私を愛しなさい、そうすればあなたは私の敵を必ず打ち倒す

1988年4月8日 ノート23


(聖金曜日)

イエスさま?

私である。なぜ疑ったのか1
 ああ! あなたに求めるものは愛だけだ。私を愛しなさい、そうすれば私の渇きはいやされる! 私を愛しなさい、そうすれば私の傷の痛みは和らぐ! 私を愛しなさい、そうすれば私の霊があなたのうちで歓喜する! 私を愛しなさい、そうすればあなたは私の敵を必ず打ち倒す! 私の霊があなたの上にある、私の子よ。私たちで共に?

私たちで共に?

はい、主よ。はい、マリアさま。私たちで共に、世々限りなく。

  1. イエスが1988年3月29日に言われたことに該当する聖書の箇所を探していました(「私はすべての人に私の霊を注ぐ」)。使徒言行録2・17に見つかりましたが、聖書のどこか他の箇所にもあると知っていました。イエスが以前、その箇所を見せてくださったことがあるからです。聖書全体の中で、それがどこだったかをもう一度教えてくださるようイエスに願いました。しばらく探しても見つからず、まるで干し草の山の中にある針を探しているかのように思われました! もしかしたら私の声が聞こえなかったのかもしれないと思い、もっと大きな声でこう言いました。「ああ、イエスさま、叫んだほうがいいでしょうか。もしかすると、私の声をお聞きにならなかったのでしょうか!」 最後の言葉を言い終わらないうちに、探していたページを開いていたことに気づきました。それはまさに鼻先にあったのです。ですからイエスは「なぜ疑ったのか?」とおっしゃったのです。