1995年2月のメッセージ

あなたの完全な明け渡しを求めている インドネシアへのメッセージ

1995年2月25日 in ノート76

(インドネシア──ジャカルタ)

私の主よ、あなたの御言葉は火のように私たちの心を焦がします、それなのに、どうして彼らの1心は燃え上がらないのでしょう?

私を認める心を与えることができるよう、この人々のために祈りなさい。私の魂に祝された者よ、地上で苦難を忍ぶ追放の身を受け入れなさい2、いつの日か、その結果をあなたに示そう。今日はここインドネシアに連れてきて、同時にあなた方皆も一堂に会するようにと集めた。こう伝えなさい。神を 近づきがたいお方とは思わないように、神は近くにおられ、あなた方を愛しておられます……み名を尊ぶように。私の名は聖なるがゆえ、私のもとに立ち帰って生き方を変え、聖なる生き方をするように。あなたを正すのを許してほしい。そのためにはすっかりあなた自身を放棄してもらう必要がある。私の心は、あなたにとって唯一の避難所。聴いて理解しなさい。肉はすべて草のようで、その美しさは野の花に似ているが、草は枯れ、花はしおれる、しかしみことばは、永遠に永らえ……そして魂も生きつづけよう。迎えに来たとき、あなたの魂が私と和解しているように。私の栄光を受け継ぐよう。

こう言って、自分たちの魂を欺かないように。「魂よ、もう何でも手に入れた、なるにまかせ、楽しく過ごして富をむさぼろう、あなたは間違いなく跡継ぎなのだから。」自分たちの魂をどう荒廃させたかを、私の子よ、悟るように。あなたの干ばつをどれほど辛い思いで見ているかを、私の子よ3、悟るように。私は、常に永遠の愛をもって愛してきた。私の苦痛をやわらげてほしい、この苦痛を取り除いて、あなたの父、私のもとに立ち帰りなさい。私は、あなたの創造主、救い主、そしていのち、心から祈るなら聞き遂げよう。求めるなら、赦しを与える!

インドネシアよ、私の足跡に、あなたの足取りを向けなさい、私の日は近づいた、そして訪れのときは、火をたずさえて来る、そこで私の王国にふさわしいあなたを見いだしたい……祝福を求めるなら、与えよう。自分の子どもの幸せを願わない父親がいようか? そこで愛の源なる私は、求めるなら誰にでも どれほど多くを与えよう! 私はそばにいる、娘、息子たちよ、そしてあなた方を祝福し、平安を与える。私に顔を向けて、自分たちの罪を認めに来なさい、そうするなら悔い改めの叫びに、応えよう。ヴァスーラ、私はヤハウェ、あなたのいとおしい父、人類すべての父。私を讃えて今、従って来なさい、さあ立ち上がり、あなたを尊んで教えたように「天に在(ましま)す」を祈ってほしい。いたわり込めて愛している!

私のいつくしみは無限であり、私の思いやりもそうだ

1995年2月26日 in ノート77

私は唇をもって、全能の主よ、
 あなたの口もとから発するみことばを、
多くの国たみに
 伝えてきました。
彼らもあなたの現存を楽しみ、
 あなたの法を歓べますように。
私がみことばを忘れてしまったり、
 おろそかにはしませんように、
そして十戒からさまよい出るのを許さないで下さい。
 御言葉が私の魂を
生き返らせてくださいますように、私の主よ。

私の平安を与える。私の子よ、あなたは父なし子ではない。在りて在る者こそがあなたの父。あなたには帰るべき故郷がある。私の王国、輝きと真理が、あなたのふるさと。あなたは食べ物を拒まれてはいない、私が、みことばを私の口からあなたの口へ、私自らの手で満たしているがゆえ。どの笏や玉座もみことばにまさる値打ちはない。私の富を何にたとえよう? 我がヴァスーラ、かつてのあなたはみことばに飢えていた、そして父親としてはもっともいたわり深い私の心は、悲しみとあわれみに満たされ、深く嘆いた。あとどれほど多くが、かつてのあなたと同じようでいるか! そしてどれほど多くを甦らせ、次に養わねばならないか……しかしこの時の終りの日々には、被造物が棄教に陥り心が冷えきってしまい多くは、私を拒まないまでも、その影響を受けると言われてきた。
 サタンがあなたの日々には力を増すと言われている。しかし私のいつくしみは無限であり、私の思いやりもそうだ。たとえサタンの口から呪いが発せられようと、私の口を出る祝福は、その呪いを圧倒する。私の祝福とは、闇と死の陰に生きる人びとに光もたらす、みことば。私は私の好意をあなた方の上に注いでいる、そこでこの日々に行うすべては、あなたの時代を救うため。そしてあなたは、娘よ、今まで通りに私を集いで紹介しなさい。私の家を美しく飾るように、私もあなたの家1を美しく飾ろう。あなたの家を生き返らせ2たように、私の家を生き返らせなさい。あなたの愛をもって私をなでなさい。共に働こう。