちなさい。私は言った、私の言葉は小川の流れのようだと。この小川の流れはやがて速くなり、川となって、幅が広がり、やがて奔流となる。私の言葉は大海となり、あなたたちの心はこの愛の大海原で愛に浸され、愛は愛としてあなたたちの間にとどまるであろう
 あなたに警告しておいた、ヴァスーラ、あなたは多くの者に拒絶されると7。受け入れることを学びなさい。私は多くの者に拒絶され、そのかたくなさに泣かされてきた!

(イエスは子どもに話しかけるように私に話されました。笑顔で、また言い聞かせるように、そして主もまたどんなに大変だったかを分からせようとされて。)

さあ、いずれ学ぶであろう。愛している。あなたを支えよう、私はもっと多くの者を回心させる
 私たちで? 共に? 私の現存を感じなさい。あなたがそうするとき、私は喜ぶ

はい、主よ、支えてくださっていることを感謝します、主よ。

私のために、心の中に天国を築きなさい

1988年2月3日 in ノート21

ヴァスーラ、こうして私のもとに来てくれるとき、どんなにいっそうあなたをいとおしく感じるか知っているか? あなたはみじめなままで私のところに来て、ひざまずいてくれる。私に心を開いてくれる。私の子よ、あなたの涙、私に思い焦がれ、私を愛するゆえに流すその涙は、私の傷をいやす乳香だ。ああ娘よ、私のミルラ、私の残りの者よ、どんなに愛しているか! そのため息は、いいなずけよ、私にとって百万の愛の言葉のように響く。私の手によって聖別された者、私の花よ、失望することはない。アベルは今度は打ち砕かれない……アベルは必ず生きる。そうだ! 私のために、心の中に天国を築きなさい。私は疲れ果て、いこいを必要としている。私を芳香で包みなさい、花よ。あなたの愛で私を和らげてほしい
 小さな者よ、あなたを美しく装わせよう。罪をゆるし、あなたの古い衣はもうなくなる。あなたは美しく飾られるであろう、花よ。あなたをすっかり新しくしよう。ヴァスーラ、愛している。私の恵みがあなたの上にある。さあ、私の手を取りなさい。あなたを導いている

(聖マリアです。)

「O Vassula, min amfivalis, Se zitao, tha zissis mono yia to Christo, to Potiri Tou ine ksekhilo me tis amarties tou cosmou, afto ine to telefteo Tou Minima, ean to arnithoun thafisso to Kheri Tou na pessi apano tous, then tha boresso alo na to kratisso, ekhi varini. Avrio Vassula, tha kano to thavma Mou, i ora plissizi1;」

(ここ最近、聖母から教えを受けています。聖母が「母」という言葉をことさら強調しておられるのに気づきました。聖母はすべての人の母であることを教えておられるのです。
 もう一つ学んだことは、イエスと御母は切り離すことができないということです。イエスのおられる所には、御母もおられます。お二人のこころは結ばれており、一つなのです。
 御母が「時の終わり」について話されるとき、それは「一つの時代の終わり」のこととして理解するべきです。私たちが生きている今の時代は、邪悪な棄教の時代です。それゆえ、神が介入してくださっているのです。)

回心の時が迫っています2。神の御国はあなたたち皆の間にあります。時の終わりを心に留めておきなさい。主のメッセージがどのようにその御体をいやし、一致させるかを心に留めておくのです。イエスの救いの御計画がどのように何百万もの魂をあがなうかを覚えておきなさい。主の平和と愛のメッセージが、私たちの子どもたちを愛に引き戻します。子どもたちが主のパンを味わうと直ちに、イエスは彼らを回心させます。それは愛の実りです。愛があなたたち皆を回復させ、愛とあわれみがサタンの仕掛けた不信仰のわなからあなたたちを解放するでしょう。さあ、愛する者よ、神のむねを行いなさい。私はいつもあなたのそばにいます。あなたを祝福しました、私を覚えていてくれたからです
 私のためにこの願いを聞き入れてくれますか? 私の平和を受けなさい3

みじめな中でもひときわみじめであったあなたを見つけた

1988年2月2日 in ノート21

あなたに平和があるように、花よ。私はあなたの救い主、イエスである。愛は、みじめな中でもひときわみじめであったあなたを見つけた。愛する者よ! 主である私が神の手をあなたの上に置き、美しく飾った……私を見るなら、私の栄光がたたえられる1

イエスさま、みじめな自分を嫌悪しています。

何を言っているのか、ヴァスーラ2!! 私がどれほど強くあなたと結ばれているかを忘れてしまったようだ。言葉に気をつけなさい。「私たちで共に」を覚えているか?

ああ、イエスさま、あなたの忍耐は偉大です……

愛している。さあ、私の母の言葉に耳を傾けなさい

3どんなにあなたを愛していることでしょう。ヴァスーラ、to Spiti Mou se zitai, i portes ine orthanikhtes yia sena pethi Mou4 to noritero meta ti thefteri praxi5;

ロシアは神の栄光の象徴となるでしょう

1988年2月1日 in ノート21

ヴァスーラ、私はこれまで何度も、私の娘であるロシアの奉献を求めてきました。彼女の奉献を懇願してきました。今日1は、ヴァスーラ、彼女が光を見た日です。彼女は千年祭を祝うでしょう
 ヴァスーラ、あなたの姉妹2は死んでいますが、主が今彼女のそばにおられ、よみがえらせてくださるでしょう。そして愛は愛されていない者を愛し、彼女はそのお方に向かって叫びを上げるでしょう、「あなたは私の神、救い主!」と。この叫びを聞いて、悪魔たちは逃げ出します。恐怖を抱いて悪魔たちは逃げ去るでしょう。なぜならこの国民が一つとなり、神の最も忠実なしもべとなるからです。神の御力によっていやされ、よみがえり、彼女の聖性の高さは、全能者への信心によって、近隣のすべての人々を引き付けるでしょう。ロシアは神のあわれみと愛における、神の栄光の象徴となるでしょう。彼女の賛美の歌と詠唱は私たちの耳に大変心地良く、優美な動きを伴って、こうのように天に立ち上るでしょう。千年前になさったように、愛が彼女をよみがえらせてくださいます3

私は主、復活である。私がロシアを復活させると、彼女は私のたまものを回復させ、私の家を再び愛で飾るであろう。そして私は、彼女を再び私に結び合わせる。私のパンとぶどう酒を与え、彼女は私の食べものを拒まない。私が差し出すものを受け取り、私のパンを食べ、私のぶどう酒を飲み、新たにされて私をほめたたえる。私の栄光を彼女にまとわせよう。威厳ある姿に飾りつけよう。私自身の泉から彼女のもとに水を引こう。彼女の倉を再びいっぱいに満たそう。私は彼女の上に目を注ぐ、ああ、ヴァスーラ、待っていなさい、今にわかる4! 娘よ、ペトロ、私のペトロが、あなたの姉妹を訪ねる日がどんなに待ち遠しいか……

彼に行くよう励ましてあげてください、主よ、むねなら、道を開いてください。

そうだ、私は多くの心に働きかけている。ヴァスーラ、父の御好意が得られるように祈りなさい。私の教会を復興させよう。不忠実な者たちは災いだ!
 ヴァスーラ、私が高い木々の成長を妨げ、低い木々を成長させる者であることを思い出させたい。さあ、今、私たちで、そう5。共に、そうだ6。そう、ヴァスーラ、決して疑ってはいけない。あなたの魂の目で、私たち7を見るように教えた。私はあなたの師である。愛している、決して疑わないように

主を第一にしなさい──悪には愛を返しなさい

1988年1月31日 in ノート21

ヴァスーラ、私たちは二人ともあなたのそばにいます

(つい先ほど、ソファに座っていたら、イエスの上着が私の右腕に触れるのを感じました。主は私の肩に手を置かれました。再び、主の現存がありありと感じられるようでした。書くために立ち上がりましたが、聖マリアがそばに座っておられるのを感じました。)

あなたに求めている誓いは忠誠の誓いです。イエスに忠実でありなさい、主を第一にするのです。主のむねを喜んで行いなさい

マリアさま、どうもまだよく分からないのです。このすべてを十分には悟っていないと思います……

私の子よ、神はあなたの目に覆いをかぶせておられます。あなたのうちで働いておられる主のやり方を受け入れなさい。主を信頼しなさい
 ヴァスーラ、私の教会であなたを待っています1。私の家に入って来る人を皆祝福しましょう。そうです、私のもとに来るすべての人を祝福します
 ヴァスーラ、試練が来ても落胆しないように。祈り続けなさい。私のもとに来なさい、あなたを迫害する者を祝福しなさい。あなたを抑圧する者のために祈り、悪には愛を返しなさい。最後には私の汚れなき心が勝利します
 ファティマで、私はすべての人々が信じるように壮大な奇跡を起こしました。それは「太陽の奇跡」と呼ばれています。花よ、あなたの霊がその中に入るのを神がお許しになったことを分かっていますか? あなたは主のお住まいに入ったのです。ヴァスーラ、神がどれほどの御好意をお与えになったか、あなたはほとんど分かっていませんね!

はい、マリアさま、十分には分かっていません。ですが、もしもそれが神のむねならば、そのまま受け入れます。

そうです、理由を追求してはなりません。神がお与えになるものをすべて快く受け入れなさい。神の要求に快く従いなさい。あなたの目に覆いを掛けることによって、神は、あなたに注いでいるあらゆる恵みのために、あなたの魂が有頂天になってしまわないようにしておられるのです。あなたは、何百万ものセラフィムが主の玉座を取り囲んで絶え間なく礼拝している、神の至聖所に入ることを許されました。主の最も聖なる天使たちだけが、神の聖なるお住まいに入ることを許されるのです。これで主があなたにお与えになった偉大な御好意のことが分かったでしょう、娘よ

マリアさま、よく理解していなかったことをおゆるしください。

あなたのために執り成しましょう

聖なるお母さま、助けてくださりありがとうございます。

イエスがおられます

ヴァスーラ、私もそこにいる2。訪れたすべての者を祝福しよう
 さあ、来なさい、私を感じ、私を喜ばせ、私にほほ笑みなさい。大きな声で話し、あなたの言葉を聞かせてほしい。ヴァスーラ、あなたの聖なる母のそばにいる私を探し求めなさい。私たちは共にいる。あなたを愛している

私たちの心がどんなに引き裂かれ、傷ついているか

1988年1月30日 in ノート21

ヴァスーラ、私は道をはずれ、迷い出てしまった子どもたちのために泣いています

(聖マリアは本当に泣いておられます。そのお声はとても悲しみに満ちています。)

今や、愛とあわれみがあなたたちの間にくだり、正しさと聖性のパンでもう一度あなたたちを養われます。希望と平和を与えるために、愛がくだってこられます。あなたたち皆を愛しています、ヴァスーラ

(間を置いて。)

トリノの私の教会に来てくれますか? しばしばそこへ私を訪ねてきてください。私に忠誠の誓いを献げてくれますか? 娘よ、私の息子のいいなずけよ、あなたの誓いを私に献げてくれますか?

聖なるお母さま、あなたの汚れなきこころをお喜ばせしたいです。トリノのあなたのもとに参ります。ただ私は無知で、「忠誠の誓い」とは何を意味するのか分かりません。お望みのものは何でもお献げします。私の無知のためにその誓いを破ってしまうことがないよう、何をお献げすればいいのか、どうか理解させてください。

私の汚れなき心への愛と信心のすべてを主に献げて、主をいっそう喜ばせてください。私の息子が魂たちをあがなうことができるように、魂たちを主に献げ、主をいっそう喜ばせてください。忠誠の誓いを私に献げて、私を喜ばせてください。イエスに従うことでそれができます、イエスを反映する者となりなさい。主に忠実であるように。ヴァスーラ、あなたのために祈りましょう。あなたのために執り成します
 イエスのいいなずけよ、私たちの二つの心は、共にいばらの冠に取り囲まれています。ガラバンダルでの私のメッセージは無視されました。私の愛する息子ヨハネ・パウロを、私のもとに来させ、私の汚れなき心とイエスの神のこころを感じさせてください。私たちの心がどんなに引き裂かれ、傷ついているかを感じさせてください。それらは一つの深い傷となっています。彼らは自分たちの神のこころを引き裂き、母の汚れなき心を引き裂きました
 あなたを拒絶するすべての人々のために祈ってほしいのです。私の子よ、あなたはどんなに苦しむことでしょう

神の栄光のために、喜んで苦しみます。

イエスと私があなたと共にいることを忘れないように。私たちがあなたを慰めます、花よ。言っておきますが、イエスのメッセージを、あなたが自分の手で教会の権威者たちの誰かに渡すのではありません。イエスはあなたのために証しする証人たちをお与えになりました

ああ、マリアさま、それでは、私たちのしたことは間違っていたのですか?

そうです。ヴァスーラ、あなたの友人たちが回心するように、イエスのメッセージを彼らに読ませてあげなさい。ただし、だれであれ教会の権威者たちのもとへ自分で行こうとしたり、自分自身を紹介したりしようとしてはなりません。この働きは二人の証人に任せるのです。イエスは、ご自分がどのように働かれるかを理解させるために、その二人を照らされました。私はいつも彼らと共にいます

はい、私たちの主は代々に私たちの避けどころでいらっしゃいました。その不変性は盾であり、守りです。あなたの輝きを子どもたちに味わわせてください、私の神よ!

1のメッセージは失われた魂たちをいやし、回心させる。ヴァスーラ、私のメッセージが本物であることを示す最大の奇跡は何だろうか?

回心ですか?

そうだ。私のヴァスーラ、私の司祭よ、これであなたにも分かった。私の最大の奇跡とは、娘よ、回心である
 最後には、娘よ、私たちの心が勝利を収める

娘よ?2

はい、マリアさま。

トリノの私の教会にいらっしゃい。そこで私にあなたの誓いを献げてくれますか?

そうします、マリアさま。

あなたとそこで会えるのを喜んでいます。イスミニにも伝えなさい、あなたの友人たちも一緒に連れていらっしゃい。皆を祝福しましょう

従うのです

1988年1月29日 in ノート21

(昨晩、自分の死の時の鮮明な夢を見ました。私がどのようにして死ぬのかを。死に際して、イエスが支えてくださっていました。私はふらふらしながら立っていました。イエスは私のあごを肩の上で休ませてくださいました。私の右の頬にイエスの髪の毛を感じました。その髪はせいがいの絵のように、残虐な行為を受けた後のようでした。主は、どのようにして気持ちを和らげればいいか、また私の魂を、主がお受け取りになれるように体からどう離せばいいかを教えながら、慰めの言葉を私の耳もとにささやいて、私を助けてくださいました。主の御声は時折、お医者様のように響きました。見たものに不安を抱かせるようなものは何もなく、苦痛もまったく感じませんでした。)

ヴァスーラ、私たちが共にいる、子よ

(イエスと聖マリアでした。)

私の花よ、あなたの時が来たら、刈り入れぬしである私はあなたをんで、私の喜びの園に植え替える。ヴァスーラ、あなたが見たものは実際に起きることの反映にすぎない。さあ、今、回心しなさい、愛する者よ。耳を傾けている

(罪のゆるしを願い求めて、悔い改めました。)

すべてがゆるされた。正しさと聖なる生き方を教えよう。もう罪を犯さないように

(聖マリアです。)

そうです、ヴァスーラ、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして神を愛しなさい。神はあなたを限りなく愛しておられます。そうです、子よ、主がどのようにして悪からあなたを救い出してくださったかを忘れてはなりません。主は休まれません。その御手に御自身のこころを携えて、戸口から戸口へと歩まれます。魂が御声を聞いてくれはしないかと希望し、待ち望みながら。ああ、ほんのわずかな者しか主の御声を聞きません……
 ヴァスーラ、私の働き方を知っていますか?

いいえ、あまり……

私は祈るのです。魂の救いのために祈ります。あなたを悪から守ります、私はあなたの盾です。母親なら誰でも自分の子が傷つけられないよう保護するように。あなたをサタンから、そしてサタンの不正なわなから守っています。私は魂たちがイエスに立ち帰るよう祈っています。彼らを集め、祝福しています。確かに、私の姿は見ていませんが、多くの人々が私を感じ取っています

あなたを本当にお喜ばせできるものを差し上げられたらいいのですが、私のできる範囲で、何かを。

ああ、ヴァスーラ、こうやって私を喜ばせてください、従うのです、神のむねに従いなさい

「poss?1

神がなぜ、他の人ではなくあなたにメッセージを持ってこられたのかを理解しようとしないでください。受け入れるのです。主があなたに何かを求めておられるときは、従いなさい、子よ
 書く前に唱えるように主が求められた三つの祈り5を祈りましたか?

いいえ。

助けましょう、ヴァスーラ

マリアさま、主は今、私にお怒りになって、失望しておられるのではないでしょうか?

(私は自己嫌悪に陥りました。主をがっかりさせたくなかったのです。)

ヴァスーラ、いいえ、主は怒ってはおられません。あなたが言葉に表せないほどに弱くてみじめであることをご存じですから。落胆しないように。イエスはあなたをずっと教えてこられ、あなたはイエスを喜ばせています。けれど、主が求められることに従ってもっとお喜ばせしなさい。覚えておくように、イエスは何があっても決して、あなたに害を与えるようなことは要求なさいません。イエスはあなたの救いのためにおられるのです。イエスとは救い主を意味します

あなたを祝福します、マリアさま。

いつでもあなたを守りましょう、ヴァスーラ。また私のもとにいらっしゃい、愛しています、娘よ