私を愛するようにとあなたを創造した
1988年9月6日 in ノート27
主よ?
私である。私の子よ、この裏切りについては、すでにあなたに警告していた
さあ、私に寄りかかりなさい。これが私からのものでないとあなたに言う者たちの主張が、いかに無意味であるかを伝えなさい。彼らの熱意は誤った方向に導かれている。彼らには私の義がはっきり見えていないようだ。単に自分たちの考えを言い表しているにすぎない
聖書は言っている。「良い知らせを伝える者の足は、なんと美しいことか」と。そして私が選ぶ道具の類いについて驚く者たちに対して聖書はこう言う。「わたしは、わたしを探さなかった者たちに見いだされ、わたしを尋ねなかった者たちに自分を現した」と
でも、彼の主張にも一理あります。私はこの「賜物」を受けるには、本当にふさわしくありませんから。私は駄目な人間です。けれども、私の友人のベアトリスはこの神父様に「マグダラのマリアはどうなのでしょう?」と尋ねました。すると彼は、「ああ、そうだな、しかし彼女は後で回心したからね」と答えたそうです。ということは、私は回心していないと思っていらっしゃるのですね?
平和のうちにいなさい! あなたを私の聖心の中に置いている
もし彼が二千年前に生きていたら、罪人である私を石打ちにする人々の中に加わっていたでしょう。
私がそれを許さなかった。その場でも、かつて言ったのと同じ言葉を言ったに違いない。「罪を犯したことのない者が、まず、石を投げなさい」と。心を開きなさい! 頭で考えるのではなく!
ヴァスーラ、あなたの救い主である私に依り頼みなさい。心を閉ざしたままの人々のために祈りなさい。耳を閉ざしている人々のために祈りなさい
はい、主よ。
私の受難の残りに備えなさい。覚えておくように、私はあなたの十字架の大きさを示した
はい、主よ。
だが、あなたと私で共にそれを分かち合う。すべては無駄にはならない。あなたが使命を果たすことができるように助けよう、そして……あなたは私のもとに飛んで来る、そうだ1!
来なさい、私は現存している。私たちで共に?
はい、主よ。
(しばらくして)
私の主よ?
私である。私の目を見つめなさい、左も右も見ずに。あなたの主である私を見つめなさい。私は道であり、真理であり、永遠のいのちである。どれほど大きな愛を込めて私の言葉を教えたかを思い出しなさい。そして、あなたが知っていることはもちろん、すべて私に由来する
私の国全体が不思議に満ちている。私はアルファでありオメガ、私を愛しなさい……あなたが持つ愛を一滴残らず私に献げ、私を王として扱いなさい。私を愛するようにとあなたを創造した。あなたの持つ愛のすべてを、私だけに向けなさい2。私無しではあなたがいかに弱く、みじめであるかを知っている。私の両手の中にいる者はほんの子どもにすぎず、無に等しい。だが、無であることによって私に与えてくれる空間の中で、私の霊が自由に呼吸できることも分かっている。私の霊があなたを形づくり、造り上げるのを許しなさい。あなたが学んでいることはすべて知恵から来ている、そして私は知恵である