ノート28

彼らは私の霊を踏みにじっている

1988年9月27日 in ノート28

イエスさま?

私である
 あなたに与えた指示に従い、私に語らせなさい。はだしのままで1、取るに足りない者のままでいなさい。私が平らにした道を見分けなさい。私の道はまっすぐだ、だから脇目を振らないように。確かに、あなたを私のおうに導き入れた。私の石板となるようにあなたを選んだ。はだしのあなたを私の家に導き入れて、ペトロに会わせた
 私の平和と愛のメッセージは、私の敵から武器を取り上げるであろう。ただ待っていなさい、今に分かる。私はまだ私のわざを終えていない。私の家は今日荒れ果てているが、最悪の事態はまだ来ていない
 私の体の中に住み、私の頭のいばらとなっているカインたちは、高慢に満ち、私のアベルたち、すなわち私の霊を理解し、私を誠実に愛しているこのアベルたちを虐殺しようとするであろう。だが確かに言っておく。彼らの高慢は悲しみに変わり、私の火がこれらの不忠実なしもべたちを焼くであろう。彼らは今、私にいったい何を献げられるというのか? 自分の欲望と偏狭さに引きずられ、彼らは私の霊を踏みにじっている。不忠実さが彼らを道に迷わせ、もはやはっきりと見ることができなくなっている
 ヴァスーラ、その質問を書きなさい、それはあなたたちの多くが抱いている質問なのだから

主よ、良いしもべたちはもう残っていないのでしょうか? あなたを本当に愛している誠実なしもべたちは?

私を本当に愛している者はわずかだが残されており、ほんの一握りの者たちだけが私の霊を理解している。この魂たちは私の傷の痛みを和らげる。私のこころが彼らの住まいである

主よ、信徒たちはどうでしょう?

この者たちの中にも、私を信じ、私の摂理のわざを信じている者はごくわずかしかおらず、大半は、彼らの神である私を見捨ててしまった。そして、私のこころの深みにはやりの穂先があり、その穂先が大量の出血の原因となっている。今日、あなたに言う。彼は私の苦しみの原因の一部となっている。主である私は、不意に彼に臨もう。私はだれも予期していない時に、突然、私の神殿に入る。日数は残り少ない。私は稲妻のようにくだり、エルサレムを清める。エルサレムはちりの山と化し、私を愛さない者たちを皆引きずり込むであろう。私はエルサレムの審判者となり、厳しい裁きを下すつもりだ
 しかし、私の聖なる名のもとに忠実であり続けた者たちは皆、主である私が引き上げて、私の新しいエルサレムの中に置く。彼らは私の指示と私の律法に従っていたのだから、恐れる必要はない。敵によって抑圧され、彼らの私への叫びはかき消されていたが、それでも私は彼らの声を聞いた。私の目はそれらの聖徒たちから決して離れることはなかった。彼らは私をおそれ敬い、私をほめたたえ、私の言葉に忠実であり続け、与えた富のすべてを分かち合い、私が喜ぶ善い行いをした
 愛する被造物よ、あなたたちは時の終わり2に生きている。この時代には、宗教をあざけり、預言の霊を抑圧し、幻視者たちをあざ笑う者どもが現れ、彼らは自らの不信心な偽りの教義に従うことができるようになる、と私は警告してあった。人間の悪い思いつきが、彼らを迷わせた。悪事の愛好者である彼らは、心を清く保つことができない。愚か者のように、邪悪な儀式や黒ミサに引き込まれ、サタンを崇拝する。あるいは不正な人生を送る。彼らの無知は、それだけで彼ら自身の人生を裁くほどのものだからだ。彼らは耳をふさぎ、彼らの神である私を認めて真理を理解することを拒んだため、罪によって堕落し、まさに魂そのものが腐敗した
 またこうも言われてきた。あなたたちの時代には、私のしもべの残りの者たちだけが、福音を教えるべき形で教え、私に忠実であり続けるが、多くの者たちが合理主義に陥り、不忠実によって私を裏切ると。この合理主義が私の教会を砂漠へと変え、奥深くにまむしらが巣くう廃虚へと至らせた
 私の名を冒涜し、私の利益ではなく自分自身の利益を追い求め、金銭への渇きを満たしてこの世の栄光の座に就いている者たち、お前たちが作った荒れ野で私は叫ぶ。清めの日が来る前に、私のもとに来て悔い改めよ。主である私はお前たちに警告する。この無力な道具を通して語っている。真理の霊を消してはならない。私の教会には心から求める。私と弟子たちがどのような境遇で働き、枕する所がどこであったかを思い出しなさい。私たちは王宮など一つも持たなかった! 一つもだ! 王宮は王たちのものであって、私のものでも、弟子たちのものでもなかった!

主よ、あなたが指しておられる、これをお伝えになりたい人々や、これは自分のことだと気づく人々は、このくだりは聞きたくないでしょう。そしてこれは、彼らがこのメッセージを抑圧するもう一つの原因となるでしょう。

その通りだ。彼らの中には私の言葉を聞きたくない者もいるだろう。彼らは自分自身の空しい栄光によって、私と私の家を窒息させている。私の家と私は、彼らの偽証によって呼吸ができなくなっている。私には息をする場所がない。彼らは私の家の窓をすべて閉じてしまった。だから私の光が中に差し込むことも、空気をきれいにするために私の霊が吹き入ることもできない。この魂たちは塩気がなくなった塩のようだ。汚れたガラスのようで、私の光が中に差し込むのを邪魔し、私の聖性によって彼らを清めるのを妨害している
 この時代、サタンの蒸気は霧のように、鍵穴やちょうつがいの間から入り込んでいる。その蒸気は死に至らせるものであるゆえに、あなたたちには犠牲と祈りを倍加するように切に求める。私を愛する者たちによって、途方もなく多くの償いがなされなければならない。サタンは激怒し、今年、私の教会への攻撃を倍加させた。マリアの聖年を選んで、私の教会の一部を分裂させた。この分裂と、その分裂のさなかにあなたが不意に私の家を訪れることについては、既にあなたに予告していた
 さあ、私の手を取って、私と共に歩みなさい。私の十字架を分かち合おう、私のヴァスーラ。私のわざはまだ終わっていない。平和のうちにいなさい。子よ、主である私が、私の平和を与える。覚えておきなさい、私の現存にほほ笑みかけることを覚えておくように。決して私の現存を忘れてはならない。私にキリエ・エレイソン3と言いなさい。私を喜ばせるように、あなたにはこれほど多くを与えた!

はい、私の主よ。
本当に多くをお与えくださいました。
至聖なるお方、あなたを愛します。
本当に多くの良いものを
与えてくださいました。
そのすべてを、
四六時中、高らかに宣言したいのですが、
多すぎて数えきれません。
御声が聞こえるように
私の耳を開いてくださいました。
死者の中からよみがえらせてくださいました。
あなたの愛と忠実さが
絶え間なく私を守ってくださいますように。
あなたが私にしてくださったことのすべてを
私の兄弟たちにもしてくださいますように、
主よ、彼らにも分かち合わせてください。

私の子よ、私はあなたたち皆を呼んでいる、あなたたち一人ひとりを探し求めている。心の中に入らせてほしい。そうすれば、あなたたち一人ひとりをいやそう
 さあ、もう休みなさい。いつもあなたと共にいる、このことを決して忘れないように!

全人類の母

1988年9月26日 in ノート28

(祈りの集いの参加者の集会に向けて与えられたメッセージ)

私の神よ?

私である。私のヴァスーラ、私を王として扱いなさい。すべての魂を私のもとに導きなさい。聞きたいと望む者たちを私は引き上げ、私のこころの中に置く

愛する者よ

はい、聖なるお母さま?

そうです、お聞きなさい。私の香りをあなたたちの間に広めます1。主と私の現存があなたたちの間にあることに気づきなさい。私たちはあなたたちの心に耳を傾けています。どんなにあなたたちを愛していることでしょう! 子どもたち、私はあなたたちの母です。私の息子があなたたちを導き、いやし、清めてくださることを許してください。イエスがいやしてくださるようお許しするのです。私の息子があなたたちに差し出しておられるこの恵みを受けなさい。イエスがなぜすべての魂を探し求めておられるのかを理解しなさい。イエスはあなたたちを限りなく愛しておられるのです!
 全人類の母である私、あなたたちの救い主の母がそばにいます、子どもたちよ。いつでもあなたたちを助ける準備ができています。さあ! 私たちに心を開いてください。私たちはあなたの聖なる家族です。私たちの平和を受けなさい。イエスと私があなたたち皆を祝福します

あなたを祝福します、聖なるお母さま、神の御母よ。

霊を理解するには

1988年9月25日 in ノート28

私の神よ、あなたのメッセージをL…さんに数編見せました。彼はそれを読むと気恥ずかしいと言うのです。被造物である私に対するあなたの愛と、あなたに対する私の愛のために、これを読むと不安になると。私の神よ! 衝撃的だと言うのです。主よ?

私である。私は神、私は愛である。私のメッセージを恥ずかしいという者は誰であれ、私を裁いているに過ぎない。そして、私を裁くことによって自分自身を裁いている
 霊的でない人には、その知性を用いて〝霊〟を理解する力がない。また、〝霊〟を理解することを可能とする知恵に達することもできない。心を開いて〝霊〟を受け入れ、自分の霊と出会うようにしなければならない。そうすれば、私の霊が彼の霊を養い、知恵が彼を照らし、〝霊〟とは何であり、どのように働き、何を感じているかを分からせてくれる。私は神、愛の源である。尽きることのない愛によって、あなたたち皆を創造した、私を愛するようにと

私たちの主はほめたたえられますように!

私は霊である 神のうちのまことのいのち

1988年9月24日 in ノート28

私の神よ?

私である。私が霊であることを覚えておきなさい。そして私の持っているものすべてをあなたの霊と分かち合っている。あなたと私は愛で結ばれ、一つである。互いが愛で結び合わされている。あなたの神である私と、私の小さな者であるあなた。あなたの造り主である私と、私の被造物であるあなたが
 心がかたくなになってしまった者たちには、私の心は聖化するということを思い出させなさい。名もない人々、徳のない人々、何の取り柄もない人々にさえ、私は呼びかけていることを知らせなさい。心が石のようにかたくなになった者たちを、まったく無に等しい状態から引き上げ、変容させる。私は思いがけない時に死者たちの間を訪れ、皆をよみがえらせることができる。自分自身を見てみなさい、ヴァスーラ。あなたには何の取り柄もなかった。だが大いなるいつくしみをもって、あなたをよみがえらせた。今やあなたは、「神のうちのまことのいのち」とは何を意味するかを知っている。『私はある』はいのちである
 私の栄光をたたえなさい、私の子よ、決して逆らってはいけない。私の指示を心に留めておきなさい

主よ?

私である

一つだけ気がかりなことがあります。ある人が、私は離婚して再婚しているので、絶えず罪の中にあると言うのです。それゆえこの啓示を与えているのは、私の神よ、決してあなたではないと言うのです。

罪のない者は私の前に名乗り出なさい! その者は名乗り出て、その顔を私に見せなさい

はい、私の神よ。助けてください。この人たちの発言に、どう答えたらいいのか分かりません。

答えなくてよい。すぐに私のもとに来なさい。あなたの父があなたの面倒を見ている。私たちで共に、子よ?

世々限りなく、アーメン。

知恵は子どもたちをいとおしむ

自由といのちへの鍵

1988年9月18日 in ノート28

私の神1よ?

私である。私を愛しなさい、私を恐れないように。私を恐れるのは、あなたが私に逆らうときだけにしなさい
 愛のしずくはどれも、れんごくの魂を解放するために用いられる。私を熱心に愛することで彼らの火を消し2、彼らをその苦しみから解放することができる。そのとき、主である私は、彼らをついに受け入れることができる。だから私を愛し、私を熱望し、私を礼拝し、彼らを次々に解放しなさい
 愛は天の力を吸収するもので、自由といのちへの鍵であることを人類は理解しなければならない。さあ、なぜサタンがあなたを憎んでいるか、分かったか? 私のヴァスーラ、私にり頼みなさい、すべては無駄にならない
 私たちで共に?

世々限りなく。

私の霊の火を消してはならない。そうではなく、歓迎しなさい!

1988年9月15日 in ノート28

(悲しみの聖母の祝日)

主よ?

私である

これほど多くの聖職者たちが、今日私たちに与えられているあなたのあわれみのしるしの価値を認めようとしないのはどうしてでしょう? 主よ、彼らが何と言っているかご存じですか? 彼らは、これは真の信仰ではないと言っています。つまり、「私たちはしるしがなくても既に回心しています。それゆえ、私たちにはしるしなど必要ありません。だから神よ、もうこれ以上何も与えないでください。私たちはそのような異常な事柄には興味がありません」と言っているのです。顔を地につけてひれ伏し、あなたに向かって「神に栄光! 主はほめたたえられますように! あなたの限りないあわれみゆえに! あなたは確かに聖書の言葉を実現しておられます!」と叫ぶかわりに。もし〝霊〟を追い払うなら、彼らにとって真の信仰とは一体何なのでしょう? 彼らはこう言って反対します。「イエスがトマスに、『見ないのに信じる人は幸いである……』と言ったのを覚えているか」と。聖書には「〝霊〟の火を消してはいけません、預言を軽んじてはいけません」とも書かれているのを彼らは忘れてしまったのでしょうか? 〝霊〟は思いのままに吹かれます。この方たちが反対する時、実はあなたに反対しているだけだということに気づいていないようです、私の主よ。

私の子よ、諸国民に向かって声を上げなさい、叫びなさい!皆に聞こえるように

ここにあなたの神がおられます! 私たちの神が共におられます。決して私たちをお見捨てにはなりません。神は羊飼いのように、ご自分の群れを養い、御腕の中に小羊たちを集めに来られました。なぜなら、神の御国が近づいているからです」と

私の小さな群れを養おう。そして、大いなる愛をもって、私の両腕の中に皆を集めよう

彼らはあなたのしるしに関心を持っていません。それについて聞きはしても、ファイルにとじて、片づけてしまうのです。しるしを与えるのはやめてほしいと、あなたに言いたいかのようです。

だれも私に助言する必要はない。私はそれらの助言者のだれも必要としていない。なぜなら、彼らの知恵は私にとって恥ずべきものだからだ。あなたたちをどう評価し、どう養うかを私が知らないだろうか? 悲しいかな! 私の霊を喜んで迎える者は、あなたたちのうちに残されたわずかな者たちだけだ。私に敵対する霊を持つことによって、私を見捨ててしまったことを彼らは理解しているだろうか? そして、私を見捨てたことによって、真理を見失ってしまったことを?
 粘土が陶工に言うだろうか、「何をしているのか?」と。私のわざとその神秘を認め、〝霊〟が与えるものを謙遜に受け入れなさい。あなたたちの時代に、私のしるしを大きくしようと私が望んだ。だから〝霊〟が与えるものを喜んで受け入れなさい。歓喜して私を受け入れなさい、私に背を向けるのではなく、喜びなさい。私に顔を向け、私を認めなさい! 私の霊の火を消してはならない。そうではなく、歓迎しなさい! お前たち、私の霊の火を消す者は災い。お前たち、目の見えない道案内は災い。虚栄心で肥え太り、私の聖なる教会を荒廃させてしまった! 自分自身をよく吟味することによって真理を探し求め、お前たち真の信仰に立っているかどうか確かめよ!
 祭壇よ! 主である私は、最後まであなたの炎を燃え上がらせ続ける。私のわざはまだ終わっていない。さあ、来なさい、私たちで? 共に?

永遠に、アーメン。

私はこの荒れ野で叫んでいる

1988年9月14日 in ノート28

(十字架称賛の祝日)

イエスさま?

私である。私の声に耳を澄ませなさい。私はこの荒れ野で叫んでいる。耳を傾ける者を皆高く上げよう。彼らの罪は洗い流され、流れる水のように忘れ去られる
 耳を閉ざす者は災い! そして不幸だ! あなたたちの中には、道からそれておきながら、道である私に耳を傾けない者が大勢いるであろう。あなたたちは私を見捨てた。あまりにも長い間、誤りの中で迷い続け、サタンの煙だけを吸い込んできたために、今や私の名はあなたたちにとって何の意味も持たなくなっている。あなたたちは地上の影のようだ。しかも邪悪さのあまり、サタンの助けを得て、神の真理を覆した。進化論によって私を覆い隠してしまった
 あなたたちには非常に多くの警告を与えてきた。この時代のことを予告してきた。無限のあわれみによってしるしを与えてきた。しかし、それにもかかわらず、あなたたちは私のあわれみに対して目を閉じる方を好んだ。案内人たちよ! 私の言葉を知り、私への奉仕に仕え、時の終わりを悟り1、その時が近いと気づきながら、まったくの臆病さゆえに私が注いでいる恵みを傍観し、人々よりも名誉を優先する者たちよ。私の格言のおうをもう一度詳しく調べ、理解するよう努めなさい。あなたたちに厳粛に求める。聖なる聡明の霊があなたたちにくだり、知識をより深く理解できるように懇願しなさい
 時は尽きつつあり、あなたたちの魂の時も残り少ない。備えなさい、私の敵があなたたちの目にかぶせた覆いを取り除きなさい。うぬぼれが残っている限り、あなたたちの罪も残るのだから。謙遜になり、私の道を受け入れなさい。この荒れ野で、もんのうちに叫んでいる私の声に応えなさい2
 さあ、私の子よ、私にり頼みなさい、共に……共に、私たちでこのもんを分かち合おう

はい、私の主よ。分かち合いたいです。

私たちで共に

永遠に。

ペトロよ! どうして私の弟子たちは、互いに敵意を抱いたまま、ちりぢりになってしまったのか?

1988年1月13日 in ノート28

主よ、多くの人々が神は不公平だと言ってあなたを非難しています。そして「もし神が存在するなら、もしいるなら……神は不公平だ」と言って背を向けようとするのです。

花よ、その人々に言う。「あなたたちが死ぬのは、自らが犯した悪の報いであり、あなたたちの棄教の実りである。悔い改めなさい、罪を捨て、私のもとに帰りなさい。そうすればあなたたちをゆるそう」
 私をあなたたちのあがない主、慰め主として見るように。私は光として、この闇に覆われた世界を照らすために来た
 私の家は混乱と論争、私欲、聖性の欠如のもとで支配されている。ペトロよ! ペトロ! なぜ、どうして私の弟子たちは、互いに敵意を抱いたまま、ちりぢりになってしまったのか? 私の手によって聖別された者、私の兄弟よ、永遠の昔からあなたを愛している
 私のこころは傷ついている。私に属する者たち、愛する私の者たちによって打ち込まれたいばらのとげによって傷ついている。あなたに私の傷ついた心を見せよう。彼らはまたも私のこころを刺し通している。血がほとばしり出ている。彼らは私を再び十字架につけている。彼らには誠実さがない。私の体は愛の欠如のために痛む。私の唇は、愛の欠如によって乾ききっている。私は渇く、愛する者よ
 彼らは私の道を忘れてしまった。私が謙遜で柔和、愛に満ちていることを忘れてしまった。私があなたたちに求めるものは愛だけだ。私があなたたちを愛するほどに、あなたたちも互いに愛し合いなさい。なぜ私の教会の中で戦うのか? なぜ私の現存の中でこのように言い争い、このように憎み合うのか? この有毒な声明のすべてはどうしてか? 彼らの聖性はどこに行ってしまったのか? なぜ私の園をなおざりにするのか? 私の小羊たちはかつてないほどちりぢりにされ、残っているわずかな小羊たちも、彼らが見捨てたために囲いから姿を消してしまうだろう
 ペトロよ、私の目は、彼らが互いに非難し合うのを見て、疲れ果てている。彼らは私の土地を荒廃させ、小羊たちに与えるものを何一つ持っていない。彼らの道は私に受け入れられるものではない。私は愛と平和を与えた。他者を裁くように教えたことはない
 ヴァスーラ、私はいつくしみのわざを行う。私のこころは血を流し、引き裂かれている。どうして彼らは私を挑発するのか? 私の光の中にいると言いながら兄弟を憎む者は、今もなお闇の中にいると言ったではないか? 「あなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい」と私が言った意味を、本当に理解したのだろうか
 この言葉によって、いかに人が互いに調和を保ち、愛し合うべきかということを言ったのだ。互いに和解しなさい。私の家で供え物を献げる前に、仲直りしなさい。子よ、私の心も、最初の弟子たちの心も、愛に欠けるようなことは決してなかった

主よ、あなたのお苦しみを感じて、私の心も苦しみます。あなたの忍耐は偉大です!

ヴァスーラ、死からよみがえった私の子よ、私に信仰を持ちなさい。私に希望を置き、私を愛しなさい。主である私は、決してあなたを見捨てない

主よ、私を生き返らせてくださったように、他の子どもたちも生き返らせてください。

そうしよう、だが、それはあなたが願ったからではない。彼らを生き返らせるのは、それがかつても今も私の意志だからだ。来なさい、私の現存を忘れないように。愛する者よ、私は最後には勝利する