ノート34

私をほめたたえ、礼拝しなさい、『私はある』は聖なる者なのだから

1989年6月29日 in ノート34

全能の神、私たちの主をほめたたえよ、
 ただひとり驚くべきわざを行われるお方を。
私の神よ、あなたはことを教えてくださいました。
 そして私は今に至るまで
驚くべきわざを語り伝えてきました。
 あわれみに満ちて
あなたは私の罪をゆるしてくださり、
 私に正気を取り戻させてくださいました。
『わたしを食べる人は更に飢えを感じ、
 わたしを飲む人は更に渇きを覚える1
という知恵のこと
 私に理解させ、悟らせてくださいました。
私は夫を亡くした
 女のように、
この砂漠をさまよい
 あなたの永遠の泉と
私の頭を横たえて休むことのできる
 あなたの青草の原を捜し求めています。

娘よ、私は、実を結ばぬ木であったあなたが花を咲かせ、実を結ぶようにさせた。敵対する異教徒であったあなたを、熱心な礼拝者とした。無関心であったあなたに、あなたの神、私に対する熱意を与えた。さあ、私の恵みにとどまり、私と一つになりなさい

主よ、昨日の集まりはどうだったでしょう……

主である私は、私の急使たちにこの知らせを告げる。さあ、今日あなたの手を解放する。自由にしなさい……私と共に歩み、私の平和と愛の十字架を分かち合いたいと思うなら、来なさい、あなたの世話をしよう。自由にしなさい……私が自分だけで十分であることはよく知っているはずだ。私はいと高き者。あなたの無邪気さがいとおしい、私のしるしをあなたから奪うことはない。私は貧しく乏しい者たちに与える、彼らが私の名をほめたたえることができるように。清い心で私のもとに来なさい、あなたを進歩させるつもりだ。来て、私をほめたたえ礼拝しなさい。『私はある』は聖なる者なのだから
 愛が永遠にあなたを愛している。来なさい

主よ?

私である。祈りなさい、私が書き取らせた祈りを祈って聞かせてほしい、

「ああ、イエスのこころよ、
私の主、私があがめるお方、
私の意志をお献げします。
あなたの平和と愛の
道具にしてください。
あなたのこころ
燃えるような望みの
いけにえとしてください。
アーメン。」

小さいままでいなさい、そして私の霊のうちにだけ成長するように。あなたが見捨てられることは決してない

私は知恵であり、あなたの教育者

1989年6月21日 in ノート34

主よ?

私である。決して祈りをやめないように。私の教えに従いなさい、最愛の者よ。あなたの神である私に、いつでも応じる用意をしていなさい。私はいつもあなたのそばにいて、あなたの魂に欠けているものを与える
 知恵か? では知恵をもって自由に教えよう。粘り強さか? ならばあなたの魂を熱意で満たそう。忍耐か? では私の忍耐を与えよう。自分自身と他の人々の償いをするための辛抱強さか? ならば私から吸収させよう。愛か? 私の心からあなたの心を満たそう。平和か? 私の平和は確かにあなたのものである。ああ、私の子よ! あなたの魂を養うことのできるこれらのおんちょうを、私に求めるのをなぜやめてしまったのか?

よく分かりません……

覚えておきなさい、私は知恵であり、あなたの教育者である。だから私に頼りなさい。今まで、あなたの魂も、他の者たちの魂も、私が養ってきたではないか?
 私は教えを預言のように降り注ぎ続ける。私に信頼し、私を探し求め、私と共に歩み、私に従い、私を愛し、礼拝しなさい。私はいつも現存しているのだから、安心しなさい。私はあなたにくだる権威とさとしである。ああ、私の子よ、永遠に愛している。私のやり方を理解しようと試みて心をわずらわせないように。そんなことをしても、出口のない迷路に入り込んでしまうだけだ。私の道はあなたたちの道と異なることを知りなさい。その違いは、言っておくが、計り知れないほど大きい! 私が与えるものを平和のうちに受け入れなさい。私の指をあなたの上に置かせたままにしてほしい。私とあなた、愛のうちに結ばれて
 さあ、私たちで共に?

イクトゥス

愛は愛を熱望する

1989年6月19日 in ノート34

(スイス、フリブールのスール・デュ・ボン・パストゥールの祈りの集いに与えられたメッセージ。)

主よ?

私である。あなたたちに平和があるように、最愛の魂たちよ。私を感じ、私の現存を感じなさい。私はあなたたち皆の間にいる。来て、あなたたちの目に重くのしかかるベールを取り除き、私の栄光の姿を見なさい
 あなたたちがどんなに弱く、敵の引き起こすわずかな嵐にさえ、ぐらついて倒れてしまうかを知っている。だが、この反逆の時代にあっても気を落とさないように。あなたたちの避けどころであり、慰め主である私、主が、よりいっそうそばにいるのだから。私は貧しい者や絶望した者たちの避難所、敵が引き起こす嵐からの逃れ場、渇く者のための永遠の泉、あなたたちが今住んでいるこの砂漠の灼熱から守る日陰である。私のこころにあなたたちを迎え入れ、休ませようと大きく開かれている
 私はすべての心を慰め、愛そうと探し求める愛。私は永遠にあなたたちを愛する愛である。分かるか? 天の玉座からり、あなたたちのもとにまで身をかがめ、あなたたちを引き上げ、私の天の蓄えから直接その魂を養おうとしている。飢えた小羊たちよ、私はあなたたちのもとに来る。私の腕の温もりの中へ、皆を集めるために来る。あなたたちのために、皆の上におんちょうを増し加え、私の燃える愛の炎で死者をよみがえらせる
 あなたたちに与えようと、私のこころを手にして訪れた。受け取ってくれるか?
 私の愛する者たち、すべての幻(ビジョン)が実現する日は近い。どの幻(ビジョン)も間もなく成就される、しかもあなたたち自身が生きている間に。だから心を開いて、私のおんちょうの霊がなぜ、この世代にこれほどまでに豊かに注がれているのかを理解しようと努めなさい。すべての世代が、一人の羊飼いのもとに、一つのせいひつを取り囲んで、一つとなる日が近づいている。主である私は、彼らにとって唯一無二となる。だから祈りなさい、愛する者たちよ、主である私が万全の準備をもって進めているこの一致のために祈りなさい
 今のあなたたちはちりぢりにされ、牧草地は不毛と化し、私の羊飼2の嘆き悲しむ声が全天に響きわたっている。カインたちが彼の杖を何本かに折り、一致を粉々にし、兄弟の間の愛を壊したため3。だが、私の体が栄光を受ける日は近い。それはどんなに喜ばしい日となるであろうか。それは不思議の日。最愛の友人たちの家で私が受けたいくつもの傷がいやされる
 今日、私のこころは清い愛を熱望している。私が求めているものは愛を返してくれることだけである。私は愛ゆえに私自身を香りのよい供え物、そしていけにえとして献げたのではなかったか? あなたたちを私に明け渡してほしいと求めるのは、求めすぎだろうか? いくらかでも受け入れて、愛を返してほしいと求めるのは、求めすぎだろうか? 愛は愛を熱望し、愛は愛に飢え渇く、愛があなたたちに愛を返してくれるよう懇願している
 私の律法に背いてはならない。それは愛の律法である。ああ、愛する者たちよ、どんなに大切に思っていることか! なぜ多くの者たちが私を礼拝するのをやめてしまったのか? この聖時間に私が現存していることをあなたたちに思い出させている。セラフィムやケルビムたちに囲まれて、私はあなたたちの前に沈黙して立っている。至聖なる者である私が、あなたたちに名を与えた。最愛の者という名を
 あなたたちは私に対して罪を犯してきたが、私はゆるした。あなたたちは私の子孫! 聖体礼拝の時刻に、あなたたちに会えるだろうか、最愛の者よ? さあ、立ち上がって私のもとに、せいひつで待っている私のもとに来てくれるか? ……私のもとに来なさい……この時代に〝霊〟が与えているものを拒まないように。私の愛のうちにとどまり、私のあわれみを受けなさい。覚えておきなさい、あらゆるものがいずれ滅び、もはや何も残らなくなることを。そしてすべてがいつか尽き果て、あなたたちの魂だけが永遠に残るということを
 主である私は、あなたたち一人ひとりを祝福し、私の平和を与える。あなたたちがそれを他の人々にも与えることができるように

イクトゥス

私にはいけにえとなる魂が必要だ

1989年6月15日 in ノート34

私の神よ?

私である。私を識別しなさい……私を受ける準備をしなさい。私の天使よ、私の後についてこの言葉を繰り返しなさい

ああ、イエスのこころよ、
私の主よ、あなたをあがめます。
私の意志をお献げします。
あなたの平和と愛の道具にしてください。
あなたのこころ
燃えるようなお望みのために、
私をあなたのいけにえとしてください。
アーメン

そうだ、そして今度は、あなた自身をすっかり私に明け渡しなさい。私にはいけにえとなる魂が必要だ。だからあなたの意志を献げなさい、ヴァスーラ。私と一つになりなさい、愛の至上のいけにえである私と。私の残りの者、私に属する者、私のミルラ、私の祭壇よ。最後まで私の平和と愛の十字架をあなたと分かち合うことによって、あなたの魂を美しく飾ろう。私とあなた、あなたと私、愛のうちに結ばれて

イクトゥス

私はあなたの霊的指導者

1989年6月14日 in ノート34

イエスさま?

私である。私の意志は、あなたを向上させること。あなたもそう望むか?

はい、私の主よ、そうです。けれど私を取り巻く環境は厳しいです。

あなたを取り巻く環境と、あなたに与えたすべてのものを受け入れなさい。私の意志とは、あなたを私のそばに置き、他のだれでもなく、私にり頼ませること。私はあなたの師であり、霊的指導者である
 私のヴァスーラ、私の言葉の中から一節をあなたに読んで聞かせたい

(イエスは私に聖書を開かせ、シラ書⦅集会の書⦆4章11─22節を示されました。「知恵の試練」の箇所です。聖書は無作為に開きました。)

分かったか? 私は知恵であり、あなたの教育者である

主よ、19節が気にかかります。

それは、私を完全に拒むならという意味だ。だが心配はいらない。あなたが倒れそうになるたびに引き上げてあげよう。私のこころの特別な場所にあなたを置いている、私のヴァスーラ。十分にあなたを教育させてほしい。愛があなたを愛している。私を思い出してくれるたびにうれしく思う。このすべてについて黙想してくれるか?
 私の平和を受けなさい

私の神よ、こんなことがどうしてあり得るでしょう、神が私に話しかけてくださるとは?

『私である。』花よ、私と共にいなさい

神に栄光がありますように。

私の現存を覚えていてくれるか?

1989年6月12日 in ノート34

イエスさま?

私である

イエスさま、難しいです……

(このすべての超自然的なやり方が、今だによく理解できないという意味です……)

花よ、子どものように信じなさい

ああ、なんて美しいのでしょう!

私の周りには天使たちがいる。天使たちと共に来た

なんて美しいのでしょう、主よ!

私を喜ばせ、常に知識を求めなさい。私のを喜びなさい、そうすればあなたは祝福される。時々私に向かって「アッバ」と言い、私の魂を喜ばせてほしい。ああ、私自身の手で聖化された者よ、私を反映する者となりなさい。聖なる者になりなさい。あなたの心を、私の頭を休ませる支えとしてほしい。主である私は―あなたと―共に―『ある』。私の現存を覚えていてくれるか?

 自分の行い、思い、言葉に気をつけていられるよう、いつも私を心に留めておきなさい。私の平和を保ちなさい

(しばらくして)

私だ、イエスである。さあ、私はピオ神父と一緒だ

sono con te Vassula; ascolta nostro Buono Signore1;

(ピオ神父様はたびたび励ましてくださいます。)

私を礼拝しなさい、これが私への道である

1989年6月10日 in ノート34

イエスさま?

私である。信仰を持ちなさい、ヴァスーラ。これらは私の知恵のわざなのだから
 私の声を受け入れなさい、他のことは心配しなくてよい。このわざを分かち合う者は皆、私の平和と愛の十字架を共に担う。決して知者たちに惑わされないように。最後まで私に信頼しなさい
 私を礼拝しなさい。これが私への道である

イクトゥス

沈黙のうちに私を礼拝しなさい

1989年6月5日 in ノート34

私の主よ?

私である

神に栄光がありますように。私の主であるあなたにお誓いしたことを果たさなければなりません。あなたに忠実であり、あなたのこころだけを、あなたにもっと栄光を帰すことだけを求めるという誓いです。あなたは天の玉座から私を救い出しに来てくださったのですから。あなたは恥の中にいた私を御覧になるために、身を低くしてくださいました。あなたのまえで、生きた者たちの光の中で歩くことができるよう、私を引き上げてくださいました。

花よ、私に属する者よ、私を愛することによって、私の栄光をたたえなさい。来て、沈黙のうちに私を礼拝しなさい。沈黙のうちに私を見なさい。沈黙のうちに私を愛しなさい。私の平和を受けなさい、娘よ。私は人類に対する私の天のわざを強めよう
 私のこころの中に入り、そこでいこいを見いだすように。来なさい