ノート30

私と親密でいなさい──私の羊飼いたちは清くあってほしい

1989年1月17日 in ノート30

(自分が後退しているのを感じます。そこでイエスに祈りました。私を引き上げてくださるように、そして主を識別して御声が聞けるよう教えてくださった黙想の仕方を思い出させてくださるようにと。)

イエスさま?

私である
 花よ、どのように黙想し、私の声を聞くかを思い出させようことばである私は、あなたを霊によって導き、知恵をもって教える。開きなさい。すっかり開いて、私の霊があなたを満たせるようにしなさい。そう、黙想しなさい。それ以外に、どうやって私に届くことができるだろう? 沈黙のうちに、あなたの魂を私まで引き上げなさい。信仰をもって。あなたの意志を、あなたの父である私に献げなさい。そうすれば、あなたに必要なものを知っている私があなたを導き、養おう。それゆえ働きなさい、小さな者よ。さらに熱心に取り組むように

主よ、何とかそうしようとしています。

私と話すことによって、私を喜ばせなさい。私に祈り、祈り、祈りなさい。求めているのは祈りだけである

あなたと一緒に書くことも、祈りの一つの形ですか、主よ?

そうだ、なぜなら全能の神である私と会話を交わしているのだから。あなたと共にいることを喜んでいる。あなたの神である私と絶えず結ばれていること以上に偉大なことがあるだろうか? 私は今あなたと結ばれている。私とあなた、あなたと私、共に愛のきずなのうちに
 ああ、ヴァスーラ、平和を、私の子よ。このすべてのメッセージをあなた一人で書くことができたなどと、どうしたら想像できるだろう? 確かに私は、少しの間だけ顔を隠した。私無しでは、知識の言葉を一語たりとも書くことができないことをあなたに感じさせ、分からせるために。私は啓示である。語りかけ、与え、教え、隠されていたものを現し、よみがえらせ、そして神を信じない人々に糧を与える者
 私のヴァスーラ、私と共にいて幸せか? あなたが誰のものであるかを知って幸せか? 私は神、生ける神、あなたの造り主。私は愛、あなたの父であり、今語りかけている。私は至聖なる三位一体。あなた自身を私に献げなさい
 あなたがまったく無に等しい者であるにもかかわらず、私はあなたを追い求めた。恋人がおとめを追うように。私を愛し、私のわざを分かち合ってくれるようあなたを説得した。あなたが何者でもなくとも構わない。私は自分だけで十分である。だが、あなたを私の光の中に置くことを喜び、私の天の大広間に置くことを喜びとする。あなたを養い、花開かせることを喜びとする。私の子よ、分かるか? 私を悲しませないように1。アッバはいつも子どものそばにいるものだ。私と常に親密でいなさい、しかし私が聖であることを決して忘れないように。あなたを愛している。聖なる心で私を愛しなさい
 私の律法を尊びなさい。それを尊ぶなら、私をも尊ぶことになる。私の律法を愛しなさい。それを愛するなら、私をも愛することになる。私の律法に従いなさい。それに従うなら、私にも従うことになる。私の律法は、私の家にいる私のもとへと導く。そこはあなたの家でもある
 私への信仰を持ちなさい、私の力は大きい。私たちで共に?

永遠に、主よ。

私をほめたたえなさい

主よ、あなたを賛美するためにお読みすべき聖書の章を教えてください。

そうしよう、聖書を開きなさい

(そうしました。開いたところはダニエル書23章52─90節でしたので、主に向かってそこを読み上げました。主は喜んでくださいました。)

(祈りの集いのためのメッセージ。2月17日のために書かれました。)

あなたたちに平和があるように。私の言葉は光。私の言葉は平和と愛。私の言葉は一致と希望である。私のもとに来て、もっと頻繁に私の言葉を読みなさい
  愛する者たち、この弱い道具を通してくだり、彼女に私の言葉を刻みつけているのは私、イエス、あわれみ深い者、あなたたちの救い主イエスである。私の無限の愛とあふれるほどのいつくしみゆえに、この暗闇の中にくだっている。あなたたちに私の霊を注ぐため、この砂漠に、この不毛の地にくだっている。被造物よ! この乾いた土地に水を引き、この干上がった大地に川を流すために私はくだっている。私の祝福を、あさつゆのようにあなたたちの上に注ごうとくだっている。この悪のすべてを払いのけ、あらゆる不法を根こそぎにして、平和と愛に置き換えるために来ている。今日、私の唇は愛に渇き、からからに乾いている。あなたたちからの愛が必要だ。私は愛に渇く、愛に渇く……あなたたちに私を愛することを学んでほしいと、私のこころはどんなに切望していることか! あなたたちがいつの日か愛の極みに達し、「アッバ(お父さん)!」と叫ぶ声を聞きたいと、どんなに願っていることか! そのとき……そのとき初めて、私の傷はいえ始める……
 私の司祭たちが、彼らの心を満たすために、私の無限の愛からみ上げてくれるのをどんなに待ち望んでいるか! 彼らに対する私の愛は絶大である。あまりに大きいので、天国に入るまで完全に理解することはできないだろう。献身を彼らの旗印とし、忠実さを彼らのたいまつとし、清さを彼らの礼装とし、そして愛を彼らの紋章としなければならない。そうすることによって、小羊たちが彼らのうちに私の存在を認め、私の似姿をはっきりと見ることができるように。私の羊飼いたちには清くあってほしい。彼らの結ぶ実が、その清廉さのうちに完全となるために
 私のこころを歓喜させ、私のおきてを完全に守りなさい。愛するとは、私のおきてに従うことである。互いに愛し合いなさい、ああ、私の光の子どもたちよ。私の言葉を生きなさい、私の言葉を生きなさい……私の平和を受け取り、あなたたちのうちに置くように。私の愛を受け取り、その愛で満たされなさい。自分自身を私に開くなら、すっかり新しくしよう。私を信頼し、私のもとに来なさい。そうすれば、あなたたちを一つの新しい国民、一つの清らかな国民へと造り上げる! 私のメッセージを生き、私のメッセージを黙想しなさい
 愛をもって私のもとに来なさい。私の足跡をたどりなさい、それはあなたたちを私のもとに導く。あなたたちの家でもある私の家に。恥ずかしがってはいけない、たとえ不完全であっても、あなたたちに向かって両手を広げよう。たとえあなたたちの愛が生ぬるくとも、私の腕の中に飛び込んで来なさい。そうすれば、愛の師である私が、私を愛することを、そして互いに愛し合うことを教えよう
 私のもとに来なさい、私を愛さない者たちでさえも、私は既にゆるしている。来なさい、そうすればいやそう。見ないのに信じる人々は皆幸い。私の小さな魂たちは幸い。そのような者たちに私は特別な愛を抱く。小さく素直なままでいなさい、決して何者かになろうとしないように。小さいままでいなさい、私のこころの奥深くにもぐり込むことができるように。おさなの―ような―信仰を持つ、子どものようでありなさい。これこそ父が喜ばれることなのだから
 決して祈りを止めてはならない。私を喜ばせなさい、心から祈りなさい。一致のため、私の体の一致のために祈ってほしい。教皇と総主教のために祈ってほしい。すべての司祭のために祈ってほしい。ペトロの導きのもとにいない羊たちが、ペトロのもとに戻って和解するように祈りなさい。一人の羊飼いのもとに、一つの群れとなるように祈りなさい。あなたたちの間に平和、一致、そして、より大きな愛があるように祈りなさい。あなたたちが一つのせいひつを囲んで私を賛美することができるように祈りなさい。一致しなさい、愛する者たちよ。一つになりなさい。父と私が一つであり、同じであるように
 あなたたち皆を祝福する

サタンは内輪で争うことができるだろうか?

1989年1月13日 in ノート30

1989年1月13日

イエスさま? 今度はある司祭が、あなたのお与えになっているわざは心霊術だと言っています。書いているからだと。どうか助けてください。

ヴァスーラ、あなたを助けよう。あなたを悪から救い出した神に栄光。あなたを疑い、あらゆる悪口を浴びせる人々には、「良い木は良い実を結ぶ」という聖書の私の言葉を思い出させなさい。平和を、私のヴァスーラ。人々があなたをののしり、迫害するなら、大いに喜びなさい。天には大きな報いがある
 愛する者よ、これらのわざが、主である私からのものではなく、心霊術やオカルトによるものだと言い張る人々には、こう尋ねよう。サタンは内輪で争うことができるだろうか? サタンが内輪もめすれば、どうしてその国は成り立っていくだろうか? ──あなたの上には私の恵みがある、私の子よ。だが彼らは理解していない

主よ、この方々はメッセージを読んだこともなければ、私に会ったこともないのに、私を非難し、裁きます。そしてあなたのメッセージを通して多くの人々が回心したことも信じたがらないのです。彼らは私を信じてくれません

それは耳があっても聞こうとしないからだ。ヴァスーラ、私は時の初めからずっと預言者たちを送ってきた。しかし多くが虐殺され、迫害を受けた。人間は変わっていない
 主である私は言う。だれでも人々の前で自分を私の仲間であると言い表す者は、私自身も神の天使たちの前で、その人を自分の仲間であると言い表す。しかし、人々の前で私を知らないと言う者は、私もまた、私の天使たちの前でその人を知らないと言う。私に味方しない者は私に敵対し、私と一緒に集めない者は散らしている
 すべての世代に宣言する、私のわざは決して絶えることがないと。私の霊は実にあなたたちの間にある。永遠の愛をもって、私はあなたたち皆を愛している。そしてこの愛ゆえに、私のこころはあなたたちを倒れさせはしない。私のわざを認めなさい! 霊を見分けなさい! 聖書は言う。預言する者は、人に向かって語っているので、人を造り上げ、励まし、慰めると3
 私のこころは、あまりにも誤解されているが、愛といつくしみの深淵である。あなたたちの時代は死んでいる。だが、復活である私が、この時代を生き返らせる。耳があっても聞くことを拒む司祭たちのために祈りなさい。彼らに対する私の愛は絶大である、しかし彼らが私に与える苦しみと悲しみもまた絶大である……私の十字架を分かち合いなさい、私の子よ、戦いはまだ終わっていない
 主である私は、終わりまであなたと共にいる。私たち?

はい、主よ。

共に?

はい、私の主よ、とこしえに、アーメン。

(ダマスキノス府主教様とお会いするために、1月16日に世界教会協議会に招かれました。この方はメッセージを聞き、研究することを望んでおられました。イエスは、まさに教会一致祈祷週間の祭事の時に私を遣わされたのです。これは一つのしるしです。この祭事は1月18日に行われるのですが、この日は聖ペトロの使徒座の祝日4でもあり、また私の誕生日でもあります。

 1987年5月20日のことを今も思い出しますが、その時は支持してくださる司祭がまだ一人もおらず、私のことを理解して支持してくださったのはほんの一握りの友人たちだけでした。イエスが教会のことや、教会の将来の一致について口述されると、私はとてもいらだってしまい、私はただのよそ者で、アジアに住んでいるというのに、どうやってこのメッセージをしかるべき人々の耳に届けるのでしょうかとイエスに尋ねました⦅当時は世界教会協議会について何も知らなかったことも告白しなければなりません⦆。イエスは単に「そうなる」とだけおっしゃいました⦅1987年5月20日⦆。「そうなる」というお言葉が、まさに1月16日に実現したことを理解しました。彼らがメッセージを受け入れるかどうかはまた別の話ですが。)

私を反映する者となりなさい

1989年1月10日 in ノート30

(集いへのメッセージ)

主よ!

私である
 私があなたたちに求めるものは、清い心で祈ることだけである。絶え間なく祈り、心から祈りなさい。互いに親切にしなさい。私を反映する者となり、私の神聖な似姿となりなさい。私の聖性と清さをそのまま映し出す鏡のようでありなさい。世があなたたちを見て、あなたたちが私のものであり、愛の子らだと分かるようにしなさい。主の霊のあるところには、聖性と愛があり、光があり、輝きがあるからだ。だから互いに愛し合いなさい、あなたの敵を愛しなさい! 完全でありなさい! あなたたちの天の父が完全であられるように!
 あなたたち皆は幸い、新しく来た人々は幸い。はっきり言っておく。私は永遠のいのちへの扉である。私を信じる者は、死んでいたとしても生きる。私は復活である。私の平和を受け取りなさい。私の平和を与えよう、受け取ってそれを世に広めなさい。私の子らとなり、すべての魂があなたたちのうちに私を認めるようにしなさい

(主が御自分のメッセージを公に出すよう私に求められるちょうどその前に、ある方が私の所に来て、美しいファティマのぞう⦅高さ70センチ⦆を下さいました。──私のすべての公の集会に同行するのに間に合うように、聖母が到着されたのだと分かりました。
 ローザンヌ郊外で企画されたある集いでは、主催者側ですべて準備するので、ファティマの聖母像は持って来ないでくださいと言われました。その同じ晩、夢の中で、ファティマの聖母がぞうとして私の方を向いておられるのを見ました。私の集会に同行するために聖母が来てくださったことを私が理解できていたかどうか、しるしを下さいと聖母に願いました。そう言った途端、聖母は両手を広げて私を固く抱き締め、そのままじっとしておられました。その朝、目を覚ますと、ファティマの聖母がこう書かれました。「どうか、私を置いて行かないで、一緒に連れて行ってください!」 )

ヴァスーラ、私の平和を受けなさい。主があなたに与えておられるしるしを読み取り、識別して、それに従いなさい

どうか、しるしに気づけますようお助けください。

助けています

ありがとうございます、聖なるお母さま。

(昨日、私のことを耳にしたある司祭の反応を聞きました。こう言われたのです。「彼女から離れなさい、とんだペテン師だ!」どういうわけか、その言葉は私を喜ばせました。なぜかというと、イエス御自身がファリサイ派の人たちに偽預言者と非難されたのとまさに同じように、私も偽預言者だと非難されたからです。そしてそれは、主がお与えになったメッセージを思い起こさせるものでした⦅1988年12月7日⦆。私は非難され、迫害され、詮索されると、イエスは何度も言われました。これはそのお言葉をまさに裏付けたのです。主のために非難され、迫害を受けることができて幸せです。)

私の子よ、あなたを非難し、裁く人々のために祈りなさい、彼らが心を開くように祈りなさい。主のあわれみのしるしを見分けることができないすべての魂のために祈るように
 私のそばにとどまりなさい。私たちで共に?

はい、私たちで共に。

決して疲れることなくたたき続けよう 隣人を自分のように愛しなさい

1988年12月28日 in ノート30

(集いへのメッセージ)

私は主である
 私の花たちよ、平和のうちにいなさい。なぜなら、主である私は平和なのだから。愛する被造物よ、どんなに愛しているか! あなたたちは私にとってとうとい。私が花と名付けたあなたたち、成長しなさい、私の神聖な光の中で成長しなさい。まだ私の光を見ていない兄弟たちのために祈りなさい。彼らの回心のために祈りなさい
 花たちよ! あなたたちをうるおそう。そうだ! 私の小川はやがて川となり、私の川は平和と愛の大海となる。私はこう言った。私の光を遠くまで及ぼそう、そして「預言のように教えを注ぎ出し、世々代々にこれを残し伝えよう5」と。私はあなたたちの慰め主、あなたたちを最も愛している者である
 花たちよ、あなたたちが闇の時代に生きていることは分かっている。その闇は苦しみや災難、そして荒廃しかもたらさないことを。この時代には、多くの者が神聖なものへの感覚を失い、自分の好きなように生き、善悪の見分けもつかなくなると言われてきた
 花たちよ、魂が物質主義で自らを満たし、世が与えるものにしがみつくなら、その魂は、自らを闇で閉ざすことを許してしまう。その結果、聖性への余地を与えず、私の霊がその魂の中で成長する余地を与えず、真理への余地を与えず、私の光への余地を与えることもない。その魂は闇の中に住む。このために、この若い世代の多くは霊性に欠け、私の言葉を聞くことも、私を神と認めることも拒む。神の真理を放棄し、物質的な物事だけを追い求めるために、堕落した情欲にかられていく
 分かっている、私の花たちよ。あなたたちのどれほど多くが、自分の身内がこの闇の中を歩み、いつまでも深い眠りに陥っているのを見て苦しんでいるのを。だが言おう、主である私は彼らの戸口の外にいると。彼らに聞こえるまで、私はそこにいてたたき続けよう。決して疲れることなくたたき続けよう。彼らを見捨てることは決してない、決して! 永遠の愛であなたたち皆を愛している。あまりに誤解されているこの愛で!
 すべての問題を持ったまま、私のもとに来なさい。それらを私に献げて休みなさい。来て、私にもたれなさい。私はあなたたちの慰め主、私の平和によってあなたたちを慰めよう。あなたたちの柔和な救い主のもとに来なさい。そうすれば、傷をいやそう。たゆまず私を呼び求め、私に祈りなさい。私はいつも共にいる。愛している、そしてあなたたち一人ひとりを祝福する、あなたたちの家族を皆祝福する

(しばらくして、私たちの聖母が話されました。)

子どもたちよ、イエスに近づきなさい。イエスは御自身の十字架からあなたたち皆に呼びかけておられます。主があなたたちを愛しているように、あなたたちも互いに愛し合うことによって、主をお喜ばせしなさい。なぜなら、律法全体は「隣人を自分のように愛しなさい」という一句によって全うされるからです6
 イエスのこころの中に平和と愛を見いだしなさい。主の平和と愛を受け取って、それをあなたたちの間に広めるのです。主の神聖な愛で全世界を満たしなさい。私の子が与えておられるこの喜びで、あなたたちの魂を満たしなさい
 小さな者たち、祈りなさい、祈りなさい、そして神と親しく会話するように。あなたたちの天の御父と絶えずつながっていなさい。熱心に祈るのです、祈りを御父に届かせなさい。愛を込めて祈りなさい、御父がその祈りを感じられるようにしなさい
 ああ、子どもたち、どんなに愛していることでしょう! 私はいつもあなたたちと共にいます。今ここで、あなたたちと共にいます。そしてあなたたちがこの場所を離れても共にいます。家に帰ってもあなたたちと一緒です。主と私はいつも現存し、永遠に共にいます
 父と子と聖霊の名によって、あなたたち全員を祝福します
 私たちで共に

(主が、集いの中でガラテヤ書5章と6章を読むようにとおっしゃったので、読むつもりです。)

明日のことまで思い悩むな 主観は常にあなたを間違った方向に向かわせる

1988年12月27日 in ノート30

イエスさま?

私である!
 ああ、あなたに求めているのは愛だけだ。私のメッセージを分かち合うことによって、私の栄光をたたえなさい。集いの中で私の愛を示しなさい。ヴァスーラ、次に何が起こるのかと、私の肩越しに先を見ようとしてはいけない1。今日与えられているものに目を向けなさい

主よ、計画することは間違っていますか?

明日のことまで思い悩むなと私は言った。心配せずに、私に信頼しなさい。あなたの中で私が呼吸する余地を与えてくれるなら、私は自由に私のわざを行えると感じる。あなたの持っているものすべてが私からのものであり、私のわざであってあなたのわざではないことを、いつの日か完全に理解してくれることを望む。私無しでは、あなたはまばたき一つすらできない。だからあなた自身を私に明け渡しなさい。自分の主観に惑わされないように。あなたを愛している。あなたが倒れるのを私が見ることはないだろう
 私だけを切望し、他の何も求めないように。今あるもの、そして私が与えるものをすべて受け入れなさい。人々のうわさ話には耳を貸さないように。私に頼りなさい、なぜならこれは私のわざなのだから。主観は常にあなたを間違った方向に向かわせる。出来事は起きるままにしておきなさい、それが私の働き方である。物事や出来事を「無理に進め」ないように。「無理に進める」と、私まで押しのけてしまうことになる。だから無であり続けなさい、すべてが私から来るようにしなさい

主よ、「霊的導き」と「主観」はどうすれば見分けられるのでしょう? 難しいです。

愛する者よ、これを教えよう。一歩踏み出そうとするたびに、まず私のもとに来なさい。来て、私に相談しなさい、助言者であり導き手である聖霊に祈りなさい。つまり、一歩進むたびに、何かを行おうとするたびに、まず私のもとに来なさい、そうすれば私が導こう。決して、絶対に、自分だけで計画してはならない
 ヴァスーラ、識別のたまものを求めて祈りなさい。急がないように、私は自分の計画をあなたが生まれるはるか以前から立てている。娘よ、私のメッセージを世界に向けて宣言し、伝えるようにあなたを任命した。だが、覚えておきなさい。人々を説得するように求めてはいないことを。耳のある者には聞かせなさい。だから、花よ、私の指示をすべて覚えておきなさい
 私たちで共に?

イクトゥス

はい、私の主よ。

私は子どもたちを愛している

1988年12月26日 in ノート30

イエスさま! 今日ようやく完全に理解したのですが、私たちはあなたに直接祝福を求めることができるのですね。つまり、私を祝福してくださるようお願いできるということです。他の人たちのために祝福を求めることはできても、自分のためにはできないと思っていました!

あなたはみじめだと言ったはずだ……ヴァスーラ、私はあなたを何百万回も祝福したが、気づいていなかったのか? あなたは祝福を求めたことがなかったが、私は祝福した。子よ、あなたの無知はいつも私を当惑させる。あなたの無力さは、私にいっそうあなたのもとに駆け寄り、あなたを私の心に引き寄せたいと願う気持ちをかき立てる。私は子どもたちを愛している
 私があなたの師であり、導き手であり続けられるように、任せなさい。私の指導に全面的に頼りなさい。そうしてこそ、あなたは自分自身を完全に私の手に委ね、私の意志を行うことになある

私は愛

1988年12月24日 in ノート30

(クリスマス・イブ)

イエスさま?

私である、愛する者よ

今日はあなたの御降誕の前夜です。
主よ! 私の心は喜びで躍ります。
愛するお方、至聖なるお方!
私たちの主はほめたたえられますように!
ああ、神よ、私をあなたの聖性の中に溶かし、
聖なる生き方を示してください。
永遠なるお方、私をあなたの清さの中に溶かし、
私を清めてください。
愛するお方、あなたの子である私たちを聖化し、
私たち皆を、
ひとつのせいひつを囲み、あなたの栄光をたたえて
賛美する一つの群れとしてください。
あなたの真理の聖霊を私たち皆の上にくだらせ、
真理へと導くようにしてください。
この闇の中で、あなたの光が道案内となり、
私たちを真理へと導き、
あなたが再び来られるその日まで、
皆を一人の羊飼いのもと
連れて行ってください。
主よ、来てください

ああ、愛する魂よ、私はあなたたち皆を包み込み、必ず一つの群れとしよう。そして私自身の両腕があなたたちの囲いとなり、私のこころがあなたたちの住まいとなる。愛は愛として帰って来る。そうだ、愛する者たちよ、私の来臨のために祈りなさい。私は愛、いのちの至高の源。それゆえ私のもとに来なさい、あなたの救い主のもとに。来なさい……

はい、主よ。

愚かなまでに彼らを愛している

1988年12月21日 in ノート30

主よ、メッセージの中にあるあなたの愛を誤解して、感傷的な愛と同様に見なす人がいるとき、彼らはきっとあなたを悲しませているでしょう!

(ある人たちから一度か二度、そのような意見を聞いていたのです。)

主よ?

私である
 この時代、私の愛は感謝されず、理解もされていない。私が私の子どもたちをどれほど愛しているか、あなたは知っている1。愚かなまでに彼らを愛している! しかしあなたの時代の罪はあまりに重く、あまりに大きいので、人々はもはや、あなたたちの神である私を認めなくなっている! 彼らのために私が支払った代価を忘れてしまったのだろうか。私は屈辱を受け、苦しみを受け、拷問された。そして最もつらい死をすすんで耐え忍んだ。すべては愛ゆえに。そうだとすれば、どんなにあなたたちを愛しているかを伝えようと、何百万回でも繰り返さずにいられるだろうか? そしてその愛の深さと大きさをあなたたちに理解させようとせずにいられるだろうか? 私は同じことを繰り返し語っている。私の言葉があなたたちの心に浸透するまで、繰り返し語り続けるであろう! 私は今でも、惜しみなく受難を繰り返す用意がある
 ああ、被造物よ! どれほどの苦しみを私に与えるのか! あなたたちへの私の愛は無限である。この愛を理解するように努めなさい

主である私がこの一致を切望している 弁護者

1988年12月20日 in ノート30

主よ?

私である!

ああ、神よ1

ヴァスーラ、私の十字架を受け入れなさい! 十字架を私と分かち合いなさい。私の十字架はあなたを私の領域へと導く。私のこころの中に住みなさい。こころの奥深くに入って来なさい。そうすれば平和を見いだすであろう
 私の子よ、あなたの兄弟たちのために祈りなさい。彼らはこの世の富に心を奪われ、私を見捨ててしまった。私の十字架を恐れる失われた魂のために祈りなさい……祈りなさい、私の子よ、私の教会が一致し、一つになるように。どの司祭も、主である私がこの一致を切望していることを理解しなければならない。どんな分裂も私には由来しない、それは私の敵に由来する。私の国は一つであり、聖なるものでなければならない

主よ?

私である

主よ、私にお与えくださった啓示を数ページ読んだ数人のギリシャ正教の司祭方は、一致について同意しません。ローマ教皇との一致のことだと分かった途端にアレルギーを起こし、この啓示は悪魔からのものだと言うのです。
 あるギリシャ正教徒の女性がこの啓示を読んで、善意でカトリック教会を訪れました。彼女のちょうざいがそれを聞いて、この啓示はサタンからのものだと非難し、彼女を破門してしまったのです! 彼は一致のことなど聞きたくもなかったのです! けれども、多くのギリシャ正教の信徒たちは、あなたの啓示を読んで理解し、あなたが一致を切望しておられると知っているので、一致することをいといません。ところが、あのギリシャ正教の司祭たちは激怒してしまうのです!

そのすべてを私が知らないと思うか、私の子よ? 私の思いは彼らの思いとは異なり、私の道は彼らの道と異なる。彼らは自分たちの罪の重荷を私に背負わせ、もはや物事をはっきりと見ることができなくなっている……一致は必ず上から来る。なぜなら今のままでは、あなたたちは完全に分裂しており、私の神の似姿に一致して生きてはいないからだ。あなたたちは私の律法に従っていない。あなたたちの分裂は汚染し、拡大している。あなたたちの分裂はいつまでも続くであろう。私がそれに終止符を打たない限り、克服されることはない
 あなたたちの間に愛が欠けているのに、どうして自分たちは一致できると信じられるのか? あなたたちの多くは融通が利かず、まるで鉄の棒のように硬い! だが、私があなたたち皆をかがませる。私があなたたちを一致させよう! この荒れ野を湖へと、乾いた土地を泉へと変えよう。そしてあなたたち皆をこの新しい地に据える、愛する者たちよ。そして私の地上の国は天の国のようになる。私の国は必ず来る。ああ! 私は今、この新しい時代をどれほど待ち焦がれていることだろう! 私の聖なる名のもとに、あなたたちは完全な一致のうちに生きるようになる。そしていのちの至高の源である私が、あなたたち皆を一つの聖なる民へと生まれ変わらせる。上から、私の神の姿が鏡のようにあなたたちの上に映し出される。そしてあなたたちは、至聖なる私が、あなたたちを再び回復させたことを理解するであろう
 聖書はすべて実現される。知恵は待たない。知恵は、農夫のように、種き人のように、私の民を耕す。不毛の地を耕して畑とする。地を耕し、平和と愛の地を生み出す。私はこの世の光、あなたたちが闇に覆われているのを見るときはいつも、あなたたちのもとにくだって来る

主よ、教会の指導者の中には、あなたがこうして私を通して御自身を現すことがおできになるということを、聞いたり信じたりするのを拒む方がいます。あなた、イエスさまは、既に私たち皆に真理を与えてくださっているのだから、聖書以外には何も必要ないと言うのです。言い換えれば、このわざはすべて偽りだということです。

私は皆にこう言った。弁護者、すなわち父が私の名によってお遣わしになる聖霊が、あなたたちにすべてのことを教え、私が話したことをことごとく思い起こさせてくださると。新しい教義は何も与えていない。真理を思い起こさせて、道からさまよい出てしまった者たちを、完全な真理に連れ戻しているにすぎない
 主である私は、あなたたちに働きかけて注意を喚起し続ける。私の聖霊、すなわち弁護者は、私の言葉を思い起こさせる方として、いつもあなたたちの間におられるであろう。だから、私の聖霊があなたたちに語りかけても驚かないように。このような語りかけは、あなたたちを回心させ、私の道を思い出させるために、私の恵みによって与えられる
 来なさい。私を見たらほほ笑みかけてほしい、花よ

ああ、主よ! あなたのはたたえられますように。あなたの教えに感謝します。

知恵があなたを教え導くであろう、子よ。私たちで共に?

世々限りなく!

私の集いのプログラム

1988年12月17日 in ノート30

(集いの後に)

私の主よ?

私である

大勢が来たことに驚きました。130人はいたと思います!

ヴァスーラ、私は以前に言った。満たされて、あなたたちは大勢になると

主よ、プログラムのことで少し口論があったことに気づかれたと思いますが?

どうして気づかずにいられようか1! ヴァスーラ、確かに反対する力が働くだろうが、だれにもあなたを踏みにじらせはしない。他のものに執着せず、私だけに頼りなさい。今後、私の集いを整え、プログラムを与えるのは私である。何を言うべきかを教えるのは。プログラムは上から与えられる。私は知恵である。あなたは知恵からそれを受ける
 書きなさい。最初に、これまであなたがしてきたように、聖ミカエルに向かう祈りを唱えて、私の集いが行われる場所を聖化しなさい
 私の集いは、「あなたがたに平和があるように」という言葉で始めなさい。私の小さな花たちに、私の平和を与えるのは主である私であり、これらの言葉は私の口から出ていることを伝えるのを忘れないように。次に、皆で聖霊を呼び求めなさい。皆で聖ミカエルに向かう祈りを唱えなさい。あなたたちの時代はこの祈りを切実に必要としている
 私は、読むべき聖書の箇所を常に指し示そう。以前の集いで、ヨエル書3章1節から5節までを読むようにあなたに指し示したように。そのようにして、読むべき箇所をまた指し示そう。それを彼らに読み上げてほしい。その後、私がなぜそこを選んだのかを伝えなさい
 その後、私の平和と愛のメッセージの一部を読み上げるように

どうすれば読むべき箇所が分かるのですか?

心配しなくてよい。私があなたの指導者であり、導き手ではないか?

はい、私の主よ。

読み終わったら、質問がないか尋ねてみなさい。それは自由に対話する時間である。私があなたに霊的導きを与えよう、小さな者よ
 その後、彼らにかかわるメッセージの箇所を読み上げてもらいたい
 彼らに愛を示すことによって私を喜ばせなさい。最後に、聖なるロザリオを祈って私を喜ばせなさい

私に話しかけたい人がいたら、受けるべきでしょうか?

愛する者よ、そうしなさい、その人たちに話しかけなさい

ありがとうございます、私の主イエスよ。