ノート35

迫害の時

1989年9月4日 in ノート35

(迫害に遭っています。)

迫害の時
激しい嵐が再びやむまで、
私の魂はあなたのうちで
温かい避けどころに身を寄せます。
あなたの優しい御声を聞こうと、
天に耳を傾けます。
その声はいつも慰めに満ちています。
恐れる必要はありません。私のそばで
あなたの聖なる現存が私を慰めてくださいます。
あなたの忠実さに
代わるものはありません。
今やあなたは私の師、
いと高き方、主の主、
私のあがない主であられます。
それゆえこの身をあなたにすっかり明け渡し、
私の魂も私の心も
あなたの神聖な御手に委ねます。
アーメン。

私の子よ、知恵があなたの教師であり、教育者である。来なさい、アッバの腕の中に飛び込んで慰めを得なさい。これに勝るものはない。私に信頼を置き、あなたの悲しみを私に献げなさい、私がそれを有効に使う。来なさい、私をあなたの隠れがとしなさい。「私はあなたの上に目を注ぐ」と言った。あなたを迫害する者たちは、実は私を迫害している。彼らの激流が、そのおごり高ぶる大水であなたを押し流すのは決してゆるさない。彼らがあなたを迫害すればするほど、私の子よ、主である私は、あなたをますます引き上げ、祝福する。これを決して忘れないように
 私に頼っていなさい、あなたの祈りをこうのように立ち上らせなさい。神を信じない者たちのために、あなたを私のおとりとして使わせてほしい。このすべての犠牲は無駄にはならない。覚えておきなさい、私のこころがあなたの住まいである
 私たちで共に?

私たちで共に、私の主よ。

善い人でありなさい

(祈りの集いに与えられた聖母のメッセージ。)

あなたたち皆に平和がありますように。神お一人だけが知恵であられます。この砂漠であなたたちに大声で呼びかけている知恵の声に耳を傾けなさい、耳を開いて主の御声を聞き分けなさい。イエスはあなたたち皆に、一人ひとりに呼びかけておられます。主のもとに戻って来るように、愛に立ち帰って主の足跡をたどるようにと
 私の息子はあなたたちの弱さや過ちをご存じです。でも、主の神聖な御手にすっかり身を委ね、信頼するなら、心配しなくてよいのです。ありのままで主のもとに来て、あなたたちの意志をお献げしなさい。あなたたちの愛をお献げしなさい。あなたたちの苦しみ、悲しみ、苦悩、問題をお献げしなさい。何もかもお献げしなさい。主に信頼するのです。イエスがあなたたちを、そのこころの奥深くまで導いてくださるのに任せなさい。あなたたちはそこで主の平和を見いだすでしょう。この平和こそ、あなたたちの魂がとても必要としているものです
 不和や分裂、混乱をもたらし、これまで以上に、神の救いの御計画に戦いを挑んでいる悪い者に、常に警戒してほしいのです。彼は選ばれた人たちでさえ惑わし、うろたえさせようとしています。けれども、主のを呼ぶ者は皆、聞き入れられ、罪に陥ることから救われます。しかし悪い者の声に耳を傾ける人たちは、神に由来する義を悟ることができず、愛の御声を聞き分けられないでしょう
 良い知らせを伝える者の足がどんなに美しいかを、いつも覚えていなさい。愛する子どもたち、心を込めて祈りなさい。そして今多くの国の民に注がれている〝霊〟を歓迎してください。愛の来臨の日がどんなに近づいているかを、そしておんちょうがあなたたちの多くに分け隔てなく降り注がれていることを感じなさい
 最後に、あなたたちに次のことを思い起こさせて、私のメッセージを締めくくりましょう。あなたたちは愛によって、愛のために創造されたということ。造り主を愛するために創造されたということ。そして存在するすべてのものは造り主によって、造り主のために創造されたということをです。ですから主を賛美し、あなたたちをお造りになったお方の栄光をたたえてください。あなたたちの母である私を喜ばせ、私たちのメッセージを黙想し、私たちのメッセージを生きてください
 皆を祝福します。あなたたちの家族も祝福します。あなたたちの聖なる母である私は、あなたたち皆を愛しています

私の聖なる顔に一度ほほ笑んでくれるだけで、私はゆるし、忘れる

1989年8月29日 in ノート35

ことを聞くために、
私の心を整えてください、主よ。
あなたに、愛の主に、
あわれみの主に向かって祈ります。
その大いなる愛によってお応えください、
神よ、私を照らしてください
そしてあなたの光で私を生き返らせてください!
アーメン。

私は収穫の主である。この豊かな収穫のためにあなたが働き手を願い求めたので、助け手たちを送ろう。さあ、もっとそばに来なさい、近づきなさい
 『私1はある』は復活であり、いのちである。献身の日はそう遠くないと約束する。死者は生き返る、そして罪のために葬られ、今なお地下に横たわる者たちも皆、私がよみがえらせよう。私の国を広げ、今や不毛の地と化し、見るも無惨なあなたたちの国々を回復させる。聖書のこの言葉を繰り返そう。「女が自分の乳飲み子を忘れるであろうか/母親が自分の産んだ子を憐れまないであろうか/たとえ、女たちが忘れようとも/わたしがあなたを忘れることは決してない2。」
 あなたたちのために新しい天と新しい地を準備している。そして愛はあなたたちのもとに戻り、あなたたちの残りの者たちの間に、愛として住まう。あなたたちがあらゆる街角で目にする死者たちも、私がよみがえらせる
 そして風のように、あなたたちの牧者らを新しい牧草地に吹き戻す。彼らは牧者の杖をもって、遠い昔のように私の群れを牧すであろう。たとえ彼らの悪が私自身の家に入り込み、多くの者を惑わしたとしても、たとえ彼らの罪が神への不敬を国全体に広めたとしても、今日でさえも、彼らが自分の過ちを認めるなら、私はゆるし、忘れ、怒りを脇に置いて、無かったことにしよう
 だが、今日に至るまで、愛の欠如とあなたたちの時代の無数の罪によって、私のこころは打ち砕かれている。私の心を刺し貫き、天を恥じ入らせるほどの罪によって。私の聖所を汚し、私の聖なる名をぼうとくする罪によって。それでもまだ、私に向けた一つの優しいまなざし、一瞬の後悔、ちゅうちょのため息、ほんの少し思い直すだけで、あなたたちの時代の罪をゆるす用意が私にはあることを、あなたたちが知ってさえいたなら。私の聖なる顔に一度ほほ笑んでくれるだけで、私はゆるし、忘れる。私は自分の傷口を見ることさえしない。あなたたちのほんの一瞬の後悔だけで、私は目の前からその不義と罪をすべて消し去る。そしてあなたたちのその振る舞いを天全体が祝う。なぜなら私は、あなたたちのほほ笑みと優しいまなざしをこうのように受け取り、その一瞬の後悔の思いは、新しい歌のように私の耳に聞こえてくるからだ
 今日私は、あわれみに満ちてあなたたちのもとにくだり、私の愛ゆえにあなたたちをあがなう。私のおんちょうの聖霊は、霧のように大地を覆うであろう。はっきり言っておく。私はあなたたちへのおんちょうを何倍にも増し加え、私の言葉は多くの人々に啓示され、聞かれる。そして幻(ビジョン)を幾倍にも増やそう。それゆえ、私のおんちょうの聖霊を無視し、聖霊の火を消そうとする者たちは皆、とげの付いた突き棒をけるだけだ。その努力の一切は空しく終わる。主である私があなたたちをよみがえらせ、あなたたちが今生きているこの砂漠を耕し、惑わしのしんろうをオアシスへと変えるからだ
 あなたたちの神である私は、あなたたちの前に立ち、いまだに私の聖霊の火を消そうとする者たちに問う。あなたたちが時のしるしを見分けられないとは、どうしたことか? 私のしるしや私の不思議を認めないまま放置しようと決めたのは、どういうことか? なぜ私の声を何度も覆い隠し、私の預言者たちを何度も迫害するのか? あなたたちの暗闇を照らす小さな炎を見つけると、恐れてやっきになって消してしまおうとするのはなぜか? あなたたちの荒れ野と不毛の地で、私のおんちょうによって育てられたどの花をも、急いでやって来て踏みつけ、根絶やしにしてしまおうとするのはなぜか? あなたたちの神である私が沈黙し、死んだままでいてほしいと望むのはどうしてか? では、あなたたちに『私はある』という者が誰であるかを教え、思い出させよう

『私はある』はことばであり、生きている

私は行動する

私は地上にいた時、私のパンと私の魚を何倍にも増やして群衆を養った。そしてモーセが何千もの人々を率いて砂漠を渡り、食べるものがなかった時、天の倉を開いてマンナで皆を養った
 それは今日も同じである。地は荒廃したまま、あなたたちを養うのに十分なパンを産み出せずにいる。それゆえ私は、私のおんちょうの霊によって私のパンを何倍にも増やし、あなたたちを養う。愛する者たち、飢えたままなおざりにされていた者たちよ。あなたたちの時代に、それはこう呼ばれる。聖霊の満たしと。あなたたちは私から直接養われる。私はパンを増やし続け、だれも飢えたままにはしておかないからである。このおんちょうの時代に、私の子どもたちが私のもとに来るのを妨げようとする者たちは災い! それゆえ、まだ疑っている者たちよ、心を開きなさい、頭ではなく
 私の教えは健全で、いやす力がある。恐れないように、素直な心で信じなさい。私が私の霊と共に送る天使たちを裁いたり、ののしったりしてはならない。大天使ミカエルは、モーセの遺体のことで悪魔と言い争った時、あえてののしって相手を裁こうとはせず、「主がお前を懲らしめてくださるように」と言った3
 私を待ち望みなさい。信仰を持ち、私を愛しなさい。私は聖なる者なのだから、聖なる生き方をするように。断食し、償いなさい。悔い改め、毎日私に自分を明け渡しなさい。私の両手に自分を明け渡すなら、あなたたちを生ける光の柱としよう。絶え間なく、心から祈りなさい。清い心で私4を受けるなら、私の恵みが降り注がれる。聖体礼拝の時間に来て、私を礼拝しなさい。あまりにも多いあなたたちの罪を告白しなさい。私と共に歩み、あなたたちの神である私を喜ばせなさい。私の教えに従い、右や左に脇目を振らないように。完全な者となりなさい! 私の天国となりなさい
 ああ、被造物よ、あなたたちの神である私が、どれほどあなたたちを愛しているかを知ってさえいたなら、あなたたちは私の足跡をたどるのをためらわないであろう! なぜ他の所に慰めを探すのか? 私のこころはあなたたちの傷をいやす香油、私のこころあなたたちの住まいである。私の目はあなたたち皆に注がれている
 あなたたち一人ひとりを祝福する。あなたたちの家族を祝福する。このメッセージを読むすべての人々を祝福し、その額に愛の吐息を残す。愛があなたたち皆を愛している
 一つになりなさい

イクトゥス

ありがとうございます、私の主よ。あなたをほめたたえます。

私の言葉は光を放って輝くともし火

1989年8月28日 in ノート35

私の主よ、どうぞこの質問への答えを聖書からお与えください。あなたのメッセージがどのように伝えられるのをお望みですか。あなたはこの働きのために既にしもべを選んでおられるのですから。部分的に分けてでしょうか、それともあなたが私に語られたとおり、全部を伝えるべきでしょうか?

(答えはマルコ福音書4章21─23節でした。)

私のヴァスーラ、私の言葉は、どの魂も私を見て、私を感じ、私のもとに戻って来られるよう、光を放って輝くともし火である。分かるか? この世に重くのしかかっているこの暗闇を取り除きたい。あなたに私のともし火を与えている。だから、寝台の下ではなく、しょくだいの上に置きなさい

ありがとうございます、私の主、イエスさま。

来なさい、花よ、あなたを迎え入れた家と、私の子どもたちを祝福する。彼らを限りなく愛している。何があろうと彼らを決して見放さない。あなたたちも肩に私の十字架を担いなさい、私の十字架も分かち合いなさい。私のためにそうしてくれるか?
 愛があなたたちを愛している

イクトゥス

私の名は愛

1989年8月24日 in ノート35

イエスさま?

私である。小さな者よ、あなたからの一つの優しいまなざし、一つの小さなほほ笑みで、私の心は喜び躍る!

(しばらくして)

ヴァスーラ、私をほめたたえ、賛美しなさい。花よ、私と共にいて幸せか? 私の名の栄光が再びたたえられるようになることを知っておきなさい

はい、私の主よ、あなたが私にしてくださったことを幸せに思います。そしてあなたの大いなるわざは私たち皆への祝福です。

では、私の子よ、私の名が愛であることをだれもが知るように、私の名を地球全体に語り伝えなさい

主よ、あなたにダビデの詩編を一つ読んでもよろしいでしょうか……(聖書を無作為に開けました。)……詩編145の『王なるヤハウェへの賛美』と呼ばれているところです。

あなたが私に向かって声を出して読むよう、私がこの詩編を選んだ。私のヴァスーラ、私を見つめながら読みなさい。聞いている

(その詩編の箇所を主に向かって読みました。)

さあ、祈り、断食し、私の言葉を読みなさい。聖体拝領において私を受けなさい。ロザリオを祈りなさい。私を礼拝しなさい。私たちで共に?

永遠に。

(しばらくして、その日の晩に。)

御一緒に休みましょうか、私の主よ?

ああ、共に休もう。だが条件が一つある。私があなたの心で休む。あなたは私のこころのうちで休むように

(これを聞いて思わずほほ笑み、心が喜び躍りました。)

はい、私の主よ! あなたをほめたたえます、イエスさま。

あなたを祝福する、花よ。来なさい

私はあなたを霊性によって養っている

1989年8月23日 in ノート35

ヴァスーラ、静まり、平和のうちに私を受けなさい。私の道は、あなたと共に沈黙のうちにある。私の言葉を左にも右にも宣べ伝え、決してためらってはならない。私の無限の愛ゆえに、全人類への一つのたまものをあなたに与えた。私を賛美し、私を愛し、私の名を聖として守りなさい。私の恵みがあなたの上にある
 聞きなさい、ぶどうの収穫の準備ができたら、あなたを私のもとに呼び寄せる。私の体の中に引き入れて、あなた自身を完全に消し去る。いと高き者である私は、あなたが無に等しい者だと知りつつも、決して見捨てることはない。だから、私がどんなにあなたを求めているかが分かったか? 無のままでいなさい。そうすれば、あなたは私のうちに住む。素直で、従順でありなさい。私は各位階の、幾千、幾万もの天使たちに囲まれている。私の聖性を感じなさい、私の神性を感じなさい。あなたの目を私に、私のこころに据えなさい。私の花となるように。さあ、私が祝福を与える時は、目を伏せなさい。今そうしてくれるか? あなたのために選んだこのやり方を受け入れ、素直な心でいなさい、それが私を喜ばせるのだから
 私に知恵を求めなさい、知恵をあなたに増し加える。識別を求めなさい、それをあなたの上に注ごう。私への礼拝の中でそれらを求めなさい。さあ、私から習得したすべてのことを吟味してみなさい。私はあなたの師であり、あなたの教育者。あなたは知恵の唇から学んでいる。分かるか? 私はあなたを養っている、ヴァスーラ。あなたを何によって養っているか分かるか? 霊性によって私の実によって。私のいのちの木の実によってだ。分かるか

私のヤハウェは恵み深く、
いつくしみはとこしえに、
主の真実はに及びます。
主は滅びの穴から私を引き上げ、
いやしてくださいました。
私の足を岩の上に立たせ、
しっかりと歩ませてくださいました。
あなたは多くの不思議なわざを成し遂げられます、
私の主よ!

私の実を何倍にも増やしている

1989年8月22日 in ノート35

あなたのは賛美されますように。息あるものはこぞってあなたを賛美しますように、私の主よ!

愛があなたを愛している。私のすべてを超える愛といつくしみがあなたの上にある
 私にり頼みなさい、私はあなたの道案内である。疑わないように、私の愛する者よ、いつもあなたを満たそう。私の平和と愛の流れを、川のように送ってきたではないか? それゆえ喜びなさい、主である『私はある』が―あなたと―共に―いるのだから
 私の言葉を読みなさい

(そこで無作為に聖書を開くと、イザヤ書49章6節でした。)

(しばらくして……)

私のぶどう園は、今や私自身の手で世話されている。私は貧しい者たちと正しい者たちの嘆きの叫びを聞いた。彼らが実を求める声を聞いた。そこでいつくしみの主である私は、かつてパンと魚を何倍にも増やして群衆を養ったように、私の実を何倍にも増やしている。この実はこの大地の美と栄光となる。私のぶどう園が敵に踏みにじられることのないよう、周りに囲いを築く。愛する者たち、ぶどう園の主である私が、あなたたちの間にいる
 勇気を、私の愛する者たちよ。あなたたちがいかに光を奪われ、暗闇の中に閉じ込められているかを知っている。だが私は、この暗闇と私の燃え盛る愛の火との違いを際立たせるためにくだっている。地球全体がまばゆい光で輝き、愛である私があなたたちの間に住まう

イクトゥス

あなたにこの使命を託した

1989年8月16日 in ノート35

平和を、私の子よ。私があなたを愛しているように、私を愛しなさい。私を感じ、私を識別し、私を見たなら、私に触れなさい。そう頼んだのではなかったか、私の子よ?

はい、そうです、主よ。

そうしてくれるか? 今? そう、私の手を取りなさい。与えているこの平和によって私を見分けなさい……与えている愛によって私を見分けなさい

どうしてこの捕囚の地をまださまよっていなければならないのでしょうか? いつまでも続くように感じます、私の主よ。

分かっている。だがあなたに託したこの使命を、あなたは間もなく達成する。あなたを見捨てることはない。あなたが私の栄光をたたえるように、私が取り計らう。ヴァスーラ、私のそばを離れないように、私のためにそうしてくれるか?

あなたに従いたいです、主よ、いつも。

決して失望はさせない。私にしっかりつかまっていなさい。私があなたの教育者であることを忘れないように。私たちで共に?

はい、主よ、永遠に。

聖母被昇天の祝日の前日

1989年8月14日 in ノート35

(聖母被昇天の祝日の前日)

私は主である。私の子よ、この捕囚の地を離れると、すぐに恋い慕うあなたが見つかった。つかまえて、あなたを真っすぐな道に連れ戻した。もう離さない。母の家に、私を宿した母の部屋に連れていく。明日はあなたの一日を献げ、私のこうとなって、周囲を芳香で満たしなさい
 私の霊があなたの上にある。勇気を! あなたを見捨てることはない、あなたの上に祝福を降り注いでいる、私の子よ

あなたが不幸に見舞われるとき、私は傍観しない

1989年8月13日 in ノート35

私の子よ、私の霊があなたの上にある。私の手はあなたの手の上に、私の言葉はあなたの唇にある。私の格言はあなたの歩みを導くともし火。常に私を愛し、私の教えに従い、私のおきてを守るなら、愛と忠実さは決してあなたを見捨てない。私はあなたの希望であり続け、あなたは私のぎょうの子であり続ける
 私の子よ、あなたを取り囲むすべての悪に私は打ち勝つ。あなたが不幸に見舞われるとき、私は傍観しない。そしてあなたは、私の子よ、腐敗して横たわる死体でさえ救う私の義と私の力を宣べ伝えるであろう。『私はある』は復活、すべての国の民が私の栄光をほめたたえ、私を賛美する
 私は終わりまであなたと共にいる
 私たちで共に? 私の子よ?

私たちで共に1? あなたの母である私が、どんなときもそばにいることをいつも覚えていてください。絶え間なく祈りなさい

私はイエス

1989年8月12日 in ノート35

イエスさま?

私である
 花よ、一致、私とのつながり、忠実さ、熱意、これらはあなたを私へと引き上げる。私を礼拝しなさい、私はあなたの神。私を休ませてほしい、私はあなたの聖なる同伴者。私を慰めなさい、私はあなたの伴侶。私に、私だけに希望を置きなさい、『私はある』は救う者なのだから

私はイエス